上 下
69 / 528
Part1

Б.г 目には目を - 07

しおりを挟む
 まず、第一に、他人を痛めつけることだけに長けて、威張り散らしているような男に限って、自分が痛めつけられると、一気に形勢逆転がある。

 ケンカ慣れしているようなゴロツキやら、ヤサグレなら、殴られ、蹴られ、反撃されても慣れているから尻込みしないだろうが、自分の痛みを知らずに、他人だけを痛めつけている奴に限って、自分の痛みに耐えらないというケースが多い。

 第二に、男の急所は、大抵、いつもすぐに思い浮かぶ場所だが、実は、その隣の方が更に敏感で、幅が小さい分、押し潰しやすい。

 まあ、どちらを取っても、男性にとってはご愁傷様……(南無南無) ――な状態になってしまうのだが。

「誰がそれを教えてやったんだ? うん?  ――さあ、ここ、もう一回、押し潰そうか?」
「(…………ぃぃっあぁぁっ……!#▼□●%※……っっっ……!!!!)」(注:声にならない悲鳴……)

 スッと、リアーガの足が離れていく。

 はっ……、はぁ……、はっっ……と、全身で激しい呼吸を繰り返している暗殺者も酸欠だ。

 視界は水の中にいるかのようにぼやけて、それでも、輪郭だけ見えて、何も見えなくて、股の間は、表現もできないほどの痛さが襲ってくる。

「誰に聞いたんだ?」
「…………っひ……ぅく……兵士……ヤコフ…………」

「そいつ誰だ? か? 仲良しこよし、の?」
「……ちが……金……積ませ、て……」

 ふうんと、リアーガは、もう、暗殺者に興味はないようだった。

 ただ、その冷たい視線だけが、王太子殿下に向けられる。責めるような、それ以上に、侮蔑を明らかに含んだ敵意丸出しの視線。

 王太子殿下の表情は硬く、隣にいるハーキンだって、グッと、怒りを押し込めるように、歯を食いしばっているほどだ。

「王太子殿下が狙われようと、そんなこと知ったことじゃないけど、そのせいで、マスターが傷つけられたなんて、絶対に許せないね」

 ベッドの傍らでセシルに付き添っているフィロが、あまりに淡々と、それを言い切っていた。

「確かにな」
「じゃあ、叩き潰そうか」

「当然だ」
「なにを――」

 突然、意味不明なことを口に出した二人に、王太子殿下が口を挟みかけた。

「うるせーよ。お前なんかに用はねーんだよ」

 隣国の王太子殿下に向かって、偉そうな口調だ。

 だが、リアーガは、王太子殿下など構わずに、さっさとテントから出て行ってしまった。

 その場に勝手に取り残されてしまった王太子殿下は、微かに困惑を映した視線を、後ろのフィロに向ける。

「あなたには関係ないよ。でも、この落とし前は、付けさせてもらうから」
「なにを――」

 反論しかけた王太子殿下を無視して、ツーンと、フィロがあからさまにそっぽを向く。

 王太子殿下に向かってこの非礼。信じられない態度である。


* * *


 テントの外で、数人の気配と足音がすると同時に、テントの入り口が、バサッと、開けられた。

 外から数人の――が中に走り込んできたのだ。

 全員が全員、真っ黒なマントにスッポリと身を隠し、頭もケープハットで隠れ、真っ黒な布で覆面をしている。
 真っ黒なの集団だった。

 王太子殿下と騎士団長を完全無視して(目にも入れず、目にも留めず)、その横をさっさと通り過ぎて、ベッドにいるセシルの元に全員が寄っていった。

「マスター……」
「……大丈夫、です……。心配を、かけました……」

 リアーガがさっさとテントを出て行ってしまって、全く状況が理解できずにその場に残されてしまった王太子殿下と騎士団長は、テント内に置かれている机の横で、椅子に座っていた。

 それからしばらくして、水の飲み過ぎのセシルの限界がやってきて、イシュトールに抱き上げられながら、(仕方なーく……) トイレの出番である。それも、そこらの野原で。

 だが、王太子殿下のテントも、奥まった場所に設置されていたので、そこから少し離れた場所の木々の影で、(本当に仕方なーく) 用を済ますセシルだ……。

 もちろん、その間、イシュトールとフィロが離れた場所で護衛をしてくれてはいるが、周り中ヤローばかり。気も休まる暇もないのに、外で用を済ませなければならない悲惨さ……。

 私、一応、このお話の主人公なのですけれどぉ……?

 ヤロー達に囲まれている場所で、お外で――(ものすごい仕方なく) に行かなければならないのです。
 普通、小説や漫画なんて、そこまで現実的な要求だって書かないでしょう?

 一体、どういうことなのかしら……(プンプン)!

 でも、このお話では、トイレだって必死です。なにせ、この時代ですからねえ。
 その必死さ。悲惨さ。セシルに取っては、全部、“現実”です。

 それで、テントに戻ってきてベッドに寝かされたセシルは、またも、水飲みの繰り返しである。

 せめて、塩でも、さっきのチリペッパーでも、なんでもいいから水の中に入れてしまえば、味のない水も、多少は刺激的になるのかしらねえ……?

 顔色が真っ青で、後ろに寄りかかってはいても、今にもセシルの細身の身体は、倒れ込んでいきそうな気配だ。

 それで、全員の表情が硬く曇っていく。

「これから、敵、叩き潰すから」

 その一言で、全員の注意が、一気にフィロに向けられた。

「どういうことだよ」
「王太子殿下を狙えば、戦の士気が下がるから、暗殺者」

「なんだよ、それっ」
「それで、マスターが巻き添えに?!」

「そう」
「許せねーっ」

 ギラギラと、覆面で顔を半分以上隠していても、露わになっている瞳だけが、ものすごい敵意を映す。

「絶対にね」

 サーっと、絶対零度まで下がったフィロの気配が、凍え縮みそうだ。

「当然だ」

 だが、残りの全員は、そんなフィロの様子を気にもかけない。

「目には目を、ってね」
「何するんだよ」

 フィロの瞳が、ほんの微かにだけ細められ、
「例えば――串刺し、とか?」

「うわぁ、相変わらずえげつないな」
「なに? 文句あるの?」

「いんや」
「全然」

 なにしろ、フィロは“悪の大玉”、“悪巧み大王”サマだ。逆らう方が間違っている。

 悪巧みにかけての天才的(それを更に上回る悪魔的) な能力を発揮し、苛烈で、加減もなく、そして、時には大人さえも、身を凍らせるほどの冷酷さをみせて、徹底的にこらしめる。

 スラム街にいた時だって、何度も、フィロの悪巧みに助けられたことがあるが、何度も、フィロだけは絶対に相手にしたくないな、と全員一致で思ったことだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄されたので貴族街で薬屋を始めました

マルローネ
恋愛
「お前の技術は盗めた。もう用なしだ、婚約破棄してもらおう」 子爵令嬢のアリッサは婚約者で侯爵令息のトトメスにこんなことを言われた。 自らの持つ調合技術を盗まれ、婚約破棄を言い渡されたのだ。 悲しみに暮れながら彼女だが、家族の支えもあり貴族街で小さな薬屋を始めることにした。 その薬屋は驚くほどの盛況となっていく傍ら、トトメスの方は盗めたと思っていた技術は陰りが見え始め……。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

君は、妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは、婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でも、ある時、マリアは、妾の子であると、知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして、次の日には、迎えの馬車がやって来た。

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

処理中です...