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学園編 1年目

男爵家男孫の入学式3

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ハンスと並んで、生徒達の波に従い廊下を進む。目的地の講堂内は広く、厳かな雰囲気はあるがステンドグラスが柔らかく陽の光を透かしている。
大きなシャンデリアが幾重もぶら下がり、壇上の奥には巨大な大樹を模る虹色の光が流れるように動いていた。

少し浮かれた空気と緊張感が混ざり合い、生徒達の騒めきが漣の様に聞こえる。

クラスの区切りはあるが、ここでも指定の席はないので好きな場所へと座った。
ハンスはもう当たり前のように隣に腰掛けて、値踏みするように壁の装飾なんかを眺めている。

足を組んでぼんやりとしていると、後ろの会話が耳に届く。

「俺のルームメイト最悪なんだけど」

「え、誰」

「あれ、蛇巻いてる奴」

「あいつか、…ん?あれ?従魔連れてる奴は従魔連れてる奴同士で相部屋になるんじゃねえの?お前なんか連れてるっけ?」

「これ、俺の従魔」

なんとなく気になって、さりげなく後ろに目を向けた。
彼の指の上に小さな、本当に小さな、3センチ程しかない黄色い鳥がいた。

「……ちっさ。何が出来るのこいつ」

「…いや、特に何も…」

ジンは吹き出しそうになるのを咳き込んで誤魔化し、後ろの会話の盗み聞きを続行した。

「小さい頃に拾って…なんか懐いてるし、契約してみたら出来たから…。なんかもうずっと傍にいるから、可愛くて連れてきたんだけど…」

「…相手があれじゃ勝ち目ないな」

「…食われそうで怖い」

そんな腹の足しにもならねえもん食わないだろと心の中で突っ込みつつ、ジンは野生のシマエナガに似ているコマモドキに視線を送る。
魔物の中でも知能が低く、魔力も弱いので、危険視はされないが、集団になると蜂のように嘴で襲って来る意外と厄介な魔物だ。
一匹で彷徨っていたか何かしてる所を拾われて、餓えることもなければ、天敵に襲われることもない安全な彼の手元に居座る事にしたのだろう。
彼の指の上で呑気に寝ようとしているコマモドキ。
いかに彼を信頼してるかがよくわかる。

心配しなくとも、従魔化して世話をちゃんとされている奴らは無闇に何かを襲う事はしないのだ。
特にツインヘッドスネークのように非常に知能が高い魔物ならば、他人が従がえている魔物へわざわざちょっかい掛けることもない筈で。

まあ心配する程に可愛がっていると言う証拠なのだろう。

(物言わぬ相棒ってのも良いよな)

寝てるコマモドキを大事そうに撫でてる男子生徒に向けていた目線を正面に戻した。

ふと、目の前に何か黒い半透明なものがある。
ステンドグラスの輪郭が朧げになり、どんどん黒が濃くなってきて、ジンは眠いのだろうかと目を擦った。

「……」

「………え、なにあれ」

「あの人の前になんかいない?黒いやつ…従魔?」

「なんか飛んでない?」

「あれって何?急に出てきたけど」

「鳥?じゃないよねなに?」

「あの黒いの見えてるの俺だけじゃないよな?」

波打つように静寂にささめきが走り、だんだん声が増えていく。

「ジン、ここ、うまく隠れられないぞ」
「おまッ……!!」

名前を呼ばれた瞬間、全てを理解してジンは思いっきり立ち上がり、目の前に浮遊していた黒くて喋る生き物を両手で覆い隠すように抱き込んだ。

ぽかんとしているハンスも、前に座っていたツインヘッドスネークを巻いた生徒も含め、ほぼ全員の視線を集めるジン。
教員が近付いてくる気配がする。
ジンは体を丸めるようにして振り返りーー

「腹痛いんで失礼します!」

教員に止められる前に駆け出した。
来たばかりの扉を再び潜り、疎にいる生徒達の間を風のように抜けて、兎に角人の気配のない方へと向かった。

辿り着いた裏庭で、胸の中に隠した黒い飛行物体へと目を向ける。
パタパタと翼と尻尾を振っている。

「苦しいぞ」

「…全然結界に勝ててねえじゃん」

「違う、負けてない。腹が減ったんだ、そうだ、だから力が抜けたんだ」

「腹って…はあ…」

「ドラゴンは大食いと言うからな」

「!?」

後ろからの声に黒い生き物を背に庇って振り返る。
音も気配もない、近付かれるまで全く気付かなかった。
そこには、腰まである長く癖付く髪を揺蕩わせた美麗な男が立っていた。
黒から灰色へと変わるグラデーションカラーの珍しい毛色を揺らし、教員用の黒いケープに合わせたような真っ黒な出立ち。細い銀縁の眼鏡の奥で切長の紫の目を光らせ、目線の先は背後に向けられている。
背中にピタとくっついてる生き物は一応隠れているつもりだが、完全にバレているらしく、教員の目線はジンの肩から一瞬たりとも外れない。

「えーと…」

「そいつはドラゴンに見えるな」

「……はい、ブラックドラゴンの子供です」

誤魔化しようもなく、嘘を吐くのは悪手と見て早々に観念した。

「お前が連れて来たのか」

「…そう、なりますね」

「従魔登録は?」

「…してません、すみません。連れて来る予定はなかったんです」

「オレ様を置いていくなんて許さない」

「最初はフィルと一緒に居てくれるって言ってただろ!」

「最初ってなんだ?フィルも一緒に居るつもりだった。お前が置いていった」

「だから、置いていったんじゃなくてだな…」

「でもフィルは置いて行かれた。オレ様は自分で来た。えらいだろ」

「お前は勝手に付いてきただけだ…、お利口なのはフィルだよ…」

「……そんなにはっきり会話が可能なのか」

教員の存在を忘れかけていた。
あっ、と彼を見ると、紫の瞳はまだ険しげに細められてるが、どうも怒っている気配はない。

「あー…先生?」

ふっと教員はきつく細めていた目を和らげた。
元々きつめの顔立ちだからか、あまり印象は変わらないが、少しだけ気が抜けたような空気になる。

「ああ、ロキだ。魔術学を担当してる。…そいつは、触ることは可能か?」

「えっ?…まあ、こいつが触らせてくれるなら、触れます」

背中に張り付くドラゴンへと目を向けると、大きな黒い目で見上げて来る。
顔を埋めたまま、ぽつりと呟く。

「いやだ」

「触れないみたいです」

「そうか」

ふんと鼻で笑ってから教員は眼鏡を軽く押し上げた。
高圧さは残るものの嫌味はあまり感じない笑い方だ。顔が綺麗だから冷たく見えるだけだろうか。

「従魔登録をしたらどうだ」

「え?」

「分かってると思うがドラゴンは貴重な存在だ。従魔出来るという話は聞くが、実際に従魔化している状態を見る事は珍しい。俺自身は始めて見た。登録の遅れは学園長も許してくれるだろう」

「……え、ええと…」
(どうしよう、ドラゴンなんか連れていたら目立ってしまう)

悪目立ちはしたくない。目立たないために色々試行錯誤までして来たのだ。それに、問題はそれだけじゃない。

「とーろくしたらここにいて良いのか」

人が渋ってる内に肩から顔を覗かせたドラゴンが、ロキへと質問を投げた。
ロキの眉が興味深そうに上がる。

「ああ、堂々と彼と一緒に学園に居れる」

「そうか。ジン、オレ様はとーろくする」

「…えー…うーん…」

「フィルもとーろくしたら一緒にいれるか?」

「フィルと言うのは?」

ぐいぐいと肩のシャツを引っ張るドラゴンに更に渋る。
返事を碌にしないジンには構わず、ロキはドラゴンへと質問を投げ掛けた。

「家族だ。オレ様の後に来た。今はジンが置いていった場所でずっと待ってる」

「家で待っててくれてるんだろ。置いてったんじゃねえって」

「家じゃない。家の前、門のところ」

「は?いや、流石にそれはないだろ。そこでバイバイして来たけど、今はちゃんと家に入ってるさ」

「? 入ってないぞ」

「あれから何日経ってると思ってんだよ」

「でも入ってないし、メシも食べてない。お前が待ってろと言うから待ってるぞ」

「……な、なんでわかるんだよ」

「? わかるからわかる。フィルは昨日大雪の中も待ってた」

「………いや…え?」

顔から血の気が引いていく。忠誠心が強いのは知ってたが、他の家族にもよく懐いていたから大丈夫だと思っていた。
ドラゴンの言う事が本当なら、世間的に春の暦になったとは言え、北の大地はまだ冬の盛りだ。
天候は荒れやすく、昨日が大雪だったとしてもおかしくない。
悩むジンを見てロキは首を捻る。

「フィルと言うのも魔物なのか。連れて来れない理由が?」

「えっ!?あ、あー…まあ…」

「ジンのわがままだ」

先程から歯切れの悪いジンに、ロキの目線が再び剣呑なものになった。
同じく背後からも責められる。ドラゴンをキッと睨むと、ふんと鼻先をそっぽ向けた。

「従魔登録は2体まで可能だから、連れて来てやれば良かっただろう。目立ちたくないらしいが……クラスメイト達よりも2歳歳上でその体格では、そもそも無理があるんじゃないか」

ロキが更に歩み寄って来た。目を細く薄く笑みを浮かべて、少し高い目線から覗き込まれる。レンズに触れてるんじゃないかと思うほど長い睫毛のせいで、紫の瞳に影が落ちて見える。
その目の奥にこちらを探る気配を察し、ジンは笑い返す。ロキの方が少し驚いて顔を引いた。

「最初から目立つから、余計に目立ちたくなかったんだけど………お前にも何度も説明したのにな」

ドラゴンを横目で見るが、ツーンと鼻先をそっぽ向けたままで聞こえてないフリをしている。

「フィルはなあ…あいつは小さくなっても、普通の狼より一回り大きいサイズにしかなれねぇから目立つんだよな…」

従魔を連れられるとは言え、実際貴族が魔物をハントする事がまず殆ど無い。従えるとなると更にその人数は絞られる。
あの蛇の従魔が敬遠されるのも、偏に珍しいからだ。

「…フィルと言うのは、種族はなんだ」

ドラゴンへと顔を向けたままロキを見る。
彼はジンが口を開くのを待って、静かに見つめ返して来るだけだ。

(悪感情はなさそうだが、随分と気にしてくるな…)

暫く見つめ合った後、ジンは少し息を吐いてから告げた。

「フェンリルです。雪山の」

「……フェンリル?聞き間違いか?」

「いえ…」

ロキは到底信じられないと言った声を出して、その後眉根をきつく寄せた。
それもその筈で、ドラゴンもフェンリルも神獣扱いされる非常に稀有な存在だ。それが2体揃ってるのは天文学的数字になる、と聞いた。

「…先生?」

「それは本物か?大型種のアイスハウンド等の子供でなく?」

「アイスハウンドの子供ではないですね」

「…………」

喫驚してるような、呆然としてるような、ロキは細い眉をきつく寄せて動きを止めた。

(まずったかな)

ドラゴンもフェンリルもその存在自体が神話化しつつある希少種で、剥製などの模造品ですら高値で売買される事もあり、生きた本物の価値は計り知れない。
領地ではジンが2頭を連れ回っても、ありがたい事に対処できないような事態には陥らなかった。

そもそもドラゴンもフェンリルも子供とは言え、Sランクの冒険者やハンターで、やっと捕まえられるかどうかだ。
易々と手を出そうとするのは無知か無謀かのどちらかで、そんな奴らの手に落ちることはほぼない。

だが首都では楽観視し過ぎるのも危ないか。
領地のように見知った連中ばかりでもない。

何やら考え込んでいるロキの考えが読めないので、ジンは不信感が募っていく。
顔には出さないように気を付けつつ、ドラゴンを再び背中で庇う。

学園側があれこれと理由をつけてドラゴンとフェンリルを手に入れようとするならば。

(逃げよう)

情けない決断にも聞こえるが、最善の一手はこれしかない。
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