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Part1

В.б 夜会へ - 06

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 いきなり――――

 セシルが動き出した。

 スタスタ、スタスタと、向こうのテーブルの方に歩いていく令嬢の動きを、全員が目で追ってしまう。

 テーブルの上にある飲み物のジャグとワインのボトルを数本手にし、セシルが戻って来る。

 そのまま、セシルは躊躇ためらいもなく、手加減もなく、持っていたジャグの中身を、気を失っている賊の顔の真上から一気に浴びさせたのだ。

 じゃばっ!
 バチャバチャ――!

「……っう……ぅぐ……」

 半分、賊の男の意識が戻り、口を開けた場にも飲み物が、バチャリ、と飛び込んできて、その反動で男がむせ返る。

 ごほっ、ごぼっ……うぅ……と、むせ込んだまま起き上がりかけて――後ろ手に縛られている状態に気づいて、男の意識が一気に戻っていた。

「――――くそっ……!」
「二人とも、足を押さえつけて」
「わかりました」

 イシュトールとユーリカがサッと動き、自分達の足で、賊の男の足を思いっきり押さえつける。

「――――くそっ……!」

 セシルは賊の男など構わず、今度は、“デブ”と呼んだ貴族の男の頭元に立つ。
 ジャグは一つしかなかったので、仕方なく、今度はワインのボトルだ。

 それで、ボトルの中身を一気に空けるように、セシルがデブにもワインを一気に浴びさせた。

 ボチャ、バチャバチャ!

 先程の賊の男ほど時間はかからず、ワインを浴びせられて、ゴボッ、ゴホッ――むせかえったデブが、目を覚ましていた。

 だが、重い丸い体格に圧迫されて、後ろ手に縛られている体勢が痛かったのか、すぐに悲鳴を上げる。

「……あぁぁっ……っ! 痛いぞっ……。なんだ、どういうことだっ……!!」

 一通り大暴れして、叫び上げて――誰一人として、デブを構う者がいなくて、それで、今いる自分の状況を把握したのか、デブ男の顔色が一気に青ざめる。

「……これは、一体、どういうことだっ……!」

 セシルはデブを無視し、最後に持っていたワインのボトルを、そのまま王太子殿下に押し付けた。

 どうやら、三番目の男の意識を回復させろ、と無言で言いつけてきているらしい。

 王太子殿下に向かって!

 忌々し気に王太子殿下の眉間が揺れるが、王太子殿下が、無言で、ワインボトルをひったくっていた。

 それで、背を向けて寝そべっている男の顔に、王太子殿下がワインを勢いよく吹っ掛ける。
 ワインを振りかけられた反動で、先程の二人と同様にむせかえって、意識を取り戻した三番目の男も――驚きで、叫び声を上げだした。

 横暴だっ……。一体なんという仕打ちだっ――――!

 だが、誰一人、手を貸す者は、いない。耳を貸す者も、いない。

 セシルは賊の男の頭元に立つと、賊の男が、床からセシルを睨め付けて来た。

「――きっさまっ! タダで済むと思うなよっ――」
「さて、男の急所は、いくつあるでしょう?」

 淡々と、抑揚のない声音で、口調で、訳の分からない質問が出てきた。

「――くそっ……!」

 足を押さえつけられても、上半身だけで大暴れする賊に、セシルが手加減もなく、グリッと、男の喉元を踏みつける。

「――――っ……ぐぅわ……っ――!」

 見る見る間に、首を押さえつけられた賊の顔が、真っ赤になっていく。

 セシルは、自分のレイピアを引き抜いた。その剣先を、男の胸元に当て、一気に、男の着ていたシャツのボタンを跳ね飛ばす。

「さて、男の急所は、いくつあるでしょう?」

 また、同じ質問が出て来た。

 ギョロリと、必死な男の目玉だけが動くが、喉元が苦しくて、呼吸も苦しくて、口元から、蛙のような声にならない叫びしか上げられない。

 ツーっと、セシルのレイピアの剣先が、男の胸元かお腹にかけて、一筋の線のように動いていた。

 んぐっ……と、一瞬、悶えた男の腹に、赤い一筋の線が浮かび上がる。

 少し前屈みになったセシルが、その線の横に手を置いた。

「さて、男の急所は、いくつあるでしょう?」

 また同じ質問だったが、床から見上げる男の視界に入る女の顔には、感情も見られない冷たい表情だけがあり、ただ、底の見えない深い藍の瞳だけが、無感情に男を見下ろしていた。

 スッと、足を引いたセシルが、両腕でレイピアを持ち直し、振り上げた。

「――待てっ……! 待ってくれ…………っ!」

 最後の懇願も空しく、思いっきり、全く加減もせず、セシルが両腕でレイピアを振り落とし、賊の腹を突き刺していた。

 ブシュッ――――

 その反動だったのか、セシルに突き刺された賊の腹から、血が噴き出した。
 飛び散った血飛沫ちしぶきが賊の顔にもかかり、上半身を濡らし、周囲を真っ赤に染めていた。

 悲鳴を上げる前に、賊が、気絶していた? ――死んでいた?!

「大量の血、よ。普段、威張り散らしている男に限って、自分の血には、見慣れてないようですからねえ」

 さすがに――この場で、ゲストとして招かれている令嬢が、賊の男を刺し殺すなど思いもよらなかった騎士達が、絶句してセシルを凝視している。

「……ひっ――ひぃぃぃぃ……! ――なんてことを……っっ!! ――――助けてくれっ……! おれは、なにも知らんっ! ……っひぃ……!」

 真っ青になって、血の気も失せた顔をしたデブのショックがひどく、その膨れ上がった真ん丸の腹を動かし、起き上がろうとしている。

 だが、あまりに膨れ上がった腹も邪魔で、短い手も後ろ手で縛り上げられ、着ている服がはち切れそうな勢いで伸びていく様は、芋虫が必死でダンスしながら、脱皮しているかのような――最高潮に醜い様相だった。

知らない、だと?」

 王太子殿下が、デブの視界の前に立ちはだかった。

 ひぃぃっ……! と、デブの真っ青な顔が、今度は真っ赤になる。青くなったり、赤くなったりと、忙しい男だ。

「さて、男の急所は、いくつある?」

 さっきまでのセシルと全く同じ言葉を、王太子殿下までが口に出した。

「……ひぃ…っ……ぃぃ――助けてくれっ! ――おれは何も知らん……。裏切ったのはエリングボー伯爵だっ……おれじゃない……っ!」
「なにを言うっ! 私は、何も知らない――」

 背を向き合っている二人の貴族が、言い争うかのように叫び声を張りあげているが、完全に色を失くした王太子殿下の瞳は、冴え冴えと凍り付き、その背後から、ゾワゾワと身震いしてしまいそうな、身がすくんでしまいそうな殺気が上がってきていた。

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