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学園編 1年目

男爵家男孫の学園生活1

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翌日、朝陽が昇るよりも早く目を覚ましたジン。ベッドの上で顔を擦り、髪を撫であげる。

「…習慣って怖ぇな」

領地に居た頃、朝早く起きて屋敷の中の火を起こすのがジンの仕事になっていた。
それが終えたら2頭と共に散歩と称して外を走り回り、色々と鍛えてから朝食の時間に戻ると言うのが習慣だった。

今は火を起こす必要などないし、散歩と言う名の鍛錬に行くにしても使って良い場所もわからない。
二度寝をするには目が覚め切っているので、完全に暇を持て余す。

ぼんやりと隣を見る。
イルラはまだベッドの中で、体の上に乗っているカカココに守られるように眠っていた。
恐らくはカカココがドラゴ達を怖がっていたから一緒に寝ているだけなのだろうが。
仲睦まじい姿にジンは微笑んでしまう。

(従魔のこう言う所が可愛いんだよな)

例え自分が怖くとも主人を守ろうとする従魔は多い。
壁とジンに挟まれてひっくり返って寝ているドラゴにもその傾向がある。
ただ主人とは微塵も思ってはいないようなので子分でも守ってるつもりなのだろう。

(…でかくなったなあ)

黒くまん丸の腹を撫でると、ぱちぱちと瞬きをしてドラゴが起きた。

「あ、悪い。起こしたか」

声を落として話し掛ける。
むにむにと手足を動かし言葉にならない返事をするドラゴに笑いつつ、ジンはベッドから降りた。
ベッドの足元で寝ていたフィルはさっと立ち上がり、顔を洗いに行く横をついて行く。

シャワールームに併設されている洗面台で顔を洗っているとふらふらとドラゴが飛んで来た。

「さんぽ行くか」

「外の散歩には行けねぇから、部屋でイルラ達起こさねぇように出来るやつやる」

「キントレか」

「そうだな」

散歩好きのドラゴは、ふーんとつまらなそうな顔をする。その顔を水で濡らしたタオルで拭った。
ぶぶぶ、と頭を左右に振ったら目が覚めたらしい。
しゃきっとした目でフィルに何やら話しかけている。

部屋に戻ると、灯りの一つも点けていない真っ暗な中で光るものが4つ。カカココの目だ。
昨晩顔を見せてくれるまでにはなったが、やっぱりまだ警戒している。
ドラゴは気にしていないし、フィルは興味があるようだが一度威嚇されてからは無理矢理近寄ろうとはしていない。
揺れ動く事もなく、じっと注がれる視線にジンは手を振って見せ、寝衣兼部屋着を脱ぎ捨てて運動用のズボンを履く。
どうせ汗をかくしと上は着ず、膝に両手を置いて背中を軽く捻る。

「うん、やるか」

1人で呟いてから指をひとつ鳴らす。
ジンを中心に目に見えない壁が四方を取り囲む。カカココには変化が分かるのか、驚いたように首を伸ばして舌を出し入れしている。

空間遮断魔術の1つ、防音壁。
目に見えるならば箱型の空間の中に術者が居て、内側の音を外部に漏らさないように、または外側の音が内側に入らないように出来る。
遮断できるのは音のみなので姿はどちらからも見えるし、結界とは違うので出入りも可能だ。

カカココの様子を見る限り、不用意には近付いてはこないだろう。
危ないことはしないがいきなり近寄られて、蹴りでもしてしまっては罪悪感が半端ない。

それから小一時間ほど自重でのトレーニングを終え、イルラが起きる前に汗を流してしまう。

朝イチで食堂に顔を出す。食堂で働くのは由緒あるらしいコック達だ。昨夜と同じ面子なので話を軽くして食事を部屋に運んで貰うように手配した。
特別珍しい事でもないようで、快く了承を得るが頼む量には怪訝な顔をされてしまう。

寮内の世話役として働く使用人が数人で部屋に食事を運び入れてくれた。

その音でイルラが起床して、不愉快だったのか不機嫌そうな顔をして見られる。
昨夜は床に食事を広げて食べる様子にさえ嫌悪感を出さなかったのに。

「…朝からよくそんなに食えるな」

だそうだ。

「ドラゴに言ってくれ、仮に俺の分だとしてもほっといてくれよ。たくさん食べても良いだろ」

「………ドラゴなら、仕方ないか」

俺は?と問いかけたかったのに、イルラはさっさと上着を着てカカココと共に部屋を出て行ってしまった。
彼らも食事に行くのだろう。
背中を視線で見送って、懸命に料理を口に運んでいるドラゴを見る。

「ドラゴ、お前に頼みたい事があるんだけど」

「なんだ?」

顔を上げたドラゴに昨晩書いていた手紙を差し出す。

「郵便屋さん。ばあちゃん達に届けてくれ」

「ばあちゃんにか。分かった。これを食ったら行く」

「…うちのばあちゃんだからな?知らない婆さんに渡すなよ?」

「わかってる!!バカにするな!」

「バカにはしてねぇよ。一回やらかしたから心配してるだけだ。今度はしないって信じて良いんだな」

「あたりまえだ!」

がぶむしゃっと肉を噛みちぎって怒ってる。
以前の間違いがとても恥ずかしいらしい。プライドが高く傲慢なのはドラゴンの特徴と、なんかの文献に載っていたがつくづくあれだけは本当なんだなと思う。

食事を終えてドラゴに手紙を持たせ、見送った後にジンは制服に着替えて早めに教室へと向かった。
フィルは意気揚々と尻尾をふりふり、ジンの横にしっかり付いて胸を張るように歩いている。
何名か早くに出ていた生徒がちらほらと居て、フィルを気にする者も何人かいたが狼型の魔物にしか見えないので然程は騒ぎにならないだろう。…多分。

教室にはまだ誰も居なかった。
1番奥の席の窓側に座り、鞄を隣の椅子へと座らせる。
フィルは教室内の匂いをくんくんと嗅いでいたが、傍から離れる気はないらしく椅子の後ろに伏せた。

鞄の中から適当な教科書を引っ張り出し、ぱらぱらと捲って眺める。
その内に1人、2人とクラスメイト達が集まって来るが、伏せているフィルに気付いたのは奥の席を選んだ奴くらいで特に反応はない。

「おはようっす」

入口近くにいた女生徒に挨拶をしてる声に目を向ける。
ハンスだ。
通り掛かりに数人に挨拶をする気さくな彼を素直に褒めたくなる。
きょろ、彼の目が動いてジンを見つけるとパッと破顔して少し早足で寄って来た。

(可愛い…)

彼に尾が生えていたらフィル同様にぶんぶんと振っていたかもしれない。
同様に自分にもあったら千切れんばかりに振られていたに違いない。

「ジンおはよ」

「おはよ」

そんな感情は微塵も見せずに平静装って返す。
机の斜め前に立ったハンスが、椅子に座っている鞄を見て躊躇った。すぐに鞄を掴んで退かす。

「どうぞ。お前の席」

「流石、分かってるっすね」

誰も座らないだろうが念の為に置いていただけだ。
わざとらしくじゃれるような声を出して安堵した心を誤魔化してるのが分かる。
隣の席に着く時、椅子を引く前にハンスの動きが止まった。

「………うおっ…え、この犬…?狼?は、何すか…?」

「ああ、俺の従魔。フィル。…狼も怖かったりする?」

「……狼が、ってより魔物が……つか、昨日は従魔いなかったっすよね?え?昨日の?」

入学式前にドラゴが現れた事を言ってるんだろう。ジンは小さく頭を左右に振った。

「昨日のはもう1頭の方。今はお使いに出してる。ちょっと登録が遅れちゃってさ」

「えっ!?2匹居るんすか??」

「うんまあ…帰って来たら紹介する。噛んだりしねぇから安心しろよ」

ほら、と隣の椅子を引いてやるとフィルに目線を向けつつも大人しく座った。
鞄を机の横に引っ掛け、暫く無言だったが唐突に体を横向きに座り直し、何やら畏まった態度でジンを見詰めるハンス。
「?」と首を傾いで見詰め返すと、真剣な面持ちでハンスは口を開いた。

「ジン、触ってみたいっす」

「なにを?俺を?」

「なんでっすか!フィルっすよ!…俺、生きてる魔物は遠巻きにしか見た事ないんす。馴染みがないから怖いって言うか…」

「商会で扱う事ねぇのか?」

「扱ってるっすけど、俺は関わったことはねぇから。魔物は素人が手ぇ出せるもんじゃないし」

「そりゃそうか。フィル」

ジンが呼ぶとサッと立ち上がり、ハンスとジンの間に顔を差し込んだ。
指を鼻先へ寄せると自分から額を押し付けて撫で撫でを要求してくる。
ハンスは膝の上に置いた握り拳を固くして、膝元に触れているフィルの首元の毛を凝視していた。

「ハンス、手貸して」

「へっ?手、すか?」

ハッと顔を上げたハンスに小さく笑う。
差し出された右手の上に掌を重ねて握る。

「あんま緊張するとフィル警戒しちまうからリラックスして」

「あっ、うん、分かった…………………あの、この手は何の意味があるんすか?」

素直に頷いた後、フィルを見詰めていたハンスは握られっぱなしの手に片眉を上げた。

「……フィルと仲良くなれるおまじない」

「おまじない…すか………」

握ったまま軽く揺らした手。
ハンスは何も感じてないが、ジンは自分の魔力を流し込んでいた。
一方的に流し込むのは倫理的によろしくないので、かなり量を調整して影響の出ない微々たる量だけ。
そのまま、ハンスの手をフィルの鼻先へと近付ける。ハンスが身を固くする。

「い、いきなりはびっくりするっす」

「大丈夫だって。ほら、フィル。どう?」

ふんすふんすとハンスの指先の匂いを嗅いでから、先程ジンにしたように自ら額を押し付けて撫でて貰おうとし始めた。
緊張が手から伝わって来るが、ぐりぐりと強めの甘えにハンスの力が抜けてくる。

「こ、こ、これは撫でても良いって事っすかね?」

「うん。頭を撫でてやって」

ハンスの手を離せば、ゆっくりと慎重にフィルを撫で始める。フィルは大人しく撫でられながら、尾を振っているのでご機嫌なようだ。

「えっ、懐っこいっすね。魔物ってこんな懐っこいんすか?」

「いや?基本的に警戒心が強くて、契約主以外には懐かねぇよ。ハンスは特別って事だろ」

フィルはジンの匂いがする人間には気を許しやすいので、ハンスに魔力で匂い付けをしただけの事だった。

「俺は特別なんすか?嬉しいっすね」

(俺にとってな)

言葉通りに嬉しそうにしているハンスに目を細める。
フィルと、出来ればドラゴの事も気に入って貰いたいから、姑息だろうがハンスの魔物への好感度を上げておく。

(ロキ先生は魔力流し込む以前に、色々バレそうだったから出来なかったけど…あの魔力量と質の良さは魅力だよな)

手を触れた際に感じ取った魔力とロキの反応を思い出してみる。相性の良さにロキも気付いていたし、いつかまた触れる機会があったらバレる覚悟で触れてしまうかもしれない。

(フィルの事以外で接点はねぇし。そんな機会易々と訪れるとは思わねぇが)

ハンスとフィルの微笑ましい戯れを眺めながらぼんやりと考えていたら、始業開始のベルが鳴った。フィルは指先だけの指示でジンの座る椅子の後ろに伏せ、ハンスは真っ直ぐと前を向き直す。
まだ担任は来てないので、こっそりと顔を寄せて来て「ありがとな」と笑う顔が眩しい。

教室のドアが開いて人が入って来た。
黒から灰色へと変わるグラデーションカラーの長髪を揺らす、眼鏡の麗人…

「あれ…?」

颯爽と教壇に立ったのは担任である老婦人の教員ではなく、ロキその人だった。
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