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学園編 1年目

南部首長長男の波乱4

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案の定、ファクシオンは一方的な暴力を振るわれたとし、イルラを責め立てた。

事前に学園長と主幹教諭達へ根回しをしていた事と、元々ファクシオンの素行の悪さが教員の間でも問題になっていた事で、信憑性がないとして意見は通らなかった。
そもそも多勢に無勢を強いたのがファクシオンだと一目瞭然だったのだから、当然と言えば当然だろう。

しかしイルラの心情を考慮し、今回の件は公爵家同士の瑣末な小競り合いとして処理された。

ペナルティとして関係者全員へ反省文を命じ、2度とこのような騒ぎを起こさない事を誓う条件で、家への報告は保留にした。次に同じような問題を起こした者には、寮での謹慎と学外の奉仕活動を宣言されている。

イルラはこの処分を温情として受け取り、ファクシオンは不満を垂れ流していた。

(やるべき事をきっちりやってから、不満を垂れ流して頂きたいものだ)

ロキは明らかに代筆されたファクシオンの反省文を机の端に放り投げた。初めから期待もしていなかったから、落胆も疲労もないが、これでは意味がない。無意識に指が机を叩く。

今までのクラスでも身分差別がなかったとは言えないが、暴力沙汰へ発展したのは初めてだった。
そもそもロキが受け持つのは、実力も教養も身に付いた品格高い3学年のクラスだったからだろうか。

いや違う。今までのロキには見えていなかった。そもそも見ていなかった。興味さえなかった。
その心が透けていたのか、心を開いて相談事を持ち掛ける生徒も居なかった。魔術に関してはちらほらと居たが、矢張り記憶には薄い。

溜息を零し、眼鏡を外して椅子に凭れ掛かった。
ロキも身分には無頓着な方だったし、ロキ自身がそれで苦しむ事がなかったからか、身分や人種の差別に真剣に向き合った事がなく対処法もよく分からない。

だがイルラが頬と拳を血で汚し、唇を噛んで涙を堪える顔を見て、胸が痛んだのは確かだ。
ジンの言う通り、イルラは優秀な生徒で気に入っていた。どうにかしてあげたいが、どうすれば良いのか。
ロキにあるのは莫大な魔力と類稀なる魔術だ。
身分を傘に着る相手には通じない。

(魔術のちりにして良いのならば簡単なのだが…)

少しばかり不穏な事を考えた。

その時、教員室のドアがノックされ、ロキはゆっくり身を起こす。来訪の予定はない。

「はい」

「わしじゃ、今良いかな」

「学園長殿? はい、どうぞ」

意外な訪問者に眼鏡をして立ち上がると、ほぼ同時にドアが開かれた。
学園長の後ろに控えた人物を見て、ロキは目をしばたかせる。

.
.
.


「授業中に失礼する。アリスロゼ先生、少しよろしいか」

史学の授業中だった。
突然入ってきたロキに全員が驚いた。史学教員であるアリスロゼが扉の前に立つロキに近付いたと思ったら、その背後に目線を向けて一礼した。
2人は小声でやり取りした後、アリスロゼが生徒達に顔を向ける。

「イルラ・ククルカ。君にお客様だ」

「………オレに、ですか」

イルラは戸惑っていた。首都に訪ねて来る知り合いなどいない、万が一に村の者が来たとしても教室まで訪ねに来るわけがない。しかも授業中にだ。
戸惑いはクラス全体に広がっていた。

ロキとアリスロゼが道を譲るように扉の横に立ち、入って来る男に頭を少し下げた。
青みが強い黒髪を柔らかく分け、細やかな刺繍が施された品の良いベストとスラックスを着こなした紳士は、窓際で呆然としているイルラを見て微笑んだ。

「授業中に邪魔してすまないね。君がククルカ首長の一人息子さんかい?」

「……はい」

どう見ても身分の高い紳士に、イルラはやっと立ち上がる。ロキが紳士の後ろで指で来るようにと指示していた。
戸惑いが強いだろうに、イルラはサッと背筋を伸ばして「首長の息子」「公爵家の後継者」としての顔と姿勢を整えて紳士の元へと向かう。

静まり返った教室内で、ファクシオンが唐突に立ち上がった。椅子が倒れ、全員の視線がファクシオンへと向けられる。紳士の目も、教師陣の目も。

「ディ、ディル・アルヴィアン閣下!な、なぜこちらに…なぜ、その様な者を」

知っていた者、知らなかった者、それぞれが騒めき立つ。

「…やっぱり。なんで王国一の公爵家がこんな所に来たんすかね…」

隣でハンスも驚いてる。

ディル・アルヴィアン公爵閣下。
宰相を務める彼は王の右腕と名高く、広い領地に豊富な資源を有する王国一の金持ちだ。

ジンは紳士とイルラを見据えて黙っている。

「ああ、君は確か…オンザウェル家の子か。このクラスだったんだね。すまないね、邪魔してしまって。時間がないので、学園長に無理を言ってここにいるんだ。君のお父上の話もしたい所だが、後にしよう。座りたまえ」

穏やかそうな紳士は始終笑みを絶やさないが、眼光には有無を言わさぬ迫力があった。
隣の席にいた腰巾着が慌てて椅子を起こして、ファクシオンは唇を震わせながら座った。
怖がってるのか、悔しがってるのか。

紳士は正面に立ったイルラが挨拶をしようと構えた所で、にこやかにイルラへと顔を向けた。
カツカツと軽快に近付いていく。

「初めまして、イルラ公子。名乗る前に知られてしまったが、私はディル・アルヴィアン。君と同じ公爵位の者だ」

「……アルヴィアン公爵閣下にご挨拶申し上げます。イルラ・ククルカ、南部アルルアにて首長を務めさせて頂いておりますスー・ククルカの息子です。…同じ、とは、身に余るお言葉恐縮です」

イルラは右手を胸に、左手を腰の後ろへと置いて、一礼した。王国内の挨拶とは少し違う。
イルラ達の挨拶なのだろう。

「うん、素晴らしい挨拶だね。顔を上げて、楽にしてくれて良いよ。ここは非公式の場だからね。…それよりも、身に余るなんて事はない。君達一族は我が王国の砂漠地帯全域を纏め上げてくれている立派な公爵だろう。君のご両親の活躍を私はとても尊敬しているよ」

イルラが思わず顔を上げた。

「……両親の」

「ああ、勿論、代々の首長達の努力もね。南大国との和平協定の基盤を強固なものにしてくれて、交易も担ってくれて。前首長殿と君のお父上に至っては、本当に命を賭して人々を守ってくれた。2人亡き後も、お母上が立派に後を継いでくれているからこそ、変わらぬ親交を南大国と続けていられる。
南部アルルアは王国になくてはならない大事な場所だ。そこを守ってくれている一族の御子息が入学したと聞いて、居ても立っても居られずに無礼を承知で会いに来てしまった」

はははと軽やかに笑う紳士に嘘は見えない。
イルラは取り繕うことも忘れ、呆然としているような顔になる。

「驚かせてしまってすまなかった。本当はきちんとした場で挨拶するべきだったんだが、忙しくて先の目処も立たなくてね。先生方にもご迷惑を」

「とんでも御座いません」

「お心遣い有難く存じます」

ロキとアリスロゼがそれぞれが答える。
ディルは満足そうに微笑むと、イルラの手をそっと取った。
小柄なイルラの為に膝まで折って。

「首都には慣れない事も多いだろう。国王陛下も心配なさっていたよ。ククルカの後継者が首都で何かあったりしたら大変だからね」

「お、恐れ入ります…」

国王陛下の名前まで出て、イルラは戸惑いが破裂しそうになってるようだった。懸命に出したのか、声が震えている。
気丈に見えてもまだ16歳だ。

「もし何か困った事でもあれば、アルヴィアン家を頼って欲しい。君の味方になりたい」

「……そのような」

「良いんだよ。素直に受け取ってくれると嬉しい」

「………はい、ありがとうございます」

イルラがディルの手を握り返して、深く頭を下げた。あの小さな身体に、重過ぎる責任をはち切れんばかりに溜めていたのか。ジンは胸が苦しくなる。

ファクシオンは青褪めたまま、ぶるぶると震えていた。恐怖か不安かは分からないが、震えるのは当然かもしれない。
公爵位の中で最も高貴とされているアルヴィアンが、ククルカを対等として扱った上に、国王陛下からも目を掛けられていると言うのだから。

今までのように差別は出来ないだろう。
教師2名にクラスメイト全員が証人であり、もしイルラが不当な扱いを受けた時には誰かしらから報告されても可笑しくない。黙っていて、後にバレた時、アルヴィアン公爵家から何かしらの沙汰があるかもしれないからだ。
だったら密告した方が賢明だと考える。

事実アルヴィアン家がイルラの為に動くかはわからない。
大事なのは、そうなり得るかもしれないと言う危機感を持たせる事だ。

ファクシオンの顔は依然青褪めたままだ。今はこれまでの行いを、イルラが暴露しないか心配なのだろう。
アルヴィアンには頭が上がらない一家だし。

「…今後、何かありましたら甘えさせて頂きたいと思います」

しかしイルラは今までの事は告げず、しっかりとした顔付きをディルへ見せた。

「……今、困ってる事はないかい?」

「御座いません」

きっぱりと言い切った。
そんな事ないと皆知っている。

ディルも知っていた。

「…そう」

しかしイルラが言わないのであれば、ディルが突つくことはしない。

「君は立派な子だね」

「…いえ…オレ…私は、自分じゃまだ、何も出来ません」

「そんな風に自分を捉えてはいけない。大人に比べたら確かに出来る事は少ないだろう。跡取りとは言え、君はまだ16歳の学生だ。そんなに急に大人にならなくて良いんだよ。もう少し周りに甘えなさい。1人で抱え込まずにね。私の事は親戚とでも思って気軽に接してくれて構わないよ」

「どうして…」

ーーオレなんかをそこまで気にかけて下さるのですか

言いかけた言葉を飲み込んで、イルラはまた深く頭を下げた。ディルはそっと手を離し、優しく肩に置き直す。顔を近づけ、その周りにだけ小規模な認識阻害魔術を掛けた事に、イルラは肌感覚で気付いた。

「…息子と仲良くしてくれてありがとう」

「え」

「これを君に伝えた事がバレたら怒られてしまうから、内緒に頼むよ」

にこやかに微笑んでディルは離れる。
悠然と扉へと歩き、最後に生徒全員を振り返り、軽く手を上げた。

「邪魔したね、勉学に励み良き精神を育ててくれ。では失礼する」

ディルの後ろにロキがついて出て行く。
一拍の沈黙が挟まった後、熱湯が突然吹き零れるように教室内が湧いた。

アリスロゼがイルラに歩み寄り、「良かったな」と声を掛けていた。イルラは頷いてはいるが心ここに在らずと、ぼんやりしているように見える。

「……すげえ人が後ろについたっすね、これでもう誰もイルラに文句なんか言えねぇだろうし良かったっすね、ジン。……ジン?」

「………ん?ああ…そうだな」

「…どうかしたんすか?」

「いや、何もねぇよ」

ファクシオンを気にして、イルラへの不当な扱いを見て見ぬ振りしていたクラスメイト達が、口々にイルラへ労いだったり謝罪だったりと声を掛けていた。

唐突な掌返しは気味の悪さがあるが、少しはクラスで過ごしやすくなるだろう。

結局授業は落ち着かないまま、教師もなぜかアルヴィアン公爵家や南部統制の歴史などを語り出して終わった。

.
.
.

「あれで良かったかな」

ディル・アルヴィアンは自宅の執務机に座って、緑の光をぼんやりと放つ通信魔具へ笑いかけた。
光の中に同じくぼんやりと映し出されている相手ーージンが頷いた。

『ああ、おかげでクラスの雰囲気がまともになった。イルラはびっくりし過ぎて、あれからボーッとしてたけど…始終気を張ってるよりずっと良い。……だけどさ、なんで授業中だったんだ。流石に予想外過ぎて俺までびっくりしたぜ』

「牽制するなら派手な方が良い。特に相手が大衆を味方に付けようとするのなら、此方はより多くの大衆を味方にしなければね」

『…なるほど、俺には無理な芸当だ。ありがとう、本当に助かった』

「なに、礼は結構だ。実際イルラ公子に会いたいと思っていたからね。私としても良い機会だった。しかし、ジンに相談された時にすぐに動けなくてすまなかったな。随分と待たせてしまったか」

相談を受けたのは一月ひとつき以上前になる。
生憎と領地視察や会議が立て込んでおり、時間を捻出する事が叶わない上に、学園へ来訪の許可を取るのにも時間が必要だった。
例え保護者でも、緊急時以外では安易に入る事は難しいからだ。

『まあ、早くどうにかしてやってくれとは思ってたけど、忙しいのは分かってる。感謝しかねぇよ、本当にありがとう』

「そんなに早く解決したかったなら、最初からお前の後見人が公爵家うちだと公にしておけば良かったんだ。今からでも名乗るかい?書状を送る準備ならすぐに済むよ」

『今からじゃ余計なトラブルを増やすだけだろ。大体俺の力じゃねぇもんを振り翳しても、上手く使えるとは思えない。色々と裏で詮索されんのもごめんだ』

「オンザウェル家であれば、情報屋を使って過去を探る事は有り得るな…」

『言ったろ。学園では普通に過ごしたいんだ。なるべく穏やかにさ』

「……穏やかに、ね。既に色々目立ってるようだが」

『…え?』

「担任の先生と少しお話したからね。色々と聞かせて貰った。…本当は直接、お前に会って聞きたかったんだがな。会いに来る気はまだ出ないか?」

『…俺は公爵家にはもう行かねぇし、ただの男爵家の孫があんたに会う理由は何もねぇよ』

「ひどいなあ、忙しい合間に助けに行ってあげたのに」

『………そろそろ帰らねぇとまずいから切るぜ、礼は数日で届く筈だから確認してくれ。じゃ』

学園に通信魔具の類は教師陣しか持ち込めない。ジンはわざわざ外の何らかの施設から連絡をくれている。
ディルは慌てて片手を振る。

「あー嘘だよ嘘!全く君には本当に敵わないな」

口振りにジンが黙った。ディルの言い方が自分に向けられたものではないと察したからだ。

『……』

「あ、ごめん。声がお父さんそっくりになってて、つい。見ない内に顔も面影が強くなってるね。格好良くなってきたな」

ディルの目に懐かしさと哀愁が漂い、ジンではない誰かをその目に映しているのが分かる。
ジンは特に何の感情も浮かばない顔をしていた。

『いまだにレベッカと呼ぶ人も居るけどな。どっちなんだよとしか』

「ああ……小さい頃は女の子に間違われるほど可愛かったからなあ。そうだジン」

ディルは両手を組んで、魔道具へ顔を寄せる。ただの写体投影術なのに、ジンは少し身を引いた。畏まった、と言った方が正しいか。

『うん?』

「もうパパとは呼んでくれないのか」

脱力してジンの顔が初めて歪んだ。

『………1回も呼んだ事ないだろ』

「そうだったか?」

『…あんたの中の過去の俺、どうなってんだよ』

「父様だったかな?まあ良いや。兎に角、今回のお礼はそれで良いよ、ジン」

『……閣下』

「学園に書状を送り付けても良いんだよ。書き損じがあった為、訂正をと。ジン・アルヴィアン。もう一つの正式な名前だ」

『…………分かったよ、義父とうさん』

「ああ、良いね。頑張った甲斐があったよ」

『それに関してはありがとう。それじゃあお休み』

「あ、ジン…」

緑の光の中、手が大きく映された次の瞬間、ふっと緑の光自体が消え失せた。ディルの目の前にはいつも通りの自分の執務室しかない。
数回使うと壊れてしまう通信魔具を指でなぞる。

「……もっと彼に似てくるだろうか」

ギシリと背凭れを鳴かせて椅子に深く身を委ね、目を閉じた。静かになってしまった空間が物寂しく感じる。
しかし感傷に浸る間もあまりなかった。
ノックが響いた。

「誰だ」

「俺です、父さん。開けますよ」

「ああ、どうした」

入って来た息子は明らかに目線が卓上の通信魔具へ向けられていた。

「…誰と話してらっしゃったんですか、こんな時間に」

「ちょっと懐かしい顔とな。それより、何か用かい」

通信魔具を引き出しの中へと片付けると、息子は何も言わずに持ってきた資料を差し出して来た。

次、彼に会えるのはいつだろうか。

.
.
.

学園で話し掛けてもイルラは怒らなくなった。
余裕が出て来たのか、表情も態度も柔らかくなったので話し掛けるクラスメイトも増えた。
相変わらずドライな対応だし、個人主義には変わりないが、誘われれば昼食を共にしているし、困っていれば手助けもしている。

「イルラ、一緒に帰ろうぜ」

「ああ」

時々こうして一緒に寮に帰る事も増えた。
カカココとドラゴ達も以前より仲良くなった気がする。やはり従魔は主人の気分に左右されやすいのかもしれない。

「…なあ、アルヴィアン公爵閣下をオマエは知っていたか?」

唐突な問い掛けに、前を見ていた目が隣の小さなイルラへ向けられる。

「…知らない奴はあんま居ないんじゃね?」

当たり障りのない答えを言っておこう。

「……あの人は不思議な人だ。なぜわざわざオレを助けたのか分からない。だが、あの人が言った言葉に嘘はないように思えた。優しい人なのだろうと感じた」

「…まあ、優しくはあるだろうな。誰にでもじゃねぇだろうけど」

「そうだな。誰にでも優しい方が胡散臭い。だけど、あの人はそう思わなかった」

アルヴィアン公爵について多くはあまり語りたくないが、イルラが何を言いたいのかもよく分からなかったので会話を変えるのは憚れた。頷いておけば良いかと相槌を打とうとした時に、イルラが訥々と語り出したので開いた唇を閉じた。

「…ここに来る前、母さんが『人間はどこまでも残酷になれる生き物』だと言っていた」

「……まあ、間違ってねぇな」

「でも、それまでは、『どこまでも優しくなれる生き物』だとも言っていた」

「…矛盾してる気もするが、それも間違いじゃねぇな」

「そう、矛盾している。だけどきっと間違ってない。優しい人間は存在する。だからオレは、ここに入る前に母さんに言ったんだ」

イルラは歩く時、少し足元を見る癖がある。伏し目に見える角度から見下ろすオレンジの目が、芯のある強さを持って真っ直ぐと正面へ上げられた。

「だったらオレは、そんな優しい人間を見つけ出して友達になってくるって」

「…アルヴィアン公爵閣下と友達になるのは、流石に難しいんじゃねぇかな」

「誰がそんな事言ってる」

呆れられてしまった。

「話の流れ的にそうなのかなって」

「違う。そんな友達が出来たという話だ」

「えっ、そうなの?優しいのそいつ?」

いつの間に、と真剣に思った。
最近は確かにクラスメイト達と仲が良い。クラブには所属していないので、友人が出来たとなれば同じクラスの奴だろう。だが特定のクラスメイトと一緒にいる姿は見ない。

「優しい。ソイツがオレを友達と思ってるかは知らないが、オレは友達だと思ってる」

「……ごめん、誰?イルラ、あんま俺等以外と一緒にいるの見たことねぇんだけど」

「だから、オマエだ」

「…………ん?」

普通に考えれば分かる答えなのに、思わず聞き返してしまった。イルラは横目でジンの顔を憮然と眺めていたが、小さく溜息を吐きながらまた前を見た。

「オマエがそうは思ってなくても、オレは友達だと思ってる」

「あ、いや、今すげぇ嬉しいんだけど。正しい意味での友達で良いのかなって。ほら…」

「……なんだ、オマエそう言うの気にするのか。言葉の正しさなんて気にしない奴だと思っていた。でも友達以外に言いようがないだろ」

「……うん、確かに気にしねぇかな。でもイルラがさ、正しい友達を求めてんなら答えた方が」

「……バカだな」

イルラが笑った、硬く閉ざしていた蕾が綻ぶような笑みだった。ジンは見惚れてしまう。
愚弄の言葉なのに全然嫌な気がしない、寧ろたっぷりの友愛が込められているのが分かって、擽ったくさえある。

「正しさなんて人それぞれだ。オレ達はオレ達の正しさを作れば良い。だから、…」

「だから?」

黙ってしまったイルラに見惚れていた意識を覚醒させ、尋ねる。もう一度今の顔を見たくて覗き込んだが、いつもの無表情に戻っていた。
すっと長い睫毛からオレンジの瞳がジンを見据えた。
距離を縮めてくる足に身を更に屈めると、手を添えて
耳元で囁かれる。

「帰ったら循環しよう」

聞いた瞬間、ジンは崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
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