300 / 531
Part2
Д.в 手始めに - 10
しおりを挟む
「では、護衛の仕事の件では、理由にはなりませんか」
「いえ……。たぶん、問題はないかと……。所在が分かっているのなら、逃亡、ではありませんので」
「そうですか」
くるりと、『セシル』 が三人に向き直る。晴れやかな笑みを投げて寄越し、
「問題はないそうです。ですから、無理、ではありませんでしたね」
全員が言葉を失い、大きく口を開けたまま唖然としている。
「何か他に問題はありますか? なければ、もし、護衛の仕事が提示された場合、皆さん、その仕事に興味はありますか?」
そして、三人からの反応はない。
ただ、一人が何かを言いたそうに、聞きたそうに、そんな様子が伺えるが、自分からは何かを口に出してこないようである。
「どうぞ、質問をしてください。聞きたいことを聞かずでは、明確な情報を得ることもできません。情報不足では、選択する際に、判断を見誤る可能性もでてきますものね」
「は、はあ……。…………あの……」
「何でしょう?」
「ヘルバート伯爵、とおっしゃいましたが――あの……私は、あまり、貴族のお方のことをよく知り得ていないものでして……。申し訳ありません……」
「謝罪は必要ありません。どうぞ、質問を続けてください」
「は、はい……。…………あの、ヘルバート伯爵領というのは、どこに位置しているのでしょうか?」
その質問は、『セシル』 も予想していなかった。
「ここからの地理はあまり詳しくありませんが、王都側で言えば、ヘルバート伯爵領は、王都からやや北西よりに位置しています。馬車で2~3日でしょうか」
「では……この地には、どのようにいらしたのですか? アーントソン辺境伯領は、王都からもかなり離れていますが……」
「そうですね。馬です」
「馬車ですか」
「いいえ。馬です。騎乗してきました。この長い距離を」
「――え゛……?!」
なぜかは知らないが、その場の全員がギョッとしたような驚愕を見せる。
「長い距離、って……ものすごい距離ではありませんか……」
「まさか、本当に、騎馬でいらしたのですか?」
「そうですよ」
「ですが――護衛って、その者が一人ですか?!」
「ええ、そうです」
「危険、ではないですか……。貴族のご令嬢であられるのに……!?」
「ああ、でも、私の格好は貴族の令嬢ではありませんから。マントを被れば、ただの平民の子供として扱われますし」
それでも、貴族の令嬢が平民として扱われること自体、大問題ではないのか……?!
「そんな……長い距離を乗馬して来て、お疲れではないのですか?」
「ええ、そうですね。このように長い距離と、長い時間をかけて乗馬したのは、今回が初めてです。体がギシギシと悲鳴を上げて、ものすごい状態になっています。でも、まあ、しばらくすれば慣れることでしょう」
あまりにあっさりと、あまりに何でもないことのように口にする『セシル』 を前に、全員が絶句している。
「それから、雇い主は“ヘルバート伯爵家”となりますけれど、実際は、私に仕えることになります。私、こう見えても、領主名代でして」
「――――――……え゛……?!」
またも、理解に苦しんで、理解不能な様子で、長い沈黙の後、全員が目をまん丸くしている。
「領主名代と言いましても、その領地が、なにしろ、村とも呼べないほどの農家がポツポツとあるだけの、ものすごいド田舎なんですけれどね」
「は、はあ……」
「それで、これからは、頻繁にその領地に赴くことになります。ですから、護衛の仕事で付き添ってくる場合は、コトレア領に行くことになります。コトレア領は、王都から南方に下り、そうですねぇ、馬車で5~6日かかるでしょうか? ですが、移動も多くなります。色々とすることがありますので」
「は、はあ……」
すでに、自分達の理解を超えた会話を聞いて、会話をされて、もう反応ができないようだった。
あまりに奇天烈なご令嬢を目にして、狂った所業とも言えなくはない行動を目にして、全員が唖然を通り越して、完全に言葉を失っていたのだった。
大袈裟な反応だわ、と『セシル』 は思うが、ここは一つ、更に余計な刺激を与えないように、ただ、にこにこと、営業スマイルを忘れない。
あまりに疲れ切っているような中隊長は、あまりに見慣れない(狂った所業とさえ思える) 貴族の令嬢の行動に同情したのか、憐れんだのか、兵士の一人に、やってみなさい、と推薦してくれたのだ。
「承諾してくださって、ありがとうございます。では、口約束だけでは不安になると思いますので、こちらに仮ですが、契約書を書きますね」
そして、口を挟む暇もなく、サラサラ、サラサラ、と書類に簡単な契約書を書き込んで行く『セシル』 だ。
その書類を手渡された兵士だって、書類を睨んだまま、すでに反応がない。
一体、この子供はなんなんだ……!?
きっと、その場の全員が叫びたかったことだろう。
急な仕事の変更が決まり、今までの仕事の引き継ぎだって忙しいことだろうに、ラソムは(なぜかは知らないが)、数日だけ待っていただければ、準備をさせましょうと、そんなに簡単に、自分の部下の一人を手放してくれたのだ。
なんだか、あまり問題もなく、新たな護衛が決まり、『セシル』 はほくほく顔である。
それで、親切な辺境伯は、『セシル』 を一週間近く、自分の領城に滞在させてくれたのだ。
「この度は、多大な好意を授かりまして、心よりお礼申し上げます。アーントソン辺境伯のお力添えがなければ、今回の件は問題なく解決することもまかりならなかったことでしょうから。もう一度、お礼を申し上げます」
丁寧に頭を下げ、礼を述べるセシルを見下ろし、辺境伯だって、
「この小娘なら、自分の助けがなくても勝手になんとかしているだろうに」
との独白が漏れていた。
新たに加わった護衛、イシュトール・ニルセン、が混ざり、これで、また、『セシル』 の移動が始まった。
「では、皆様、この度は大変お世話になりました。どうか、これからもお健やかにお過ごしくださいませ」
その最後の挨拶と共に、颯爽と騎馬でその場を去って行く『セシル』 の後ろ姿が消えて行く。
「なんともまあ、破天荒な令嬢がいたものだ……」
見送りに来ていたリソとラソムも、辺境伯が漏らした一言を聞きながら、言葉なし……。
「いえ……。たぶん、問題はないかと……。所在が分かっているのなら、逃亡、ではありませんので」
「そうですか」
くるりと、『セシル』 が三人に向き直る。晴れやかな笑みを投げて寄越し、
「問題はないそうです。ですから、無理、ではありませんでしたね」
全員が言葉を失い、大きく口を開けたまま唖然としている。
「何か他に問題はありますか? なければ、もし、護衛の仕事が提示された場合、皆さん、その仕事に興味はありますか?」
そして、三人からの反応はない。
ただ、一人が何かを言いたそうに、聞きたそうに、そんな様子が伺えるが、自分からは何かを口に出してこないようである。
「どうぞ、質問をしてください。聞きたいことを聞かずでは、明確な情報を得ることもできません。情報不足では、選択する際に、判断を見誤る可能性もでてきますものね」
「は、はあ……。…………あの……」
「何でしょう?」
「ヘルバート伯爵、とおっしゃいましたが――あの……私は、あまり、貴族のお方のことをよく知り得ていないものでして……。申し訳ありません……」
「謝罪は必要ありません。どうぞ、質問を続けてください」
「は、はい……。…………あの、ヘルバート伯爵領というのは、どこに位置しているのでしょうか?」
その質問は、『セシル』 も予想していなかった。
「ここからの地理はあまり詳しくありませんが、王都側で言えば、ヘルバート伯爵領は、王都からやや北西よりに位置しています。馬車で2~3日でしょうか」
「では……この地には、どのようにいらしたのですか? アーントソン辺境伯領は、王都からもかなり離れていますが……」
「そうですね。馬です」
「馬車ですか」
「いいえ。馬です。騎乗してきました。この長い距離を」
「――え゛……?!」
なぜかは知らないが、その場の全員がギョッとしたような驚愕を見せる。
「長い距離、って……ものすごい距離ではありませんか……」
「まさか、本当に、騎馬でいらしたのですか?」
「そうですよ」
「ですが――護衛って、その者が一人ですか?!」
「ええ、そうです」
「危険、ではないですか……。貴族のご令嬢であられるのに……!?」
「ああ、でも、私の格好は貴族の令嬢ではありませんから。マントを被れば、ただの平民の子供として扱われますし」
それでも、貴族の令嬢が平民として扱われること自体、大問題ではないのか……?!
「そんな……長い距離を乗馬して来て、お疲れではないのですか?」
「ええ、そうですね。このように長い距離と、長い時間をかけて乗馬したのは、今回が初めてです。体がギシギシと悲鳴を上げて、ものすごい状態になっています。でも、まあ、しばらくすれば慣れることでしょう」
あまりにあっさりと、あまりに何でもないことのように口にする『セシル』 を前に、全員が絶句している。
「それから、雇い主は“ヘルバート伯爵家”となりますけれど、実際は、私に仕えることになります。私、こう見えても、領主名代でして」
「――――――……え゛……?!」
またも、理解に苦しんで、理解不能な様子で、長い沈黙の後、全員が目をまん丸くしている。
「領主名代と言いましても、その領地が、なにしろ、村とも呼べないほどの農家がポツポツとあるだけの、ものすごいド田舎なんですけれどね」
「は、はあ……」
「それで、これからは、頻繁にその領地に赴くことになります。ですから、護衛の仕事で付き添ってくる場合は、コトレア領に行くことになります。コトレア領は、王都から南方に下り、そうですねぇ、馬車で5~6日かかるでしょうか? ですが、移動も多くなります。色々とすることがありますので」
「は、はあ……」
すでに、自分達の理解を超えた会話を聞いて、会話をされて、もう反応ができないようだった。
あまりに奇天烈なご令嬢を目にして、狂った所業とも言えなくはない行動を目にして、全員が唖然を通り越して、完全に言葉を失っていたのだった。
大袈裟な反応だわ、と『セシル』 は思うが、ここは一つ、更に余計な刺激を与えないように、ただ、にこにこと、営業スマイルを忘れない。
あまりに疲れ切っているような中隊長は、あまりに見慣れない(狂った所業とさえ思える) 貴族の令嬢の行動に同情したのか、憐れんだのか、兵士の一人に、やってみなさい、と推薦してくれたのだ。
「承諾してくださって、ありがとうございます。では、口約束だけでは不安になると思いますので、こちらに仮ですが、契約書を書きますね」
そして、口を挟む暇もなく、サラサラ、サラサラ、と書類に簡単な契約書を書き込んで行く『セシル』 だ。
その書類を手渡された兵士だって、書類を睨んだまま、すでに反応がない。
一体、この子供はなんなんだ……!?
きっと、その場の全員が叫びたかったことだろう。
急な仕事の変更が決まり、今までの仕事の引き継ぎだって忙しいことだろうに、ラソムは(なぜかは知らないが)、数日だけ待っていただければ、準備をさせましょうと、そんなに簡単に、自分の部下の一人を手放してくれたのだ。
なんだか、あまり問題もなく、新たな護衛が決まり、『セシル』 はほくほく顔である。
それで、親切な辺境伯は、『セシル』 を一週間近く、自分の領城に滞在させてくれたのだ。
「この度は、多大な好意を授かりまして、心よりお礼申し上げます。アーントソン辺境伯のお力添えがなければ、今回の件は問題なく解決することもまかりならなかったことでしょうから。もう一度、お礼を申し上げます」
丁寧に頭を下げ、礼を述べるセシルを見下ろし、辺境伯だって、
「この小娘なら、自分の助けがなくても勝手になんとかしているだろうに」
との独白が漏れていた。
新たに加わった護衛、イシュトール・ニルセン、が混ざり、これで、また、『セシル』 の移動が始まった。
「では、皆様、この度は大変お世話になりました。どうか、これからもお健やかにお過ごしくださいませ」
その最後の挨拶と共に、颯爽と騎馬でその場を去って行く『セシル』 の後ろ姿が消えて行く。
「なんともまあ、破天荒な令嬢がいたものだ……」
見送りに来ていたリソとラソムも、辺境伯が漏らした一言を聞きながら、言葉なし……。
0
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました
雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた
スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ
この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった...
その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!?
たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく
ここが...
乙女ゲームの世界だと
これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる