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学園編 1年目

男爵家男孫の入学式5

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式も終わり、再び教室へと集まる指示で生徒達が動き出す。
ジンはロキに耳打ちされたので、彼が呼びに来るまで椅子に座って待機していた。

ふと遠く離れた所でハンスが別の男子生徒と仲良さげに笑い合っている姿が見えた。
この式典の間に既に友人を作り上げたらしい社交性の高さに感心する。

(俺が近くにいなくて良かったのかもしれないな)

魔力やフェロモンを抑える事は出来ても、見た目の印象は自分じゃどうしようも出来ない。
これまでの経験上、どちらかと言えば怖い印象を与える自覚があるのでジンはこれからの身の振り方を考え直そうと思っていた。
特に友人が出来なくても自分にはデメリットはないのだが、ハンスはこれからを見据えて社交界への伝手を多く作った方が良いだろう。

そんな事をハンスを見詰めながらぼんやりと考えていたら、彼もこちらに気付いたらしく目が合った。
パッと笑顔を咲かせて、何の躊躇いもなく大きく手を振られる。意表を突かれた気がしてジンは反応できなかった。
ハンスは口パクでおーいと言いながら手をひらひら揺らす。

「ジン!」

声なき声だが、届いた気がしてジンはむず痒さに唇を拭う。
すぐに気を取り直し、手を上げ返すとハンスは嬉しそうに先程より大きく手を振る。

「また後でな!」

ハンスの口パクにしっかり見えるように首を縦に振った。嬉しそうに笑う彼に妙に救われた気分になる。
生徒達の波にその背中が消えるのを見送っていれば、後ろから肩を叩かれた。

「ジン・ウォーリア」

「あ、ロキ先生」

「帰ってきたな。結界に反応があったようだ。行くぞ」

「え?」

ジンは立ち上がり、ロキの後ろについて歩き出す。

いくらなんでも早過ぎる。ドラゴはまだ分かるが、フィルは陸を駆けてくるからもう少し掛かるはずだ。
本当にあの2人か?と考えあぐねていたが、案内された裏庭にいたのは紛れもなくドラゴだった。

「あっ!ジン!!」

真っ黒い鱗を艶々光らせながら、大きく翼を広げるドラゴは出て行った時よりも更に大きく、尾までいれたらジンの背丈を軽く超えている。
警備兵らしき騎士服を身に纏った数人に囲われているからか、少し気が立っている。
大きな黒目をキッと吊り上げ、翼で背後を隠そうとしていた。

「ドラゴ、早かったな」

警戒心ばりばりの警備兵達の隙間を縫って、ジンが前へと出る。止めようとする警備兵達をロキが止めてくれた。
グルルと小さな地響きが聞こえる。ドラゴの威嚇音。

「この人らは大丈夫だから。それで、フィルは?」

「わふっ!」

黒い翼の後ろから、ひょこっと狼に似た顔を出すフィル。ジンの姿を見ると喜び勇んで駆け寄って来た。
フィルの頭の高さもジンを超えており、正直人の頭くらい一口で飲み込める程にはでかい体をしている。
そのでかい頭を下げて、頭頂部で腹に頭突きをかましてくるフィルの少し硬めの毛を両手で撫で回す。

「おー、よしよし。ずっと待ってたんだってな。ごめんな、俺の配慮が足りなかった」

「そうだ。オレ様にもハイリョという奴が足りないぞ。ちゃんと連れて来たオレ様はえらい」

ドラゴも頭を寄せてきた。こちらも人の頭など一口でイケるサイズだ。
後ろで念の為に身構える警備兵たちから見れば、気が気ではない状態らしい。ロキが彼らの前に立ち、手で制してくれているから下手に武器を抜いたりせずに見守ってくれている。

「ああ、よしよし。早かったな、すごいよドラゴ。どうやったんだ」

「どうって…ビューンって」

「ビュ……そうか。後で褒美にリンゴ食うか」

意思疎通出来ようと、説明出来ない相手の言葉を理解するのは難しい。
ジンは考えるのをやめた。

「食う」

こっくりと頷いたドラゴも、フィルも、尾が機嫌良く揺れている。
魔力の動きもおかしくないし、外傷も疲労もあまり感じない。
触れて彼らの調子を確認し終えると、背後で待っていてくれているロキを振り返った。

「あー…先生、少し休ませてあげたい。申し訳ないんですけど、人をその、下げて貰えませんか?」

警備兵たちの気配が少し強くなる。
わざわざ危険反応を察知して集まってきてくれたのに、邪魔者扱いされれば気も悪くする。
だがドラゴとフィルも今は落ち着いているが、知らない気配に囲まれていては良い気分とは言えない。
彼らの内1人でも武器を抜けば、2頭も臨戦態勢に入る可能性は大いにあった。

「ロキ先生」

警備兵の1人がロキに何かを耳打つ。
黙って聞いていたが、眉を寄せるロキの顔をジンははっきりと見受けた。

「魔物2匹も危険ですが、それを使役する彼も危ないのでは?あんな強い魔物をあんな子供が2匹同時に従魔化できるのか、いささか疑問です。身柄を確保し身辺調査を行ってはいかがでしょうか」

ぼそぼそと聞こえないように告げたのだろうけど、ジンの耳は良い。
学園を狙う怪しい組織が背後についてるとでも思ってるのかと、呆れながらもドラゴやフィルの背を撫でて気を逸らし続けるしかないジン。
何を言った所で対処の決定権は学園側だからだ。

「ご苦労だったな。問題無い。警備兵は各々持ち場に戻ってくれ」

ロキはジン達を優先してくれた。
驚いた警備兵達が食い下がるのを、ロキは片手を振るだけの所作で黙らせる。

(意外と学園内で地位が高い先生なのかもな)

「ご忠告痛み入る、だが君らの懸念を君ら自身が現実に引き起こす可能性の方が高い。俺が彼らと話す。任せてくれないか」

二の句は言わせない威圧を放ち、警備兵たちは渋々と散っていった。
残ったロキは辺りから自分達以外の気配が消えたのを確認してから、ぽつりと呟いた。

「……本当にフェンリルなのだな」

どこか感銘を受けている声色で、気の高鳴りが滲んでいた。

「…触ってみますか?フィルは気を許せば触らせてくれますよ」

「ん……いや、しかし初対面の私では気を許しはしないだろう」

魅力的な提案にロキの声が一瞬上ずった。フェンリルを見る紫の目が瞬きを早めるが、すぐに自身に言い聞かせるようにかぶりを振った。

「コツがあるんですよ」

来い来いと手招くのは年上には失礼な動作だろうが、ロキは何も言わずに寄って来た。
隣に並び立つと彼の緊張が伝わってくるようだ。
表情には出さない辺り大人だが、懸命に隠してるのは逆に幼くも感じる。

「俺の手に、手を重ねてください」

「ん?…こうか?」

フィルの背中に当てていたジンの手の上に、ロキは手を重ねた。
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