無色の僕と虹色の彼女

こてつ

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#1.失色

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毎日が憂鬱だった。あの日から僕の人生から色が消えた。『地獄』っていう言葉が適当かもしれない。それぐらい辛い日々だった。

僕が高校生になってすぐに母が他界した。母さんは急性のくも膜下出血によってある日の朝亡くなっているのを『僕』が見つけた。通夜も葬式も出れないぐらい辛くて、涙が出なくなるほど、涸れてしまうほど泣いていた。合格発表の日、一緒になって、手を取り合って喜んでくれた母さんの笑顔。少し泣きながら「良かったね」と微笑みかけてくれた母さんはもうこの世にいない。もう話すことも、触れ合うことも、何も出来ない。その現実を受け入れられなくて、自分の世界に、殻に、部屋に閉じ篭った。

父さんも妹もきっと悲しい筈なのに、父さんは仕事に休むことなく行き続け、妹もそれに続いて中学校に登校している。本当だったら、僕もそうやって母さんがいた時の日常を絶やすことなく続けていかないといけない、父さんや妹と同じようにそうして毎日を生きていかないといけないのに、僕はそれが出来ない。僕は元々学校ではそこまで弾けているキャラではないけれど、それなりに友達もいて、楽しい日々を過ごしていた。

母さんが日常から姿を消して以来、僕の毎日から何かが欠けた。それが何なのか気になってずっと探していた。けれどいつしかそれもやめて、自室に篭り今ある空っぽの自分を支えるので必死だったから。これ以上壊れてはダメだと自分の身体が僕に訴えかけてくる。そんな声にも僕はそれぞれの手を耳に当て、何も聴こえないように、何も見えないように目を閉じた。

現実から目を背けて、もう二週間が経とうとしている。僕は相も変わらず部屋に篭ってベッドの上でぼーっとしていた。薄いカーテンから朝の日差しがうっすらと差して、外では小学生のくらいの子達が学校に行く途中でふざけてじゃれ合っていて、楽しそうな声が聞こえてくる。

耳にイヤフォンをはめて、強制的に外界の音を遮断する。そしてスマホで動画を再生させる。イヤフォンから重低音が流れてくる。EDMだ。僕はこの類が好きでよく聴いていた。その中でも特にお気に入りの曲があって、その曲は割とマイナーなものなので知っている人はそんなにいない。事実友人にもEDMが好きな人は割といるのだが尋ねてみても知ってると答えた人はそんなにいなかった。

時計の針が正午を回って昼下がり、僕は部屋を出る。あくまで僕は完全に引きこもっている訳ではなくて、家から外に出ないというだけだ。それでも十分引きこもりと言えそうだが……。

一階に下りてリビングを抜けるとキッチンがある。そのすぐ横に僕の昼食が用意されていた。いつもこうやって僕は昼食をとっている。作ってくれているのは妹で、家事は母さんがいない今、分担制によって役割が決まっている。僕がその殆どを担っていて、だからか二人共僕を無理矢理学校に行かせるようなことをしたりはしない。

テレビをつけてニュースを見ながら妹が作ってくれたオムライスを頬張る。僕と妹はオムライスが大好物でよく母さんが作ってくれていた。妹の作るオムライスは不思議と母さんの作る味と似ていて、なんだか安心するような気持ちになる。

ニュースは著名人のスキャンダルや物騒な事件、はたまたほっこりすることを主に取り扱っていた。今はあまり気分が落ち込むようなものは見たくないけれど仕方ない。そのまま食べ続けて、一通り食べると皿をキッチンに置き、家事に取り掛かることにした。

皿洗い、洗濯、掃除、晩御飯の用意と大まかなものを挙げたがまだ色々とある。これを全て一人でこなしていた母さんは本当に凄い。僕は不器用ながら順々とこなして一段落つくことが出来た。

少し休憩すると、今度は友人か届けてくれた学校のプリントをこなさなければならない。ただでさえ遅れているのだから自学はちゃんとしておかないといけない。ただ殆どが分からないのでスマホを活用して調べたりしている。あとは教科書を参考にしたりする。

それも全部終わったら、やっと自分が休める時間になる。同じことの繰り返しなのだから、結構辛いものがあるし、これを主婦はずっと続けるのだからもっと辛いだろう。僕はふと、この日常がずっと続くのだろうかと考えたことがある。家からずっと出ないで、家事と自学。それ以外はスマホを弄るだけ。終わりが来るのはきっと卒業する時くらいかもしれない。それ以前に出席状況を考えると進級さえ危うい。今ならまだ間に合うと担任の先生が一度家に訪ねてきた。けれど僕の顔を見るなり、その思いは消え去ったようで、「来れるようになったらいつでもいいから来なさい」とだけ告げて帰っていった。あの時の悲しげな先生の顔が頭から離れない。だから余計に焦る。僕の中にはちゃんと今もあるのだ。『前の日常を取り戻したい』という願望が。

焦燥は次第に僕のやる気を掻き立てて、学校に行こうという力を沸き上がらせてくれる。けれどすぐに消え失せてしまう。思い出してしまうのだ。地獄の日々を。

ある日、友人からLINEが来た。それは遊びの誘いで、僕は行けたら行くよと返事をした。友人は分かったと返し、やり取りは終わった。

当日、その友人が家に来た。学校のプリントを届けてくれたりするのも彼、貴之でいつも僕を気にかけてくれる。

「なぁ、瑛斗来いよ?」

いつも迷惑をかけてばかりなのだから、恩返しはしないといけないと考え直し、行くつもりのなかった遊びに行くことにした。これが後に僕の人生に、日常に鮮やかな色をつけるきっかけなるとは知る由もなかった……。

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