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28 ありがとう(最終話)
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_______________________ 数日後 ____
コンコンコンッ、、、
新米ネズミは久し振りにチュー太郎の家を訪れていた。
今日は仕事は休みなのだが、チュー太郎から連絡を受けて「来てほしい」との事だった。
チュー太郎の電話は急ぎの用事でもなく、深刻な風でも無かったのでとても気が楽だった。
ドアの前に立ってノックをする時は、未だに少しの緊張が走る。
一時、毎日通っていた日々を今は懐かしく思えるようになっていた。
「、、、はーい。」 ガチャッ、、、
ドアが開いてチュー太郎が顔を覗かせた。
「お休みの日に悪いね。」
チュー太郎も今日は仕事は休みらしく、ゆったりとした格好をしている。
「いや、大丈夫ですよ。」
奥さんが産気付いた日からチュー太郎と新米ネズミは、お互いの事を話せるほどの仲になっていた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
新米ネズミは礼をして改めて、家の中に入っていく。
部屋に入ると奥さんネズミが「こんにちは」と迎えてくれた。
「何がいいか分からなかったんだけど、、。」
と新米ネズミは持ってきた赤ちゃん用のガラガラとぬいぐるみを奥さんに手渡した。
「あら、かわいい!」
「気を使って、貰ってすみません。」
「有り難うございます。」
奥さんは嬉しそうにベビーベッドの方へ行き、赤ちゃんの側にガラガラとぬいぐるみを置いた。
ベッドの近くの棚の上には、チュー太郎と奥さん、赤ちゃん、お母さんの写真が飾られていた。
ベビーベッドには赤ちゃんネズミが眠っているようだ。
新米ネズミも近くへ行って覗き見てみると、
(か、、、、かわいい、、!!!)
病院で見た時は、まだ産まれたてで真っ赤でクシャクシャだった赤ちゃんネズミが、今は少し白っぽい毛がフワフワしていてスヤスヤと寝息でヒゲが揺れている。
一瞬ですっかり孫を見守るおじいちゃんの気持ちになってしまう。
クスクス、、、、。
奥さんの笑い声にネズミは我に返る。
思わずベッドに張り付いて見入ってしまっていたようで誤魔化すように立ち上がった。
「え、えーと、今日は、、?。」
かなり恥ずかしくなってネズミは、チュー太郎に声をかけた。
チュー太郎がソファへ座るように促した。
新米ネズミが座ると、机に古い写真を何枚か置いて見せてくれた。
そこにはお母さんと赤ちゃんが写っている。赤ちゃんの顔をアップで取ったものが何枚もある。
、、、、これはもしかして。
「これは母、。」
じゃあ、抱っこされている赤ちゃんは、、、チュー太郎さんだ。
あ、、、、、。
「すっごく、似てるでしょ。」
奥さんがニコニコしながら紅茶とケーキを出してくれる。
「はい、、。」
写真の子ネズミの毛の色や表情、ヒゲの長さまで、ベッドに眠っている赤ちゃんにとても似ている。
凄い!、、何だかとても感動してほっこりしてしまう。
「どうしてもあなたに見てもらいたくて。」とチュー太郎さんが嬉しそうに話す。
「物心が付いた頃から俺は母の記憶が殆ど無くて、母親の情報はこども園で聞いた事が全てだったんです。」
「何もしてくれないし、会いにも来てくれない。自分には母親がいないのと一緒だと思っていたので。」
「でも貰った手紙を読んでいたら、園長先生や周りの大人達が自分にしてくれた事が、本当は全部『母が俺にしたかった事だったんだ』ってわかったんです。」
「もしも今回の事が無かったら、今も俺の母に対する気持ちは冷たいままだったかもしれない。」
ソファのチュー太郎の隣に奥さんネズミが腰を下ろして微笑んでいる。
チュー太郎は更に続ける。
「母の死を知って自分一人では悔やんでも悔やみきれない思いを、あなたと妻は受け入れる手助けをしてくれました。」
「この子の顔を見た時、後悔するよりも先に母へ感謝の気持ちが湧いてきて、今まで母に出来なかった分、妻や子供や周りの人に恩返ししたいと思ったんです。」
「私は、あなたから『ありがとう』を伝えようとする人がいる限り、段々とその輪が広がって周りの人が幸せになっていく事を教えてもらいました。」
「だから私も自分が色んな事を嬉しく思ったら、他の人にそれを分けてあげて、家族みんなで温かくなりながら生きていきたいって思ったんです。」
「今日はその事が伝えたくて、、。」
「本当にありがとう。」
そういってチュー太郎は新米ネズミの手を取って、ぎゅっと握手をした。
奥さんも隣で微笑んで頷いている。
握手は初めての事でビックリしたが、
「僕も、本当に感謝してます。」
「ありがとうございます。」
そう言って手を握り返した。
「今日は来てくれて、有り難う」
チュー太郎が玄関でお礼を言う。
「良かったらまた今度、ご飯を食べに来て下さい。」
奥さんがニコニコと話した。
外に出ると少し風が肌寒い。
「えぇ、それじゃあ、また。」
新米ネズミはよいしょっと、自転車に跨がる。
恥ずかしながら、奥さんの作ったケーキを少し食べ過ぎてしまったようだ。
「あ、そう言えば、、」
とチュー太郎が言う。
「あなたの事はなんて呼んだらいいのだろう。」
「じゃあ、、パパイ、、いや、まだ、新米とでも呼んで。」
「え?新米?」
そう言うとネズミは自転車に乗って勢い良くペダルを漕いだ。
チュー太郎が「なんだ、そりゃ。」と呟く声が小さくなる。
「またきまーーすー!」
二匹に離れてからネズミは手を振り返す。
チュー太郎夫妻はネズミが見えなくなるまでずっと手を振っていた。
帰り道の田んぼはネズミの行く小道を挟んで、黄色い絨毯が広がっていた。
それは太陽の光を反射して黄金色に輝いて、秋の風が稲穂をサラサラと揺らしている。
稲穂の中には一つ一つしっかりとお米が実っていて頭を垂れ、どんな秋風にも柔らかに頭を低くして、冬に向けて実りをもたらすのだった。
ネズミはその光景を全身に感じながら、いつまでも自分もそんな風でいようと深呼吸をしてペダルをゆっくりと漕いだ。
おしまい
コンコンコンッ、、、
新米ネズミは久し振りにチュー太郎の家を訪れていた。
今日は仕事は休みなのだが、チュー太郎から連絡を受けて「来てほしい」との事だった。
チュー太郎の電話は急ぎの用事でもなく、深刻な風でも無かったのでとても気が楽だった。
ドアの前に立ってノックをする時は、未だに少しの緊張が走る。
一時、毎日通っていた日々を今は懐かしく思えるようになっていた。
「、、、はーい。」 ガチャッ、、、
ドアが開いてチュー太郎が顔を覗かせた。
「お休みの日に悪いね。」
チュー太郎も今日は仕事は休みらしく、ゆったりとした格好をしている。
「いや、大丈夫ですよ。」
奥さんが産気付いた日からチュー太郎と新米ネズミは、お互いの事を話せるほどの仲になっていた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
新米ネズミは礼をして改めて、家の中に入っていく。
部屋に入ると奥さんネズミが「こんにちは」と迎えてくれた。
「何がいいか分からなかったんだけど、、。」
と新米ネズミは持ってきた赤ちゃん用のガラガラとぬいぐるみを奥さんに手渡した。
「あら、かわいい!」
「気を使って、貰ってすみません。」
「有り難うございます。」
奥さんは嬉しそうにベビーベッドの方へ行き、赤ちゃんの側にガラガラとぬいぐるみを置いた。
ベッドの近くの棚の上には、チュー太郎と奥さん、赤ちゃん、お母さんの写真が飾られていた。
ベビーベッドには赤ちゃんネズミが眠っているようだ。
新米ネズミも近くへ行って覗き見てみると、
(か、、、、かわいい、、!!!)
病院で見た時は、まだ産まれたてで真っ赤でクシャクシャだった赤ちゃんネズミが、今は少し白っぽい毛がフワフワしていてスヤスヤと寝息でヒゲが揺れている。
一瞬ですっかり孫を見守るおじいちゃんの気持ちになってしまう。
クスクス、、、、。
奥さんの笑い声にネズミは我に返る。
思わずベッドに張り付いて見入ってしまっていたようで誤魔化すように立ち上がった。
「え、えーと、今日は、、?。」
かなり恥ずかしくなってネズミは、チュー太郎に声をかけた。
チュー太郎がソファへ座るように促した。
新米ネズミが座ると、机に古い写真を何枚か置いて見せてくれた。
そこにはお母さんと赤ちゃんが写っている。赤ちゃんの顔をアップで取ったものが何枚もある。
、、、、これはもしかして。
「これは母、。」
じゃあ、抱っこされている赤ちゃんは、、、チュー太郎さんだ。
あ、、、、、。
「すっごく、似てるでしょ。」
奥さんがニコニコしながら紅茶とケーキを出してくれる。
「はい、、。」
写真の子ネズミの毛の色や表情、ヒゲの長さまで、ベッドに眠っている赤ちゃんにとても似ている。
凄い!、、何だかとても感動してほっこりしてしまう。
「どうしてもあなたに見てもらいたくて。」とチュー太郎さんが嬉しそうに話す。
「物心が付いた頃から俺は母の記憶が殆ど無くて、母親の情報はこども園で聞いた事が全てだったんです。」
「何もしてくれないし、会いにも来てくれない。自分には母親がいないのと一緒だと思っていたので。」
「でも貰った手紙を読んでいたら、園長先生や周りの大人達が自分にしてくれた事が、本当は全部『母が俺にしたかった事だったんだ』ってわかったんです。」
「もしも今回の事が無かったら、今も俺の母に対する気持ちは冷たいままだったかもしれない。」
ソファのチュー太郎の隣に奥さんネズミが腰を下ろして微笑んでいる。
チュー太郎は更に続ける。
「母の死を知って自分一人では悔やんでも悔やみきれない思いを、あなたと妻は受け入れる手助けをしてくれました。」
「この子の顔を見た時、後悔するよりも先に母へ感謝の気持ちが湧いてきて、今まで母に出来なかった分、妻や子供や周りの人に恩返ししたいと思ったんです。」
「私は、あなたから『ありがとう』を伝えようとする人がいる限り、段々とその輪が広がって周りの人が幸せになっていく事を教えてもらいました。」
「だから私も自分が色んな事を嬉しく思ったら、他の人にそれを分けてあげて、家族みんなで温かくなりながら生きていきたいって思ったんです。」
「今日はその事が伝えたくて、、。」
「本当にありがとう。」
そういってチュー太郎は新米ネズミの手を取って、ぎゅっと握手をした。
奥さんも隣で微笑んで頷いている。
握手は初めての事でビックリしたが、
「僕も、本当に感謝してます。」
「ありがとうございます。」
そう言って手を握り返した。
「今日は来てくれて、有り難う」
チュー太郎が玄関でお礼を言う。
「良かったらまた今度、ご飯を食べに来て下さい。」
奥さんがニコニコと話した。
外に出ると少し風が肌寒い。
「えぇ、それじゃあ、また。」
新米ネズミはよいしょっと、自転車に跨がる。
恥ずかしながら、奥さんの作ったケーキを少し食べ過ぎてしまったようだ。
「あ、そう言えば、、」
とチュー太郎が言う。
「あなたの事はなんて呼んだらいいのだろう。」
「じゃあ、、パパイ、、いや、まだ、新米とでも呼んで。」
「え?新米?」
そう言うとネズミは自転車に乗って勢い良くペダルを漕いだ。
チュー太郎が「なんだ、そりゃ。」と呟く声が小さくなる。
「またきまーーすー!」
二匹に離れてからネズミは手を振り返す。
チュー太郎夫妻はネズミが見えなくなるまでずっと手を振っていた。
帰り道の田んぼはネズミの行く小道を挟んで、黄色い絨毯が広がっていた。
それは太陽の光を反射して黄金色に輝いて、秋の風が稲穂をサラサラと揺らしている。
稲穂の中には一つ一つしっかりとお米が実っていて頭を垂れ、どんな秋風にも柔らかに頭を低くして、冬に向けて実りをもたらすのだった。
ネズミはその光景を全身に感じながら、いつまでも自分もそんな風でいようと深呼吸をしてペダルをゆっくりと漕いだ。
おしまい
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