上 下
160 / 520
Part1

Е.в 後夜祭 - 06

しおりを挟む
* * *


 長い行列の一人一人に、ケーキを配り終わったであろうセシルが、ゆっくりと、壇上から下りてきて、最前列で座っているギルバート達の方に寄ってきた。

 今では、領地の人口も増えて、その領民一人一人に『祝福』 を授けていただけに、その時間は、優に、二時間は経ってしまっていたのではないだろうか。

 セシルがギルバート達の前に寄ってきたので、ギルバートは座っていた席から、スッと、立ち上がった。
 それに習い、隣にいる残りの騎士達も、すぐに立ち上がった。

「今日の豊穣祭、及び、祝典に参加させていただき、とても感謝しております。そして、遅ればせではございますが、領主就任おめでとうございます」

「ありがとうございます。皆様も、有意義な時間を、お過ごしになられたでしょうか?」

「はい。その件に関して、ご令嬢には、本当に感謝しております。この地に滞在させていただき、皆様もお忙しい中、我々の世話までしていただき、そのお心遣いに、とても感謝しております」

「いいえ。私達も、滅多に、他国の方をお呼びする機会がございませんから、そのような機会に恵まれて、うれしく思っております。それに、“宣伝”は、商売繁盛の秘訣ですもの」

 そのお茶目な発想に、ふっと、ギルバートもつい笑ってしまう。

 それから、セシルが、後ろに控えている執事を、少しだけ振り返った。
 執事が持っているお盆のようなものから、セシルが腕を伸ばし、小さなケーキを一つ取り上げる。

「これを」
「いただいてもよろしいのですか?」

「もちろんです。たくさん作ってありますから」

 ギルバートが手袋をはめたままの右手を差し出すと、その上に、そっと、一口大に切られた小さなケーキの塊が置かれた。

「申し訳ありませんが、少し屈んでいただけますか?」
「はい」

 ギルバートは逆らうこともなく、スッと、その場で膝を折った。

 騎士の礼――とまではいかなくても、ただ、前屈みになってくれるだろう、と想像していたセシルだ。

 それに反し、ギルバートが丁寧に膝を折った礼を取ったので、一瞬、セシルの瞳が軽く上がっていた。

 だが、すぐに、セシルの手が、そっと、ギルバートの肩に乗せられ、前屈みになったセシルの唇が、ほんの微かにだけ、ギルバートの髪に当てられた。

 サラサラと、縛っていない真っすぐな髪の毛が、その動作に沿って、ギルバートの顔元にも落ちてくる。
 そして、それと一緒に、微かながらも、柔らかな花の匂いが鼻に届く。

「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
「ありがとうございます」

 領民全員に送られた『祝福』 の言葉を受け取り、ギルバートも礼を言う。

 セシルの手が離れていくと同時に、スッと、重さも感じさせず、ギルバートも立ち上がっていた。

 セシルの瞳が隣にいるクリストフに向けられ、同じように、クリストフもケーキを受け取った。
 セシルからの『祝福』 を受け、ギルバートに付き添ってきた三人の騎士も、その儀式を終わらせる。

「私は、これから少し席を外しますので、皆様はこの場に残り、祝典の後夜祭――と言っても、酒盛りのようなものですが、それに参加なさってくださってもよろしいですし、お疲れでしたら、邸への馬を手配いたしますが?」

「どちらかへお出かけに?」

「今夜、残念なことに、祝典に参加できず、警備を任された騎士達と、宿場町の警備に任された者達へのねぎらいに」
「そうでしたか。――私がご一緒させていただいては、ご迷惑でしょうか?」

「そのようなことはありませんが――今日、一日、歩き回っていらっしゃったので、お疲れではありませんか?」
「いえ、全く問題ありません」

「そうですか。でしたら、馬車で移動しますので、お二人までなら」
「わかりました」

 ギルバートは隣のクリストフに頷くと、了解した、という風に、クリストフも頷き返す。

「お前たちは、ここに残ってくれないか?」
「わかりました」

「酒を飲んで構わないぞ」
「いえ、そのような――」

 さすがに、この地へは任務としてやってきているだけに、今更、酒盛りに参加することもはばかれるのである。

「少々、時間がかかってしまいますが?」
「いえ……。どうか、お気になさらないでください」

 さすがに、手厚い好意を受けて世話になってしまっているだけに、二人の騎士達も、恐縮そうである。

「じゃあ、悪いが、ここで待っていてくれ」
「はい、わかりました」

 ギルバートが話の端を終わらせたのを見計らい、シリルが口を開いた。

「姉上、私もご一緒いたします」
「そうですか。では、オスマンド」

「かしこまりました」

 執事のオスマンドが持っていたトレーのようなものを、シリルが受け取っていく。

「では、皆様、こちらへ」

 セシルに促され、セシルを含めた四人と、セシルの護衛騎士が、数人、その場を後にしていた。




「女神からの『祝福』 を受けた気分だな」
「女神、ですか?」
「そうは思わないのか?」

 一拍の間があって、
「――――そう、思います」

 その返答に、ギルバートが、くすっと、笑みを漏らす。

 馬車のすぐ横で待っているギルバートとクリストフの視界の前で、警備に当たっていた騎士達の一人一人に、『祝福』 の言葉とケーキを授けているセシルの姿が目に入る。

 かがり火が煌々こうこうと炊かれている周囲は明るくても、暗くなった夜の暗がりでも、はっきりと浮かび上がってくるセシルの面影。

 サラサラとした銀髪の髪の毛が、月の光を反射して、柔らかな光を放っている。

 瞳と同じ色の深い藍のドレスは闇に紛れても、それでも、ドレスから垣間見える白い肌が浮かび上がり、絶対に見逃すことはないその姿。

 そして、その存在感。

 『祝福』を授ける儀式も、なんだか、月から舞い降りてきた女神のような――静かで、それでいて、あらがえないほどの神々しさを感じてしまうのは、なぜなのだろうか。

「私はこの地にやってくる時、任務のこと以外、深くは考えていなかった。まさか――その縁で、私は、自分が全く知らなかった、見たこともない経験をする機会に恵まれることになるとは、本当に、自分でも予想していなかった」

 珍しく素直な様子のギルバートに、クリストフが視線を向ける。

「見るもの全てが、聞くこと全てが全て、私が聞いたこともないような、経験したこともないようなことばかりだった。自分の知らない知識が一気に押し寄せてきて、それで驚いているのと、圧倒されているのと、困惑しているのと」

 目まぐるしいほどの情報だけが溢れていて、困惑して、それでも、自分の知らない世界を見ているギルバート自身は、全く嫌な気分はしなかった。

「今まで、然程のことで動揺などしたことがなかったのに、この地にやってきて以来――随分、言葉を失っている状態が多くなった。初めてのことだ……」

「殿下――」
「なにも言うな」

 心配そうな顔色を浮かべるクリストフを見ずに、ギルバートが、静かにクリストフを制していた。

 ギルバートを見やっているクリストフの視線を気にせず、じっと、ギルバートの静かな眼差しは、今も尚、真っ直ぐ前の――セシルに向けられている。

 セシルが動く度に、サラサラとした真っ直ぐな銀髪が背中を滑り、細身でしなやかな優しい曲線が、ドレス越しでも妖艶で、目が離せない。

 呼吸を、奪われてしまう。

 その仕草も、行動も、どれもが全て――美しい光景だった。

「なにも言うな。わかっている。私は、それを望める立場でもない。私自身も、望む気はない」
「ですが……」

「ただ――今は、驚いているだけだ。そして、圧倒されている」
「確かに……」

 渋々、といった様子だったが、それでも、それを認めざるを得ないクリストフに、ギルバートが、また、くすっと、笑みをこぼす。

「すごいことだな。私よりも年下で、それなのに、すでに領主就任をし、一領土を統治している。それも、「名代」 であろうと、幼い時よりずっとだ。そして、ここまでの繁栄を、領地にもたらした」

 独り言のように語るギルバートの声音は、ただ静かに言葉をつむぐかのように流れ、そして、静寂の闇へと消えていく。

「並大抵の苦労や努力だけでは、済まされなかったことだろう。それでも、やり遂げた。たった一人で。それも、少女が。だから――今の私は、ただ、心から素直に驚いている。こんな経験は、私も生まれて初めてのものだから」

「そうですね。――隣国であるというのが、残念ですね」
「どこであろうと、きっと、あの方には、関係のないことなのだろう。どこにいても、きっと、自分の力で、なにごとも成し遂げてしまうのであろうから」

「その点については、全くの異論がございません」
「珍しく、クリストフも驚いているんだな」

「ええ。殿下も驚いていらっしゃるようですので、私ごときが驚いたとしても、全く、問題はございませんでしょう」
「確かに」

 まさか――この地を訪れて、そして、そこで、月から舞い降りて来た女神を目にすることができるなど、一体、誰が考えただろうか。

 その女神から、もう、目が離せない。目を奪われる。

 心が、鷲掴わしづかみにされていた――――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

箱入り悪役令息は兄達から激重執着されている事に気づいていません!

なつさ
BL
『悪役令息に転生したので死なないよう立ち回り始めたが何故か攻略対象達に執着されるように』の続編シリーズ 今回は前作エヴァの息子達が主人公に! エヴァの息子として生まれたユキは、兄達に蝶よ花よと持て囃されたせいで正真正銘わがまま悪役令息に。 しかし、世間知らずなせいでド天然なユキは、ユキに恋情を抱くヤンデレ兄達から激重執着を抱かれてることに気づかず・・・ 「僕は完璧だから皆から崇め称えられて当然なんだ!ん?どうしたの兄さん。えっどうしてそんなとこ触るの?んっ・・・僕が可愛いから?あっ…♡ん…そっかぁ・・・それなら仕方ないのかぁ・・・」

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【本編完結】至高のオメガに転生したのに、最強ヤンデレアルファの番に攻められまくっています

松原硝子
BL
安村誠司、27歳。職業、実家暮らしの社畜サラリーマン。 これまでの人生も今までの人生も、モブとして地味に生きていく予定だったーー。 ところがある日、異世界に生きる”シュプリーム”と呼ばれる至高のオメガ・若柳飛鳥(わかやなぎあすか)に転生してしまう。 飛鳥にはすでに銀髪にアクアマリンの瞳を持つ最強の”アルティメット”アルファの番がいる。けれどその番はヒートの時以外、飛鳥の前には現れることがなく、名前も教えてくれないなど、秘密と謎が多い存在だ。 また自宅には血の繋がらない弟・金成(かんなり)が同居していた。 金成は「インフェリア」と呼ばれる劣等アルファで、口を聞くことができない。 転生前の飛鳥は「番がヒートの時期しか来てくれないのは、他のアルファ、つまり弟が同居しているせいだ」と思い込み、ネグレクトと虐待を繰り返していた。 最初は環境の変化に戸惑う誠司だったが、次第に弟と仲良くなっていく。しかし仲良くなればなるほど、ヒートの時期しか姿を見せないはずの番が夜な夜な部屋へ現れるようになる。 正体を明かさない最強アルファの番と口の聞けない劣等アルファの弟に囲まれて、平凡に生きたいはずの人生はどんどん思う方向とは違う道へ進んでしまう。 そして誠司は番に隠されたある秘密を知ってしまい……!? ヤンデレ溺愛最強アルファから逃げられない美人オメガがハッピーエンドを目指して奮闘する物語です。

処理中です...