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Part 3
Д.а 予期せぬ - 09
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「……領主さま……」
入り口に近い、待合室に連れてこられた中年の男が、ははぁと言えそうなほどの勢いで、頭を深く、深く下げお辞儀する。すでに床につきそうなほどの曲がり具合だ。
「顔を上げてください」
その指示で、おずおずと(おまけに、恐々と)男が少しだけ体を起こすようにして、顔を上げた。
男の目の前には、銀髪の若い女性が立っていた。それも――なぜかは知らないが、男性のようなズボンをはいている、女性が。
そして、その女性のすぐ後ろに、腰に剣をぶら下げた男性が二人。
それで、恐縮してしまい、男がまだすぐにパッと体を曲げるほど頭を下げていた。
領主以外の貴族には慣れていない様子は理解できるが、非常事態のようなこの状態の場で、一々、頭を深々と下げるような行為は無駄でしかない。
それを指摘したいセシルだったが、恐縮しまくっている民にそれを説明しても、その行為こそが無駄だと理解しているだけに、胸内で軽く溜息をこぼすセシルだ。
「何があったのですか?」
「は、はいっ、領主さま……。あのっ、道が埋もれてしまって……!! 目の前で、一気に、土砂が崩れてきて、道が埋もれてしまったんですっ!」
体を深く負ったまま、先程、自分で経験した被害を思い出したのか、男が興奮したように声を上げた。
スッと、セシルの視線だけが無言でフィロに向けられた。
了解した、という風にフィロが頷き、男の傍に寄っていく。
フィロが男の背中を少しさすってやり、その顔を覗き込むようにした。
「水は飲みましたか?」
「水? えっ? 水?」
「では、白湯をお願いできますか」
「わかりました。すぐに用意しましょう」
ドア側で待機していたオスマンド、すぐに部屋を去っていた。
数分もしないうちに、若い侍女が持ってきた飲み物が男に渡される。
それを受け取った男の方も、全く今の状況が吞み込めず、謎のようだ。
「それは、お湯です」
「お湯?」
そして、更に、男の顔が、理解できない、という風にしかみ、おまけに、目を激しくパチパチさせている。
「まずは、ゆっくりとそれを飲んで」
「あの……、でも……」
「いいから。まずは、それはゆっくりと飲んで」
「はあ……。は、い……」
良く判らないまま、男の方も逆らうことはできず、もらった木のカップに口をつけてみる。
お湯ではあるが、あまりに熱過ぎて飲めないほどの温度ではなかった。
ゆっくりと、男が白湯を全部飲み終えていた。知らず、ほう……と、男の肩が下がり、そんな息を吐き出していた。
「では、話を聞かせてください」
「あっ……、は、はい、領主さま……」
「まず初めに、あなたはなぜボイマレの外にいたのですか?」
「それは……わしは、荷を運ぶ仕事をしています……」
「何の荷ですか?」
「薪や、枝をかき集めたものを、山から運んでるんです……。冬が来る前に、薪を売っておく為に……」
「それだけですか?」
「あとは、たまに、近隣の町で買い込んだ野菜とか……。でも、あんまり多くはありません……」
「そうですか。では、今日は荷を運ぶ日だったのですか?」
「そうです。それで、山の方には、まだわしの息子と甥っ子が残ってまして、わしは、最初の分だけ、薪を運んで来たんです。それで……それで……」
「コトレア領からボイマレに行くのであれば、南下して一本道で行けたはずですが」
「そ、そうです。コトレアから、このままのんびり下っていけば、ボイマレに着きます……」
「あなたは、コトレア側の道にいたのですか?」
「そ、そうです。コトレアには来ません。村をすぐ出て、山に登ると、たくさん木がありますから」
「では、そこで、土砂崩れが起きたのですか?」
その言葉を聞いて、男の瞳が激しく揺れる。そして、その顔がひどく怯えたような色を強く映し出した。
「あれは……一体、なんだったんでしょう……? ものすごい音がして、一体、なんだ?! ――と思ったら、道の向こうで、いきなり土が崩れてきて……!!」
「大丈夫ですよ。ここは安全だ」
隣に立っているフィロが、また、男の背中をさすってやるようにする。
「ここは安全だ」
「安全……」
「ええ、そうです」
まだ男は怯えている様子が伺えるが、先程のようにパニックして我を忘れるような様相でもない。
「土が崩れてきた時に、あなたは大丈夫だったんですか?」
「わしは……わしは、まだボイマレに入っておりませんでした……。ものすごい音が聞こえて、目を凝らしていたら、地面が土で埋もれてしまった、んです……」
「最後まで、その現場を見ていましたか? 村が見えないほどに?」
「は、はい……。道が埋まってしまって……」
「完全に埋もれてしまったのですか?」
「そう、そうです……。それで、驚いて、ただ、わしは、引き返してきたんです……。それで、コトレアの領門が見えて、助けてもらいたくて……」
「そうですか。大変な目に遭いましたね。あなたが無事でなによりです」
「あ、あり、がとうございます、領主さま……」
まさか、領主である方から安否を心配されるとは露にも思わず、男は呆然として頭を下げていた。
「ボイマレの入り口が塞がれてしまったのなら、もう、ボイマレに入る手段はありませんか?」
「そんなこと、ありません。少し遠回りになるんですが、ボイマレに入らず、更に迂回して下っていけば、丘の間から、ボイマレに入ることもできます」
「それは馬車道ですか?」
「そう、そうです。わしは、その道は使いませんが……。遠くなるんで……」
「そうですか。ボイマレの領民達の安否も心配ですから、私の領からも、確認の為に人を派遣しましょう」
「あ、ありがとう、ございますっ、領主さま……」
ははぁっ、と言うほどに、男の腰が曲がって、頭が深く垂れ下がる。
その大袈裟な行為は――セシルもあまり好きではないのだが、今は、その指摘をするにできない場だ。
「ボイマレの迂回道を案内してくれませんか?」
「わかりました」
「息子さんと、甥っ子さんは、まだ山にいるそうですが、土砂崩れの音を聞いて、山から下りて来た可能性があるかもしれませんね」
「そ、それは……」
~・~・~・~後書き・~・~・~・~・
日頃から『奮闘記などと呼ばない』を読んでいただきまして、ありがとうございます。
つい最近、Part 2の“В.д 囮に?”の章で、エピソード4、5、6がゴッソリ抜けていたことに気が付きました。
改めて、エピソードの追加をしましたので、是非、もう一度、この章を読んでみてください。
大変申し訳ありませんでした……
Köszönjük, hogy elolvasta ezt a regényt
~・~・~・~・~・~・~・~・
入り口に近い、待合室に連れてこられた中年の男が、ははぁと言えそうなほどの勢いで、頭を深く、深く下げお辞儀する。すでに床につきそうなほどの曲がり具合だ。
「顔を上げてください」
その指示で、おずおずと(おまけに、恐々と)男が少しだけ体を起こすようにして、顔を上げた。
男の目の前には、銀髪の若い女性が立っていた。それも――なぜかは知らないが、男性のようなズボンをはいている、女性が。
そして、その女性のすぐ後ろに、腰に剣をぶら下げた男性が二人。
それで、恐縮してしまい、男がまだすぐにパッと体を曲げるほど頭を下げていた。
領主以外の貴族には慣れていない様子は理解できるが、非常事態のようなこの状態の場で、一々、頭を深々と下げるような行為は無駄でしかない。
それを指摘したいセシルだったが、恐縮しまくっている民にそれを説明しても、その行為こそが無駄だと理解しているだけに、胸内で軽く溜息をこぼすセシルだ。
「何があったのですか?」
「は、はいっ、領主さま……。あのっ、道が埋もれてしまって……!! 目の前で、一気に、土砂が崩れてきて、道が埋もれてしまったんですっ!」
体を深く負ったまま、先程、自分で経験した被害を思い出したのか、男が興奮したように声を上げた。
スッと、セシルの視線だけが無言でフィロに向けられた。
了解した、という風にフィロが頷き、男の傍に寄っていく。
フィロが男の背中を少しさすってやり、その顔を覗き込むようにした。
「水は飲みましたか?」
「水? えっ? 水?」
「では、白湯をお願いできますか」
「わかりました。すぐに用意しましょう」
ドア側で待機していたオスマンド、すぐに部屋を去っていた。
数分もしないうちに、若い侍女が持ってきた飲み物が男に渡される。
それを受け取った男の方も、全く今の状況が吞み込めず、謎のようだ。
「それは、お湯です」
「お湯?」
そして、更に、男の顔が、理解できない、という風にしかみ、おまけに、目を激しくパチパチさせている。
「まずは、ゆっくりとそれを飲んで」
「あの……、でも……」
「いいから。まずは、それはゆっくりと飲んで」
「はあ……。は、い……」
良く判らないまま、男の方も逆らうことはできず、もらった木のカップに口をつけてみる。
お湯ではあるが、あまりに熱過ぎて飲めないほどの温度ではなかった。
ゆっくりと、男が白湯を全部飲み終えていた。知らず、ほう……と、男の肩が下がり、そんな息を吐き出していた。
「では、話を聞かせてください」
「あっ……、は、はい、領主さま……」
「まず初めに、あなたはなぜボイマレの外にいたのですか?」
「それは……わしは、荷を運ぶ仕事をしています……」
「何の荷ですか?」
「薪や、枝をかき集めたものを、山から運んでるんです……。冬が来る前に、薪を売っておく為に……」
「それだけですか?」
「あとは、たまに、近隣の町で買い込んだ野菜とか……。でも、あんまり多くはありません……」
「そうですか。では、今日は荷を運ぶ日だったのですか?」
「そうです。それで、山の方には、まだわしの息子と甥っ子が残ってまして、わしは、最初の分だけ、薪を運んで来たんです。それで……それで……」
「コトレア領からボイマレに行くのであれば、南下して一本道で行けたはずですが」
「そ、そうです。コトレアから、このままのんびり下っていけば、ボイマレに着きます……」
「あなたは、コトレア側の道にいたのですか?」
「そ、そうです。コトレアには来ません。村をすぐ出て、山に登ると、たくさん木がありますから」
「では、そこで、土砂崩れが起きたのですか?」
その言葉を聞いて、男の瞳が激しく揺れる。そして、その顔がひどく怯えたような色を強く映し出した。
「あれは……一体、なんだったんでしょう……? ものすごい音がして、一体、なんだ?! ――と思ったら、道の向こうで、いきなり土が崩れてきて……!!」
「大丈夫ですよ。ここは安全だ」
隣に立っているフィロが、また、男の背中をさすってやるようにする。
「ここは安全だ」
「安全……」
「ええ、そうです」
まだ男は怯えている様子が伺えるが、先程のようにパニックして我を忘れるような様相でもない。
「土が崩れてきた時に、あなたは大丈夫だったんですか?」
「わしは……わしは、まだボイマレに入っておりませんでした……。ものすごい音が聞こえて、目を凝らしていたら、地面が土で埋もれてしまった、んです……」
「最後まで、その現場を見ていましたか? 村が見えないほどに?」
「は、はい……。道が埋まってしまって……」
「完全に埋もれてしまったのですか?」
「そう、そうです……。それで、驚いて、ただ、わしは、引き返してきたんです……。それで、コトレアの領門が見えて、助けてもらいたくて……」
「そうですか。大変な目に遭いましたね。あなたが無事でなによりです」
「あ、あり、がとうございます、領主さま……」
まさか、領主である方から安否を心配されるとは露にも思わず、男は呆然として頭を下げていた。
「ボイマレの入り口が塞がれてしまったのなら、もう、ボイマレに入る手段はありませんか?」
「そんなこと、ありません。少し遠回りになるんですが、ボイマレに入らず、更に迂回して下っていけば、丘の間から、ボイマレに入ることもできます」
「それは馬車道ですか?」
「そう、そうです。わしは、その道は使いませんが……。遠くなるんで……」
「そうですか。ボイマレの領民達の安否も心配ですから、私の領からも、確認の為に人を派遣しましょう」
「あ、ありがとう、ございますっ、領主さま……」
ははぁっ、と言うほどに、男の腰が曲がって、頭が深く垂れ下がる。
その大袈裟な行為は――セシルもあまり好きではないのだが、今は、その指摘をするにできない場だ。
「ボイマレの迂回道を案内してくれませんか?」
「わかりました」
「息子さんと、甥っ子さんは、まだ山にいるそうですが、土砂崩れの音を聞いて、山から下りて来た可能性があるかもしれませんね」
「そ、それは……」
~・~・~・~後書き・~・~・~・~・
日頃から『奮闘記などと呼ばない』を読んでいただきまして、ありがとうございます。
つい最近、Part 2の“В.д 囮に?”の章で、エピソード4、5、6がゴッソリ抜けていたことに気が付きました。
改めて、エピソードの追加をしましたので、是非、もう一度、この章を読んでみてください。
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