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Part 3

Б.в 戦場で - 04

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「ハラルド・ヴォーグルと申します。ヴォーグル侯爵家現当主及び、筆頭侯爵家の統括役を務めております。こちらは、妻のロニアでございます」

 まず一番初めに挨拶にやってきた二人が、ギルバートとセシルの前で、礼儀正しく一礼をしていく。

 年配であろうが、そこまでの年のいった雰囲気は見せず、姿勢正しく起立している様子は、威厳さえも感じさせるような男性だった。

 婚約の儀の前に徹底的に教え込まれた、“アトレシア大王国王宮構図”必須講座内容を思い出していくと、ヴォーグル侯爵は、前宰相を務めていた男性だ。

 今は、国王陛下の実弟であるレイフがその役に任命された為、ヴォーグル侯爵は外務大臣として、外政の要となるポジションにいている。

 これで、内政、外政は、新国王陛下アルデーラが信頼を置く臣下が掌握していることで、一応は、アルデーラ政権の安定を保て、“長老派”との対抗手段が可能になってきたのだ。

「この度は、ご婚約おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます」
「ありがとう、ヴォーグル侯爵」
「ありがとうございます」

 挨拶を済ませるだけでいい、と指示されているセシルも、ギルバートの隣で、静かな声音でそう返す。

 セシルは、昔から、こういった仰々ぎょうぎょうしいおおやけでの行事や催しは避けていたから、本人には望まないことでも、仕方なくは参加できる。

 だが、本人が気乗りしないからといって、そこら中の周囲から寄せられるプレッシャーを感じ、緊張して尻込みしてしまうような、繊細で小心な性格でもない。

 長年、隙を見せず、気を抜かず、自分の力を見せつけてこなければならなかったセシルにとって、権謀けんぼう術数じゅっすうはびこる王宮内だろうと、誰が相手だろうと、状況は変わらない。

 なまじ、幼い時から「領主」 として行動してきただけに、すでに、その年齢で、上に立つ者の貫禄や迫力といったものが、自身が望む望まないに関わらず、しっかりと身についてしまっていたのだった。

 今夜は、この会場にいる全員からの好奇の視線を向けられ、善意、敵意、悪意など、その取りつくろった笑顔の奥に隠されていたとしても、完全に、“品定め”される状態になることは予想していた。

 どことも知れぬ他国の令嬢が、突然、夜会に現れて、第三王子殿下自らのエスコートを受けていたのだ。

 それだけで、スキャンダル並の大ニュースだったのに、その後、王宮には姿を見せたこともない令嬢が、突然、また現れたのである。

 それも、今度は、第三王子殿下のとして。

 噂一つ上がったことさえもないのに、貴族達は、突然の婚約の儀に招待され、謎の令嬢との(またしても) 面会である。

 素性も知れない。
 アトレシア大王国でも、歴史などない貴族。
 全くの赤の他人で、それなのに、王国の第三王子殿下を射止めた令嬢。

 そりゃあ、ここに集まっている全員から、好奇の目にさらされることだろう。

 一体、何者だ?
 どんな手腕で、第三王子を落としたのか?

 令嬢としての風格は?
 礼儀作法は?
 たしなみは?

 ほんの些細な間違いでも見逃さないかのように、果ては――その機会を見逃さないかのように、作り笑いの奥で、ギラギラとした好奇心と評価の目が、突き刺さるほどにセシルの元に投げられる。

 今夜の婚約パーティーは、“内輪”のパーティーとして、国全土を上げて行われるものではないと、セシルも説明されていた。

 それで、招待されたのは、全て、爵位持ちの高位や、上流貴族の現当主と令閨れいけいだけという条件つきである。

 だから、貴族の子息・子女で、家督や爵位を継いでいない若い貴族達は、参加していない。

 それでも、挨拶だけでも、軽く100組近くのカップルをやり過ごさなければならないセシルは、その全員の名前も、地位も、役職も、一夜漬け状態で叩き込まれていた。

 一瞬たりとも気を抜けない、ミスだって許されない、ここはセシルにとっての戦場である。

 長い行列が続き、招待されたアトレシア大王国の貴族全員の挨拶を終えると、次はダンスだった。
 ギルバートにエスコートされて、セシルは中央に移動する。

 その動き一つ一つも、歩く姿も、立っている姿も、お辞儀する姿も、ものすごい圧がかかって、衆人しゅうじん環視かんしからの鋭い眼差しが止まない。

 今夜だけで、すでに、一生分の気力を使い果たしてしまった気分だ。

 軽やかな音楽が鳴り始まると、ギルバートがステップを踏んだ。

 そう言えば、去年も、この同じ場所で、ギルバートとダンスを踊ったものだ。

 もう、あれから一年も過ぎてしまっていたなんて、月日が過ぎるのが早い。

 そして、今年は、まさか、ギルバートの婚約者として、また同じ舞台に立つなんて、誰が考えただろうか。




 まず初めのファーストダンスをお披露目している、ギルバートとセシルが中央で踊っている姿を見つめながら、リチャードソンも、ついつい、感慨かんがいふけってしまう。

 あのセシルがダンスを踊っているなんて……。

 公式の場でセシルがダンスを踊ったのは、たった一度きりしかない。デビュタントの時だけだ。

 それも、野暮やぼったいドレスを着て、変装をしていた様相で、父親であるリチャードソンとだけ、ダンスを踊ったのだ。

 リチャードソンにとっては、野暮やぼったい格好をしていようがいまいが、可愛い一人娘のデビュタントで、それでダンスを一緒に踊れたことに喜んでいたので、全く問題はなかった。

 今夜は、きちんと正装した場で、あんなに綺麗に着飾った様相で、中央でダンスをしているセシルがいる。

 セシルは亡くなった母親に似てか、昔から、ほんの些細な仕草や動き、表情など、そういったものが、上品に見える娘だった。

 瞳の視線や、ゆっくりと瞬く様、そういった表情もほんのりと色香がただよっていて、つい、目が離せない、そんな雰囲気をかもし出しているのだ。

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