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学園編 1年目

男爵家男孫の学園生活2

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教壇に立つとグラスコードを揺らして真っ直ぐと前を向いたロキ。
ざわめきがクラス内を駆け巡る中、バチと目線が合った気がした。ロキの鮮やかな紫の目が少しだけ細くなって、すぐに視線は逸らされる。

「静かに。昨日さくじつアザードン教員が挨拶したと思うが、諸事情により私が担任を請け負うことになった。魔術学担当のロキだ」

突然過ぎる担任変更にクラスメイト達は困惑している。
ざわざわと小さな会話が飛び交う。

「ロ、ロキ先生は3年の担任だったはずじゃ」

「アザードン先生どうしたんだ、病気?」

「朝見かけたからそんな事はないと思うけど」

生徒のざわめきにロキは片目を眇め、クラス内を一瞥する。眼光の鋭さだけでさっとざわめきは潜み、静かになった所で再び口を開く。

「本日はまず魔力鑑定を行う。名前を呼ばれた者から前へ」

多くを語る気はないらしく、説明もなくロキは指を鳴らした。
再び扉が開いて入って来た補助教員が台座に乗った青みがかった水晶玉を教卓の上に乗せると、扉の前へ戻り待機する。
教壇近くの椅子へと座り、ロキは長い足を組む。

「アニー・ローズイン」

「…え、あっ、はい」

慌てて立った女生徒に向かって指だけで招く。
不遜な態度はジンが昨日見たロキとは少しだけかけ離れている気がした。
女生徒は困惑しつつも姿勢良く教壇に上がると、水晶玉を前にロキへ戸惑った目線を送る。

「水晶玉に掌を当てればいい」

「はい…」

言われるままにそっと右手を触れさせた女生徒。
暫くすると青い水晶玉が淡く光りだし、彼女の体の周りをささやかな風が渦巻いている。
スカートがふんわりと持ち上がって、慌てて水晶玉から手を離して押さえた。
サアッと風は治まり、水晶玉も元に戻る。

「結構。次、アライン・アラン」

指先で女生徒を払い、教壇から降りるように指示する。
何の説明もないのは中々きつい。戸惑う空気が妙な緊張感を生み、クラス内は静か過ぎる程に静かだった。
そんな時でも空気が読めない人種はいるもので。

「次、ファクシオン・オンザウェル」

「ハッ」

随分と気合の入った返事をして、肩で風を切り大股で居丈高と教壇の上で胸を張った男子生徒。
歳の割に背丈がありがっちりとした体型で、引き千切れんばかりに制服をいじめている。

「オンザウェル公爵家が次男「やめろ」

自己紹介でもしようとしたのか、身分自慢なのか、開き掛けた口はロキの冷たい一言で止められた。
不満そうにロキへ顔を向けた男子生徒には、声よりも冷たい紫の視線が冷ややかに浴びせられる。

「お前達の名前は知っている。お前達は俺が告げた名前を覚えれば良い。自己紹介は必要ない」

「し、しかし」

「身分はもっと必要ない。学園の方針に逆らってまで自慢したければ後でしろ。それとも早速ペナルティが欲しいのか?これ以上進行の邪魔をするならばくれてやるぞ」

「…ふ、ふん…」

静かな怒気に圧倒され、何も言えなくなったファクシオンはそれでも高慢さを気取って鼻を鳴らし、水晶玉へ手を置く。
今までよりも強く水晶玉が光り、体の前に小さな火の玉が数個現れた。
静寂を保っていたクラス内にざわめきが走る。
得意げに笑うファクシオンを見もせずに、ロキは次の者を指で招く。

「次、ジン・ウォーリア」

ジンが立ち上がるとフィルも同様に立ち上がる。待て、と掌で制してから並ぶ机の間を進む。
ファクシオンと通路が同じだったせいで向かい合う形になるが、気にせずに緩慢に歩む。
行きと同じく威風堂々と胸を張って歩いていたファクシオンだが、近付くにつれてジンの方が大きいことに気付いた。しかし横幅はファクシオンの方がある。ふん、と鼻を鳴らし更に肩を張って、どかどかと足音を強めた。

ジンはサッと他人の机の間に入り、ファクシオンを避ける。
好みでない男の身体になど触れたくなかった。
この行動がファクシオンには道を譲ったように見えたようで、机の間で待ってるジンへ声を掛けた。

「お前のような奴を弁えてると言うらしいぞ。賢明な判断だ」

「は?…あー、左様で」

随分と年季の入った口調に聞こえる。
ジンの目線は一瞬だけファクシオンを見て、すぐにロキへ向けられた。目線を逸らしたのは自分が怖いからだと判断して、腕を組み一層偉そうにジンの体を眺めては鼻を鳴らす。

「背丈にしか恵まれなかった奴は可哀想だな。もっと肉を付けた方が良いぞ」

「はあ、ご忠告どうも」

ジンは制服を一回り大きいサイズで着ているので、本来の体格が誤魔化されていた。それでも細くは見えない筈だと話半分しか聞いていない。
上っ面な返事だけだが、ファクシオンは従順だと受け取ったようで満悦そうに頷いている。

「私語は慎め。ジン・ウォーリア、教壇へ」

「すんません」

ロキの呼び掛けにジンはファクシオンを避けて通路へ戻り、教壇へと戻ろうした。

「あの魔術師風情が偉そうに…」

悪態付いたファクシオンの言葉にジンは足を止めて振り返る。

「もっとでかい声で言ったら?肉の付け過ぎで声も心も狭小になってんじゃねぇか」

「ジン・ウォーリア!」

「はいすんません」

ファクシオンが完全停止した。何を言われたのか分からなかったらしい。
ロキは侮蔑など気にしてなかったのか、聞こえてなかったのか、足を止めたジンを語気を強めて呼び付ける。
ふつふつと沸く怒りに顔を歪ませていたが、ロキの強い視線に気付きファクシオンはわざとらしく音を立てて着席した。
遅れ馳せながら教壇に上がったジンは、水晶玉へ右手を置く。

「……」

「………」

「……ん?」

「「「「「「?????」」」」」」」

何も起こらない事に全員の頭に?が浮かんだ。

「魔力がないんじゃないのか!」

ファクシオンが馬鹿にしたように叫んだ。ロキは立ち上がり、補助教員まで教壇へと近付いてくる。

「魔力がないならないで反応する筈です。いきなり壊れたんでしょうか」

補助教員がジンを挟んで反対側に立つロキへと声を掛ける。
ロキは黙ったまま水晶玉を見詰めた後、ジンの横顔を見た。

平然と水晶玉を見ているジン。

(…しまった)

内心は汗がダラダラだ。

(魔力抑え込み過ぎたか…今更出して大丈夫か?納得するのか、この先生。あー、視線が痛え。どうしよ。どうしよじゃねえわ、出すしかねぇか。少しだけ。少しだけな)

「あっ、光りましたね」

水晶玉が鈍く光だし、細い蝋燭(ろくそく)の様な火と雫型の水がぷかりと浮かんだ。

「……火と水の属性持ちか」

「へえ、相性の悪い属性同士を持ち合わせるのは珍しいですね。だから反応が鈍かったのか…?」

「……そうかもしれんな。ジン・ウォーリア、戻れ。次、ハリソン・ヴィルハザード」

ジンはしれっとした顔を保ちつつ、教壇から降りて席へと戻る。補助教員とロキも少し会話をした後に、それぞれの場所へと戻った。

(あー、びびった。魔力制御もう少し精度高めよ…)

1人脳内反省会をしていると、ハンスが肩を寄せてきた。

「ファクシオンがぶつぶつ何か言ってたんで、気を付けた方が良いっすよ。あそこの公爵家は典型的な権威主義なんで」

「ああ、あのデブだろ。分かってるよ、気をつける」

「口悪いっすねホント!気を付ける気あるんすか…」

「俺はまあ、もうどうでも良いんだけどよ。お前にまで変に響くとまずいからちゃんと気を付けるよ」

(ハンスが考えてる気を付け方ではねぇだろうが)

あのタイプには嫌でも目を付けられるだろう。
オンザウェル公爵は北部の辺境ギルドでも度々上がる名前だったから覚えていた。息子の名前は初めて知ったが。
所謂、魔物コレクターであらゆるギルドに生捕りを依頼してくる厄介な貴族だ。
ただでさえいけすかない野郎なのに、ドラゴやフィルを見つけたら何を言われるか。悪趣味公爵に連絡しないと良いが。
何があろうとあれには迎合出来ない、と目線は向けずにファクシオンを視界の端に入れて見る。
隣に座っている男子生徒はゴマをすっているようだ。
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