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Part1

В.б 夜会へ - 04

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 セシルの首は羽交い絞めにされているが、両腕は空いている。

 賊の男が剣を押し付けてこようが、そんな長い剣を顔の前に持ってきても、そこらの貴族令嬢なら、怖くて失神してしまるだろうが、セシルに効くはずもない。

 顔や首を切りつけたいのなら、そんな長い剣が、役に立つはずもない。

 賊の男の前で、セシルの両手が動き、なにか自分のお腹の当たりに、その手が寄っていた。

 セシルのこのドレスは、実際は、ツーピースのドレスで、スカートは繋がっていないから、簡単に脱ぎ着ができるのだ。

 それで、ラッフルスカートだが、ただの巻きスカートで、腰を紐で縛っているだけのだ。

 セシルの指がお腹側の裏側で、シュルっと腰紐を解いていた。

 紐が取れると、一気にスカートの腰回りが緩み、スルスルと、ゆっくりとだが、スカートが腰からお尻の方に滑り出してきていた。

 そして、次に、セシルは、後ろの男など全く気にした様子もなく、あまり腕を動かしていると見せないように、前身ごろに腕を滑らせながら、大きな薔薇を止めていたピンを外していく。

 布だけで、薔薇に見えるように、こうクルクル巻いて、それでも、形が崩れないようにするのは一苦労したのだ!

 深紅のスカーフが緩み、それを両手で取ったセシルが、いきなり――腕を上げて、バッと、そのスカーフを振り上げていた。

 真っ赤な――大きな四角いスカーフが空を泳ぐ。

 目の前に、派手な深紅の大きなスカーフが舞い上がり、その動きで視線を上げ――一瞬、隙をみせた賊の男の親指を、セシルが素早くねじり上げていた。

 パサッと、セシルの着込んでいたスカートが床に落ちていた。

「――ぅああぁっ……!」

 あまりの痛さに、咄嗟に、賊の腕が飛び跳ねていた。

 その一瞬の隙を逃さず、セシルが渾身の力を込めて、賊の腹にみぞ打ちを打ち込んだ。

「――う、ぐっ……!」

 その隙に、ダッ――と、走り込んできたイシュトールが、剣を思いっきり振り上げ、賊を気絶させる。

 ドサッと、セシルのすぐ後ろで、賊の男が床に倒れ込む。

 賊の腕が外れて、セシルは何事もなかったかのような仕草で、持っていたスカーフを両手で振り上げてから、軽く三角に折ったスカーフを腰に巻き付けていく。

 深紅のスカーフが、真っ黒なタイトのズボンの上で、斜めに腰からかかっていた。

「マスターっ」

 床に気絶した賊を床に押し付けるようにして、背乗りしたイシュトールが、素早く自分の腰にかけていた剣を、シュっと、セシルの方に投げてよこす。

 セシルの――あまりに登場で、一緒に付き添っていた護衛の影が完全に薄れてしまっていたが、一人の護衛の腰には、剣が二つぶら下がっていた事実は、数人の騎士達が(ちゃんと) 目にしていた。

 二刀流――などこの時代の概念では、存在しない。だから、余計に、不自然な二つの剣をぶら下げた護衛の一人には、目がいったのだった。

 投げられた剣を受け取ったセシルが、一度だけ、王家の人間が揃っている壇上に、鋭い視線を投げた。

「残りの始末は、あなたがなさるのね」

 ハッ――と、アルデーラの注意が戻っていた。
 セシルのあまりに突飛な行動と急展開で、呆然としかけていたアルデーラが、厳しい命令を飛ばす。

「ギルバートっ、全員捕縛せよっ。誰一人、取り逃すことは許さない」
「わかりました――」

 返事をするや否や、若い騎士の一人が、壇上の傍から飛び出し、まだ会場に残っている賊の前に、駆け出していく。
 その後を追うように、すぐに、護衛で壇上を囲んでいた他の騎士達が参戦していく。

 賊と騎士達の攻防が始まり、会場内には剣の交じり合う音、叫び声、悲鳴、怒号が入り交じり、更に混乱を極めていく。

 だが、セシルはそんな喧騒を全く気にも留めず、ダッと、一直線に駆け出した。

 目的の対象物目掛け、スピードも落とさず、セシルが会場を突っ切り駆けていった。

 セシルのすぐ視界に入って来た恰幅のよい男は、着ているベストの上からでも膨れ上がった大きな腹が垂れていて、顎も見えないほどに丸い肉のついた顔、品格の欠片もなさそうな卑しそうな風格の男だった。

 男の方は、セシルがまっしぐらに突進してくる様子を、呆然として眺めている。
 何が起こっているのか全く把握していない馬鹿らしい顔をして、そこで立ち尽くしているのだ。

 男の目の前で、勢いも止めないセシルが足を高く上げ、一気に、その力のまま、男の胸元を蹴りつけた。

「うがぁっ……っ――!!」

 全く状況も分からないまま蹴飛ばされた男は、その勢いのまま後ろに蹴飛ばされ、ドシンッと、ものすごい轟音を立てて、床にひっくり返っていた。

 持っていたワインのグラスも飛び上がり、ワインが跳ね、そのグラスが床に落ちると同時に、グラスが見事に散乱していた。

「ユーリカっ」
「お任せください」

 セシルのすぐ後を追っていたユーリカが、吹っ飛ばされた男の元に駆けていく。

 セシルはすぐに向きを変え、ダッ――と、また駆け出した。

 そのテーブル側から少し離れた横のテーブル側に走り込み、身軽にテーブルの上に飛び乗っていった。

 ガシャッ、ガチャガチャっ――!
 グワンッ、グシャっ――!

 スピードをつけて、セシルがテーブルの上を滑りこんでいく。その度に、テーブルの上に並べられていた食事の皿が蹴飛ばされ、はじけ飛び、床に散乱していく。

 シュタッ――勢いを止めず、流れるようにテーブルの反対から滑り込んできたセシルは、床に飛び降り、ある一人の男の前に立っていた。

 セシルの目の前にいる男は、さっきの男とは正反対の様相で、着ている正装も高価で品があり、卑しさを感じさせない生まれの高い雰囲気がある。

 鼻の下の伸びたひげはきれいに切りそろえられ、そこそこにグレイ色が混じっていたが、それも上品に見えるほどの高位貴族だった。

 だが、男の方は、突然、走り込んでいたセシルを呆然と見返していて、手に持ったままのグラス自体も忘れていたかのような様だ。

 シュッ――と、セシルが細長いレイピアを抜き放った。そのまま手加減もせず、男の正面を斬り上げる。

「なっ……!?」

 驚いた男の叫びは、上がらなかった。

 ドカッ――と、すぐに、さっきの男と同じように、セシルの足蹴りが胸を直撃し、全く身構えてもいなかった男が、後ろに吹っ飛ばされた。

 ドシンッと、床に吹っ飛ばされて痛みで顔をしかめるも、また、胸が強く圧迫され、顔を上げた男の目の前に――セシルが男を踏みつけていたのだ。

 下から見上げる男の視界の前には、感情の機微さえ、一切、見えないほどの冷たい――藍の瞳が男を見下ろしていた。

 シュッ――と、セシルの剣が上がり、次の瞬間には、全く状況も理解していない男は、頭を殴りつけられ、気絶させられていた。

 その間、数分もしなかった。

 アルデーラは、壇上から、後ろの背に、妻である王太子妃を庇いながら、隙ない厳しい視線を、会場内に向けている。

 会場内で起きている混乱と喧噪、騎士達が入り乱れて賊との戦い、皿やグラスが落ちていく騒音、賊が倒れる度に上がる悲鳴――

 そのどれも狂気じみた混乱を極め、会場内はものすごい状態になっていた。

 だが、そんな大混乱を極めた中でも、壇上にいるアルデーラは、自分の前に護衛している騎士達の頭の向こうで――セシルの動きを追い、一度として、その厳しい眼差しを外さなかった。

 会場に続く大きな扉からは、新たな賊が侵入してくる気配がない。
 それと同時に、この混乱と悲鳴を聞きつけて駆けつけてくるはずの騎士達の姿もない。

 賊は、見る限りでは、二十名ほどだったようだ。

 応援の騎士達が駆けつけてこなくても、会場内で護衛として控えていた壁側の騎士達だけで十分だったようで、やっと――会場内に侵入してきた賊の全員を捕獲したようだった。

「ハラルド、レイフ。貴族達の介抱と後始末を」
「わかりました」

 アルデーラの傍で控えている二人が頷いた。

「グズタヴ、陛下と王妃の安全確認を、最優先させるように。その後は、陛下の私室で待機していただくよう。誰一人、陛下の私室には、近づけさせるな」

「はっ、かしこまりました」
「その後は、私の私室へ」

 それで、それぞれが指示に従い動き出す。

 アルデーラが、背に隠している王太子妃を、少し振り返った。

「……殿下……」
「大丈夫だ。心配することはない。護衛の騎士が到着次第、部屋へ送らせる。鍵を閉じ、決して部屋から出ないように」
「……わかり、ました………」

 だが、王太子妃の顔には、心配の色がありありと映し出されており、その場を動きたくないのは明らかだった。

「心配はいらない。後始末を済ませれば、すぐに戻る」
「……は、い……。わかり、ましたわ……」

 ぐずぐずと、ここで駄々をこねても、状況は変わらない。やらなければならないことも、変わらない。
 そして、王太子妃には、今すぐにでも確認しなければならない――大切な子供達がいる。

 会場内の出入りを塞ぐかのように、ドアノブに差し込まれていた棒らしきものが、どうやら、外側から外されたらしい。

 ドっ――と、一気に騎士達が会場内になだれ込んできた。

 どうやら、今夜のカタはついたようだった。


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