籠の中の鳥

海土竜

文字の大きさ
上 下
10 / 23

街道 3

しおりを挟む
 後から宿を出た三雲成持だったが暗闇の中でも簡単に追いつけた。他に出歩いている者の姿がないだけでなく、月明りの中で少女の顔や手は白く浮かび上がっている。距離を取っていても見逃す心配もない。ゆっくり後について行くと、娘は寂れた街道をそれ、周囲を放ったらかしのまま伸び放題の草むらに覆われた狭い枝道へと入っていった。
 この先には、人家はない筈だが……。
 事前に見回った周囲の風景を頭の中に巡らし、草むらの間に廃屋と思しき建物が、何件かあったのを思い出した。狭い道からそれ、背の高い草の中を少しも揺らさず走り抜けて先回りする。草むらから覗く屋根しか見えていなかったが思い描いていた通りの位置で建物の裏手に出た。
 建物を支える柱の一本に手のひらで触れる。柱は床や壁の振動を伝える。床は、支える重量で軋み中にいる人間の動きや人数を知らせ、壁は、空気の流れや話し声を柱へと集める。その僅かな振動から、三雲成持は多くの情報を読み取った。動きがある訳ではないが、廃屋の中には思った以上の数の人間が居た。
 引き込みを使って宿に押し入るなら五人も居れば十分、大きな商家でも十人を越えれば、忍び込むにも騒ぎが大きくなるし、分け前の分配で揉めかねない。だが、廃屋の中には少なくとも二十人はいた。余程の大盗賊でもない限り、そんな人数を扱いきれない。伝わってくる床木のたわみから半数は子供、残りの半数は女だった。

「よわったな……」

 思わず言葉になった。盗賊団なら頭を踏んじまってしまえば済むが、食い詰めた家族連れならそうはいかない。急に数人が動き出し、同じ方向へ集まっていく。声を聞かれたのかと息を飲んだが、表から帰って来た娘の所へ集まっているようだった。

「おっとう……」

「おう、どうした? 合図を送るのは、まだ先だろう?」

「女将さんに追い出されてしまって……」

「そうか。寂れた宿ならと思ったが、厳しいもんだな」

 二人の会話に違和感を感じた。怯えたように報告する娘の声に答える男の声は、押し込みの計画が潰されたと言うのに、少しも怒りを含んでいない。追い出されて残念だったと、娘を同情するようにも聞こえた。

「無事戻って来れて良かったさ。追い出されるだけじゃなく、ひどく叩かれたりもする場合もあるからな」

 別の男の声だ。

「そうだな……、おい、その刀はどうした? 随分立派なもんじゃねえか?」

 急に男が声を荒げた。義藤の渡した脇差に気づいたようだ。思わぬ得物を手にした子供のように興奮して抜いた脇差を振り回している。

「おう、あぶねぇ。そんなもんを持ってるとは、寂れてはいるが結構ため込んでいるのか?」

「これをどうしたんだ?」

「宿のお客さんの、若いお侍が、くれたんです……」

「……何だと?」

 娘の言っている意味が分からないと言わんばかりだったが、それ以上、娘を問い詰めるようなことはしなかった。

「客の物か……。街道沿いに宿があるのに、武家の者があんな寂れた宿に泊まるのか?」

「普通の客じゃないだろうな」

「おそらく、宿の主人が雇った用心棒か、盗人だろう」

「まずいな……」

 沈黙が部屋の中に動揺を波立たせる。その時間が長いほど、大きな波になったに違いない。だが、それほど待たずに男は答えを出した。

「先を急ごう。この刀を売れば、何とかなるだろう」

 軽く息を吐いて柱から手を離すと、静かに建物から離れた。
 彼らの出した答えに一番安堵していたのは三雲成持であったかもしれない。押し入るのをあきらめ目的地へと急いでくれれば、少なくとも、今は彼らと事を構えなくて済む。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖

笹目いく子
歴史・時代
旧題:調べ、かき鳴らせ 第8回歴史·時代小説大賞、大賞受賞作品。本所松坂町の三味線師匠である岡安久弥は、三味線名手として名を馳せる一方で、一刀流の使い手でもある謎めいた浪人だった。 文政の己丑火事の最中、とある大名家の内紛の助太刀を頼まれた久弥は、神田で焼け出された少年を拾う。 出自に秘密を抱え、孤独に生きてきた久弥は、青馬と名付けた少年を育てはじめ、やがて彼に天賦の三味線の才能があることに気付く。 青馬に三味線を教え、密かに思いを寄せる柳橋芸者の真澄や、友人の医師橋倉らと青馬の成長を見守りながら、久弥は幸福な日々を過ごすのだが…… ある日その平穏な生活は暗転する。生家に政変が生じ、久弥は青馬や真澄から引き離され、後嗣争いの渦へと巻き込まれていく。彼は愛する人々の元へ戻れるのだろうか?(性描写はありませんが、暴力場面あり)

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜

佐倉 蘭
歴史・時代
★第9回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 「近頃、吉原にて次々と遊女の美髪を根元より切りたる『髪切り』現れり。狐か……はたまた、物の怪〈もののけ〉或いは、妖〈あやかし〉の仕業か——」 江戸の人々が行き交う天下の往来で、声高らかに触れ回る讀賣(瓦版)を、平生は鳶の火消しでありながら岡っ引きだった亡き祖父に憧れて、奉行所の「手先」の修行もしている与太は、我慢ならぬ顔で見ていた。 「是っ非とも、おいらがそいつの正体暴いてよ——お縄にしてやるぜ」 ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」に関連したお話でネタバレを含みます。

処理中です...