35 / 63
戦国の世の開闢
しおりを挟む
天に向かって放たれた矢の落ちる速さは、人の手で受け止められるほど容易い物ではない。栄華を極めた権勢も、いつかは衰え地に落ちる。周囲を巻き込む大きな嵐を起こして。
早急に対策を立て、万全の態勢を整えていたはずの宇喜多直家にとっても、その衝撃は余りにも大きかった。
畿内を支配し、幕府の政権をほしいままにしていた三好長慶が死ぬと、幼い三好義継の後見人として、新たに権力を手に入れた、三好長逸・三好政勝・岩成友通が二条御所武衛陣を襲撃し、足利義輝を暗殺したのだった。
征夷大将軍の居城である武衛陣には深い堀もあり、簡単に襲撃できる場所ではなかったが、三好長逸たちは事前に改修工事を始めて、入念に計画を立て、人工に紛れ込ませ多くの刺客を送り込む事に成功した。
だが、それは、これまでの合戦とは意味が違っていた。
大友家や尼子家などの大大名同士の戦いでも、誰が守護職の地位を占めるかという、言うなれば、室町幕府内での出世争いでしかなかった。
それが畿内の支配権を持つと言っても大名の一人でしかない者が征夷大将軍を討ったのだ。
さらに上へ進む道があると、誰の目にも明らかになる。
そうなれば、鎌倉幕府を倒し室町幕府を立てた英雄譚を彷彿させ、大名ならば誰もがその姿に自分自身を重ねる夢を見ずにはいられない。
天下を手中にした覇者が生まれ出でる、戦国の世の開闢だった。
鬱蒼と木々の茂山道を抜け川に出ると、勢いよく飛びこませる。合戦のいでたちとは違って、刀を帯びただけの軽装であるため、馬に乗ったまま泳いで渡り切ると、街道を限界まで鞭を入れて走らせ、天神山城の城門の前で大声で叫んだ。
「宇喜多直家だ、門を開けろ!」
のろのろと門が開くまでの時間も惜しく、通れる隙間が出来ると馬の腹を蹴って強引に進めた。
天神山城の中は兵でごった返している。直家の姿を見ると驚いて道を開けはしたが、それでも馬で走るには狭すぎて、馬屋番に手綱を預けると、浦上宗景の本丸御殿へと兵をかき分けて走らねばならなかった。
「宗景様!」
「よく来たな、直家」
「この兵たちは、……どういうお心算ですか?」
「当然……赤松政秀を討つ。そのための兵だ」
「美作の江見氏の平定すると、多くの兵を送り込んでいたはず。それに守護職と守護代の争いは、幕府の命により禁じられ……」
「是非もなし! 将軍・義輝は死んだのだ。今さら誰が幕府の命などに従う? それに赤松政秀は兄・政宗の仇、討ってはならぬ道理はあるまい」
浦上宗景は含みのある笑いで口元をゆがめた。
将軍の死により、誰もが野心を持つ。それは浦上宗景にも変わりはなかった。
兄の死を利用して、赤松家を討ち、播磨の守護職の座を手に入れる。その顔は、そう言っているも同じである。
そのためには、いち早く和睦を無視して尼子家に攻め込んだ毛利元就が勝ちすぎないために、尼子家の味方となる江見氏の討伐を止めて援助に回らせ、出雲・伯耆が治まらない間に、播磨を取ると言う寸法だ。
先の毛利家と組んで尼子家と戦った合戦から、そっくり陣営を鞍替えした、手のひら返しの算段だった。
「しかし、何度も侵攻してきた尼子家と結ぶなど……」
「何も尼子家と結ぶとは言っておらん。だが、尼子晴久も死んだのだ。この辺で禍根を忘れても良い頃ではないか?」
情勢を見る必要はあるだが、主君が簡単に立場を変えれば、前線の城となる城主たちはたまったものではない。
「それでは、毛利家の兵と肩を並べて戦って居る者たちを撤退させなければ」
命を懸けて戦っている者がいるからこそ慎重な判断が必要だと考えていた。
だが……。
「正面からぶつかるだけが戦ではない。同じ陣営に居ればこそ出来る事もある……既に、毛利隆元を酒宴で饗している。そろそろ吉報が届くはずだ」
遥か遠くを見つめる浦上宗景の目には、足元で血を流す兵士でもなく、播磨の守護職でもない、より先にあるものが映っていた。
播磨を抑えれば、京に手が届く。
京に入りさえすれば、内輪もめを繰り返している三好家を討ち、将軍を擁立する事も、自ら将軍になる事も出来る。
思い描かれた未来への道筋が、細部まではっきりと、目の前に続いているかのように見る事が出来た。それは、尼子家や毛利家でさえ地方の大名であると見下す危うさと、上に立つ者にしか分からぬ、自信に彩られた遠大な視野で出来ていた。
「赤松さえ裏切らなければ、三好など父の代で滅んでいた。お前の祖父の望みでもあったはず…………これが、あるべき姿なのだ」
その言葉に、三十年前祖父の見た夢に、抗いがたい魅力を感じずにはいられなかった。
早急に対策を立て、万全の態勢を整えていたはずの宇喜多直家にとっても、その衝撃は余りにも大きかった。
畿内を支配し、幕府の政権をほしいままにしていた三好長慶が死ぬと、幼い三好義継の後見人として、新たに権力を手に入れた、三好長逸・三好政勝・岩成友通が二条御所武衛陣を襲撃し、足利義輝を暗殺したのだった。
征夷大将軍の居城である武衛陣には深い堀もあり、簡単に襲撃できる場所ではなかったが、三好長逸たちは事前に改修工事を始めて、入念に計画を立て、人工に紛れ込ませ多くの刺客を送り込む事に成功した。
だが、それは、これまでの合戦とは意味が違っていた。
大友家や尼子家などの大大名同士の戦いでも、誰が守護職の地位を占めるかという、言うなれば、室町幕府内での出世争いでしかなかった。
それが畿内の支配権を持つと言っても大名の一人でしかない者が征夷大将軍を討ったのだ。
さらに上へ進む道があると、誰の目にも明らかになる。
そうなれば、鎌倉幕府を倒し室町幕府を立てた英雄譚を彷彿させ、大名ならば誰もがその姿に自分自身を重ねる夢を見ずにはいられない。
天下を手中にした覇者が生まれ出でる、戦国の世の開闢だった。
鬱蒼と木々の茂山道を抜け川に出ると、勢いよく飛びこませる。合戦のいでたちとは違って、刀を帯びただけの軽装であるため、馬に乗ったまま泳いで渡り切ると、街道を限界まで鞭を入れて走らせ、天神山城の城門の前で大声で叫んだ。
「宇喜多直家だ、門を開けろ!」
のろのろと門が開くまでの時間も惜しく、通れる隙間が出来ると馬の腹を蹴って強引に進めた。
天神山城の中は兵でごった返している。直家の姿を見ると驚いて道を開けはしたが、それでも馬で走るには狭すぎて、馬屋番に手綱を預けると、浦上宗景の本丸御殿へと兵をかき分けて走らねばならなかった。
「宗景様!」
「よく来たな、直家」
「この兵たちは、……どういうお心算ですか?」
「当然……赤松政秀を討つ。そのための兵だ」
「美作の江見氏の平定すると、多くの兵を送り込んでいたはず。それに守護職と守護代の争いは、幕府の命により禁じられ……」
「是非もなし! 将軍・義輝は死んだのだ。今さら誰が幕府の命などに従う? それに赤松政秀は兄・政宗の仇、討ってはならぬ道理はあるまい」
浦上宗景は含みのある笑いで口元をゆがめた。
将軍の死により、誰もが野心を持つ。それは浦上宗景にも変わりはなかった。
兄の死を利用して、赤松家を討ち、播磨の守護職の座を手に入れる。その顔は、そう言っているも同じである。
そのためには、いち早く和睦を無視して尼子家に攻め込んだ毛利元就が勝ちすぎないために、尼子家の味方となる江見氏の討伐を止めて援助に回らせ、出雲・伯耆が治まらない間に、播磨を取ると言う寸法だ。
先の毛利家と組んで尼子家と戦った合戦から、そっくり陣営を鞍替えした、手のひら返しの算段だった。
「しかし、何度も侵攻してきた尼子家と結ぶなど……」
「何も尼子家と結ぶとは言っておらん。だが、尼子晴久も死んだのだ。この辺で禍根を忘れても良い頃ではないか?」
情勢を見る必要はあるだが、主君が簡単に立場を変えれば、前線の城となる城主たちはたまったものではない。
「それでは、毛利家の兵と肩を並べて戦って居る者たちを撤退させなければ」
命を懸けて戦っている者がいるからこそ慎重な判断が必要だと考えていた。
だが……。
「正面からぶつかるだけが戦ではない。同じ陣営に居ればこそ出来る事もある……既に、毛利隆元を酒宴で饗している。そろそろ吉報が届くはずだ」
遥か遠くを見つめる浦上宗景の目には、足元で血を流す兵士でもなく、播磨の守護職でもない、より先にあるものが映っていた。
播磨を抑えれば、京に手が届く。
京に入りさえすれば、内輪もめを繰り返している三好家を討ち、将軍を擁立する事も、自ら将軍になる事も出来る。
思い描かれた未来への道筋が、細部まではっきりと、目の前に続いているかのように見る事が出来た。それは、尼子家や毛利家でさえ地方の大名であると見下す危うさと、上に立つ者にしか分からぬ、自信に彩られた遠大な視野で出来ていた。
「赤松さえ裏切らなければ、三好など父の代で滅んでいた。お前の祖父の望みでもあったはず…………これが、あるべき姿なのだ」
その言葉に、三十年前祖父の見た夢に、抗いがたい魅力を感じずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
商い幼女と猫侍
和紗かをる
歴史・時代
黒船来航から少しの時代。動物狂いでお家断絶になった侍、渡会正嗣と伊勢屋の次女ふたみはあるきっかけから協力して犬、猫、鶏と一緒になって世を守る。世直しドタバタ活劇。綺羅星の様な偉人ひしめく幕末の日本で、二人がひっそりと織り成す物語です。
偽典尼子軍記
卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。
戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語
大和型戦艦4番艦 帝国から棄てられた船~古(いにしえ)の愛へ~
花田 一劫
歴史・時代
東北大地震が発生した1週間後、小笠原清秀と言う青年と長岡与一郎と言う老人が道路巡回車で仕事のために東北自動車道を走っていた。
この1週間、長岡は震災による津波で行方不明となっている妻(玉)のことを捜していた。この日も疲労困憊の中、老人の身体に異変が生じてきた。徐々に動かなくなる神経機能の中で、老人はあることを思い出していた。
長岡が青年だった頃に出会った九鬼大佐と大和型戦艦4番艦桔梗丸のことを。
~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。
船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。
輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。
その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。
それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。
~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。
この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。
桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。
父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。
貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや……
脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。
齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された——
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる