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第7章
断ち切ったもの
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優里が、どこか慌しくこの部屋から帰ってから1ヶ月ほど経ったある日―――、ほか弁の仕事から帰ってきた美弥が、何気なく携帯でネットニュースを見ていると「人気AV女優 自殺か」という見出しが目に入った――。
――記事を開いた美弥の目に飛び込んできたのは、優里の名だった。
コップが手からすべり落ち、耳障りな音を立てた。こぼれるお茶をそのままに、画面を見つめ凍りついた。
ほんの数行だけの記事の最後は「遺書などは見つかっていない」という言葉で締めくくられていた。
自殺……? 人気AV女優の優里……? うそ……
携帯を持つ手が震えた。何かの間違いではないのか?
そうだメールすればいい、必ず折り返し連絡が来る。そう思ってメールを送信すると、同時に英文の宛先不明だというメールが届いた。背筋が寒くなり、全身がガタガタと震え出す。
やだよ……、うそでしょ優さん……。
暖房器具もない冷えきった部屋でひとり、美弥は声に出してつぶやいた。
この一ヶ月ほど優里から連絡はなかった。それ自体は珍しいことではなかった。当たり前のようにそのうちまたメールが来るだろうと思っていた―――。
置いてかないでよ……
誘ってくれたら、きっと私は――
そこでハッと美弥は、電流に触れたようにある推測に思い当たった――。
あの時、唐突に思えるほどに慌しく帰ったのは―――あの密度の濃い沈黙に何かしらを感じ取り、それを断ち切ってしまうためだったのではないか……。その何かとは、まさに今、美弥が思った――死へ誘ってほしかったという想いではないか――。
きっと優里は美弥の奥底に漫然とある死へのスイッチに気付いていた。あれだけ聡明で明敏な彼女が気付かないはずがない。
帰る直前、沈黙の中、二人の魂の奥底の何かが共鳴していた。それは互いの茫漠の世界のさらに奥にある「死んでしまいたい」という想いだったのではないか。
優里があの時点で、既に強く死を決意していたとするなら、無意識の領域で美弥の魂がそれを感知し、激しく共鳴した―――。それがあの深い濃密な沈黙をもたらした――。
だが、優里は自分と同じ茫漠の世界に漂いつつも、淡い夢を持ち生きている美弥を引き込んではならない――そう思ったのではないか―――。
ネットでは、ほんとうに自殺だったのか、あるいは殺されたのではないかなどと様々な推測がなされていた。確かに過去にAV女優で不可解な死を遂げた例はある。自殺も多い。
美弥は、それらの無責任な根拠のない憶測など見たくもなかった――。
感覚がなくなったような体で膝歩きをし、部屋の片隅の『春の嵐』のあのページを開く。
―――いったいどこが悪いんです?
―――どこもかしこもです。私は生きることも死ぬこともできません。すべてが誤りで愚劣です。
見つめていると、喉奥に熱い塊がせり上がってきた。美弥は顔を安物のクッションに埋め、哭《な》いた―――。
―――優里が去ったこの世は、何事もなかったかのように動いていた。まるで優里が存在した事が虚構かのように――。
不意に優里からメールが届きそうな気がする。ついこの間そこに座り、美弥が作ったものをおいしそうに食べ、楽しげに笑っていたのだ。
一人でいる時間、ほとんどすべて優里の事を考えた――。出会ってから優里と過ごした時間、優里の言葉や表情、全てを掻き集める。
まぶたの裏に優里の姿が浮かぶ――。
優里の死への決意は、昨日今日といったものや、まして突発的なものなどではなく、遥か以前からのものだったのだろう――。
あの驚くほどの透明感は、とうにこの薄汚れた世界と訣別を誓った故のものだったのか。
優里はきっと長い間、死への憧憬を抱き続けていた。おそらくはAVに出る事を決めた時には既に、もう揺るぎなく死を決意していた―――。
いつか優里は言った――ずっとしたかった事が叶った―――と。
――記事を開いた美弥の目に飛び込んできたのは、優里の名だった。
コップが手からすべり落ち、耳障りな音を立てた。こぼれるお茶をそのままに、画面を見つめ凍りついた。
ほんの数行だけの記事の最後は「遺書などは見つかっていない」という言葉で締めくくられていた。
自殺……? 人気AV女優の優里……? うそ……
携帯を持つ手が震えた。何かの間違いではないのか?
そうだメールすればいい、必ず折り返し連絡が来る。そう思ってメールを送信すると、同時に英文の宛先不明だというメールが届いた。背筋が寒くなり、全身がガタガタと震え出す。
やだよ……、うそでしょ優さん……。
暖房器具もない冷えきった部屋でひとり、美弥は声に出してつぶやいた。
この一ヶ月ほど優里から連絡はなかった。それ自体は珍しいことではなかった。当たり前のようにそのうちまたメールが来るだろうと思っていた―――。
置いてかないでよ……
誘ってくれたら、きっと私は――
そこでハッと美弥は、電流に触れたようにある推測に思い当たった――。
あの時、唐突に思えるほどに慌しく帰ったのは―――あの密度の濃い沈黙に何かしらを感じ取り、それを断ち切ってしまうためだったのではないか……。その何かとは、まさに今、美弥が思った――死へ誘ってほしかったという想いではないか――。
きっと優里は美弥の奥底に漫然とある死へのスイッチに気付いていた。あれだけ聡明で明敏な彼女が気付かないはずがない。
帰る直前、沈黙の中、二人の魂の奥底の何かが共鳴していた。それは互いの茫漠の世界のさらに奥にある「死んでしまいたい」という想いだったのではないか。
優里があの時点で、既に強く死を決意していたとするなら、無意識の領域で美弥の魂がそれを感知し、激しく共鳴した―――。それがあの深い濃密な沈黙をもたらした――。
だが、優里は自分と同じ茫漠の世界に漂いつつも、淡い夢を持ち生きている美弥を引き込んではならない――そう思ったのではないか―――。
ネットでは、ほんとうに自殺だったのか、あるいは殺されたのではないかなどと様々な推測がなされていた。確かに過去にAV女優で不可解な死を遂げた例はある。自殺も多い。
美弥は、それらの無責任な根拠のない憶測など見たくもなかった――。
感覚がなくなったような体で膝歩きをし、部屋の片隅の『春の嵐』のあのページを開く。
―――いったいどこが悪いんです?
―――どこもかしこもです。私は生きることも死ぬこともできません。すべてが誤りで愚劣です。
見つめていると、喉奥に熱い塊がせり上がってきた。美弥は顔を安物のクッションに埋め、哭《な》いた―――。
―――優里が去ったこの世は、何事もなかったかのように動いていた。まるで優里が存在した事が虚構かのように――。
不意に優里からメールが届きそうな気がする。ついこの間そこに座り、美弥が作ったものをおいしそうに食べ、楽しげに笑っていたのだ。
一人でいる時間、ほとんどすべて優里の事を考えた――。出会ってから優里と過ごした時間、優里の言葉や表情、全てを掻き集める。
まぶたの裏に優里の姿が浮かぶ――。
優里の死への決意は、昨日今日といったものや、まして突発的なものなどではなく、遥か以前からのものだったのだろう――。
あの驚くほどの透明感は、とうにこの薄汚れた世界と訣別を誓った故のものだったのか。
優里はきっと長い間、死への憧憬を抱き続けていた。おそらくはAVに出る事を決めた時には既に、もう揺るぎなく死を決意していた―――。
いつか優里は言った――ずっとしたかった事が叶った―――と。
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