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Part1

* Д.г コキ使います *

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「お父様」

 セシルが嬉しそうに、年配でも――まだ若そうな――紳士に抱き着いていく。

「ああ、セシル。久しぶりだね。元気かな?」
「ええ。お父様もお変わりなく」
「私は変わりないよ」

 セシルを抱きしめている紳士の方も、嬉しそうに微笑んでいる。

「お母様」
「セシルさん。お久しぶりですわ」

 次に、紳士の隣にいた女性が、セシルに抱き着いていく。

「お久しぶりです、お母様」
「ああ、本当に久しぶりですわ。元気にしていましたか? 仕事はし過ぎていませんよね? 体調は?」

 くすくすと、セシルが笑っている。

「ええ、元気ですわ。仕事も同じです」
「まあま……、仕事のし過ぎなのでしょう?」

「そんなことありませんわ」
「いえ、きっとあります」

「まあ、ひどいわね、シリルったら」
「姉上、お久しぶりです」

 今度は、少年に抱き着いていくセシルだ。少年の方も、嬉しそうにセシルを抱きしめ返す。

「あら? また、背が伸びたのですね」
「はい。もうすぐ、姉上も追い越しますよ」
「まあ、シリルったら」

 そんな家族円満の挨拶と、抱擁を済ませているセシルを見守っているギルバートとクリストフは、かの有名なご令嬢の両親である、ヘルバート伯爵との、初のご対面だ。

 セシルの弟の方はまだ若く、それでも、利発そうで、セシルと同じ藍の瞳が、聡明さを映し出していた。

 抱擁を終えたセシルが、今度は、そこで控えていたギルバート達の方に向き直る。

 ギルバート達は朝食を終えて、しばらくセシルの執務室にお邪魔していたのだった。

 それから、ヘルバート伯爵が邸に到着したと報告を受けて、挨拶の為に、セシルと一緒に参加させてもらっていたのだった。

「今回は、視察を兼ねて、領地を訪れていらっしゃるゲストがいますの。豊穣祭にも、参加してもらいますのよ」
「そうだったのか」

 それで、ヘルバート伯爵の素直な興味が、ギルバート達に向けられる。

「こちらは、アトレシア大王国、第三騎士団の騎士の方達です」

 隣国の王国の名前が出てきて、さすがにヘルバート伯爵も、一瞬だけ、驚きをみせていた。――すぐに、にこやかな顔に変わる。

「そうでしたか。それは、遠方より、よくお越しになられました。私は、ヘルバート伯爵家当主、リチャードソン・ヘルバートです。こちらは、私の妻のレイナ。そして、息子のシリルです」

「皆さま、はじめてお目にかかりますわ」
「初めまして」

 紹介されたセシルの母親が丁寧にお辞儀し、まだ年若そうな少年も、一礼を済ます。

「私は、アトレシア大王国第三騎士団副団長を務めています、ギルバート・アトレシアと申します。こちらは私の部下で、クリストフ・ノード。皆様、お初にお目にかかります」

 姿勢を正した二人揃って、一礼をした。

 だが、ギルバートの名を聞いて、すぐに伯爵家の全員が――更に驚いてしまっていたのは、言うまでもない。


――なぜ……王族の方が……?!


 その無言の疑問がセシルに向けられるが、セシルは、ただ、にこりと、微笑みを返しただけだ。

 コトレアの領地では、ギルバートの立場は隠している。隣国からの騎士団の騎士達だ、という説明はされているが、ギルバートが王族の一人である事実は、伏せられているのだ。

 王族として紹介ができないのだが……と、セシルに最初に謝罪された時、ギルバートは、それに対して、全く問題がなかった。

 ギルバートは、王国騎士団の騎士として、領地に飛ばされたのだ。だから、王族であることをひけらかすつもりはないし、それで、ギルバートに対する接し方が王族とは違う、と責めるつもりもない。

 むしろ、セシルの領地でも、ギルバートが王族である事実は、公表したくないのだ。

 特に、ギルバートが隣国アトレシア大王国からやって来た王子、などと知れてしまったら、ノーウッド王国を通しもせずに、セシルの領地だけに立ち寄っていて、挨拶もせずに、ノーウッド王国を出入りしている事実が、問題になってきてしまうだろう。

 アトレシア大王国側からしてみれば、第三王子が、一体、隣国で何をしているのか――と、“長老派”からの警戒を呼んでしまうかもしれない恐れがある。

 セシルのことは、王宮内でもかなり伏せられているが、あれだけ派手に動き回ったセシルを調べ回っているだろうし、そのセシルの領地に、ギルバートがやって来ていることが知れたら、王宮から離れたギルバートを狙い、セシルの領地に刺客を差し向けてくるかもしれない恐れだってある。

 セシルの好意で、ギルバートは領地に滞在させてもらっているのに、王国の問題を持ち込むなど、ギルバート自身、全く望んでいないのだ。

「ところで――お父様、お母様、そして、シリル?」
「あ、ああ……、なんだい、セシル?」

 なぜ、隣国の王族が自分の娘の邸にいるのか謎で、困惑している父親が、パっと、セシルに向き直る。

「移動はどうでした? しっかりと、お休みになられました?」

 にこにこと、あまりに綺麗な微笑みを浮かべているセシルを前に、なぜかは知らないが――三人揃って、諦めたかのような、そんな様相が伺える。

 にこにこと、セシルの微笑みはとても綺麗だ――(なぜか)ものすごく、不穏だ。

「?」

 ギルバートとクリストフが、黙って、その光景を見守っている。

「――ああ、ゆっくり休めたよ。休憩を取る時間を入れて、王都から旅立ってきたからね……」
「まあ、それは良かったです。それなら――しっかり、お手伝いしてくださいますわよね」
「――――――――」

 ああ、やっぱり、今年も、全く、例外なく、おまけに恒例で――セシルの“仕事”の手伝いが、回されてくるのだ。

「――ああ、もちろんだよ、セシル……。手伝えることがあるかい?」

 多忙なセシルは、親であろうと、弟であろうと、猫の手も借りたい時は、全く容赦がない。

 手伝わせるのを目的で、王都から普通なら五日ほどで到着する領地へ、


「八日前から、しっかり発ってくださいね」


などと、セシルの家族は、セシルから要求されていたのである。

 その間、移動中にしっかりと休憩を取らせ、馬車の移動の疲れを残さないように、領地に着くのは、大抵、三日目の午前中。

 一番、仕事が大詰めになって、その三日前に、間に合うように……。

 かわいい、かわいい一人娘で、大切な姉なのだが――さすがに、ここ数年、毎年、この三人は、セシルにコキ使われているのである。

「ええ、もちろんですわ。お父様達にお手伝いしていただいて、本当に助かりますわ」
「そうか……」

 すでに、仕事を始める前から、ゲッソリしていそうなのは、父親の伯爵だけではないだろう……。

「では、まず――お父様には、豊穣祭の開会式の最終調整をお願いしますね」

 それから――と、セシルがテンポも変えず、スラスラ、スラスラと、次の仕事を羅列していく。

 父親には、引き続き宿場町での通行、交通管理の確認、警護体制の再調整と、確認をお願いする。

 弟のシリルは、父親と一緒に宿場町に行って、露店の組み立て状況の確認をお願いする。

 今の所、露店用の資材は足りているという報告は出ているけれど、今年は、かなりの露店の数が出てくる予定なのだ。

 それを終えたら、簡易宿泊施設の準備と、設置の手伝いと、確認を。

 しっかり、安全確認もよろしくね、とにこやかに。

「お母さまには、孤児院の子供達の、豊穣祭での順番組を作成してもらいます。それから、子供達の最終貯金額の確認も、よろしくお願いしますね。その後は、邸に戻られ、豊穣祭で必要な食事の用意の最終指示と、確認をお願いしますわ」

 話を聞いているだけでも、かなりの量の仕事量である。

「ああ、わかったよ……」
「わかりました……」
「ええ、そうですわねえ……」

 そして、コキ使われること前提で領地にやってきた三人は、相変わらずのセシルの迫力に返す言葉がない……。

「頼りにしていますわ。では、よろしくお願いしますね」

 もう、さっきから、ニコニコ、ニコニコ――と、その容赦ない微笑みが不穏である。

 ギルバートもクリストフも、少々、顔を引きつらせている。

 実の両親と弟を、ここまで容赦なくコキ使うなんて……。

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