上 下
28 / 36
第7章

 断ち切ったもの

しおりを挟む
 優里が、どこか慌しくこの部屋から帰ってから1ヶ月ほど経ったある日―――、ほか弁の仕事から帰ってきた美弥が、何気なく携帯でネットニュースを見ていると「人気AV女優 自殺か」という見出しが目に入った――。

 ――記事を開いた美弥の目に飛び込んできたのは、優里の名だった。

 コップが手からすべり落ち、耳障りな音を立てた。こぼれるお茶をそのままに、画面を見つめ凍りついた。
 ほんの数行だけの記事の最後は「遺書などは見つかっていない」という言葉で締めくくられていた。

 自殺……? 人気AV女優の優里……? うそ……
 
 携帯を持つ手が震えた。何かの間違いではないのか? 
 そうだメールすればいい、必ず折り返し連絡が来る。そう思ってメールを送信すると、同時に英文の宛先不明だというメールが届いた。背筋が寒くなり、全身がガタガタと震え出す。

 やだよ……、うそでしょ優さん……。

 暖房器具もない冷えきった部屋でひとり、美弥は声に出してつぶやいた。

 この一ヶ月ほど優里から連絡はなかった。それ自体は珍しいことではなかった。当たり前のようにそのうちまたメールが来るだろうと思っていた―――。
 
  置いてかないでよ……
  誘ってくれたら、きっと私は――

 そこでハッと美弥は、電流に触れたようにある推測に思い当たった――。

 あの時、唐突に思えるほどに慌しく帰ったのは―――あの密度の濃い沈黙に何かしらを感じ取り、それを断ち切ってしまうためだったのではないか……。その何かとは、まさに今、美弥が思った――死へ誘ってほしかったという想いではないか――。

 きっと優里は美弥の奥底に漫然とある死へのスイッチに気付いていた。あれだけ聡明で明敏な彼女が気付かないはずがない。
 帰る直前、沈黙の中、二人の魂の奥底の何かが共鳴していた。それは互いの茫漠の世界のさらに奥にある「死んでしまいたい」という想いだったのではないか。

 優里があの時点で、既に強く死を決意していたとするなら、無意識の領域で美弥の魂がそれを感知し、激しく共鳴した―――。それがあの深い濃密な沈黙をもたらした――。

 だが、優里は自分と同じ茫漠の世界に漂いつつも、淡い夢を持ち生きている美弥を引き込んではならない――そう思ったのではないか―――。

 ネットでは、ほんとうに自殺だったのか、あるいは殺されたのではないかなどと様々な推測がなされていた。確かに過去にAV女優で不可解な死を遂げた例はある。自殺も多い。

 美弥は、それらの無責任な根拠のない憶測など見たくもなかった――。

 感覚がなくなったような体で膝歩きをし、部屋の片隅の『春の嵐』のあのページを開く。

 ―――いったいどこが悪いんです?
 ―――どこもかしこもです。私は生きることも死ぬこともできません。すべてが誤りで愚劣です。

 見つめていると、喉奥に熱い塊がせり上がってきた。美弥は顔を安物のクッションに埋め、哭《な》いた―――。

 ―――優里が去ったこの世は、何事もなかったかのように動いていた。まるで優里が存在した事が虚構かのように――。

 不意に優里からメールが届きそうな気がする。ついこの間そこに座り、美弥が作ったものをおいしそうに食べ、楽しげに笑っていたのだ。
 
 一人でいる時間、ほとんどすべて優里の事を考えた――。出会ってから優里と過ごした時間、優里の言葉や表情、全てを掻き集める。

 まぶたの裏に優里の姿が浮かぶ――。

 優里の死への決意は、昨日今日といったものや、まして突発的なものなどではなく、遥か以前からのものだったのだろう――。
 あの驚くほどの透明感は、とうにこの薄汚れた世界と訣別を誓った故のものだったのか。
 優里はきっと長い間、死への憧憬を抱き続けていた。おそらくはAVに出る事を決めた時には既に、もう揺るぎなく死を決意していた―――。

 いつか優里は言った――ずっとしたかった事が叶った―――と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

処理中です...