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Part1
* А.г せめてもの慈悲を… *
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「娘は傷心の為、領地に戻り静養しています」
最初の一言が、まず、それだった。
王宮から飛ばされてきた使者が、ヘルバート伯爵家のタウンハウスである屋敷の中で客室に通され、ヘルバート伯爵家当主であるリチャードソンが二人を出迎えていた。
「――――傷心、ですか……?」
「はい……。あのように――卒業式などという公の場で辱めを受け……、なんと可哀そうな娘なのでしょう……。王都にいては――そこら中の貴族から白い眼を向けられ、笑いものにさらされることでしょう……。それで、領地に戻っています……」
およよ、およよ、と(あたかも) 可愛い一人娘を気遣う小心な父親が、自分のハンカチで目頭を押さえる。
その様子を目の当たりにして、二人の――執務官は困ったように顔を見合わせる。
セシルが提供した山のような証拠品。そして、あの悪名高きホルメン侯爵家の裏事情。
王太子殿下が指揮を取り、ホルメン侯爵家の徹底的な調査が始まり、ホルメン侯爵は事情聴取の為にすでに王宮に召集され、牢屋ではなくとも、粗末な一部屋に謹慎させられている。
その間、事の良し悪しがしっかりと判明・証明されるまで、ホルメン侯爵家の王都のタウンハウス、及び、ホルメン侯爵領の屋敷も取り押さえられている。誰一人、出入りすることは許されなかった。
王太子殿下の指示の元、ヘルバート伯爵家に飛ばされた二人の執務官は、証拠で提出された書類の確認の為に、今日、やって来ていたのだ。
「――――いつ、頃、お戻りになられるのでしょうか?」
「いつ? あのようなひどい仕打ちを受けた娘に、王都に戻れと?」
「あっ、いえ……」
なんとひどい……と暗黙に、それでもあからさまに責められては、執務官も強くは言えない。
さすがに、貴族のご令嬢が婚約破棄され、婚約解消されたとあっては――伯爵家の一大事だ。名も汚され、立場も辱められ、社交界になど顔を出せられるはずもない。
その同情は上がってきているので、執務官も――これからどうしようか……と迷っていたのだ。
どうやら、王宮側は、強気で偉そうな執務官を送り付けて来なったようである。それなら、リチャードソンにとっても幸いである。
「なにか急用でしたら、私から手紙を出し、確認することもできますが?」
「はあ……」
さて、どうしようか……と、二人の執務官が顔を寄せたまま悩んでいる。
では、もう一押し。
「手紙を書ける用意をさせましょう。私は席を外していますから、お二人でどうぞ」
「はあ……。――では、そうさせていただきます」
結局、好意に与《あずか》って(与《あずか》ったのか?)、リチャードソンは二人の執務官を客室に残し、手紙の用意をさせたのだった。
執務官が去って、預かった手紙を(仕方なーく) コトレアの領地に送る。それも、ヘルバート伯爵家の私営の騎士に伝達を頼んだが、今回は、早馬ではなくのんびり行きなさい、などという指示まで出して。
二人の騎士達も、いつもヘルバート伯爵家の方々がコトレアの領地に向かう時は護衛として付き添っているので、ヘルバート伯爵家の内部事情にも――ある程度、精通している。
それで、伯爵サマの指示通り、のんびーりと、ただ馬を歩かせてコトレアの領地に向かったとさ。
王都からコトレアの領地までは馬車で五日ほどかかる距離だ。
馬車での移動は、休憩時間なども取りいれている為、五日ほどはかかるが、騎馬の騎士達は、四日ほどで到着できる。
のんびりとした田舎道を進んで、二人はヘルバート伯爵サマから預かった手紙をセシルに渡した。
指示通り。任命通り。
遠路遥々――と二人を労ったセシルは、返事を書くまでコトレアの邸で休んでくださいね、と部屋を用意し、二人は宿場町にも慣れているだけに、いそいそと(楽しい) 休憩時間を過ごしたとな。
(仕方なく) 次の日、王宮の使者が送って来た手紙の返答を書き終えて、また、ヘルバート伯爵家の騎士達に手渡した。
「では、よろしくお願いします」
「わかりました。お任せください」
「ええ、(とても) ゆっくりでよろしいですよ(おほほほほほ)」
「はい、わかりました」
そして、セシルに見送られて、二人の騎士が無事にコトレアの領地を去っていった。
その帰路に、また五日ほど。今回は午後にコトレアを経ったので、宿泊の関係で、しっかり五日ほど。
計、九日が過ぎていた。
もう、その頃には、すっかり新年が明けていた。
セシルからの返答を受け取った執務官は、まず、報告の前に最初の確認で手紙を開く。
だが、なんだか浮かないその顔をして、どうしようか……と、更に困り顔。
「――私はそのように報告を受けていただけですので、詳しい場所や時間までは存じあげません。ところで――ホルメン侯爵家の領地の皆さんはご無事ですか? ひどい仕打ちで虐げられていないとよいのですが……」
ものすごく簡潔で、短い一文だけだった。
執務官の手紙からは、報告された悪事の何点かで、特定できる場所や時間は知らないか、というような質問だったのだ。
それで、セシルの返答は、簡潔で、それ以上、(くだらない) 質問を出させる隙もないほど短くて、最後に、領民を思いやる言葉で締めくくっているだけだ。
だが――
セシルにホルメン侯爵家の悪事の詳細など聞いていないで、さっさと被害に遭っている領民達に事情聴取をしてみろ、と言葉に出されない侮辱が含んでいたのは言うまでもない。
その程度の仕事もできないのか? 能無しでもあるまいに――なんて、隠された密かな意味に気づいているのか、いないのか。
その手紙の返答を報告すべきかしないべきか、執務官も困ってしまっていたのだ。
それでも、一応、王太子殿下が率先している調査である。執務官達は、王太子殿下に報告の義務がある。
二人の執務官から手渡された手紙を読んで――読む必要もなく、目を通しただけで、王太子殿下の顔も、少々、苦渋の色を浮かべていた。
「――いや、わかった。ヘルバート伯爵令嬢には、これ以上の質問をしても無駄だろう」
それは、一番最初の一行目で、はっきりと示唆されている。
それに気づかないほど――さすがに、無能な王子ではないのだ。
「では……」
「引き続き、ホルメン侯爵家の領地の調査を続行するように」
返答が来るまで、もう優に九日。
新年が明けようと、王太子殿下はホルメン侯爵家の悪事の調査で忙しい。一応、全部の証拠品だって確認した。
調査も続けさせている。
それで、次々に明るみに出る悪事の数々。違法だけでなく、非道な行いだって、かなりの例が上がってきている。
「ホルメン侯爵を逮捕しろ。罪状は、国家反逆罪でもなんでもいい」
「国家反逆罪、ですか?」
「あれだけの違法行為。私営騎士団の異常な数。それだけでも王家に反する行動だ。さっさと逮捕しろ」
「はい、かしこまりました」
「引き続き、ホルメン侯爵領での調査を続行。悪事の全貌など――証拠が揃っているのだ。さっさと証人から証言を取れ」
「はい」
「あの……」
「なんだ?」
「ホルメン侯爵領内で――失踪した、という領民達はどうなさいますか?」
その問題もあったのだ……。
もう頭痛がする問題ばかりが上がってきて、王太子殿下も、無意識で自分の目頭を指で押さえつけてしまった。
王家から飛ばされた監査が領内に入り、その噂を聞きつけたのか――必死な様相で懇願してきた領民達が何人もいた、と言う報告が上がったのだ。
それも、全員が全員、家族や身内がいなくなった――見つけ出して欲しい……という、あまりに切実な懇願だったのだ。
だから、王太子殿下も、まずその調査を優先させたのだ。違法人身売買に奴隷制。よくも、王国の王法に反して、あんな非人道的な悪事を働いてくれたものである。
その調査だけでも手一杯で、それで仕方なく、他の悪事のことで、セシルにもっと詳細を仰いでみたのだ。
「ホルメン侯爵の尋問を開始するように。あの男に、今までの悪事の全貌を吐かせろ」
それ以外には――解決方法もないだろう――との独白は口には出されなかったが。
「もう、侯爵ではない、ただの罪人だ。徹底して尋問を続ければよい」
「わかりました」
「下がってよい」
「はい。失礼いたします」
二人の執務官は丁寧に頭を下げ、王太子殿下の執務室を後にしていた。
二人が去ると、はあぁ……と、いかにも疲れたように、王太子殿下が長い溜息を吐き出していた。
まったく、なんて悪事を働いてくれたものか――
最初の一言が、まず、それだった。
王宮から飛ばされてきた使者が、ヘルバート伯爵家のタウンハウスである屋敷の中で客室に通され、ヘルバート伯爵家当主であるリチャードソンが二人を出迎えていた。
「――――傷心、ですか……?」
「はい……。あのように――卒業式などという公の場で辱めを受け……、なんと可哀そうな娘なのでしょう……。王都にいては――そこら中の貴族から白い眼を向けられ、笑いものにさらされることでしょう……。それで、領地に戻っています……」
およよ、およよ、と(あたかも) 可愛い一人娘を気遣う小心な父親が、自分のハンカチで目頭を押さえる。
その様子を目の当たりにして、二人の――執務官は困ったように顔を見合わせる。
セシルが提供した山のような証拠品。そして、あの悪名高きホルメン侯爵家の裏事情。
王太子殿下が指揮を取り、ホルメン侯爵家の徹底的な調査が始まり、ホルメン侯爵は事情聴取の為にすでに王宮に召集され、牢屋ではなくとも、粗末な一部屋に謹慎させられている。
その間、事の良し悪しがしっかりと判明・証明されるまで、ホルメン侯爵家の王都のタウンハウス、及び、ホルメン侯爵領の屋敷も取り押さえられている。誰一人、出入りすることは許されなかった。
王太子殿下の指示の元、ヘルバート伯爵家に飛ばされた二人の執務官は、証拠で提出された書類の確認の為に、今日、やって来ていたのだ。
「――――いつ、頃、お戻りになられるのでしょうか?」
「いつ? あのようなひどい仕打ちを受けた娘に、王都に戻れと?」
「あっ、いえ……」
なんとひどい……と暗黙に、それでもあからさまに責められては、執務官も強くは言えない。
さすがに、貴族のご令嬢が婚約破棄され、婚約解消されたとあっては――伯爵家の一大事だ。名も汚され、立場も辱められ、社交界になど顔を出せられるはずもない。
その同情は上がってきているので、執務官も――これからどうしようか……と迷っていたのだ。
どうやら、王宮側は、強気で偉そうな執務官を送り付けて来なったようである。それなら、リチャードソンにとっても幸いである。
「なにか急用でしたら、私から手紙を出し、確認することもできますが?」
「はあ……」
さて、どうしようか……と、二人の執務官が顔を寄せたまま悩んでいる。
では、もう一押し。
「手紙を書ける用意をさせましょう。私は席を外していますから、お二人でどうぞ」
「はあ……。――では、そうさせていただきます」
結局、好意に与《あずか》って(与《あずか》ったのか?)、リチャードソンは二人の執務官を客室に残し、手紙の用意をさせたのだった。
執務官が去って、預かった手紙を(仕方なーく) コトレアの領地に送る。それも、ヘルバート伯爵家の私営の騎士に伝達を頼んだが、今回は、早馬ではなくのんびり行きなさい、などという指示まで出して。
二人の騎士達も、いつもヘルバート伯爵家の方々がコトレアの領地に向かう時は護衛として付き添っているので、ヘルバート伯爵家の内部事情にも――ある程度、精通している。
それで、伯爵サマの指示通り、のんびーりと、ただ馬を歩かせてコトレアの領地に向かったとさ。
王都からコトレアの領地までは馬車で五日ほどかかる距離だ。
馬車での移動は、休憩時間なども取りいれている為、五日ほどはかかるが、騎馬の騎士達は、四日ほどで到着できる。
のんびりとした田舎道を進んで、二人はヘルバート伯爵サマから預かった手紙をセシルに渡した。
指示通り。任命通り。
遠路遥々――と二人を労ったセシルは、返事を書くまでコトレアの邸で休んでくださいね、と部屋を用意し、二人は宿場町にも慣れているだけに、いそいそと(楽しい) 休憩時間を過ごしたとな。
(仕方なく) 次の日、王宮の使者が送って来た手紙の返答を書き終えて、また、ヘルバート伯爵家の騎士達に手渡した。
「では、よろしくお願いします」
「わかりました。お任せください」
「ええ、(とても) ゆっくりでよろしいですよ(おほほほほほ)」
「はい、わかりました」
そして、セシルに見送られて、二人の騎士が無事にコトレアの領地を去っていった。
その帰路に、また五日ほど。今回は午後にコトレアを経ったので、宿泊の関係で、しっかり五日ほど。
計、九日が過ぎていた。
もう、その頃には、すっかり新年が明けていた。
セシルからの返答を受け取った執務官は、まず、報告の前に最初の確認で手紙を開く。
だが、なんだか浮かないその顔をして、どうしようか……と、更に困り顔。
「――私はそのように報告を受けていただけですので、詳しい場所や時間までは存じあげません。ところで――ホルメン侯爵家の領地の皆さんはご無事ですか? ひどい仕打ちで虐げられていないとよいのですが……」
ものすごく簡潔で、短い一文だけだった。
執務官の手紙からは、報告された悪事の何点かで、特定できる場所や時間は知らないか、というような質問だったのだ。
それで、セシルの返答は、簡潔で、それ以上、(くだらない) 質問を出させる隙もないほど短くて、最後に、領民を思いやる言葉で締めくくっているだけだ。
だが――
セシルにホルメン侯爵家の悪事の詳細など聞いていないで、さっさと被害に遭っている領民達に事情聴取をしてみろ、と言葉に出されない侮辱が含んでいたのは言うまでもない。
その程度の仕事もできないのか? 能無しでもあるまいに――なんて、隠された密かな意味に気づいているのか、いないのか。
その手紙の返答を報告すべきかしないべきか、執務官も困ってしまっていたのだ。
それでも、一応、王太子殿下が率先している調査である。執務官達は、王太子殿下に報告の義務がある。
二人の執務官から手渡された手紙を読んで――読む必要もなく、目を通しただけで、王太子殿下の顔も、少々、苦渋の色を浮かべていた。
「――いや、わかった。ヘルバート伯爵令嬢には、これ以上の質問をしても無駄だろう」
それは、一番最初の一行目で、はっきりと示唆されている。
それに気づかないほど――さすがに、無能な王子ではないのだ。
「では……」
「引き続き、ホルメン侯爵家の領地の調査を続行するように」
返答が来るまで、もう優に九日。
新年が明けようと、王太子殿下はホルメン侯爵家の悪事の調査で忙しい。一応、全部の証拠品だって確認した。
調査も続けさせている。
それで、次々に明るみに出る悪事の数々。違法だけでなく、非道な行いだって、かなりの例が上がってきている。
「ホルメン侯爵を逮捕しろ。罪状は、国家反逆罪でもなんでもいい」
「国家反逆罪、ですか?」
「あれだけの違法行為。私営騎士団の異常な数。それだけでも王家に反する行動だ。さっさと逮捕しろ」
「はい、かしこまりました」
「引き続き、ホルメン侯爵領での調査を続行。悪事の全貌など――証拠が揃っているのだ。さっさと証人から証言を取れ」
「はい」
「あの……」
「なんだ?」
「ホルメン侯爵領内で――失踪した、という領民達はどうなさいますか?」
その問題もあったのだ……。
もう頭痛がする問題ばかりが上がってきて、王太子殿下も、無意識で自分の目頭を指で押さえつけてしまった。
王家から飛ばされた監査が領内に入り、その噂を聞きつけたのか――必死な様相で懇願してきた領民達が何人もいた、と言う報告が上がったのだ。
それも、全員が全員、家族や身内がいなくなった――見つけ出して欲しい……という、あまりに切実な懇願だったのだ。
だから、王太子殿下も、まずその調査を優先させたのだ。違法人身売買に奴隷制。よくも、王国の王法に反して、あんな非人道的な悪事を働いてくれたものである。
その調査だけでも手一杯で、それで仕方なく、他の悪事のことで、セシルにもっと詳細を仰いでみたのだ。
「ホルメン侯爵の尋問を開始するように。あの男に、今までの悪事の全貌を吐かせろ」
それ以外には――解決方法もないだろう――との独白は口には出されなかったが。
「もう、侯爵ではない、ただの罪人だ。徹底して尋問を続ければよい」
「わかりました」
「下がってよい」
「はい。失礼いたします」
二人の執務官は丁寧に頭を下げ、王太子殿下の執務室を後にしていた。
二人が去ると、はあぁ……と、いかにも疲れたように、王太子殿下が長い溜息を吐き出していた。
まったく、なんて悪事を働いてくれたものか――
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