無色の僕と虹色の彼女

こてつ

文字の大きさ
上 下
2 / 5

#2.Restart

しおりを挟む
親友である貴之に連れられて来たのはカラオケだった。他の面々もいて、中には女子もいた。

「おぉ瑛人久しぶり!元気だったか!?」

「瑛人君調子はどう?」

そう口々に僕を心配してくれる人が家族以外にもいることを、僕は初めて実感したかもしれない。人の温もりに触れて僕は以前より、あの時よりも幾分か気分は良くなっていて、皆が歌っているのを合いの手を加えたりして自分なりに楽しんでいた。

「私が誰だか分かる?」

「いや、分からないです」

「そっか、まぁ仕方ないよね……。じゃあ自己紹介しちゃおったかな?私は竹川君の隣の席の水無川涼葉。宜しくね」

「竹川瑛人です。宜しく」

それが『彼女』との初めての出会いだった。僕の真正面に座る彼女は、このメンバーの中でも一際大人びたオーラを放っていて、それでいて容姿端麗で笑顔がとても印象的な人だ。

その日は午後六時までカラオケで歌い、夜はファミレスでご飯を食べることになった。念の為父さんと妹にはメールをしておいた。

久しぶりの外出、そして友人達と遊んで最初は馴染めないんじゃないかと心配していたけど、案外そうでもなくて、大分馴染めた感は実感出来てきた。僕の左隣は貴之が座っていて真正面は水無川さんが据わっている。

「竹川君、趣味とかってある?」

おもむろに彼女が尋ねてきた。僕は無難に映画鑑賞や読書と答えた。すると彼女も同じだという。映画鑑賞ではホラーというお互い共通の好きなジャンルの話で盛り上がり、読書では好きな作家さんやお気に入りの本の話などをした。

「私達趣味合うね~!」

「僕もビックリしたよ」

それからご飯食べが終わり各自帰宅したのたが、帰り際に彼女と交換したL〇NEでメールが来ていた。

「今度今やってるホラー映画見に行かない?」

お誘いのメールだった。僕は一瞬戸惑ったけれど丁度観たいと思っていたのですぐに返信した。すると「嬉しい」を表す絵文字が返ってきたけどどう返せばいいか分からなかったのでそっとしておくことにする。

僕は今日で色々と変わった。母さんがいなくなってからの世界を拒絶して、自分だけの世界に閉じこもっていたけれど、貴之やクラスの皆、そして不思議と趣味が合う彼女の存在が僕をそこから連れ出してくれたのだ。

……ほんの少しだけ人生が鮮やかになった気がした。僕はその日の夜とても良い睡眠をとることが出来た。あの日以来眠ることが殆ど出来なくなっていた自分はもういない。

翌朝僕は六時前に起床した。こんなに早く起きたのは久しぶりな気がする。今日は学校に行ける。そんな気がして、僕は一通りの身支度を済ませて一階に下りた。

リビングが見えてくると、朝ご飯と弁当を作っている妹がこちらを凝視していた。そのうち父さんもこちらに気付いて目をぱちくりさせている。

「お、お兄ちゃんどうしたの?」

「瑛人、どうした?」

心底心配そうに二人は訊く。僕は何故か誇らしげな気分になって、少し返事をするのに間を置いた。フライパンでソーセージがジューといい音を立てて焼けている音がする。テレビは朝のニュースを放送していて、アナウンサーの人の声が単調なリズムで聴こえてくる。

「学校に行ってみる」

最初は二人共何を聞いたのか理解出来なかったようでお互いに顔を見合わせている。そしてまたこちらを見て、ぱぁーっと顔が明るくなったかと思うと僕の傍へと飛んできた。

「ホントなのお兄ちゃん!?」

「学校に行くって本当なのか!?」

「……うん。僕さ、変わってみようと思うんだ」

その言葉を聞いて、父さんは感極まったのか目頭を抑えて元のダイニングテーブルに戻り、椅子に座り直して新聞を上半身が隠れるくらい覆って読み始めた。妹はというと何か夢を見ているような表情で、僕はそんな二人を見て何か恥ずかしさのようなモノがこみ上げて来るのを感じた。

「そうか、学校に行くのか」

新聞を読みながら若干涙声でそう言う父さんの手は、微かに震えていた。

「お兄ちゃんが学校かぁ……」

まだ半ば夢見心地でいる妹は相変わらずで、けれど僕はそんな二人が大好きだ。本当に家族になれてよかったと思う。きっと誰かが欠けていれば歯車は噛み合わずに崩壊していただろう。今は亡き母さんも、きっとそう思ってると思う。父さんも妹もきっと。

「そういえばお父さん、仕事は大丈夫なの?」

「あ、ヤバい遅刻だ遅刻!」

妹がそう父さんに言うと、父さんは慌てだしてテーブルの上のご飯と味噌汁をかきこんで麦茶を一杯飲んでから、バッグとネクタイをはめて玄関へと続くドアを開けた。

部屋を出ていく寸前、父さんは僕に向き直り、「頑張ってこい」とただその一言だけ告げると出ていった。

その後は朝食を妹と二人でとり、制服に着替えて歯磨きをし、髪型を整えて僕は玄関に立った。

靴を履き、玄関のドアを開く。今日の天気は快晴で、心做しか今の僕の気持ちを代弁してくれているような、そんな天気だ。

久しぶりに自転車を漕いだり、通学路を通るのでちょっと緊張している。前はよく通っていた橋も交差点も通るところ全てが懐かしく感じる。

そして漕ぎ始めること四十分、校舎が見えてきた。自転車を駐輪場に停めて、正門を通る。今の時間帯は生徒の登校時間のピークなので登校してくる生徒が多く、僕はゆっくりと靴箱へと向かう。

その途中、貴之が俺の肩を軽く叩いて、「おはよう」と言ってくれた。そして、水無川さんとは靴箱で靴とスリッパを履き替える時に会った。

「竹川君、おはよう」

「水無川さん、おはよう」

今日から、やっと新しい自分が始まるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

「月下の約束 - 柚希と葵の物語」

あらやん
恋愛
「月下の約束 - 柚希と葵の物語」は、異なる背景を持つ二人の女子高生が互いに影響を与え合い、成長し、深い絆を築いていく物語です。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

彼の愛は不透明◆◆若頭からの愛は深く、底が見えない…沼愛◆◆ 【完結】

まぁ
恋愛
【1分先の未来を生きる言葉を口にしろ】 天野玖未(あまのくみ)飲食店勤務 玖の字が表す‘黒色の美しい石’の通りの容姿ではあるが、未来を見据えてはいない。言葉足らずで少々諦め癖のある23歳 須藤悠仁(すどうゆうじん) 東日本最大極道 須藤組若頭 暗闇にも光る黒い宝を見つけ、垂涎三尺…狙い始める 心に深い傷を持つ彼女が、信じられるものを手に入れるまでの……波乱の軌跡 そこには彼の底なしの愛があった… 作中の人名団体名等、全て架空のフィクションです また本作は違法行為等を推奨するものではありません

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

処理中です...