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学園編 1年目
男爵家男孫と魔術教員
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学園の庭、庭と言ってもだだっ広いだけの草原は、主に野外授業や乗馬のコースなどに使われている。
学園の屋根が遠くに見える。室内灯はついてない。星々を散らす夜空を背景に、黒い城の影となってる。
完全に夜、寮の門限はとっくに過ぎた時間。
謎クラブの活動時間だ。
「ぜー…はーー…ッ…」
「2時間40分。体力も魔力も保つ時間が延びてきてるな」
額から零れ落ちる汗が地面に染み込むのが見える。ジンは顔を伏せ、肘で体を支え四つん這いになっていた。もうすぐ魔力が空っぽになりそうだ。体力も底ついてる。
ロキは夜に溶けそうな真っ黒な出立ちで、教員用のケープを羽織っていた。黒い手袋までしているから、白磁のような顔の肌と風に揺れる毛先の灰色だけが色付いて見える。
涼しげな顔は、懐中時計を眺めていた。
「避け方が多彩になってきたな。正面からの魔撃はもう殆ど当たらなくなって来た。防御と結界も見事だ。後はもう少し、強めに反撃してくれたら嬉しいんだが」
「…ご褒美くれるんなら、もっとやる気出るんですけどね」
「…飲食で済むならくれてやるが」
「いらねー」
ぜえはあ。頭を垂れるように額を地面につけた。声が篭る。呆れたようなロキの吐息が聞こえた。
「一応聞いておいてやる。褒美は何が良いんだ」
「先生」
「やっぱり聞き損だったな。ほら、早く立て」
「はー…やる気出ねぇー」
頭を上げないジンの駄々にロキの眉が寄る。はあ、と先程よりも大きな溜息を吐いて近付いて来る。
「上位回復薬は必要か」
視界に裾が揺れて見える。
ロキはケープの下に、スカートのようなローブを着込み、更に下がズボンの様だ。暑くないんだろうか。
ブーツの足先が目の前で止まって、手を差し出された。
その手を掴んだ瞬間、引き寄せる。
「…っ!」
闇属性特殊魔術、魔力干渉『消失』を展開し、ロキの魔力を一時的に消し去った。
抵抗なく地面に引き摺り倒して上へ馬乗りになる。後頭部を浮かしかけたロキの首を絞めないように押さえ、地面へと押し付ける。
「はー…、これは一本になる?」
「……騙し討ちに持っていこうとしたのは褒めておこう」
眼鏡がズレもしない。口端を吊り上げただけで妖艶に見える顔の中央が、奇妙に歪んだと思ったら突然赤い炎の龍がジンの顔面目がけて飛び込んで来た。
「…っっ!?」
ぶつかるギリギリで仰反って避ける。小振りの龍とは言え灼熱の炎の塊だ。熱風が顔を駆け上がっていき、天を仰ぐ視界に映り込む龍はUターンして戻ってきた。
「ちょっ、待っ…!」
消えもせずに追撃してくる龍を避ける為に、ロキの上から転がるように退いた。起き上がり様にまた正面から突っ込んで来るのでまた転がる。
龍は生きてるように動いてるが、ロキの意識下での動きだ。ロキ独自の火属性上位魔術『龍火』
当人は見もせずに立ち上がり、裾についた葉っぱを払っている。龍火はほぼほぼ無意識にコントロールしているようで、散々転がされた後、ジンは大の字で草原に転がった。天から降るように龍火が滑空してくる。大口を開けた赤い炎の顔が視界を埋め尽くす。
「あ゛ーっ…参りました…」
龍火はほぐれるように細く残光を見せて消えて行った。
ロキが呆れた顔を隠しもせずに、寝転がるジンの脇に立つ。もう一度捕まる事などはありもしないと言わんばかりの態度だ。そしてそれは事実だ。ジンは隠していた魔力も底付いた。
「とどめを刺せぬ状態で拘束しても意味はないだろ。せめて動きを完全に止められるよう算段をつけてからやれ。…全く、教師に馬乗りになるとは」
「先生の魔力消すのに、こんなに魔力使うとは思わなかった。でも引きずり倒した時点で勝ちを譲ってくれても良かったじゃんよ」
「それで勝って喜ぶような小さい男になりたいのかお前は。消失自体が大きく魔力を消費する特殊魔術だぞ。一瞬でも消失させたのだから、そこは誇れば良い。……お前は本当に魔力コントロールだけはずば抜けているな。てっきり空になったと思っていたのに、消失を使えるだけの魔力を隠してたとは」
「……何も言い返せねぇわ……はー…もう今ので完全に魔力なくなった。マジで勝てねぇや」
「…お前、消失に随分こだわってるが何故だ?お前の属性は火と水、従魔達からの付随属性が闇と雷。消失は闇属性の魔術だ。付随よりも本人所有の属性の方が強いのは分かっているんだろ?攻撃魔法は相殺に使うばかりで、まともに俺に打ち込もうとしていないようだし…どう言うつもりなんだ?」
「………分かんない?先生を丸焦げにして勝つより、先生に触って勝つ方が役得じゃん」
「……お前まさか」
「ナメてない」
先に答えを言われてロキは黙った。
ジンは星空を見上げて、乾いた笑いを漏らす。
「あーもう、本音言うとさ、俺は対人戦が苦手なんだよ。これって恥ずべき事?」
「……お前の動きを見ていると、まるで大型獣でも相手にしているようだ。魔力量のコントロールは繊細に出来るのに、魔術は常に最大出力。この妙なバランスはわざとじゃなかったのか」
「………わざとだよ、って言ったら、そう言う顔するよな。怖いって先生」
ジンが誤魔化しに入りかけた途端、絶対零度の視線で瞬きもせずに見下ろして来るロキ。怖いと言いながら、重怠い腕をなんとか上げて軽く振って笑う。
「先生の言う通り、魔術は基本的に最大出力が癖付いてる。戦う時、時間掛ける理由もないし。それでも俺の魔力は保ってたからさ。だから先生に向かって攻撃魔術したくねぇ。マジで丸焦げにしたくないって思ってる。防御されるって分かってても、本能が拒否ってる感じ。だから上手く戦えない」
「……」
「触りたいのも本当。だからさ、先生の充電切れを目指すんだけど、魔力量が俺よりあるからそれもかなり厳しいだろ。だったら消失で魔力消しちまおうって思った。んで、参ったって言わせて、ご褒美貰いたい」
「……真面目なのか、不真面目なのか、どちらかにしろ」
「真面目だろ、俺はずっとマジだよ」
「一度消失された程度で俺が参ると思うのか」
「まあ、なんつうか…少しでも触ったら、先生、俺に絆されてくれるかもしれねぇじゃん」
「…お前、魔力流し込んで来るつもりじゃないだろうな」
「バレた」
「……危険思想だぞ。他の奴の前で容易く言うなよ」
「先生の前でしか言わねぇよ。先生だから言ってる。許してくれるって分かるし」
こちらを見上げて来るジンの顔が微笑んだ。どうしてそんな危ない思考を持ちながら、微笑む顔は爽やかに見えるのか。もう何度目か分からない溜息を吐いた。
「…俺は魔力に敏感なんだ。冗談でもやるな」
「だからいつだってマジだって言ってんだろ」
ロキの目は疑心をこれでもかと掻き集めて、更に固めて、そこに剣呑さまで塗りたくった目をしていた。
多分、信じたら最後だと思われてるなとジンは面白くなる。
「……お前は俺と恋人ごっこでもしたいのか」
「…恋人の言葉がつくと悩むけど、先生となら楽しいかもな。先生は俺と同じに見えるから」
「…同じとは?」
「本気になれねぇの。恋愛的な意味で、誰かを好きになるって事が出来ない。でも他人に興味はあるし、好みもある。気に入ったら、その人を知りたいし、傍に居たいし、出来たら触れたりしたい」
「……」
「そんな他人が複数人現れた時、俺は迷わず全員にモーションをかけちゃうんだよな。そして先生も、同じだろ。特別な思いなんてなくても、相手の魔力が欲しかったり、自分の魔力への変化を知りたくて、他人に触れたくなるだろ」
「知った口をきくな。俺はお前が思う程、浅慮ではない」
「センリョが何か分かんねぇけど悪い言葉なのは分かる。先生は悪くないよ。悪い事なんかじゃないだろ。俺たちはセンリョなんかじゃないよ。だってそう言う風にしか生きられないんだ。その中で節度を持とうとしてるんだ」
「……」
ロキは何か言おうとしたが何も発さずに口を閉ざした。
「俺は騙す気なんかないよ。俺はこうだよ、こう言う奴だよって最初に言う。それでダメそうならすぐ引くし、イケそうなら押す。選択肢も、逃げ道も、いつだって相手に与えてる。後、面倒な事になりそうな奴には近付かない」
「……俺はイケそうに見えてるんだな」
「先生みたいな人は初めてだからなあ。はしゃいでる自覚はある。…先生だって気付いてるんじゃねぇの」
仰向けで寝ているジンは、いつもは隠している額と目が出ている。赤褐色の視線が星では無くロキを見据える。
ロキは眼鏡を上げる振りをして目を閉じた。
(逃げられたな)
直感で理解するロキの行動。認めるのも認めないのも選べなかったんだろう。冷たそうに見える顔の裏で、何を考えているのか考えるのが楽しい。
ジンはロキが次に何を言うのかを待つ。きっと話を逸らすだろうと当たりを付けて。
「…お前はもう少し、自分の魔力に理解を深めるべきだ」
ほらな、と口端を上げた。
(可愛い先生)
その可愛さに免じて、ジンは逸れた話題に乗ることにした。
「俺の魔力?…俺って理解出来てねえの?」
「今のお前はただその芳醇な魔力を闇雲に使ってるだけだ。魔力や魔術と言うのは結局の所、イメージがモノを言う」
ロキは腕を組んで、遠くで遊ぶ2頭を見据えた。ドラゴとフィルは与えた飛行型の魔道具を追い掛けている。
「…人はな、全く知らないものを想像することは出来ない様にできている。今のお前の魔術は見様見真似だろう。どこかの誰かが使っていたモノを上手く変換して使ってる。それも悪くない。だが、勿体無い。もっと自分の内側を知れば、お前は格段に強くなれる」
「…内側」
「お前の中にはフィルとドラゴの共有魔力がある。おまけに付随属性も強く存在してる。…従魔が与えてくれるのは属性だけじゃない、何らかの特性もお前は共有してる筈なんだ。その一つ一つをきちんと把握し、理解して、イメージする。ただ漠然と使えるから使うんじゃなく…おい、聞いて……はあ…」
ジンはぴくりとも動かず、緩やかな呼吸を繰り返している。ロキは額に指をつけて溜息を吐いた。
「ジンまた負けたか」
ドラゴがジンへ寄っていく。フィルは口に飛行型魔道具を咥えてロキの元へと持って来た。
魔道具を受け取る。魔力切れを起こしていた。
「…少し眠らせよう。体力は上位回復薬で多少戻るが、魔力は戻らないからな。身体がシャットダウンしてしまったようだ。もう少し遊んで来ると良い。ほら」
魔力を魔道具へ注ぎ込み、再び飛び上がった魔道具は虫のような動きで遠く離れていく。
フィルが喜び勇んで追い掛けていくが、ドラゴはロキをじっと見ていた。
「…どうした?」
「ロキはジンが嫌いか」
「………何故そうなる」
「ニンゲンは面倒くさい」
ムッとしたドラゴはぷんっと鼻先を逸らして、フィルの元へと飛んでいった。
なぜ文句を言われたのか、大凡の見当はつくがロキは答えずにいた。
立ったまま、ジンを見下ろす。寝顔にはあどけなさが残っている。長い髪をさらりと前へと垂らすように前屈みになり、手袋を外した右手でジンの左手の甲へと触れた。
夏服になったのに、ジンはいまだに長袖のシャツを愛用している。捲られた袖から伸びる腕には、よく見ると薄い傷跡がいくつも見受けられた。古傷ばかりで、最近のものはなさそうだ。
その傷口を辿って素肌を指先でなぞる。
「……は」
いつもの溜息とは違う。恍惚とした、色っぽい吐息が漏れる。
ひたりと指先だけがふたつ、みっつと肌に揃って行く。
「……」
腕に置いていた指先を手の甲へと流す。
吸い付くような魔力が、指先を甘やかす。
「…お前がせめて、生徒じゃなければな」
呟いた後、惜しむ指先を叱咤して手を離し、ロキは2頭の戯れを眺めながらジンの魔力が戻るのを待った。
学園の屋根が遠くに見える。室内灯はついてない。星々を散らす夜空を背景に、黒い城の影となってる。
完全に夜、寮の門限はとっくに過ぎた時間。
謎クラブの活動時間だ。
「ぜー…はーー…ッ…」
「2時間40分。体力も魔力も保つ時間が延びてきてるな」
額から零れ落ちる汗が地面に染み込むのが見える。ジンは顔を伏せ、肘で体を支え四つん這いになっていた。もうすぐ魔力が空っぽになりそうだ。体力も底ついてる。
ロキは夜に溶けそうな真っ黒な出立ちで、教員用のケープを羽織っていた。黒い手袋までしているから、白磁のような顔の肌と風に揺れる毛先の灰色だけが色付いて見える。
涼しげな顔は、懐中時計を眺めていた。
「避け方が多彩になってきたな。正面からの魔撃はもう殆ど当たらなくなって来た。防御と結界も見事だ。後はもう少し、強めに反撃してくれたら嬉しいんだが」
「…ご褒美くれるんなら、もっとやる気出るんですけどね」
「…飲食で済むならくれてやるが」
「いらねー」
ぜえはあ。頭を垂れるように額を地面につけた。声が篭る。呆れたようなロキの吐息が聞こえた。
「一応聞いておいてやる。褒美は何が良いんだ」
「先生」
「やっぱり聞き損だったな。ほら、早く立て」
「はー…やる気出ねぇー」
頭を上げないジンの駄々にロキの眉が寄る。はあ、と先程よりも大きな溜息を吐いて近付いて来る。
「上位回復薬は必要か」
視界に裾が揺れて見える。
ロキはケープの下に、スカートのようなローブを着込み、更に下がズボンの様だ。暑くないんだろうか。
ブーツの足先が目の前で止まって、手を差し出された。
その手を掴んだ瞬間、引き寄せる。
「…っ!」
闇属性特殊魔術、魔力干渉『消失』を展開し、ロキの魔力を一時的に消し去った。
抵抗なく地面に引き摺り倒して上へ馬乗りになる。後頭部を浮かしかけたロキの首を絞めないように押さえ、地面へと押し付ける。
「はー…、これは一本になる?」
「……騙し討ちに持っていこうとしたのは褒めておこう」
眼鏡がズレもしない。口端を吊り上げただけで妖艶に見える顔の中央が、奇妙に歪んだと思ったら突然赤い炎の龍がジンの顔面目がけて飛び込んで来た。
「…っっ!?」
ぶつかるギリギリで仰反って避ける。小振りの龍とは言え灼熱の炎の塊だ。熱風が顔を駆け上がっていき、天を仰ぐ視界に映り込む龍はUターンして戻ってきた。
「ちょっ、待っ…!」
消えもせずに追撃してくる龍を避ける為に、ロキの上から転がるように退いた。起き上がり様にまた正面から突っ込んで来るのでまた転がる。
龍は生きてるように動いてるが、ロキの意識下での動きだ。ロキ独自の火属性上位魔術『龍火』
当人は見もせずに立ち上がり、裾についた葉っぱを払っている。龍火はほぼほぼ無意識にコントロールしているようで、散々転がされた後、ジンは大の字で草原に転がった。天から降るように龍火が滑空してくる。大口を開けた赤い炎の顔が視界を埋め尽くす。
「あ゛ーっ…参りました…」
龍火はほぐれるように細く残光を見せて消えて行った。
ロキが呆れた顔を隠しもせずに、寝転がるジンの脇に立つ。もう一度捕まる事などはありもしないと言わんばかりの態度だ。そしてそれは事実だ。ジンは隠していた魔力も底付いた。
「とどめを刺せぬ状態で拘束しても意味はないだろ。せめて動きを完全に止められるよう算段をつけてからやれ。…全く、教師に馬乗りになるとは」
「先生の魔力消すのに、こんなに魔力使うとは思わなかった。でも引きずり倒した時点で勝ちを譲ってくれても良かったじゃんよ」
「それで勝って喜ぶような小さい男になりたいのかお前は。消失自体が大きく魔力を消費する特殊魔術だぞ。一瞬でも消失させたのだから、そこは誇れば良い。……お前は本当に魔力コントロールだけはずば抜けているな。てっきり空になったと思っていたのに、消失を使えるだけの魔力を隠してたとは」
「……何も言い返せねぇわ……はー…もう今ので完全に魔力なくなった。マジで勝てねぇや」
「…お前、消失に随分こだわってるが何故だ?お前の属性は火と水、従魔達からの付随属性が闇と雷。消失は闇属性の魔術だ。付随よりも本人所有の属性の方が強いのは分かっているんだろ?攻撃魔法は相殺に使うばかりで、まともに俺に打ち込もうとしていないようだし…どう言うつもりなんだ?」
「………分かんない?先生を丸焦げにして勝つより、先生に触って勝つ方が役得じゃん」
「……お前まさか」
「ナメてない」
先に答えを言われてロキは黙った。
ジンは星空を見上げて、乾いた笑いを漏らす。
「あーもう、本音言うとさ、俺は対人戦が苦手なんだよ。これって恥ずべき事?」
「……お前の動きを見ていると、まるで大型獣でも相手にしているようだ。魔力量のコントロールは繊細に出来るのに、魔術は常に最大出力。この妙なバランスはわざとじゃなかったのか」
「………わざとだよ、って言ったら、そう言う顔するよな。怖いって先生」
ジンが誤魔化しに入りかけた途端、絶対零度の視線で瞬きもせずに見下ろして来るロキ。怖いと言いながら、重怠い腕をなんとか上げて軽く振って笑う。
「先生の言う通り、魔術は基本的に最大出力が癖付いてる。戦う時、時間掛ける理由もないし。それでも俺の魔力は保ってたからさ。だから先生に向かって攻撃魔術したくねぇ。マジで丸焦げにしたくないって思ってる。防御されるって分かってても、本能が拒否ってる感じ。だから上手く戦えない」
「……」
「触りたいのも本当。だからさ、先生の充電切れを目指すんだけど、魔力量が俺よりあるからそれもかなり厳しいだろ。だったら消失で魔力消しちまおうって思った。んで、参ったって言わせて、ご褒美貰いたい」
「……真面目なのか、不真面目なのか、どちらかにしろ」
「真面目だろ、俺はずっとマジだよ」
「一度消失された程度で俺が参ると思うのか」
「まあ、なんつうか…少しでも触ったら、先生、俺に絆されてくれるかもしれねぇじゃん」
「…お前、魔力流し込んで来るつもりじゃないだろうな」
「バレた」
「……危険思想だぞ。他の奴の前で容易く言うなよ」
「先生の前でしか言わねぇよ。先生だから言ってる。許してくれるって分かるし」
こちらを見上げて来るジンの顔が微笑んだ。どうしてそんな危ない思考を持ちながら、微笑む顔は爽やかに見えるのか。もう何度目か分からない溜息を吐いた。
「…俺は魔力に敏感なんだ。冗談でもやるな」
「だからいつだってマジだって言ってんだろ」
ロキの目は疑心をこれでもかと掻き集めて、更に固めて、そこに剣呑さまで塗りたくった目をしていた。
多分、信じたら最後だと思われてるなとジンは面白くなる。
「……お前は俺と恋人ごっこでもしたいのか」
「…恋人の言葉がつくと悩むけど、先生となら楽しいかもな。先生は俺と同じに見えるから」
「…同じとは?」
「本気になれねぇの。恋愛的な意味で、誰かを好きになるって事が出来ない。でも他人に興味はあるし、好みもある。気に入ったら、その人を知りたいし、傍に居たいし、出来たら触れたりしたい」
「……」
「そんな他人が複数人現れた時、俺は迷わず全員にモーションをかけちゃうんだよな。そして先生も、同じだろ。特別な思いなんてなくても、相手の魔力が欲しかったり、自分の魔力への変化を知りたくて、他人に触れたくなるだろ」
「知った口をきくな。俺はお前が思う程、浅慮ではない」
「センリョが何か分かんねぇけど悪い言葉なのは分かる。先生は悪くないよ。悪い事なんかじゃないだろ。俺たちはセンリョなんかじゃないよ。だってそう言う風にしか生きられないんだ。その中で節度を持とうとしてるんだ」
「……」
ロキは何か言おうとしたが何も発さずに口を閉ざした。
「俺は騙す気なんかないよ。俺はこうだよ、こう言う奴だよって最初に言う。それでダメそうならすぐ引くし、イケそうなら押す。選択肢も、逃げ道も、いつだって相手に与えてる。後、面倒な事になりそうな奴には近付かない」
「……俺はイケそうに見えてるんだな」
「先生みたいな人は初めてだからなあ。はしゃいでる自覚はある。…先生だって気付いてるんじゃねぇの」
仰向けで寝ているジンは、いつもは隠している額と目が出ている。赤褐色の視線が星では無くロキを見据える。
ロキは眼鏡を上げる振りをして目を閉じた。
(逃げられたな)
直感で理解するロキの行動。認めるのも認めないのも選べなかったんだろう。冷たそうに見える顔の裏で、何を考えているのか考えるのが楽しい。
ジンはロキが次に何を言うのかを待つ。きっと話を逸らすだろうと当たりを付けて。
「…お前はもう少し、自分の魔力に理解を深めるべきだ」
ほらな、と口端を上げた。
(可愛い先生)
その可愛さに免じて、ジンは逸れた話題に乗ることにした。
「俺の魔力?…俺って理解出来てねえの?」
「今のお前はただその芳醇な魔力を闇雲に使ってるだけだ。魔力や魔術と言うのは結局の所、イメージがモノを言う」
ロキは腕を組んで、遠くで遊ぶ2頭を見据えた。ドラゴとフィルは与えた飛行型の魔道具を追い掛けている。
「…人はな、全く知らないものを想像することは出来ない様にできている。今のお前の魔術は見様見真似だろう。どこかの誰かが使っていたモノを上手く変換して使ってる。それも悪くない。だが、勿体無い。もっと自分の内側を知れば、お前は格段に強くなれる」
「…内側」
「お前の中にはフィルとドラゴの共有魔力がある。おまけに付随属性も強く存在してる。…従魔が与えてくれるのは属性だけじゃない、何らかの特性もお前は共有してる筈なんだ。その一つ一つをきちんと把握し、理解して、イメージする。ただ漠然と使えるから使うんじゃなく…おい、聞いて……はあ…」
ジンはぴくりとも動かず、緩やかな呼吸を繰り返している。ロキは額に指をつけて溜息を吐いた。
「ジンまた負けたか」
ドラゴがジンへ寄っていく。フィルは口に飛行型魔道具を咥えてロキの元へと持って来た。
魔道具を受け取る。魔力切れを起こしていた。
「…少し眠らせよう。体力は上位回復薬で多少戻るが、魔力は戻らないからな。身体がシャットダウンしてしまったようだ。もう少し遊んで来ると良い。ほら」
魔力を魔道具へ注ぎ込み、再び飛び上がった魔道具は虫のような動きで遠く離れていく。
フィルが喜び勇んで追い掛けていくが、ドラゴはロキをじっと見ていた。
「…どうした?」
「ロキはジンが嫌いか」
「………何故そうなる」
「ニンゲンは面倒くさい」
ムッとしたドラゴはぷんっと鼻先を逸らして、フィルの元へと飛んでいった。
なぜ文句を言われたのか、大凡の見当はつくがロキは答えずにいた。
立ったまま、ジンを見下ろす。寝顔にはあどけなさが残っている。長い髪をさらりと前へと垂らすように前屈みになり、手袋を外した右手でジンの左手の甲へと触れた。
夏服になったのに、ジンはいまだに長袖のシャツを愛用している。捲られた袖から伸びる腕には、よく見ると薄い傷跡がいくつも見受けられた。古傷ばかりで、最近のものはなさそうだ。
その傷口を辿って素肌を指先でなぞる。
「……は」
いつもの溜息とは違う。恍惚とした、色っぽい吐息が漏れる。
ひたりと指先だけがふたつ、みっつと肌に揃って行く。
「……」
腕に置いていた指先を手の甲へと流す。
吸い付くような魔力が、指先を甘やかす。
「…お前がせめて、生徒じゃなければな」
呟いた後、惜しむ指先を叱咤して手を離し、ロキは2頭の戯れを眺めながらジンの魔力が戻るのを待った。
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