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街道 3
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後から宿を出た三雲成持だったが暗闇の中でも簡単に追いつけた。他に出歩いている者の姿がないだけでなく、月明りの中で少女の顔や手は白く浮かび上がっている。距離を取っていても見逃す心配もない。ゆっくり後について行くと、娘は寂れた街道をそれ、周囲を放ったらかしのまま伸び放題の草むらに覆われた狭い枝道へと入っていった。
この先には、人家はない筈だが……。
事前に見回った周囲の風景を頭の中に巡らし、草むらの間に廃屋と思しき建物が、何件かあったのを思い出した。狭い道からそれ、背の高い草の中を少しも揺らさず走り抜けて先回りする。草むらから覗く屋根しか見えていなかったが思い描いていた通りの位置で建物の裏手に出た。
建物を支える柱の一本に手のひらで触れる。柱は床や壁の振動を伝える。床は、支える重量で軋み中にいる人間の動きや人数を知らせ、壁は、空気の流れや話し声を柱へと集める。その僅かな振動から、三雲成持は多くの情報を読み取った。動きがある訳ではないが、廃屋の中には思った以上の数の人間が居た。
引き込みを使って宿に押し入るなら五人も居れば十分、大きな商家でも十人を越えれば、忍び込むにも騒ぎが大きくなるし、分け前の分配で揉めかねない。だが、廃屋の中には少なくとも二十人はいた。余程の大盗賊でもない限り、そんな人数を扱いきれない。伝わってくる床木のたわみから半数は子供、残りの半数は女だった。
「よわったな……」
思わず言葉になった。盗賊団なら頭を踏んじまってしまえば済むが、食い詰めた家族連れならそうはいかない。急に数人が動き出し、同じ方向へ集まっていく。声を聞かれたのかと息を飲んだが、表から帰って来た娘の所へ集まっているようだった。
「おっとう……」
「おう、どうした? 合図を送るのは、まだ先だろう?」
「女将さんに追い出されてしまって……」
「そうか。寂れた宿ならと思ったが、厳しいもんだな」
二人の会話に違和感を感じた。怯えたように報告する娘の声に答える男の声は、押し込みの計画が潰されたと言うのに、少しも怒りを含んでいない。追い出されて残念だったと、娘を同情するようにも聞こえた。
「無事戻って来れて良かったさ。追い出されるだけじゃなく、ひどく叩かれたりもする場合もあるからな」
別の男の声だ。
「そうだな……、おい、その刀はどうした? 随分立派なもんじゃねえか?」
急に男が声を荒げた。義藤の渡した脇差に気づいたようだ。思わぬ得物を手にした子供のように興奮して抜いた脇差を振り回している。
「おう、あぶねぇ。そんなもんを持ってるとは、寂れてはいるが結構ため込んでいるのか?」
「これをどうしたんだ?」
「宿のお客さんの、若いお侍が、くれたんです……」
「……何だと?」
娘の言っている意味が分からないと言わんばかりだったが、それ以上、娘を問い詰めるようなことはしなかった。
「客の物か……。街道沿いに宿があるのに、武家の者があんな寂れた宿に泊まるのか?」
「普通の客じゃないだろうな」
「おそらく、宿の主人が雇った用心棒か、盗人だろう」
「まずいな……」
沈黙が部屋の中に動揺を波立たせる。その時間が長いほど、大きな波になったに違いない。だが、それほど待たずに男は答えを出した。
「先を急ごう。この刀を売れば、何とかなるだろう」
軽く息を吐いて柱から手を離すと、静かに建物から離れた。
彼らの出した答えに一番安堵していたのは三雲成持であったかもしれない。押し入るのをあきらめ目的地へと急いでくれれば、少なくとも、今は彼らと事を構えなくて済む。
この先には、人家はない筈だが……。
事前に見回った周囲の風景を頭の中に巡らし、草むらの間に廃屋と思しき建物が、何件かあったのを思い出した。狭い道からそれ、背の高い草の中を少しも揺らさず走り抜けて先回りする。草むらから覗く屋根しか見えていなかったが思い描いていた通りの位置で建物の裏手に出た。
建物を支える柱の一本に手のひらで触れる。柱は床や壁の振動を伝える。床は、支える重量で軋み中にいる人間の動きや人数を知らせ、壁は、空気の流れや話し声を柱へと集める。その僅かな振動から、三雲成持は多くの情報を読み取った。動きがある訳ではないが、廃屋の中には思った以上の数の人間が居た。
引き込みを使って宿に押し入るなら五人も居れば十分、大きな商家でも十人を越えれば、忍び込むにも騒ぎが大きくなるし、分け前の分配で揉めかねない。だが、廃屋の中には少なくとも二十人はいた。余程の大盗賊でもない限り、そんな人数を扱いきれない。伝わってくる床木のたわみから半数は子供、残りの半数は女だった。
「よわったな……」
思わず言葉になった。盗賊団なら頭を踏んじまってしまえば済むが、食い詰めた家族連れならそうはいかない。急に数人が動き出し、同じ方向へ集まっていく。声を聞かれたのかと息を飲んだが、表から帰って来た娘の所へ集まっているようだった。
「おっとう……」
「おう、どうした? 合図を送るのは、まだ先だろう?」
「女将さんに追い出されてしまって……」
「そうか。寂れた宿ならと思ったが、厳しいもんだな」
二人の会話に違和感を感じた。怯えたように報告する娘の声に答える男の声は、押し込みの計画が潰されたと言うのに、少しも怒りを含んでいない。追い出されて残念だったと、娘を同情するようにも聞こえた。
「無事戻って来れて良かったさ。追い出されるだけじゃなく、ひどく叩かれたりもする場合もあるからな」
別の男の声だ。
「そうだな……、おい、その刀はどうした? 随分立派なもんじゃねえか?」
急に男が声を荒げた。義藤の渡した脇差に気づいたようだ。思わぬ得物を手にした子供のように興奮して抜いた脇差を振り回している。
「おう、あぶねぇ。そんなもんを持ってるとは、寂れてはいるが結構ため込んでいるのか?」
「これをどうしたんだ?」
「宿のお客さんの、若いお侍が、くれたんです……」
「……何だと?」
娘の言っている意味が分からないと言わんばかりだったが、それ以上、娘を問い詰めるようなことはしなかった。
「客の物か……。街道沿いに宿があるのに、武家の者があんな寂れた宿に泊まるのか?」
「普通の客じゃないだろうな」
「おそらく、宿の主人が雇った用心棒か、盗人だろう」
「まずいな……」
沈黙が部屋の中に動揺を波立たせる。その時間が長いほど、大きな波になったに違いない。だが、それほど待たずに男は答えを出した。
「先を急ごう。この刀を売れば、何とかなるだろう」
軽く息を吐いて柱から手を離すと、静かに建物から離れた。
彼らの出した答えに一番安堵していたのは三雲成持であったかもしれない。押し入るのをあきらめ目的地へと急いでくれれば、少なくとも、今は彼らと事を構えなくて済む。
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