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学園編 1年目

男爵家男孫の休日 hunt

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日は遡り、とある日の早朝。

霧に覆われた深い森の中。
生き物の気配が稀薄なのは、生き物達が眠っているからではない。
禍々しく不穏な存在から逃げ出したか、その存在に既に食い荒らされた後かのどちらかだ。

白む霧にけぶる景色の中、影と見紛う黒い四つ足の魔獣が、もや頭を揺らめかせ立っていた。
傍目からでは何を思い、何を見ているのかは分からないが、魔獣は周囲を見回している最中だ。

魔獣はある方角へ興味をそそられた。
大型の虎を思わせる太い首が、その方角へ向く。
薄く煙が立ち昇るような胴体の輪郭が、一瞬ぶぶっと

「ダメだ」

身体のブレが止まる。魔獣の目の前にはいつの間にか男が立っていた。白銀しろがね色のフードの付いたマントを着ている。

「ダメだぞ、飛ぶ気だったろ。あっちには魔塔が管理してる孤児院があるからな」

魔獣は男の魔力を感知した途端に、頭部の靄を膨らませ羽虫の様な黒い点を溢れ出した。

「その反応、喜んでくれてんのかな」

一陣の風が吹き抜けたが、揺れたのは男が羽織るマントだけだ。風に煽られ、目深く被っていたフードが脱げて、撫で付けた黒髪が晒される。ジンが笑う。

「再会を」

ボッ!と強い音がして魔獣の頭部の靄全てが黒い玉へ変化し、一瞬の溜めの後、短い光線が10、20と玉から発射された。前回とは動きの違う『 黒閃閃光こくせんせんこう』だ。
ジンはマントを翻した。
光線は周囲の木や岩、地面に無数の穴を開けたが、ジンの姿は何処にもない。

ジンが着ているのは、以前討伐した虹蛇の皮で作られたマントだ。虹蛇の皮はなめすと、低確率で光学迷彩ステルスカラーの革になる。防水、耐水、耐光、変質、そして魔力遮断効果がある上級品。

対魔獣相手には最適な装備品だ。
今は変質効果を使って景色に紛れ込む。

魔獣の黒い玉が、ぐりんっと目玉へと変化し、360度前後左右へ目玉を動かし、周囲を探り出した。
ジンは魔獣から数メートルしか離れていない斜め前に、片膝をついて屈んでいる。
植物の影に混ざるように、フードから覗く赤い目元だけが不自然に浮いていた。

「あれからそんなに経ってねぇのに、もう目玉が出来たか。やけ食いしたな」

魔獣はある程度の肉体と強さを手に入れると、魔力を持つ命を取り込み、魔素へ分解して、更に肉体を育てつつ、最後に頭部を作ると言われている。
頭部が出来上がった魔獣は、それまで無かった視覚、聴覚、嗅覚も備わった完成体となるらしい。
魔獣は完成体へなる為に、強い魔力を持つ命を常に探し求めている。
だが完成体になることは簡単ではない筈だ。

獲物である魔物達が高ランクであればあるほど、魔獣も苦戦を強いられる筈だし、無限に食せると言っても時間には限りがある。

たかだか数日で、いや、数ヶ月ですら、目玉が出来るほど成長するのは異常と言って良い。

この谷底の森は高ランクの魔物達が多く生息していた地域だと、ギルドで依頼書を漁って知った。

しかし今、魔物や大型獣の気配は皆無だ。

大きな生命の気配をまるで感じない。ここへ来る最中に見た巣やねぐらはそのままに、忽然と消え去っていた。

「俺のせいかもと思うと、心が痛むな」

あの日、刺激だけして逃げたことで被害が広がったのかもしれない。
しかしあの時は討伐出来る状況ではなかった。

ロキの目の前だから実力を隠したいーー等と言う理由ではない。

「ジン」

ドラゴも隠密で姿を消していた。そして透明で姿の見えないジンの後ろを、ぴったりと付いて来ている。
従属しているからだろう、互いに見ずとも位置が分かる。ジンは振り返らず、ドラゴは話を続ける。

「アイツ変だぞ。なんか変だ。いつものと違う」

「流石ドラゴ、分かるんだな」

「オレ様はサスガのドラゴンだからな!」

褒め言葉と喜んで、そして鼻高々に胸を張っているのが声だけでも伝わってくる。使い方は間違ってる気がするが、場違いに微笑ましくなる。

「何が変なのかは、分かるか」

「1番濃いところがない。ぜんぶ同じだ」

ドラゴの曖昧な言い方もジンは理解出来て、小さく頷いた。しかし姿は見えてないのでドラゴが「返事をしろ!」とフードに掴みかかって来る。こら!と怒るよりも早く、フードが脱げて宙に浮いた生首状態で魔獣と目が合う。

!!

溜めもなく目玉の中央から光線を放つ魔獣。
すかさず指を鳴らしたジン。

その瞬間、3メートルはあった魔獣の体を斜めに走った火柱が包み込む。
光線も火柱の威力に消え去り、どこに届く事もなかった。
火柱は触れた枝葉を一瞬で炭へと変えながらも、空へ伸びる前に消失した。

「…ドラゴ、俺に何か言うことは?」

もう少し観察したかったが、煤けた地面と焦げ臭さだけが残る。
炎の熱風で捲り上がったマントは白銀色に戻り、ジンの姿も明瞭となった。立ち上がりながら、背後にいるドラゴへ目を向けると、隠密を解いた、むすくれた顔があった。

「返事をしろ!」

「そうじゃねぇだろ…」

「返事はちゃんとするもんだとお前が言った!!オレ様はいつもちゃんとしてる!」

「いやまあそうだけど、あーもう、分かった。聞こえるように言わなかった俺が悪かったよ。だからちょっと静かにしてくれ、声ダウン」

シイと口の前に立てた指を下へ向けた。ドラゴは口を閉じ、ピタリと黙った。ふん、と大きめの鼻息が聞こえた。

魔獣が立っていた場所には煤と、煤とは違う黒くほわほわした魔素の名残があった。
魔素はすぐに空気に溶けるように消えていく。

「……ドラゴ、見ろ。何も残ってない。お前が感じた違和感は、これだよ」

「?」

指を差せば、ドラゴは地面へと顔を向けた。
しかし何も無いので首を傾ぐ。

「魔素を払えば核が出て来る。お前が言う1番濃い部分の事だ」

「…核か!しってる!」

「うん、何回も教えてるからな。興味がないと全然覚えねぇもんな」

「バカにするか!」

「してねぇよ、覚えて欲しいなと思ってるだけで」

「してる!うやまえ!」

「覚えたら敬うよ。んでな、さっきの奴にはその核がなかったんだよ」

「おぼえた。核がなかった」

ドラゴはぴたりと肩へくっついてくる。その頭をわしわしと撫でて、煤けた地面へしゃがみこむ。

「核がないことは変なことか」

「変な事だ。と言っても、俺も魔獣にはそんなに詳しくねぇから、ギルドで教えて貰ったんだけどさ」

ロキに連れられた日、あの魔獣と対峙した瞬間に違和感を覚えた。
それはドラゴとの従属関係が深まり、高まった魔力感知能力が教えてくれた事だ。

核がない。
全身を隈なく見て確信した。
だからジンは焼き尽くして撤退する事を選んだ。
勝てないどころの話ではない、何が起こるのか、何が起きているのかさえ分からない状況だったからだ。

(先生なら余裕で戦力になるだろうが、相手が未知過ぎる。情報も…何よりも装備があまりにも不十分だった)

ロキも、それまで遭遇したであろうギルド登録者や魔術師達も、気付けなかったのは無理もない。
ドラゴは魔獣を「ひとつがいっぱい」とよく表現していた。魔素を個々で感知してるのだろう。そんなドラゴンの繊細で高度な感知能力だからこそ気付けたのだ。

(あの時はあれが最善だった。と、思っても、あの日以降に食われた生き物達には言い訳にもならねぇよな。真っ先に恨むのは魔獣にして頂きたいが…2番目に恨むなら、恨んでくれ)

立ち上がり、周囲をぐるりと見回す。
森の中は再び静まり返った。

「ジン」

ドラゴが肩から離れ、高く浮いた。

「たくさんがたくさん来るぞ」

「良かった、探す手間が省けた」

黒い光線が四方八方から、ジンを囲むように飛んで来た。地面を蹴り、高く跳躍すると枝を掴んで更に遠くへ跳ぶ。光線の射出場所、そこに居た一体の頭部のない四つ足の魔獣を通りすがりに炎で焼く。
空中で身を捻り、振り返りながら地面を滑り着地。

魔獣は何も残さず、消失した。

「粘液型の魔獣なら分裂する話、聞いたことあるが…」

魔獣の型種はあと3種いた筈だ。スライム状の魔獣と、岩のような魔獣と、完成体。
どれもレア中のレアなので見たことなどないが、スライム状の粘液型だけは分裂や分身を作る事で有名だった。
だが目の前にいるのは霧靄型の魔獣だ。分身するなど聞いたことがない。

(これはもう少し、勉強がいるな…)

ジンは再び駆け出し、飛んで来た黒光線を避けながら二体目へ火の矢を飛ばして燃やす。
核はない。

「ドラゴ!フィル!核を探せ!」

ドラゴは木々の隙間を抜けながら、黒光線へ龍息魔弾で応戦していた。黒光線に当たると激しく弾けるのが楽しいようだ。別に魔獣の数は減っていない。
遊んでいたドラゴだが、ジンの声には「わかった」と素直な返事をした。

「核を探す」

応戦を止めた途端、連射された黒光線に集中攻撃を受けたドラゴだが、ひらりと避けて、息を大きく吸い込むと開いた口の中に朧な紫の光が灯った。
吐いた息は青紫の闇火となって、周囲諸共魔獣を灼いた。
広範囲の闇火でニ、三体が焼失し、草木さえも唯の燃え滓と化した。

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

残った数体が、ドラゴへ聞き取れない言葉を、奇妙な音質で語りかけているようだ。

「オレ様は核を探す!忙しい!」

洟も引っ掛けず、スッと隠密で姿を消したドラゴは、バラけて立っている魔獣の上を飛び回る。
その下を交差するように走り抜けた一陣の風が、ふわりと景色を歪めて白銀へと変わった。虹蛇革のフードマントを着せられたフィルだ。
マントの下で同色に近い雪銀色の毛色を煌めかせ、颯爽と駆け抜けていく。

突如として現れた新たな強い魔力に魔獣達が反応する。

目の前に魔獣へ、フィルは突っ込むように爪を振り上げたが、爪痕が靄を掻いただけでダメージにならない。
フィルは振り返らずに魔獣を無視して、兎に角駆けた。
飛んで来る黒光線を、右に左に、時に枝を飛び越えながら避ける。

ドラゴの気配がなくなった今、魔獣達の意識は走り回るフィルへと向けられた。
新たな獲物として。

「陽動が上手だな、フィル」

エルフの魔力があるとは言え、フェンリルよりも魔力のないジンは、魔獣から意識を逸らされたので木の上からフィルを眺めていた。
魔獣は基本的に瞬間転移でしか移動しない。四肢が本物ではないから走れない、魔獣自体が物理攻撃が出来ないから近付く理由がない、などと言う説があるが、正直な所、どれも憶測でしかない。
ある日、走り回り襲い狂う魔獣がいても最早おかしくない。

(現に聞いた事がない現象が起こってる)

フィルのスピードについて行けず、瞬間転移を繰り返し、近場に集結した魔獣達のどれからも核の気配がしない。

「7体か。…全員、子株だな」

親元がいる、本体と言うべきか。ジンがドラゴを探ろうと顔を上げた時、ほぼ同時に少し遠くから声が響いた。

「ジン!見つけた!!あっちだ!」

木から飛び降り、フィルとは真逆に地面を駆け出す。
ドラゴはすぐに姿を現し、ジンの顔の横を並走する。

「あいつ、あっちに向かってるぞ!ジンがダメと言ったのに!」

「!!」

ドラゴの指が真っ直ぐと伸びた。その先にあるのは、魔塔が管理している孤児院だ。

「俺達も陽動されてた訳か!これだから頭の良い奴は可愛くねぇな」

「オレ様は頭良いけどかわいいぞ!!」

「お前は確かに可愛いよ。フィルに加勢してやってくれ、頼むぜ可愛いドラゴ」

「まかせろ!」

気を良くしてぴゅんっと踵を返して飛んで行ったドラゴを見送り、ジンは足を早める。

魔塔が管理する孤児院には、魔術師見習いの子供や、それを守るための魔術師が滞在している筈だ。
隠れ家のように常に建物の存在は隠匿されているし、ここ最近では、この魔獣の出没も報告されているだろうから何かしら対策をされてもいるだろう。

人を増やしているか、術を増やしているか。だが、

(この魔獣が普通ではない事を、ロキ先生は気付いてなかった。だったら魔塔の連中も気付いてないだろう。孤児院への対策なんてたかが知れてる)

魔術師はギルド登録者ほど多くはないし、強い者は更に少ない。その中で実戦に長けている人数は限られている。孤児院へ人員を割く理由はなかっただろう。

例え強い魔術師が居ても、冒険者かハンターのギルド登録者も居なければ斃せはしない。

魔獣討伐は基本的に、魔術師とギルド登録者で編成される。魔術師だけがいくら揃っても、最後の物理攻撃を当てられなければ意味がないからだ。

だけど比較的近い中央ギルドにその様な依頼はなかった。
もしかしたら、遠くはなるが中央よりも実力者が多い、東部辺境ギルドの方へ依頼されているかもしれない。

(いっそ、そうであってくれ)

魔獣の姿を捉えるよりも早く、木々の合間に白い建物が見えて来た。魔塔の象徴である赤い紋章が、三角屋根の中央に飾られている。

ジンの視界を遮るように黒い巨大な四つ足の体が、建物の前へと突如現れた。
大人の叫び声がして、迎撃の音がする。
黒光線を結界で防ごうとしているらしいが、光線が触れた部分から黒く焦げるように結界が溶けていく。
結界に開いた穴から、光線が入り込み、屋根の一部を掠めた。
崩れ落ちる音に、子供の声も混ざる。何かを指示する老年者の声も聞こえた。

「結界は無意味だ!どうするんだ!!」
「分かってますよ!!!」

「うわあああん!!!」
「こわい!先生!!助けて!!」
「みんな落ち着いて!大丈夫よ!!」

「早く避難を!」
「どこに逃げれば良いんですか!」

「魔塔へ連絡を!こいつ目玉があるぞ!!」
「だからここが分かったのか!」

一瞬でパニックに陥った孤児院。案の定、大した対策はしていなかったようだ。
ギルド登録者の気配もない。魔獣に対抗出来る強さを持つ魔術師は、咄嗟に結界を張った1人のみ。

(今まではあの魔術師だけで、魔物らにも勝てたんだろうが…これは負け戦だな)

元々の結界もあっただろうが、目玉を作れる程に力を溜めた魔獣には意味がなかったのだろう。
魔獣は大きな一つ目をぎょろぎょろと動かしながら、的確に人の位置を狙って光線を打ち込んでいた。

「くそ!一度結界を解く、皆、攻撃にそなえ」

「そんな事したら一瞬であの光線にやられるぞ!もう少し耐えてくれ!」

「だったら誰かアレの気を引いてくれ!」

「我々の魔術には少しも反応してくれません!」

「だから結界を解いて、俺が」

「早く子供達を…」

「誰を狙って来たんだあいつは!」

「そんな事いまは」



ーーードオオオンッ!!



「きゃああああ!!!」
「うわああああ!!!」

激しい爆発音と振動に結界を張っていた魔術師を残し、全員が頭を伏せた。

魔術師の目の前で、大きな火柱に包まれ魔獣が燃えている。炎の光で辺り一面が真っ赤に灯り、魔獣の声にならない声が響き渡る。
目玉が溶けるように、どろりと黒い液体を流したと思ったら、弾けて黒い魔素となって散り、そして燃えた。
メラメラと燃える火柱は、建物さえも飲み込めそうな太さだったが、どれだけ魔獣が暴れても火が燃え移ることはなかった。

しかし魔獣も中々倒れない、炎の中で二足立ちした後、大きく振り返り、孤児院へ尻を向けた。
黒く長い尾が炎を伴い、ぶんっと振れたが、魔術師がすかさず結界を張って建物を守った。

「流石にしぶといな」

どんどん燃えて輪郭を失っていく魔獣の奥から声がした。赤い炎の壁もあり、魔術師には声の主の姿は見えない。

「核だ!」

もう1人、子供のような声がした。
孤児院の子供達ではない。

「ああ、ようやくお目見えだ。俺にもはっきり見えるぜ」

炎の中で、薄れ行く魔獣の身体の一部に、黒々とした丸い部分を見た。核だ。
核は身体の中を逃げ惑うように動き回っている。

ジンは腰鞄から狼口ろこうを取り出し、口元に嵌めた。
右手の指を曲げ伸ばしして骨を鳴らすと、マントを脱ぎ捨て、炎の中へと飛び込み、四つ足で身構える魔獣の、右脇腹に移動した核へと右手を伸ばした。

闇属性特殊魔術『消失』
人や物など対象は限らず、直に触れたものの魔力を消し去る上位魔術。
対象が術者よりも遥かに大きな魔力を有する場合や、常時魔力を吸収するような仕組みの術や魔道具では、一時的な消失となる。

魔獣は、ーー

核を掴むと解れるように、残り火の中で霧散し、魔素を燃やされて消え去った。

ーー心臓を停められたと同義だ。

右手に持つ赤黒い球体を眺める。消失を絶えず行う事で、赤黒い血素ちそから魔素が抜けて行き透明になった。炎の中に居たと言うのに、それは冷たく死の気配を漂わせている。

炎が完全に消えた時、ジンはやっと目の前にいる魔術師と、その後ろにいる人々へ意識が向いた。
魔術師がそっと、僅かに警戒しつつ、近付いてくる。

「…あの、…どちらの、冒険者…、ハンター、ですか?」

「冒険者だ、今は中央で活動している」

「魔塔からの依頼とかですか…?その、申し訳ない、我々は何も、魔獣の出現しか聞いておらず…その…」

「違う、ここへは別の依頼で立ち寄ったんだ」

「…そう、ですか…魔塔は、事態の把握を…調査は一体……」

魔術師が言いたい事が分かった。
あれほどの強い魔獣との報告もなく、護衛を増やすでも、避難を促すでもなかった現状に、魔塔に見捨てられたのかと、もしくは、生贄にされたのかと、そう思ったのだろう。

「…魔塔からの依頼ではないが、関係者からここらの調査協力を申し出られていた。だからついでにと、ここに来たんだ。まさか、既に目玉が出来るほど成長していたとは、俺も聞かされていなかった。
ただの魔獣だと、誰もが思っていたんだ」

「……」

「だから今回は緊急事態だと判断して、勝手に参戦したが、余計なお世話だったか」

「いえ!まさか!!助かりました!本当に…、本当に助かりました…ありがとうございました…」

魔術師は声は若かったが、初老の男性だった。黒いローブから顔を出して深々と頭を下げる。

「これほど強い魔術をお持ちの冒険者の方が近くに居て下さり、良かったです。あのままでは、我々は皆、魔獣の餌と成り果てていたでしょう」

「ああ、みんなが無事で良かったよ。魔獣が食い尽くしたようで、この辺りにはもう魔物も大型獣も居ない。逃げて行った生き物達が戻るのにも時間が掛かるだろう。暫くは安全だと思う。今の内に魔塔へ連絡を。今回の魔獣はどこかだと伝えてくれ。俺の方でもギルドへ報告させて貰う」

帰ろうと踵を返す。「あ」と後ろから漏れた声に顔だけ振り返った。
魔術師が言いにくそうに、右手に掴んでいる核を指差した。

「そちらは、持ち帰るのですか…?ギルドへ渡すと、その…」

「ああ…そうか。どうするかな。ある人への贈り物にしたかったんだけど」

言わずもがな、ロキへ渡す気だった。しかし直接渡す訳にも行かないし、ギルドへ渡すと素材として売買に回される。魔塔は調査の為に核を集めているのだが、ギルドは利益を優先してしまうので、高額で買う羽目になるらしい。魔術師としては、魔塔へ核を譲って欲しいのだろう。

「…核を贈り物に、ですか?」

「……そうだ。魔術師さん、あんたから魔塔へ渡してくれ。ロキと言う学園の魔術教師が居るだろ?あの人に」

「ロキ殿をご存じですか!あの方には大変世話になっております。以前はよく足繁く通って下さり、結界の強化などの手解きを受けました」

「……へえ」

正直、意外だった。だがそれなら話が早い。
ジンは振り返り、核を魔術師へと差し出した。

「では孤児院からの贈り物として渡して欲しい。俺の事は、まあ、伏せててくれ。どうせギルドからは連絡が行くだろうが」

「…良いのですか」

「さっき言っただろ、贈り物にするつもりだった。宛先は同じだ。…ああ、あんたが倒したことにするか?」

「滅相もない。嘘の功績など自分の首を絞めるだけです」

「それもそうか。……では、共戦したと伝えておいてくれ。嘘ではないだろう」

「…俺は何も」

「戦っていただろ。あれらが無事なのは、あんたの功績だ」

魔術師の背後を見る。いつの間にか集まって来ていた世話役の女性達や、魔術師上がりの職員達、5名ほどの子供達が立っている。
目が合うと一斉に頭を下げた。

「…功績があった方が、建物の修繕費や今後の対応も良くなるだろ」

こそっと魔術師へ耳打ちして、ジンは会釈して再び踵を返す。マントを咥えたマントをしたフィルが尻尾を振って寄って来る。ドラゴは言い付け通りに人前では隠密になるので、姿は見えないが顔の付近に寄って来たのが分かる。
フィルの口からマントを受け取り、肩へと羽織りフードを被ると、変質効果で景色へと溶け込み、見えなくなる。

消えた事に驚く子供達や、脅威が去った事で安堵して座り込んでしまう職員達。
核を胸に抱え、消えた後も深々と頭を下げる魔術師の姿だけが残った。

.
.
.

「今日の収入はコレだけか」

依頼を受けて来たのは事実だったが、魔物は魔獣により全滅していたので、追加報酬になる採取物しか得られなかった。
手の中には峡谷の森に生える毒蘭の種を入れた小袋がある。

「今日の肉はなしか?」

「魔物肉はな。帰りに肉屋に寄ろう」

不満げなドラゴだったが、すぐに嬉しそうにする。肉なら何でも喜ぶのでありがたい。
腰鞄へと小袋を戻し、森を抜けた。
ギルドが定期的に出している駅馬車があるが、ジンは途中まで走る事にする。

「フィルの姿も消せるから、走っても目立たねぇな」

ドラゴの隠密は人間であれば共有出来るが、魔物では出来ないらしく、フィルは姿を隠す術がなかった。
だが今は虹蛇の革マントがある。フードを被せて顎紐を絞るとフィルの姿は景色に溶けた。
ジンもフードを被り、同じく景色に溶け込むと、整備された道ではなく、脇道や屋根の上などを駆けていく。

馬車で6時間掛かる道のりを、時々休みつつも、4時間もせずに中央へ辿り着き、その足でギルドへと向かった。

時刻は既に夕刻を刻み、依頼帰りや夜間依頼の受付などでごった返すギルド内。
開け放たれた扉から、喧騒が外へ漏れる程だ。
ジンは変質効果を解いて、白銀色のフードはそのままに中へと入った。

受付の列へ並んだ瞬間、数名のギルド員が互いに耳打ち、顔見知りの受付嬢達は困惑した様な表情を見せた。

(…またなんかあったか)

一難去ってまた一難。フードの下で眉を寄せた。
騒つく喧騒を裂いて割るように、大きな声が嘲笑を込めて響いた。

「お前、やっぱり登録証を偽造していたらしいな!」

声の主へ視線を送ると、虹蛇の時に土に埋めた大男。
ジョンズが指を向けて高らかに笑っていた。
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