籠の中の鳥

海土竜

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十河一存 1

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 強い光を放っていた正体は、河原の石の照り返しだった。水の流れに磨かれた石が一面に敷き詰められている。だが、その光に目がなれると、周囲で起こっている戦闘から目が離せなくなり、河原の石など気にしていられなくなった。
 戦いは既に佳境だった。石の上に飛び散った血。右手に三人の武者が、肩に刺さった小さな手裏剣の柄を押さえ膝をついている。その向こうで蒲生賢秀が、刀を抜いた二人を相手にしていた。そして、左手には、数人がピクリとも動かずに仰向けに倒れている。その先で刀を下段に構えた六角義賢が騎馬武者と対峙していた。

 実の所、足利義藤が河原に到着したのは、戦闘が始まってからそれほど時間が経っていた訳ではない。河原へと蒲生賢秀が飛び出すと同時に、手裏剣が煌めいた。

「うっ、おのれ……」

 先頭の男が顔を歪めて左手で肩を押さえる。苦痛に耐えながらも飛翔物の後について向かってくる蒲生賢秀に、片手で抜き身の大刀を構えた。
 だが、振り上げる前に懐へ飛び込むと、片手で握られた刀の握りの余った先を左手で握り、手前に引いて捻って手からもぎ取った。刀を引き下げ、相手の手から遠ざけると同時に、足を上げて、下がった相手の頭を横から薙ぎ払った。

「貴様!」

 怒号と共に刀を抜いた男の前で、頭と足が弧を描いて一回転する。
 怒りに任せて叫んだかと思えば、視界を塞ぐ味方の体を障害物としか思っていない様に、各々が左右に体の正面を向けた。
 どちらから出て来ても先に斬れる。だが、

「外れだ」

 蒲生賢秀は、それを跳び越えた。
 頭上から振り下ろした刀で、棒立ちで見上げる二人目を袈裟切りに。地面まで振り下ろした刀を巻き上げるよに、体ごと回転させて振り抜いて、振り向こうとする三人目を横一文字に斬り倒した。
 そして、更に前へと走り、正面に立ちふさがる二人を相対する。
 峠道の出口を囲むように広がっていた者たちは、蒲生賢秀の飛び出した右側だけではなく、反対側にも広がっていた。
 片側に向かって走り出た相手に虚を突かれたが、直ぐに気を取り直し囲みを狭めようとした所へ、木々に遮られた小道から六角義賢が飛び出した。 
 走りだしていた男が二人、刀の柄に手をかけている格好のまま、地面と壁が入れ替わったかのように倒れた。
 倒れた二人に振り返りもせず、静かに前へ歩き出す。
 ただ静かに前に進む。
 それだけに相手は気圧されたまま動けなかったが、刀のとどく目の前に立たれようやく刀を抜いた。
 鞘から滑り出した切っ先が六角義賢に向いた瞬間、腕後の消え去っていった。
 刀を握ったままの腕が、河原の石の上へと転がっている。

「うおぉ?」

 不意に現れた腕に驚いたような悲鳴が上がった。
 その腕に見覚えがあり、離れた場所にある自分の腕をどうやって動かすのか考えるように動きが止まった。他にも数人が取り囲もうとしていたが、同じように動きが止まっていた。もっとも取り囲む処か、動けるなら背を向けて走り出さんばかりの様子だった。
 一瞬にして形勢は逆転し、追い詰める者と追い詰められるものが入れ替わった。
 大きな深い息を一つ吐いた。
 そこに居る全員をまとめて切り倒せるはずだったが、吐き終わる瞬間、小さな風切り音が矢を運んできた。六角義賢の足元の石をカチリと弾いた。
 身構えた視線の先に、馬の嘶きが聞こえた。
 先頭の長い槍を斜に構えた騎馬武者が馬の尻を叩き勢いを増した。
 河原の石が打ち合う音が雷のように鳴り響いた。
 馬上に揺れる兜の飾りは三好家の物だ。
 六角義賢は、突進を避けようともせず、刀の血飛沫を払うように下段に構える。その刀身は他の日本刀よりも僅かに短く、幅が広い。反りも少ない、切先諸刃造り。槍のように貫き、骨ごと断ち切る事も出来る。それも間合いに入れればの話だ。
 開けた場所で戦うには、それも刀の数倍は長い槍を使う馬上の者を相手にするには、甚だ不利に思えた。
 だが、静かに構えたまま、石を弾いて騎馬が突進するに任せる。
 棒立ちの頭上から槍が振り下ろされ、同じ勢いで真っ赤な血が吹き上げた。
 天高く上る赤い滝に視線を吸い寄せられたが、それに続いて奇妙な物が滝を上っていた。
 馬の頭だ。
 すれ違った瞬間、身をひるがえし目の前に迫る馬の頭を切り落としたのだ。
 騎馬は自らの吹き上げる真っ赤な滝の中へ駆け込み、どうっと倒れた。
 乗り手も既に絶命していたのか、起き上がる気配もない。
 六角義賢も、それを確かめはしなかった。
 真っ直ぐ向けられた先に、騎馬武者が迫っている。中央の一騎からは、遠目でもよく目立つ太く鋭い一本の角が兜から伸びている。十河一存の兜飾りだ。

「六角義賢! そこに居ったか!」

 馬の蹄の音もかき消すほどの怒号だった。
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