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謀略
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策を避けようとした時、策に絡めとられる。
その言葉を思い出していた。
何も考えず、敵の策にはまる者はそうは居ない。居たとしても無警戒が功を奏して、立て直せる程度の痛手しか被らないものだが、用心し裏をかいて、相手の策を読み切ったと言わんばかりの行動は、全軍を死地へと導いてしまう。
大きく息を吐き、気持ちを落ち着けようとしたが、まだ周囲には木の焼けた匂いが立ち込めていた。
(今、すべき事を考えろ……)
逃げる伊賀久隆の兵を追って、金川城へ攻め入り松田元輝を討つ事、ではない。
戦うべき相手は、天神山城を取り囲もうとしている尼子晴久だ。野戦で戦った三万の兵は後方へ引上げ、代わりに城攻め用の部隊が送り込まれている。出雲から連れてきた精鋭ではなく、美作北部で集められた兵も混ざって入るが、その数は、宇喜多兵五千の十倍。
正面からぶつかって倒せる相手ではないが、敵も天然の堀となっている吉井川に阻まれ城に取りつけてはいない。
川が大きくカーブする場所を選らんで渡ろうとするが、対岸には思ったほどの広さがなく川の両岸に布陣しなければならず、身動きが取れなくなっていた。
「八兄い、奴らの陣を見ろ、あれじゃ身動きがとれん。俺が西の平地から攻めて、蹴散らしてやるぞ」
直家は忠家や花房正幸と合流して、尼子家の陣が見下ろせる南の山に陣取っていた。頂上より南に下った位置に兵を置けば、尼子家には悟られず、少し上るだけで相手の陣容はうかがえる。
「あれだけの数に僅か数百の騎兵で何が出来る。攻めるのは、相手が動き出してからだ」
「今の内に火でも水でも使って兵を減らしておくべきじゃないのか? あの数で城を攻められては止められないんじゃないのか?」
「相手の強みは、数の多さであるが、弱みも、数の多さなのだ」
「?……」
忠家はよく分からぬといった様子で、腕を組んだり頭を振ったりしていた。
「兵の数は油断を生み慢心する。勝利が約束された戦いで誰も命を懸けたくはないだろう」
「そうか、誰が最初に城壁に取りつくかの話だな。酸っぱいか甘いか最初に誰が果実を食べるのか、互いに譲り合っているのか。いつでも食べれるなら、わざわざ初めに噛り付いて、酸っぱい思いはしたくないってのか? どんな場合でも先陣を切るのが武士の務めだ、俺なら是が非でも一番槍をあげてやると言うのに!」
「寝ている相手の尻を叩くものではない、という事だ」
一度緩んでしまえば、命懸けで城を攻めさせるのは難しい。相手がのんびり構えているのなら攻めかかって合戦を思い出させる必要はない、一戦で息の根を止める算段が出来るまでは。
「そうは言っても、相手が動き出すまでここで見ているのか?」
「やる事はいくらでもあるぞ。南の街道の安全の確保。攻撃に移る場合に天神山城と行動を合わせるため、密な連絡を取る手段の構築。後は正幸を気づかれないように北側に配置できれば良いのだが……、それは、まだいいか」
「なるほど……。それで八兄い、俺はどこを攻めれば良いんだ?」
「攻めるのは、まだだ……。それほど、待つ必要もないとは思うがな…………」
直家は、尼子家に目標を定めてから、直ぐに謀略に掛かっていた。
大内家を切り崩し、八か国の守護となり、一躍、最大の勢力となった尼子家であったが、盤石の地盤があるわけではなかった。
尼子晴久が家督を継ぐまでも、塩治家に養子に出された叔父の興久が、祖父の経久に反旗を翻し親族同士で争っていた。
もう一人の叔父の国久は、反乱の平定や合戦で大きな功を立て、晴久の命令も受け付けない新宮党と呼ばれる武装集団を作り上げ、出雲の西半分を直接支配していた。
無論、ただ独自勢力を守るための兵力ではない、対外的には新宮党は尼子家の切り札とも呼べる精鋭部隊だったからこそ、その存在も黙認されてた。事実、石見銀山に攻め込んだ毛利家は何度も新宮党に撃退されている。晴久の軍を追い返しても新宮党を倒さずには、尼子家に勝利する事は出来なかった。
だが、直家の策はこの両方をクリアーしていた。
伊賀久隆の撤退時に火を放たれた寺や神社の者たちを使って、美作から出雲や伯耆の寺院に次のような立札を立てさせたのだ。
『大御之弟、凶徒を討ちて国域の太平を築くため、八又の大蛇を割く』
素戔嗚尊の国造りの逸話である。
だが、この文面、この時だからこその意味を持つ。尼子家で大御と言えば尼子経久が思い浮かぶ、そして、八か国の守護の領地は、八つの頭を持つ大蛇の如し。
即ち、八か国の守護となった晴久を倒し、国久が太平を築くと読む事が出来るのだ。
以前から晴久の下につくのを良しとしない新宮党が反旗を翻す、宣戦布告。
真偽がどうであれ、晴久は動かずには居られないのだ。
城攻めの最中に、総大将である尼子晴久が手勢を引き連れて撤退すれば、残された兵に戦う気力も理由もない。ただ崩れ去るのみ。
直家の策は成功したと言えたが、予想に反し、大きく動くと思われた軍勢に動きはなく、僅か数千の兵が本隊を離れて西に走り出しただけだった。
「八兄い、あいつら逃げ出したぞ? あれが尼子晴久じゃないのか?」
「まさか……、尼子晴久が本隊を見捨てて、自分だけ逃げだすなど……」
いくら新宮党が裏切ったとしても、何度も戦場を生き抜いた尼子晴久の判断とは思えなかった。
だが、ここで逃がす訳にはいかない!
「忠家、追うぞ!」
兵を率いて山を駆け下りた。
その言葉を思い出していた。
何も考えず、敵の策にはまる者はそうは居ない。居たとしても無警戒が功を奏して、立て直せる程度の痛手しか被らないものだが、用心し裏をかいて、相手の策を読み切ったと言わんばかりの行動は、全軍を死地へと導いてしまう。
大きく息を吐き、気持ちを落ち着けようとしたが、まだ周囲には木の焼けた匂いが立ち込めていた。
(今、すべき事を考えろ……)
逃げる伊賀久隆の兵を追って、金川城へ攻め入り松田元輝を討つ事、ではない。
戦うべき相手は、天神山城を取り囲もうとしている尼子晴久だ。野戦で戦った三万の兵は後方へ引上げ、代わりに城攻め用の部隊が送り込まれている。出雲から連れてきた精鋭ではなく、美作北部で集められた兵も混ざって入るが、その数は、宇喜多兵五千の十倍。
正面からぶつかって倒せる相手ではないが、敵も天然の堀となっている吉井川に阻まれ城に取りつけてはいない。
川が大きくカーブする場所を選らんで渡ろうとするが、対岸には思ったほどの広さがなく川の両岸に布陣しなければならず、身動きが取れなくなっていた。
「八兄い、奴らの陣を見ろ、あれじゃ身動きがとれん。俺が西の平地から攻めて、蹴散らしてやるぞ」
直家は忠家や花房正幸と合流して、尼子家の陣が見下ろせる南の山に陣取っていた。頂上より南に下った位置に兵を置けば、尼子家には悟られず、少し上るだけで相手の陣容はうかがえる。
「あれだけの数に僅か数百の騎兵で何が出来る。攻めるのは、相手が動き出してからだ」
「今の内に火でも水でも使って兵を減らしておくべきじゃないのか? あの数で城を攻められては止められないんじゃないのか?」
「相手の強みは、数の多さであるが、弱みも、数の多さなのだ」
「?……」
忠家はよく分からぬといった様子で、腕を組んだり頭を振ったりしていた。
「兵の数は油断を生み慢心する。勝利が約束された戦いで誰も命を懸けたくはないだろう」
「そうか、誰が最初に城壁に取りつくかの話だな。酸っぱいか甘いか最初に誰が果実を食べるのか、互いに譲り合っているのか。いつでも食べれるなら、わざわざ初めに噛り付いて、酸っぱい思いはしたくないってのか? どんな場合でも先陣を切るのが武士の務めだ、俺なら是が非でも一番槍をあげてやると言うのに!」
「寝ている相手の尻を叩くものではない、という事だ」
一度緩んでしまえば、命懸けで城を攻めさせるのは難しい。相手がのんびり構えているのなら攻めかかって合戦を思い出させる必要はない、一戦で息の根を止める算段が出来るまでは。
「そうは言っても、相手が動き出すまでここで見ているのか?」
「やる事はいくらでもあるぞ。南の街道の安全の確保。攻撃に移る場合に天神山城と行動を合わせるため、密な連絡を取る手段の構築。後は正幸を気づかれないように北側に配置できれば良いのだが……、それは、まだいいか」
「なるほど……。それで八兄い、俺はどこを攻めれば良いんだ?」
「攻めるのは、まだだ……。それほど、待つ必要もないとは思うがな…………」
直家は、尼子家に目標を定めてから、直ぐに謀略に掛かっていた。
大内家を切り崩し、八か国の守護となり、一躍、最大の勢力となった尼子家であったが、盤石の地盤があるわけではなかった。
尼子晴久が家督を継ぐまでも、塩治家に養子に出された叔父の興久が、祖父の経久に反旗を翻し親族同士で争っていた。
もう一人の叔父の国久は、反乱の平定や合戦で大きな功を立て、晴久の命令も受け付けない新宮党と呼ばれる武装集団を作り上げ、出雲の西半分を直接支配していた。
無論、ただ独自勢力を守るための兵力ではない、対外的には新宮党は尼子家の切り札とも呼べる精鋭部隊だったからこそ、その存在も黙認されてた。事実、石見銀山に攻め込んだ毛利家は何度も新宮党に撃退されている。晴久の軍を追い返しても新宮党を倒さずには、尼子家に勝利する事は出来なかった。
だが、直家の策はこの両方をクリアーしていた。
伊賀久隆の撤退時に火を放たれた寺や神社の者たちを使って、美作から出雲や伯耆の寺院に次のような立札を立てさせたのだ。
『大御之弟、凶徒を討ちて国域の太平を築くため、八又の大蛇を割く』
素戔嗚尊の国造りの逸話である。
だが、この文面、この時だからこその意味を持つ。尼子家で大御と言えば尼子経久が思い浮かぶ、そして、八か国の守護の領地は、八つの頭を持つ大蛇の如し。
即ち、八か国の守護となった晴久を倒し、国久が太平を築くと読む事が出来るのだ。
以前から晴久の下につくのを良しとしない新宮党が反旗を翻す、宣戦布告。
真偽がどうであれ、晴久は動かずには居られないのだ。
城攻めの最中に、総大将である尼子晴久が手勢を引き連れて撤退すれば、残された兵に戦う気力も理由もない。ただ崩れ去るのみ。
直家の策は成功したと言えたが、予想に反し、大きく動くと思われた軍勢に動きはなく、僅か数千の兵が本隊を離れて西に走り出しただけだった。
「八兄い、あいつら逃げ出したぞ? あれが尼子晴久じゃないのか?」
「まさか……、尼子晴久が本隊を見捨てて、自分だけ逃げだすなど……」
いくら新宮党が裏切ったとしても、何度も戦場を生き抜いた尼子晴久の判断とは思えなかった。
だが、ここで逃がす訳にはいかない!
「忠家、追うぞ!」
兵を率いて山を駆け下りた。
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