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『盗人と地球』
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地球がどうして丸いかって? そりゃあ丸くないと、回転らねーだろ。回転ねーってことは昼と夜の変わりがねぇってことだ。そうなるとな。俺たちの仕事がなくなっちゃうわけだなこれが。泥棒にとって夜っつうのは、大変ありがたいことなんだよ。普通に暮らすということはだ、夜は休む時間帯なのよ。これが世界の道理よ。道理を背くと、俺たちの時間てなわけだ。
――おうおう、おめぇーも食え食え、ここのがんもどきうめーぞ。
あちち。地球だって最初は丸くなかったと俺は思うぜ。尖ってたけど、回ってるうちに色々研磨されてな、だんだん丸くなって、角が削れちまったんだよ。
何がいいてのか? 俺たち泥棒もな、丸くなったらおしまいってことを言いたいんだよ。
俺は泥棒稼業三十年だ。その上、一度も捕まったことがないってことが自慢でな。そんじょそこからのコソ泥と一緒にしてほしくないな。
今は何か? 義賊ぶってるやつがいて泥棒から泥棒する連中がいるとか、そういうのが巷でもっぱら話題みてーだな。言っておくがな、泥棒が目立ってどうするんだって話よ。泥棒に脚光があたるつーのはそれほど腕がねぇ証拠よ。
――おっちゃん、大根二つ!
そんでおめーいくつだ? そうかそうか十六か。まだまだ俺から言わせれば鼻ったれのガキだな。
泥棒稼業には一に自信。二に前向き。これがなかったら人様のお家に入ろうとするなんてできねーよ。絶対に見つからない! 失敗しねー! って意気込みがなけりゃダメだ。
ん? なんだ、気をつけなきゃいけないことはあるかだって? そうさな~心配や不安を感じたらその日はやめることだな。引き際もちゃんと見極められねーとすぐにお縄だ。
なんで泥棒になったかだって? まあ、俺がおめーぐらいの歳でな、そうそう薩摩の西郷と新政府が争ってた時さ。明治になって幕府から政権が天皇様に変わったろ? 自由だ、なんやかんや言うが、俺の家系みたいな貧乏侍は一気におまんま食いっぱぐれちまってな。家族も全員ちりぢりだ。何がなんでも食っていくために人様の道を外れたよ。ん? でも殺しはしなかったのは偉いことだって?
――…………。
――ゴクリ。ふう……うめぇ酒だな。
いや、一度だけあるんだよ。そうそうこんな綺麗なお月様の夜だったよ。俺はまだ駆け出しの青二才でな。この明治の時代でも華やかな暮らしをしている華族様のお家に忍ばせてもらったのよ。今も変わらないがな。
気持ちのいいくらいの明るい月夜でな。なんとなく嫌な予感がしたんだよ。金目の物盗ってすぐに出て行けばいいのに、ついついその屋敷から見える月があんまりにも綺麗でな、俺は見惚れちまったのよ。
お供え物みたいな月だったんじゃねーかって?
そうそう! 山と山の間に供えられたみてーだったよ。おめーさん、よくその場所がわかったな。何? 泥棒稼業なら誰だって知ってる。なるほどな……。
まーそんなことをするもんだから、赤子がいることに気づかなくてな。夜泣きをして初めて気づいたんだ。パタパタと誰かが部屋に入ってきて隠れる場所もねえ、だから俺は……。
――くそ、酒が切れた。おっちゃんお替わり。
その後しばらくして、その屋敷の夫妻が殺されたって記事が出回ってな。俺は当分の間、休業したわな。今でも思いだすよ。あの赤ん坊の姿を、額に変なアザがある子だった。動かなくなった両親に気づいたのかピタリと泣き止んでな。あの歳で命の危険を感じたんだろな。俺がうるさくて殺さないように息を潜めたんだ、賢い子だよ。
俺はつくづくその時思ったね、人を殺めてまでやることかなってな。ま、それでも宿業には逆らえなかったよ。俺はまた生活が困り、盗人に戻った。だから褒められたことじゃねー、だけど殺しだけは絶対にやらないって誓ったよ。
さて、そろそろお開きにでもしよーや。おめえさんもやめるなら今のうちだ。
なんでこんな話をしたのかって? おめーのその額のアザ見てたら思い出しちまってな、らしくねーよまったく。月が綺麗だなと、ちょっくら行ってくるわ。あばよ。
*
後日、新聞の片隅にある盗賊一人が捕まったと書かれていた。
捕縛された直後、その泥棒曰く「盗まれちまったのよ。俺の自信ってやつを」と泣き言を吐いた模様。その後、聴取の際に賊は、山田巡査部長に「後悔はしていない」と述べている。その顔は驚くほど清々しいものだったと山田巡査部長は語った。
またも義賊による泥棒達からの盗みなのか、今日も義賊は道理外れる者達の悪行をこらしめるため、巡りまわっているのかもしれない。
――おうおう、おめぇーも食え食え、ここのがんもどきうめーぞ。
あちち。地球だって最初は丸くなかったと俺は思うぜ。尖ってたけど、回ってるうちに色々研磨されてな、だんだん丸くなって、角が削れちまったんだよ。
何がいいてのか? 俺たち泥棒もな、丸くなったらおしまいってことを言いたいんだよ。
俺は泥棒稼業三十年だ。その上、一度も捕まったことがないってことが自慢でな。そんじょそこからのコソ泥と一緒にしてほしくないな。
今は何か? 義賊ぶってるやつがいて泥棒から泥棒する連中がいるとか、そういうのが巷でもっぱら話題みてーだな。言っておくがな、泥棒が目立ってどうするんだって話よ。泥棒に脚光があたるつーのはそれほど腕がねぇ証拠よ。
――おっちゃん、大根二つ!
そんでおめーいくつだ? そうかそうか十六か。まだまだ俺から言わせれば鼻ったれのガキだな。
泥棒稼業には一に自信。二に前向き。これがなかったら人様のお家に入ろうとするなんてできねーよ。絶対に見つからない! 失敗しねー! って意気込みがなけりゃダメだ。
ん? なんだ、気をつけなきゃいけないことはあるかだって? そうさな~心配や不安を感じたらその日はやめることだな。引き際もちゃんと見極められねーとすぐにお縄だ。
なんで泥棒になったかだって? まあ、俺がおめーぐらいの歳でな、そうそう薩摩の西郷と新政府が争ってた時さ。明治になって幕府から政権が天皇様に変わったろ? 自由だ、なんやかんや言うが、俺の家系みたいな貧乏侍は一気におまんま食いっぱぐれちまってな。家族も全員ちりぢりだ。何がなんでも食っていくために人様の道を外れたよ。ん? でも殺しはしなかったのは偉いことだって?
――…………。
――ゴクリ。ふう……うめぇ酒だな。
いや、一度だけあるんだよ。そうそうこんな綺麗なお月様の夜だったよ。俺はまだ駆け出しの青二才でな。この明治の時代でも華やかな暮らしをしている華族様のお家に忍ばせてもらったのよ。今も変わらないがな。
気持ちのいいくらいの明るい月夜でな。なんとなく嫌な予感がしたんだよ。金目の物盗ってすぐに出て行けばいいのに、ついついその屋敷から見える月があんまりにも綺麗でな、俺は見惚れちまったのよ。
お供え物みたいな月だったんじゃねーかって?
そうそう! 山と山の間に供えられたみてーだったよ。おめーさん、よくその場所がわかったな。何? 泥棒稼業なら誰だって知ってる。なるほどな……。
まーそんなことをするもんだから、赤子がいることに気づかなくてな。夜泣きをして初めて気づいたんだ。パタパタと誰かが部屋に入ってきて隠れる場所もねえ、だから俺は……。
――くそ、酒が切れた。おっちゃんお替わり。
その後しばらくして、その屋敷の夫妻が殺されたって記事が出回ってな。俺は当分の間、休業したわな。今でも思いだすよ。あの赤ん坊の姿を、額に変なアザがある子だった。動かなくなった両親に気づいたのかピタリと泣き止んでな。あの歳で命の危険を感じたんだろな。俺がうるさくて殺さないように息を潜めたんだ、賢い子だよ。
俺はつくづくその時思ったね、人を殺めてまでやることかなってな。ま、それでも宿業には逆らえなかったよ。俺はまた生活が困り、盗人に戻った。だから褒められたことじゃねー、だけど殺しだけは絶対にやらないって誓ったよ。
さて、そろそろお開きにでもしよーや。おめえさんもやめるなら今のうちだ。
なんでこんな話をしたのかって? おめーのその額のアザ見てたら思い出しちまってな、らしくねーよまったく。月が綺麗だなと、ちょっくら行ってくるわ。あばよ。
*
後日、新聞の片隅にある盗賊一人が捕まったと書かれていた。
捕縛された直後、その泥棒曰く「盗まれちまったのよ。俺の自信ってやつを」と泣き言を吐いた模様。その後、聴取の際に賊は、山田巡査部長に「後悔はしていない」と述べている。その顔は驚くほど清々しいものだったと山田巡査部長は語った。
またも義賊による泥棒達からの盗みなのか、今日も義賊は道理外れる者達の悪行をこらしめるため、巡りまわっているのかもしれない。
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