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学園編 1年目

男爵家男孫と商会長次男

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ハンスはベッドの上で、クッションを腹に抱き締め天井を見上げていた。

(もやもやする)

実習場グラウンドで見たジンの私服姿を思い出す。
レースアップシャツのV字に開いた首許、盛り上がった胸筋に引っかかるようにウエストまで緩やかに落ちていく裾。細い腰を締めたベルトに張った尻から太腿を撫でる下衣のライン。シンプルなスタイルの足元には、長い脚に映えるごつめの編み上げブーツ。
少し撫で付けられた黒髪から落ちた前髪と、二重の鋭い目元、少し厚めの下唇。

(ーーえ、っろ)

ハンスはもやもやが段々、ムラムラに変わるのを感じた。

(意味わかんねえんすけど。マジで同い年かよ。あの筋肉はどうやってつけるんだよ)

かなり美化してしまってる。きっとそうだ。
ハンスは思考を変えようと起き上がるが、再びジンの姿が思い浮かぶ。
差し出してくれた指先や、隆起して動く喉に、襟足から鎖骨へ続く首の筋。

「……っっはあ…」 

またバタリとベッドに仰向けになった。
ニヤつきそうになったり、悶えそうになったり。

(……ジンは担任は男が良いって言ってたな。もしかして同性愛者かな。さすがに飛びすぎかな)

そこでハンスは気づいた。
ジンとは恋バナだとか性癖だとかの話をしたことがないと。そもそもジンは自分の話になると誤魔化す事が多くて、実際知ってる事なんて少ない。

気持ちが急激に萎んでいく。

(アホらし…)

クッションを壁に投げるように退かして起き上がる。

コンコン

ドアがノックされた。

「はーい、開いてるっすよー」

ここに来る奴は大体決まってるので、適当に返事してベッド脇に置いてた本へと手を伸ばした。
ドアが開く音がする。

「チルならいないっすよー」

来客を見もせずにあぐらの上で開いた本に目を落とす。

「チルって誰?同室?」

聞き覚えのある声に顔を上げると、目の前にジンの顔があった。

「うわっ!近っ!」

「よお、ハンス。暇なら俺と遊ぼうぜ」

飛び上がるほど驚いたのに、ジンはニヤニヤと笑いながら軽口を言ってくる。
色んな意味で心臓がバクバクしている。

「暇だし、めちゃくちゃ遊ぶ気あるっすけど、登場の仕方は気にしてほしいっす」

「なんだよ、普通にドアから来ただろ。こっち見なかったのはお前じゃん」

飛び上がった拍子に落ちた本をジンが拾ってくれる。

「う…まあ、そうっすね。いやまさか、ジンが来るなんて完全に想定外だったっすもん」

「ハンスの部屋に来んの初めてだっけ?」

「初めてっすよ!いっつも俺から会いに行かないと全然会ってくれねぇじゃん」

「学校ではハンス連れ回してるから、寮くらい自由にした方が良いかなって気をきかしてたつもりだったんだけど。会いたがってくれてたのな。会いに来なくてごめんな」

「そう思うなら今後は気をつけて頂きたいっす」

わざとらしく胸に手を当てて謝罪するジンへ、同じくわざとらしく胸を張って偉そうに告げる。

「今後気をつける。差し当たって今日の所は」

本をベッド脇へ戻された。
ジンが指を鳴らすと、ドラゴがスッと姿を現す。その黒い手(前足?)に袋をぶら下げている。
その袋の中から黒い瓶を2本、ジンの手が取り出した。

「こちらでご勘弁を」

「え……酒?」

「違う違う、果実水ジュースだよ」

「出し方があまりにも葡萄酒ワインだったっす」

差し出された一本を手に取る。よく見たら商会で扱ってる商品だった。瓶が黒いだけのジュースだ。
ドラゴがジンの横へと近付いて、ぐいっと袋を突き出す。まだ挨拶していないからしようとしたが、先にドラゴが声を出した。

「ジン、オレ様は学園長のところへ行く」

「おう、じゃあこれとこれだけ頂戴。後のは学園長と一緒に食えよ」

ジンが袋からいくつか取り出して、ベッドの上に放っていく。少なくなった袋をしっかりと握りしめて、ドラゴは少し高く浮いた。

「わかった。じゃあなハンス」

「えっ、ドラゴもう行っちまうの」

「オレ様は忙しい。学園長のひげにイタズラをする」

謎で、かつ不謹慎なことを宣言してドラゴは姿を消した。ハンスにはさっぱり分からないが、ジンが開け放している窓の方を向いていたので窓から出て行ったのだろう。

「…ドラゴ、イタズラするって言ってたっすけど」

「ああ、大丈夫だよ。ドラゴは学園長好きなんだよ、素直じゃねぇだけ。まあ、マジで邪魔だったら学園長も追い払うだろうし」

「へえ…ドラゴがジン以外に懐くことあるんすね…あれ、フィルは?」

「フィルはロキ先生ん所。暑さでバテちゃうから、ロキ先生の教員室に偶に置かせて貰ってんの。涼しいし、ロキ先生ならフィルを冷やせるし」

「ロキ先生なら冷やせるって何すか」

ジンが隣へと腰を掛ける。
ソファもあるけど、物置化してるし、ジンが気にしてないならベッドで良いかと物臭に構えていた。

「ロキ先生、氷属性魔術使えるから」

「え、氷属性持ちっすか?俺とおんなじっすね」

すごい人と同じ属性なのは、実際関係はなくとも嬉しいものだ。だが、ジンは緩やかに首を振った。

「先生が持ってんのは、五属性と原初属性の闇だよ。派生の属性は、自分で作り出してんだって」

「………ん?どう言う意味っすか?属性って、作れるんすか?」

「普通は作れないって。先生はほら、バケモンだから。属性魔術の術式をそれぞれ解いて、組み換えて、置き換えてどうのこうのって言ってた」

「…とんでもねぇ事教えて貰ってんじゃねっすか」

「そうだろうけど、意味分かんねぇし、難し過ぎるし、何ひとつ覚えてねえ」

「先生からしたら教え甲斐がこれっぽっちもない生徒っすね」

瓶を口に添えたままジンが笑った。

「先生にまったく同じ事言われた。でもしょうがなくねぇ?術式が見えるロキ先生だから出来る事だろ。俺には永遠に関係ねぇ気がする」

「術式が見える???」

「意味分かんねぇだろ?だからバケモンなんだよ」

「俺にもさっぱりっす。それよりさっきからバケモンバケモン言ってるっすけど、先生に怒られるんじゃねぇっすか」

「え、どうだろ、喜ぶかもな。先生、魔術に関してはだいぶ変人だし」

「………先生と、仲良いっすよね」

クラブでそう言う話をするのだろうか。それにしては仲が良いように見える。
雪遊びの時もそうだった。2人の間には何やら親しげな空気が流れていたように思う。
それは、イルラ相手にも感じた事だったが。

「うん、良くして貰ってる」

事もなげに言われて面白くない気持ちになる。
果実水を開けて飲む、柑橘系の甘酸っぱい味がした。
ハンスはその一瞬で覚悟を決めて、瓶を握り締めてジンへ顔を向けた。

「ジンは、誰かと付き合ってたりするんすか?」

ド直球の質問にジンが面食らっていた。
あまり見ない顔に、少しだけ溜飲が下がる。

「……それは恋愛の話?それとも、別の意味があったりするか?」

「恋愛っすよ!」

「……あ、」

「誤魔化しはナシで頼むっすよ!」

ジンが口を開こうとした瞬間に指を突きつけた。
勇気を出して聞いたのだから、こればかりは真摯に語ってほしかった。
目を丸くしてるジンの瞳に、釘を刺すように指を更に突き立てる。

「…ふ」

ジンが笑った。

「何笑ってんすか」

むかついた。

「いや、いつも誤魔化してんの許してくれてたけど、結構我慢してたんだなって思うと可愛くて」

ジンは焦りもしないで、緩む唇を宥めようと指で撫でている。全く効果はなく、普通にニヤけて見える。
顔が良いせいか、単に好みなのか、ニヤけ顔すら格好良く見えるから、ハンスは余計に腹が立ってきた。

「……そうやってまた」

「違う違う、誤魔化しで言ってんじゃねぇって。誰かと付き合ってるかって質問だろ?付き合ってねえよ」

「……ほんとっすかね」

「本当だよ、嘘吐かねぇって。もっと言うと、誰とも付き合う気ねぇの。これからも、ずっと」

「…え?」

「俺ねー、恋愛出来ねぇ体質なんだと思う」

いつも通りの顔と声で、ジンはとんでもないカミングアウトをしてる気がする。

「えっ?そんな人いるんすか?」

「それが、いるんだよな。ここに」

「え、だって、それじゃあイルラは…?」

唐突に頭の中に浮かんだイルラの名前を、無意識で口に出していた。あの褐色の美少年は最近少しだけ角が取れたと言うか、丸くなったようだと噂だ。
元々年に似合わない雰囲気を持っていたが、最近輪をかけて色っぽくなったとも聞くし、同感だ。
なんとなくだが、イルラの空気が変わったのはジンが関わってる気がしていた。
「あ」と口を塞ぐが遅い。

「イルラとは付き合ってねぇけど…循環してる」

「は?」

更に唐突な言葉が飛んで来て、間抜けな声が出た。

「循環って、…魔力循環?テオとしてるヤツ?」

「そうだけど、違う。特殊なヤツ。……言って良いのかな。でもお前、勘がいいからなあ…言わなくてもいずれ辿り着きそう」

「えっ、何すか?特殊なヤツって」

ジンが耳を寄せて来た。反射的に耳を傾ける。

「セックス」

単純な言葉が聞こえて、一瞬、世界が停止した。
顔が熱くなってきた。耐え切れず、かいているあぐらの上に身を折りたたむ。

「あれ、意外だな。ハンスはこの程度じゃ照れねぇと思ってた」

「……突然過ぎて」

「…引いた?」

「引かねぇっすよ。べつに。…ジンは、男とその、ヤルんすか」

「そう、男にしか興味ない」

「……で、恋愛はしないんすよね?」

「しない」

「イルラはそれ」

「知ってる。イルラからも恋愛じゃねぇってはっきり言われてる」

「……じゃあ」

ぎゅっと瓶を強く強く握り締めて、一息つくと思いっきりジンへと顔を上げた。

「俺とも、ヤレるっすか?」

「……」

赤褐色の目がじわじわと大きく見開いていく。
ド直球過ぎただろうか。でも下手に遠回しに聞いた方が後からダメージでかそうだ。
返事がない事に焦り始める。瓶を握り締める指先は、いつも以上に白くなってた。

「マジで言ってんの?」

「…う、いや、男同士ってどんな感じか、ちょっと気になるし、ジンならって…思ったっす、けど、やっぱ、今の、な……っ!」

ヘタレが顔を出して発言を引っ込めようとした瞬間、目の前にジンの顔が急接近した。
唇に柔らかいものが当たっている。2度、3度と優しく食まれた。

「良いの?ヤッて」

吐息が唇に触れて、身体が押されて後ろに倒れる。
(あ、瓶…)と思ったけど、いつの間にかベッド頭にあるサイドテーブルに置かれていた。

「どっちしたい?ただのセックス?魔力循環ありのセックス?」

「う、…っ、やっぱ、ちょっと待っ……かった!」

ぐっとジンの腕を押したけど、ビクともしなかった。
見た目以上にがっしりした腕は、夏だというのに相変わらず長袖を捲ってるだけだ。
何かを隠すようにいつも長袖を着ている。

(セックスすれば、この下が見れるんすかね)

指先で撫でる腕の筋。想像や回想じゃ味わえない肉感。触るだけで期待でドキドキする。
その手を取られて指先にキスされれば、痺れるような疼きが腰を震わした。

「……どうする?やっぱ、やめる?…お前が望むならただの友達でも良いよ、でもお前がヤリてぇなら全力で応えるけど」

「……うう…ず、ずるくねぇっすか!?なんでそんな聞き方するんすか!」

「最終確認はしとかねぇとさ。突っ走ったかもって今すげぇ不安だし」

「え?」

上に覆い被さりながら、何を不安だと言うんだろうかと少し冷静になってしまった。
ジンは眉を下げて、本当に不安そうに目を逸らした。一瞬の事だったがハンスの目にはばっちり焼きついた。

「ヤレるか聞いたけど、実際ヤリたい訳じゃねえ、みてぇな」

「…そんな、意地の悪そうな質問しねぇっすよ。どっちに転んでもお互い気まずいだけじゃねえっすか…」

「…て事は、本気でヤリたいって思ってる?」

「……いや、もう、ここまで来たら、分かってんじゃねぇんすか…なんでそんな、確認ばっか…」

正直、このままゴリ押しされた方が色々と言い訳が立つ気がしていた。
その気持ちを見透かされていたのだろうか。

「俺、お前のこと失いたくねぇもん。ヤッた後に友達ですらいれなくなったら、だいぶ凹む自信ある」

違った。
これはジンの本音だとひしひしと伝わって来る。
急激に目の前の男が可愛く見えてきて、胸がきゅーんとなった。

「俺以外にも友達いるじゃねぇっすか…俺より可愛いのも、いるし…」

「ハンスはハンスしかいねぇじゃん。つかなに、友達やめんの?ならヤラねぇよ俺」

「うう…!!今のは俺が馬鹿な発言したっす!撤回するので、その……ううう…」

「………その?」

「いやマジでもう分かってるすよね!?さすがに?!」

「…ここまで来たら、ちゃんと聞きたい。お前の口から。どうする?俺とヤる?抱いて良い?」

「だっ……!」

退く気はない癖に自ら動く気もないジン。
じっと見つめてくる目は珍しいほどに真摯に見えた。

(こんな時ばっかこの男…!!)

もうずっと顔が赤い気がする。
期待と興奮で身体はうっすらと反応もしている。

「ハンス」

甘えた声で呼ばれてゾゾゾと背中を這う痺れがあった。

「……っす」

「なに?もっかい」

「だから!ヤ、ヤリたいっす、ジンと。その…セッ…」

めちゃくちゃ最後声が小さくなった。
恥ずかし過ぎて目線はずっとジンの胸辺りを見ていた。
額に柔らかいものがあたった。
ジンが口付けてると気付いて、もう上がらないと思っていた体温が上がった。

「俺もヤリたい。嬉しい」

額から瞼、鼻に頬と、顔中にキスを落としてくる。
優しい愛撫からは愛でてくるような甘い感情を覚える。

(これで恋愛感情ないんすよね…知らなかったら、勘違いしそう…)

「うわっ…!」

服の下でジンの手がハンスの胸を撫でた。
揉むように動く指の動きに今から始まる事に実感が湧いてくる。
途端にハンスはジンの胸を押した。

「タッタッタイム!!よ、夜がいい!夜になってから…」

「……お前…ここまで来て…」

やっぱりビクとも動かないが、ジンはそっと押される力に合わせて身を引いた。
流石に眉を寄せているジン。慌ててぶんぶんと顔を振る。

「嫌とかじゃねぇっすよ!ただ!明るいの恥ずかしいっす!そ、それに色々準備したいっす!」

「準備ってなんだよ」

「ふ、風呂、入ったり…そ、それに!チルが、あ、ルームメイトが帰ってくるかもしんねぇ…夜はあいつ泊まりに行くって言ってたから!」

「………はあー…ここでお預けとか、お前、鬼じゃん…」

溜息吐きながらハンスの頭の横にジンは顔を伏せた。
押し付けられる腰からジンの硬さを知って「うう…」とハンスは唸った。
そろと背中に手を回して、ぎゅっと強く抱き締める。

「ごめんっす!夜は、もう絶対!」

「……」

抱き締めて少し浮いた背中にジンの腕が回って抱き締め返される。
女の子とは違う、硬くて広い胸に力強く包まれる感覚が不思議と落ち着く。
抱き締め合う形でジンが顔を上げた。

「俺にちゅう出来る?」

「突然何を聞くんすか…」

見詰めてくる赤褐色の目が、冗談で言ってるんじゃないと教えてくる。照れてまた唸りそうになった。

「出来ない?」

「出来るっすよ!」

ヤケクソに近い。

「じゃあ、約束のちゅうして。夜は絶対俺のこと受け入れるって」

(ぎゃーーー!何すかお前!)

叫びそうになった声をなんとか心の中だけに押し留めた。童貞でもないし、キスくらいなんて事ないと自分に言い聞かせる。
ぐっと唇に力を入れて、ジンに押し当てた。思わず目を瞑ってしまって開け時も分からない。離すタイミングも分からない。

(…こ、ここからどうするんすか…)

もう離して良いのだろうかと唇を少し離した。

「…ぁっ!」

ぬるりと舌が入り込んできた。
びっくりして目を開けるが近すぎてジンの目がよく見えない。
口の中を生き物のように動き回る舌に再び目を強く瞑った。

「んん…っ…」

音を立てて掻き回され呼吸が出来ない。
こんなキスはした事がなかった。
反応の仕方も分からずされるがままでいると、ゆっくりと舌が引いていき、口が離れていく。
知らずジンの背中の服を握り込んでいた手の力が抜けて、ベッドに沈みこむ。
時間にしたら短いのに、心臓は激しく走り回った後のように苦しいほどに鳴っている。
腕を突っ張るように身を起こしたジンが唇を舌先で拭ったのを見て、さっきまでアレが口の中にいたのかと思って腰が疼いた。

「じゃあ夜、楽しみにしてる」

ジンは驚くほど色気のあるニヤつきを見せて、ハンスの上から退いた。
ベッドの上に放っていた菓子の包みを手に取ると、何事もなかったかのように開け始める。

ハンスは暫く起き上がれずに、夜まで引き伸ばした事を後悔していた。
期待と緊張感と下半身の疼きが、夜まで続くことになると今更気づいたからだ。
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