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Part2

Д.в 手始めに - 10

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「では、護衛の仕事の件では、理由にはなりませんか」
「いえ……。たぶん、問題はないかと……。所在が分かっているのなら、逃亡、ではありませんので」
「そうですか」

 くるりと、『セシル』 が三人に向き直る。晴れやかな笑みを投げて寄越し、
「問題はないそうです。ですから、無理、ではありませんでしたね」

 全員が言葉を失い、大きく口を開けたまま唖然としている。

「何か他に問題はありますか? なければ、もし、護衛の仕事が提示された場合、皆さん、その仕事に興味はありますか?」

 そして、三人からの反応はない。

 ただ、一人が何かを言いたそうに、聞きたそうに、そんな様子が伺えるが、自分からは何かを口に出してこないようである。

「どうぞ、質問をしてください。聞きたいことを聞かずでは、明確な情報を得ることもできません。情報不足では、選択する際に、判断を見誤る可能性もでてきますものね」
「は、はあ……。…………あの……」

「何でしょう?」
「ヘルバート伯爵、とおっしゃいましたが――あの……私は、あまり、貴族のお方のことをよく知り得ていないものでして……。申し訳ありません……」

「謝罪は必要ありません。どうぞ、質問を続けてください」
「は、はい……。…………あの、ヘルバート伯爵領というのは、どこに位置しているのでしょうか?」

 その質問は、『セシル』 も予想していなかった。

「ここからの地理はあまり詳しくありませんが、王都側で言えば、ヘルバート伯爵領は、王都からやや北西よりに位置しています。馬車で2~3日でしょうか」

「では……この地には、どのようにいらしたのですか? アーントソン辺境伯領は、王都からもかなり離れていますが……」

「そうですね。馬です」
「馬車ですか」

「いいえ。馬です。騎乗してきました。この長い距離を」
「――え゛……?!」

 なぜかは知らないが、その場の全員がギョッとしたような驚愕を見せる。

「長い距離、って……ものすごい距離ではありませんか……」
「まさか、本当に、騎馬でいらしたのですか?」

「そうですよ」
「ですが――護衛って、その者が一人ですか?!」

「ええ、そうです」
「危険、ではないですか……。貴族のご令嬢であられるのに……!?」

「ああ、でも、私の格好は貴族の令嬢ではありませんから。マントを被れば、ただの平民の子供として扱われますし」

 それでも、貴族の令嬢が平民として扱われること自体、大問題ではないのか……?!

「そんな……長い距離を乗馬して来て、お疲れではないのですか?」
「ええ、そうですね。このように長い距離と、長い時間をかけて乗馬したのは、今回が初めてです。体がギシギシと悲鳴を上げて、ものすごい状態になっています。でも、まあ、しばらくすれば慣れることでしょう」

 あまりにあっさりと、あまりに何でもないことのように口にする『セシル』 を前に、全員が絶句している。

「それから、雇い主は“ヘルバート伯爵家”となりますけれど、実際は、私に仕えることになります。私、こう見えても、領主名代でして」
「――――――……え゛……?!」

 またも、理解に苦しんで、理解不能な様子で、長い沈黙の後、全員が目をまん丸くしている。

「領主名代と言いましても、その領地が、なにしろ、村とも呼べないほどの農家がポツポツとあるだけの、ものすごいド田舎なんですけれどね」
「は、はあ……」

「それで、これからは、頻繁にその領地におもむくことになります。ですから、護衛の仕事で付き添ってくる場合は、コトレア領に行くことになります。コトレア領は、王都から南方に下り、そうですねぇ、馬車で5~6日かかるでしょうか? ですが、移動も多くなります。色々とすることがありますので」

「は、はあ……」

 すでに、自分達の理解を超えた会話を聞いて、会話をされて、もう反応ができないようだった。

 あまりに奇天烈なご令嬢を目にして、狂った所業とも言えなくはない行動を目にして、全員が唖然を通り越して、完全に言葉を失っていたのだった。

 大袈裟な反応だわ、と『セシル』 は思うが、ここは一つ、更に余計な刺激を与えないように、ただ、にこにこと、営業スマイルを忘れない。

 あまりに疲れ切っているような中隊長は、あまりに見慣れない(狂った所業とさえ思える) 貴族の令嬢の行動に同情したのか、憐れんだのか、兵士の一人に、やってみなさい、と推薦してくれたのだ。

「承諾してくださって、ありがとうございます。では、口約束だけでは不安になると思いますので、こちらに仮ですが、契約書を書きますね」

 そして、口を挟む暇もなく、サラサラ、サラサラ、と書類に簡単な契約書を書き込んで行く『セシル』 だ。

 その書類を手渡された兵士だって、書類を睨んだまま、すでに反応がない。

 一体、この子供はなんなんだ……!?

 きっと、その場の全員が叫びたかったことだろう。

 急な仕事の変更が決まり、今までの仕事の引き継ぎだって忙しいことだろうに、ラソムは(なぜかは知らないが)、数日だけ待っていただければ、準備をさせましょうと、そんなに簡単に、自分の部下の一人を手放してくれたのだ。

 なんだか、あまり問題もなく、新たな護衛が決まり、『セシル』 はほくほく顔である。

 それで、親切な辺境伯は、『セシル』 を一週間近く、自分の領城に滞在させてくれたのだ。

「この度は、多大な好意を授かりまして、心よりお礼申し上げます。アーントソン辺境伯のお力添えがなければ、今回の件は問題なく解決することもまかりならなかったことでしょうから。もう一度、お礼を申し上げます」

 丁寧に頭を下げ、礼を述べるセシルを見下ろし、辺境伯だって、


「この小娘なら、自分の助けがなくても勝手になんとかしているだろうに」


との独白が漏れていた。

 新たに加わった護衛、イシュトール・ニルセン、が混ざり、これで、また、『セシル』 の移動が始まった。

「では、皆様、この度は大変お世話になりました。どうか、これからもお健やかにお過ごしくださいませ」

 その最後の挨拶と共に、颯爽と騎馬でその場を去って行く『セシル』 の後ろ姿が消えて行く。

「なんともまあ、破天荒はてんこうな令嬢がいたものだ……」

 見送りに来ていたリソとラソムも、辺境伯が漏らした一言を聞きながら、言葉なし……。


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