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学園編 1年目

男爵家男孫の入学式4

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「そいつも呼んでやれ」

「…………」
(やっぱり狙ってるんだろうか)

警戒心が強まるが、出来る限り平静を装う。

「フィルだったか。お前を待って飲まず食わずなんだろう?死ぬまでその状態とは思わないが、何らかの影響が出ても可笑しくない。最悪の場合、弱った所を狙う不届き者も居るだろう。手元に置いていた方が安全ではないか」

「いやまあ、その通りなんですが……随分と熱心と言うか、積極的ですね」

「………ああ、すまん。少し先走ったようだな」

ロキはひとつ咳き込んで、眼鏡のブリッジを押し上げて毅然な顔を作った。

「学園内での安全なら保証する。外部の者は入って来れないし、教員や生徒達の中に不届者が居たとしても、他者の従魔を奪おうなどとすればすぐに発覚する。学園の敷地内では許可のない私闘は禁止されていて、様々な事態に備えた結界魔法や監視魔法が常時展開されている。我々教員や警備兵達の実力を上回る生徒はそうそう居るものでもなく、もし居たと仮定してもドラゴンやフェンリルを相手にするならば、何かしらの痕跡は必ず残るだろう。その時には我々も全力で解決する事を約束する」

「……」

唐突な饒舌っぷりにジンは引いた。
熱苦しさを感じないのは見た目がクールだからだろうか。しかし涼やかな紫の目の奥には、何を考えてるのか分からない強い光が潜んでいる。言い切った後には、これで懸念はないだろうとでも言い出しそうなドヤ顔をしている。
ジンはどうしたものかと考えるが、目の前の麗人は変人かもしれないと言う思考で埋め尽くされていて、上手い言い訳が思い付かない。
いっその事、ストレートに言ってしまおうと口を開く。

「不届者云々の前に、先生が怖いんですが。フェンリルに対して、なんか思い入れでもあるんですか」

「………なんだと?」

「ドラゴンの方が希少性だけなら高いのに、フェンリルの話になった途端ぐいぐい来ると言うか。ドラゴンよりはフェンリルの方が捕まえやすいですし、なんか…狙ってんのかなって」

「……」

「学園内に引き込みたい理由は何ですか」

ドラゴンは背中に張り付いたままだが、ジンの静かな気迫と、押し込んでいた魔力がゆっくりと流れ出ていることに気付き、猫の目のように瞳孔を細長くしてロキを見詰めた。警戒心が強まった証だ。
ロキの返答が何であれ、ジンが行動を移すならドラゴンは応えるつもりだ。
二人の視線に眉を寄せたロキは気まずそうに歪めた口を開いた。

「…実は」

「はい」

「…フェンリルの研究をしている」

「は?研究…ですか」

ジンの声が硬くなり、ロキは異変を察して片手を緩やかに左右に振った。

「研究と言っても、不要な実験などしないから安心してくれ」

「じゃあ、先生がしてる研究って何ですか」

「……フェンリルの生態だ」

「……だから、生態をどう研究してるんですかって聞いてんですけど」

「…本を読んだり、ハンターや冒険者達の目撃録や姿絵や映像記録などをギルドから取り寄せたり…」

「……研究、ですかそれ」

ただの趣味では?とは言えない。ジンは気が抜けそうになる。

「…死体の解剖立ち合いなどには参加させて貰う事がある。とは言え、本物は今の所一件しかなかったが。俺が担当するのは主に魔力に関する事で、死体を切り裂いたりなどはしない」

「……個人的に研究してるんですか?」

「そうだ、な。ああ…そうだ。個人的に研究している」

「研究理由を聞いても?」

「それは………」

言う事を躊躇うような気配がする。
ジンは黙って見詰め、答えを待った。

「それは………だろ」

「はい??」

ロキが最後にボソボソと声を低めた。耳は良いので聞こえたのだが、聞き取れた言葉の真意が掴めずに聞き返した。
益々眉間の皺を深めるロキ。かと思えば、ほんのりと顔が赤くなった気がする。ごほんとわざとらしく大仰な咳をして、ロキは腕を組み、堂々と背筋を伸ばし今度ははっきりと口にした。

「かっこいいだろ」

「………フェンリルがですか?」

思わぬ言葉に分かりきった質問をしてしまった。
誤魔化すように、ロキはこほんこほんと嘘臭い咳払いを何度も挟む。照れ隠しなのだろう。
グラスコードをしゃらりと揺らし、取り繕った澄まし顔でジンと目を合わせる。顔が赤いのは気のせいではないようだ。

「兎角、悪いようにはしない。誓おう」

「………あー、…そうですか…そうですね」

ツンとクールそうな顔をしてるロキ。
正確な年齢は読めないが三十の半ばに見える彼が、教員の癖に我を通そうとする様子は少し可愛い。
ジンは呟いてる内におかしくなり、ふっと口元を緩めた。

(かっこいいから研究してるなんて嘘なら言わねぇかな)

騙したければ、もっと言葉を選ぶ筈だ。それが分かっているからロキもストレートに話してくれたんじゃないかとジンは捉えた。

(この先生は信じても良いかもな。これで騙されてた時は自分を笑うしかない)

「んー…じゃあ、連れてきても良いですけど…その前に聞きた」

「フィル連れて来るか?」

言葉の途中でドラゴンが被せてきた。
その目は既に確信に満ち満ちており、答えなど待っていない。

「オレ様が迎えに行ってやる」

「いや、待て。その前に聞く事があるんだよ。おい、話聞け。おい!おいって!」

ドラゴンは飛び上がり羽根を大きく広げて、ジンの頭より高く飛ぶとふんと鼻を鳴らした。

「すぐ連れて来る。ジンはとーろくの準備をしておけ」

「いや待て!!おい!ドラゴ!!」

鼻先を天へと突き出し、ドラゴンは更に高く舞い上がる。こうなってはもう止めようがない。

「あーもう!!隠密は掛けておけよ!」

ありったけの声で忠告を飛ばす。
返事はないがスゥッと空へ溶けるように姿も気配も消えたので、ジンはひとまず胸を撫で下ろす。そして肩を落とした。何もかも上手くいっていない状況に落胆して。
気付くとロキもドラゴンが消えた先をじっと見上げていた。その目は少しだけ童心に戻っているように見えた。

「先生」

「あ、ああ……ドラゴがあのドラゴンの名前か」

「え?あ、はい」

「……ふ、随分と安直な名前だな」

「そうですね、元々名前を付ける予定はなくて……ーーーまあ、あいつは気に入ってますよ、分かりやすいって」

ドラゴンの飛んで行った空を見る。領地では見ることの少ない青空だ。ドラゴとの思い出を振り返ろうにもロケーションが違い過ぎるし、初対面の教員へ話さなくても良いかと言葉を変えた。
ロキの眉が寄ったので、同じく眉を寄せて見つめ返す。諦めたような溜息をされた。

「…そうか」

途切れた言葉の先を見逃してくれる。ロキの優しさに安堵で肩が軽くなった気がした。

「さて、聞きたいことがあるらしいが、話は後だ。時間がない」

「時間?」

「入学式だ」

「あっ」

完全に忘れていた入学式。

「今ならまだ始まったばかりだろう。急いで向かうぞ」

ロキと共に講堂へと戻ったのだがハンスの隣の席には戻れず、教員達の列のど真ん前に座らされる羽目になった。

入った時の生徒達の視線も、式典中の教員達の背中への視線も痛く、大人しくじっとしているしかない。

学園長が矢鱈とでかいとか、学園内の規律事項が長過ぎるとか、そんな話をする相手も居らず、およそ2時間足らずの式典だったが、ジンにはうたた寝も許されない過酷な時間となった。
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