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Part2

Д.г 根性見せろよ - 03

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 『セシル』 を睨み付けているような子供は、嫌々と、ポケットに突っ込んでいた手を出し、両手をゆっくりと上げて行く。

 まだ幼い少年が四人。全員、古びたボロボロの洋服を着ていて、たぶんお風呂にも入ったことはないようなすすけた顔に、体に、ぐちゃぐちゃの髪の毛。

 だが、全員が『セシル』 達をものすごい勢いで睨み付けているのに、激しい抵抗は見られなかった。
 むしろ、この状況をじっと観察して、一瞬の隙をも逃さないかのように、全身が警戒している。

「全員に話があります。話を聞いた後、また逃げ出したいのなら、そうすればいいでしょう。警備兵にも突き出しはしません。深追いもしません。どうですか?」

 目の前の少年が警戒も露わに、それでも、慎重に『セシル』 を見返している。

「話ってなに?」

「随分、統率が取れた動きでしたね。数でかかれば、一人くらいの追っ手なら、簡単にくことができるでしょう。泥の塊を投げる攻撃方法も、悪くありません。地理を生かし、狭い場所で上手く逃げ回る、または、逃げ切るには、最適な方法かもしれませんね。誰の作戦ですか?」

「知らない」

 くすっと、つい、『セシル』 の口から軽く笑みが漏れていた。

「ああ、やっぱり、あなたが参謀なのね。賢いのね」

 目の前の少年は何も言わず、キッと、『セシル』 を睨め付ける。

「責任感のある少年が一人。頭の切れる参謀が一人。残りの二人は、何ができるのかしら?」

 だが、一切の返答はない。

 『セシル』 はその態度を全く気にした様子もなく、続けて行く。

「四人を連れて移動するとなると、少々、難しくなってきますね」
「話を聞くだけでしょ」

「そうですね。ですが、この周辺でのんびり話し合いをしても、更なる問題が上がってきそうですからね。少し、場所を移動すべきでしょう」

 それでなくても、人気のない治安の悪い場所だ。そこらでうろついていたら、いつ、どこで、ゴロツキやヤサグレなどのチンピラ達に遭遇してしまうか判らない。

「ここから離れて、それでも、あまり目立たない場所というのは、ないかしら?」
「街を抜けるしかないだろ」
「それでは、あまりに遠過ぎますね……」

 そんな遠くまで、全員でハイキングでもあるまいし、時間がかかり過ぎてしまう。歩き疲れてしまう。
 うーんと、『セシル』 も困ったように考えてしまう。

「話はなに? 動く気はないよ」

「大声を張り上げて騒動を起こそうとしても、あなた達だって、無事ではいられないでしょう? 騒ぎを聞きつけて、駆けつけた人間がいたとしても、きっと、ロクデモナイ人種でしょうから」

 それで、『セシル』 達にイチャモンをつけてくるか、逃げ去る子供達を追って、今日の盗みの報酬を奪い取るか、まあ、そんなところだろう。

「貴族のオジョーサマなのに、よく見てるね」
「そこら辺の読みは、あまり外さないものですから」

 さっきから態度も変わらず、声音も変わらず、あまりに落ち着いた、あまりに淡々とした『セシル』に、目の前の少年は苛立っているようだった。

「話はなにっ?」
「「人」 として生きる機会を与えられたのなら、あなた達はどうしますか?」
「なにバカなこと言ってんのっ」

 にべもなく、少年が吐き捨てていた。

我武者羅がむしゃらでも、必死に生き抜いて、生き延びてみせるのなら、あなた達を私の領地に招待しましょう」
「それで、奴隷扱いでコキ使うって?」

「奴隷はいませんよ。あなた達のように、孤児はかなりいますけれど。ですが、彼らから、文句が出て来たことはありませんね」
「どうせ、抵抗したり、逆らったりしたら、なぶり殺すからでしょ」

「ああ、そういう悪徳貴族は、たくさんいますものね。私はそうではありませんが、まあ、お互いに全く知らない仲ですから、信用する基準もないでしょう。やはり、移動しましょう」

「する気はないよ」
「ご飯を食べましょう」

「なに? クソガキ共に、ご飯をめぐんでくれるわけ? ああ、かわいそうに、って」

「そうですね。一度でも、普通の食事があたるのなら、話す価値もあるものでしょう? その後、逃げ出したいのなら、全員で、頑張って逃げ出しなさい」

 少年達をからかっているのか、小馬鹿にしているのか、絶対に逃げ切れないと高を括っているのか、あまりに判断し難い態度だった。

「今は抵抗していないからって、甘く見ないでもらいたいね」
「甘く見てはいませんよ。ただ、私達も警戒を解かないだけです」

 そして、あまりにあっさりと『セシル』 が返答していた。

 苛立たし気に、目の前の少年が溜息ためいきを吐き出し、
「いいよ。全員分のご飯、しっかりおごってよ」

「いいですよ。ただ……今日は、マントの代えを持ってきていないんですよね……。私達のマントを貸しても、目立ち過ぎてしまうでしょうしねぇ……」

 大人のマントをズルズルと引きずっている子供が並べば、それだけで、更に目立ってしまう。

「マスター、仕方がありませんが……、ここは、荷馬車でも借りて来るべきではないでしょうか?」
「荷馬車ですか? うーん、そうかもしれませんね……」

「私が街の方に戻ります。せめて、貧困外の入り口付近まで、移動していただければ……」
「それは……、たぶん、できるでしょう。では、お願いね」
「わかりました」

 イシュトールは、自分が押さえつけている少年を見下ろした。

「抵抗しないように。ゆっくりと立ち上がらせるから、一緒に立ち上がり、大人しく、マスターの前に並びなさい。抵抗を見せた場合、即座に、君の仲間の命は保証できなくなる」

 少年は無言だ。

「返事がない場合、このまま地面に押さえつけられたままになるが?」
「……わかったよっ」

 くそっ……と、吐き出して、少年が一応の承諾を見せた。

 イシュトールが少年の背中から膝をどけ、ゆっくりと立ち上がって行く。押さえつけていた両腕を離し、そっと、少年の背中を押すようにした。

 少年がすぐに、『セシル』 の目の前の少年の隣に走り込む。

「では、荷馬車をお願いしますね」
「わかりました」

 イシュトールが、すぐにその場を駆け出していく。

「では、私達も移動しましょうか」

 リアーガとユーリカの二人も立ち上がって行き、まだ、二人だけは、捕まえている子供の両腕を、背中の後ろで押さえていた。

 治安が悪い場所で、ゾロゾロと団体で揃って動くのは更なる危険を呼ぶものだったが、仕方なく、少年達全員を連れて、『セシル』 達も、裏道を戻って行く。

 リアーガに先導を頼み、あまり目立たないように進んで行き、イシュトールの帰りを待つこと三十分程。

 ボロ臭い、小さな荷馬車だったが、全員が乗れないのではない。少々、きつめに詰めて、イシュトールがロバを引き、残りの全員が荷馬車に乗っていた。

 子供達は目立ってしまうので、しばらくの間、セシルとイシュトールのマントを被せ、隠れていてもらい、それで、ゴトゴトと激しく振動する荷馬車に揺れられて、王都の繁華街を離れた場所に移動して行った。

 街から離れ、民家や人通りが薄くなってきた場所で、荷馬車が止まり、全員が降りていた。

「さあ、食べていいですよ」

 王都の繁華街を抜ける際に購入した食事を、『セシル』 が荷馬車の台に丁寧に並べて行く。

「さあ、食べていいですよ」

 食事が目の前に並んでいるのに、少年達は警戒したまま、じーっと、食事を睨み付けているだけだ。

「食べないのですか?」

 それで、四人が互いの顔を見合い、その手が食事を奪い去るかのように伸びていた。

「急激に食べ始めると、お腹が痛くなってしまいますよ。たくさんあるので、ゆっくりと食べなさい」

 そして、荷馬車を囲んでピクニックでもあるまいに、それでも、しっかりと、母親役をしている『セシル』 である。

 むしゃむしゃと、ものすごい勢いで、少年達がパンやら果物やらを口の中に突っ込んで行く。

「お水もありますから、飲みなさいね」

 携帯用の水袋を取り出し、荷馬車の台に置くと、すぐに、少年の一人が水袋を取り上げていた。
 ゴクゴク、むしゃむしゃ、ものすごい勢いが止まらない。

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