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第7章

 共鳴する何か

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 AV業界の横のつながりは薄い。素人女優同士でもそうだが、主演女優ともなると皆無に等しい。仕事が何度か一緒になっても、名前も顔も覚えられていないのが当たり前といってよかった。
 だから、いくら感じよく接してくれたところで、今日もそうだろうと思っていた。

 しかし、撮影が終わった後、優里は美弥に駆け寄り、「迷惑じゃなかったらメールアドレス交換しませんか?」といった。まだLINEなどのSNSは今ほど普及していなかった。

「私、本の話できる人とか周りにいなくて」、優里はそう言った。それは美弥も同じだった。美弥は社交辞令かもしれないと思いながらも喜んでメールアドレスを交換した――。

 ―――社交辞令ではなかった。

 時折、彼女から本の話をはじめ、撮影現場の笑い話などのメールが入った。
 
 まだ海外の文豪と呼ばれるような作家はヘッセしか知らなかった美弥にディケンズ、バルザック、スタンダールなど読みやすくエンターテイメント性にもすぐれた作家を薦めてくれた。
 彼女が薦めてくれた本にはずれは無かった。

 その感想を送ると、また次々と薦めてくれた。膨大な量の本を読んでいるのがうかがえた。

 優里は美弥より5歳上の26歳だった。デビューしたのがお互いに1年前と知り、笑い合った。片や業界のトップ、片や底辺の添え物だったが、そんなことは気にならなかった。

 そんなやり取りがしばらく続いた後、一度会って、ゆっくり話さない?――と優里から提案があった。
 そして――迷惑じゃなかったら美弥ちゃんの部屋に行ってみたい、と彼女は言う。

 彼女がどんな生活をしているのか知る由もないが、ギャラは美弥とは比較にならない。なにせ業界のトップ女優だ。勝手なイメージだが、住いは超高級マンションが浮かんだ。
 卑屈になるわけではなく純粋に、そんな人をこのウサギ小屋のような部屋に呼んでいいのだろうか……と思い悩み、『あまりに古くて狭いのでびっくりすると思います。とてもじゃないけど申し訳なくて呼べないです』と返しても、全然かまわないと言う。

 彼女が来たいというのだから……と自分を納得させた。
 互いに仕事の予定を確認し合って、日取りを決めた――。

 ――当日、美弥のマンションの最寄駅まで迎えにいくと、すぐにわかった。

 ニット帽をかぶり、ベッコウのメガネをかけた彼女が立っていた。体のラインが出ないぼわっとしたルーズな服装をしている。それでも雑踏の中、道行く人の目を引いている。

 なんだか美人でスタイルのいい人が、それを必死で隠そうとしているようで、美弥はおかしかった。
 どうしたって存在そのものが美しいのだ――。

 近づいてくる美弥に気付くと、優里はうれしそうに手をふった。

 道すがら「ほんとに古くて狭いマンションなんで、びっくりしないでください」そういって歩いた。

 
 猫の額のような玄関で靴を脱ぎながら、うれしそうに部屋を眺め、「いいじゃない、美弥ちゃんの年齢で一人暮らしは立派だよ」そう言ってくれた。

 6畳あるかないかの古びた部屋に小さな流しとシャワーがあるだけの部屋だ。なのに彼女がいると、部屋が華やいで見えた。
 一つだけある安物のクッションを彼女に使ってもらい、美弥は畳んである薄い布団をソファー代わりにした。

 彼女は話がうまく、美弥が話しやすいように自然に話題を広げていく。それでいて美弥が話したくないような事にはふれない。心地よさとともに美弥は、頭もいい人なんだな……、と思った。
 考えてみれば、美弥には上京してからだけでなく、少女の頃からそんなふうに話せる友達はいなかった。
 
 本棚がなく部屋の片隅に積み上げられている本を見つけ、優里は美弥に本を読み始めたきっかけをきいた。
 
「私……昔から友達とかいなくて、上京してからも友達といえるような人は……だから本ばっかりで―――」美弥が言いよどむと、

「本の中の人の方が現実の人よりも身近に感じたり?」
 まさにそうだった。美弥が驚き「なんでわかるんですか?」と聞くと「私もずっと一人だったから」、優里はさらりと言った。

 その時見せた少し寂しげな横顔は、同性の美弥がうっとりとしてしまうほどに美しかった――。
 優里のずっと一人という言葉が気にかかったが、話は自然と違う話題に流れていく。
 
 瞬く間に時間は過ぎ去っていき、名残惜しさすら感じながら彼女を駅まで送った。

 じんわりと胸の奥があたたかくなるのを感じた。
 魂の奥底のなにかが共鳴しあっているかのような――。

 だとすれば、それは何なのか―――。
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