23 / 27
近江八幡の戦い
近江八幡の戦い
しおりを挟む
多賀高忠の戦術は、本陣の分厚い防御陣と両翼の弓隊で敵の攻撃を防ぎ、まとまって正面から攻撃できない相手が、少数の分隊で側面を突く奇策に出た所を騎兵の機動力を生かして刈り取っていく、弓馬四天王の海野幸氏と望月重隆が考案した吾妻鑑(あずまかかみ)の陣であった。
だが、合戦が始まって半日以上経つのに、いまだに決着がつかないのは、湖畔の湿地帯が原因がある。
ただの平地に見えても、突然ぬかるんだ沼地となる。足首まで浸かる程度のものもあれば、人の背丈ほどの深さの場所もあって、下手に踏み込む事は出来ず、騎兵の機動力を生かせなかったのだ。
負けはしないが勝てはしない。そんな状態が続いていた。
「動きがないが、劣勢なのか?」
本陣の後ろに居ては戦いの様子も分からないが、華模木は伸びあがって先を気にしていた。
「優勢なのだと思うぞ。全軍が川を渡り切ってしまえば、数の上でも有利になるし、両翼を広げて騎兵で伏兵を借り出しながら進めば、相手の奇襲に合う事もない、押し込むのも時間の問題だ」
「しかし、足場が悪くて、騎兵が動かせないのだろう?」
「そうだな。そうなると、騎兵の代わりに足軽を使う事になるかな」
本陣から伝令が駆けてくる。
二言三言、言葉を交わした後、塩治掃部ノ介の号令が上がった。
「俺たちの出番か?」
「うむ、そういう事だな」
前線に出ると、塩治掃部の介の率いる部隊が前方左側に布陣し、多賀高忠の部隊が中央から右で縦に長く隊列を組み進み始める。
そして、経久たちの前には、丸太を組み合わせた柵が並べられていた。
「この柵を運べは良いのか?」
「……そういう事だな」
兵法書を読めば、敵と対峙する兵の動かし方は分かるが、陣の跡の始末の仕方までは書いていない。どこの誰だか名も残らぬ者たちがやっていたのであろう。
思わず肩をすくめて辺りを見回しだが、合戦の記述にも残らぬ地味な仕事に、誰も文句も言わずに取り掛かっていた。
「不満かい? 陣をいかに早く移動するかで、勝敗を左右する事もあるさ。それに、前を歩くより安全だしな」
丸太を担ぎ上げた華模木がさらりと言ってのけた。
敵の情報や陣の築き方、知るべきことはいくらでもある。兵と兵を戦わせるだけが合戦ではないと、言われた気がして、返事が出来なかった。
「おーい、手を貸してくれ」
柵を担いで先を急いでると、街道から外れた草むらから声が聞こえた。
「あの声は、高家じゃないか?」
「どこだ?」
「おーい、こっちだ」
共も連れずに、泥に槍を突き刺している多賀高家がいた。
「何してるんだ?」
「この辺りに、刀を落としたんだ……。いや、あの辺りだったかも?……」
「まさか、例の刀を探してたのか?」
いくらでかい刀とはいえ、この広い泥沼に落とした刀を探していたのか?
戦いの最中に落とした刀を探して騎馬隊が動けなくなっていたのだったら、多賀高忠様に会わす顔がないと思いつつも、嫌な予感がして、いつから探していた? と言う疑問は口にしなかった。
「ちゃんと役割はこなしていたぞ。でもな、担いで走るには足場が悪くて、家人に渡しておいたんだ……」
すまん。その家人には後で謝っておこう。
後ろめたい気分を紛らわすように刀の探索を手伝うが、見つかりそうにない。そう思った諦めかけた瞬間、草むらの向こうで甲高い歓喜の叫び声が上がった。
「ありました! 高家様、ありましたよ!」
「おお、見つかったか!」
答えは別の草むらの影から聞こえる。そして、いくつもの声が集まって来る。
「何人で探してたんだ……」
「やったぞ、太鼓を鳴らして、皆を集めろ。本隊と合流するぞ!」
意気揚々と引き上げる多賀高家たちの後について本隊へと合流した。
他の部隊よりかなり遅い到着だったが、なぜか泥まみれの姿を見ると、他の部隊の者や足軽隊を指揮する立場の塩治掃部ノ介も何も言わなかった。
だが、合戦が始まって半日以上経つのに、いまだに決着がつかないのは、湖畔の湿地帯が原因がある。
ただの平地に見えても、突然ぬかるんだ沼地となる。足首まで浸かる程度のものもあれば、人の背丈ほどの深さの場所もあって、下手に踏み込む事は出来ず、騎兵の機動力を生かせなかったのだ。
負けはしないが勝てはしない。そんな状態が続いていた。
「動きがないが、劣勢なのか?」
本陣の後ろに居ては戦いの様子も分からないが、華模木は伸びあがって先を気にしていた。
「優勢なのだと思うぞ。全軍が川を渡り切ってしまえば、数の上でも有利になるし、両翼を広げて騎兵で伏兵を借り出しながら進めば、相手の奇襲に合う事もない、押し込むのも時間の問題だ」
「しかし、足場が悪くて、騎兵が動かせないのだろう?」
「そうだな。そうなると、騎兵の代わりに足軽を使う事になるかな」
本陣から伝令が駆けてくる。
二言三言、言葉を交わした後、塩治掃部ノ介の号令が上がった。
「俺たちの出番か?」
「うむ、そういう事だな」
前線に出ると、塩治掃部の介の率いる部隊が前方左側に布陣し、多賀高忠の部隊が中央から右で縦に長く隊列を組み進み始める。
そして、経久たちの前には、丸太を組み合わせた柵が並べられていた。
「この柵を運べは良いのか?」
「……そういう事だな」
兵法書を読めば、敵と対峙する兵の動かし方は分かるが、陣の跡の始末の仕方までは書いていない。どこの誰だか名も残らぬ者たちがやっていたのであろう。
思わず肩をすくめて辺りを見回しだが、合戦の記述にも残らぬ地味な仕事に、誰も文句も言わずに取り掛かっていた。
「不満かい? 陣をいかに早く移動するかで、勝敗を左右する事もあるさ。それに、前を歩くより安全だしな」
丸太を担ぎ上げた華模木がさらりと言ってのけた。
敵の情報や陣の築き方、知るべきことはいくらでもある。兵と兵を戦わせるだけが合戦ではないと、言われた気がして、返事が出来なかった。
「おーい、手を貸してくれ」
柵を担いで先を急いでると、街道から外れた草むらから声が聞こえた。
「あの声は、高家じゃないか?」
「どこだ?」
「おーい、こっちだ」
共も連れずに、泥に槍を突き刺している多賀高家がいた。
「何してるんだ?」
「この辺りに、刀を落としたんだ……。いや、あの辺りだったかも?……」
「まさか、例の刀を探してたのか?」
いくらでかい刀とはいえ、この広い泥沼に落とした刀を探していたのか?
戦いの最中に落とした刀を探して騎馬隊が動けなくなっていたのだったら、多賀高忠様に会わす顔がないと思いつつも、嫌な予感がして、いつから探していた? と言う疑問は口にしなかった。
「ちゃんと役割はこなしていたぞ。でもな、担いで走るには足場が悪くて、家人に渡しておいたんだ……」
すまん。その家人には後で謝っておこう。
後ろめたい気分を紛らわすように刀の探索を手伝うが、見つかりそうにない。そう思った諦めかけた瞬間、草むらの向こうで甲高い歓喜の叫び声が上がった。
「ありました! 高家様、ありましたよ!」
「おお、見つかったか!」
答えは別の草むらの影から聞こえる。そして、いくつもの声が集まって来る。
「何人で探してたんだ……」
「やったぞ、太鼓を鳴らして、皆を集めろ。本隊と合流するぞ!」
意気揚々と引き上げる多賀高家たちの後について本隊へと合流した。
他の部隊よりかなり遅い到着だったが、なぜか泥まみれの姿を見ると、他の部隊の者や足軽隊を指揮する立場の塩治掃部ノ介も何も言わなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
堤の高さ
戸沢一平
歴史・時代
葉山藩目付役高橋惣兵衛は妻を亡くしてやもめ暮らしをしている。晩酌が生き甲斐の「のんべえ」だが、そこにヨネという若い新しい下女が来た。
ヨネは言葉が不自由で人見知りも激しい、いわゆる変わった女であるが、物の寸法を即座に正確に言い当てる才能を持っていた。
折しも、藩では大規模な堤の建設を行なっていたが、その検査を担当していた藩士が死亡する事故が起こった。
医者による検死の結果、その藩士は殺された可能性が出て来た。
惣兵衛は目付役として真相を解明して行くが、次第に、この堤建設工事に関わる大規模な不正の疑惑が浮上して来る。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
偽典尼子軍記
卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。
戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語
父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。
貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや……
脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。
齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された——
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる