130 / 191
第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”
3−71
しおりを挟む
店を出て、スマホで時刻を確認すると、もうすぐで午前十時だった。
如月はまだ寝ているだろうか。
まだどこかで時間を潰すべきかと思案していると、持っていたスマホが振動した。
(今日は事務所には顔出さねえっつってたんだがな)
発信元を確認すると、電話をかけてきた相手は狗山だった。
舌を打つ。他の舎弟ならいざ知れず、狗山は無駄な連絡はしてこない。
「……俺だ。どうかしたか」
案の定、伊吹が電話を取るなり急いだ声が返ってきた。
『お休み中にすんません。
水無月の件で、すぐ兄貴の耳に入れてえことがありまして』
「何か分かったのか」
ええ、と相槌を打った狗山は端的に、しかし重大な事実を伝えた。
・・・
『……てわけで、これはすぐ兄貴にお伝えした方がいいと』
電話を握り締める手に力がこもる。
「ああ、そうだな。助かった」
『この後はどうしますか?
一応水無月の尻尾が掴めたんで、こっちはいつでもカチコミかけられるように準備はしてます。
あっちもいつ動き出すか分かりませんから』
「お前の判断が正しい。すぐ動いたほうがよさそうだな」
狗山は『そうですか』と、提案が受け入れられて安堵した風な空気で付け足す。
『如月さんには伝えますか?』
言外に“これ以上堅気に戻った人間を巻き込むのか?”と問われたようだったが、伊吹はそのつもりだった。
如月もここで蚊帳の外に追いやられたら納得しないだろう。
「ああ。あいつにも最後まで付き合ってもらう。
ちょうどこれからあいつに会うところだったから、俺から伝えておく」
『分かりました。いつ合流します?』
「あいつに事情を説明したらまた連絡する。詳しいことはそのときに決めよう」
通話を切った伊吹は、表通りから裏路地をゆき、【大冒険】が入ったビルに着いた。目的はその上の階にある如月の住まいだが。
狗山から予想外の報告が入り、あまり長話をする時間はなさそうだが、言うことはすでに決めてある。そう手間はかからないだろう。
鉄階段を上がって、如月の家の前に立つ。
大きく息を吸って呼び鈴を鳴らそうとしたとき、後ろから階段を上がってくる音がした。
振り返ると――。
「お前」
――アキがいた。
「……師走さん」
俯き気味に立っていた彼女は、勤務中と同じように女性らしい格好をして、長い巻髪を肩に垂らしていた。
妙に引っかかる。
アキの顔は、いつもよりどこか覇気がない。疲れているんだろうか。
そして今は昼前であり、大冒険の開店までは当分時間がある。
そのため(なんでここに?)という疑問が浮かんだ。が、店に忘れ物でもしたんだろうと自己解決して訊ねた。
「どうした? 忘れ物か――」
あいつに用があるなら、俺もちょうど行こうとしてたところで。
そう言おうとした。
だが、できなかった。
「ごめんなさい」
「っ!?」
項垂れたアキが不意に近付いてきたかと思うと、体が急激にこわばった。
横腹のあたりがじんと痺れ、手足が言うことを効かなくなる。
白い手にスタンガンが握られているのを見つけたときには、鳩尾に重い衝撃がめり込んでいた。
「なっ…………」
アキの手が、自分の腹を殴っている。
なんで、という言葉は声にならず、ひゅ、という気息が代わりに零れる。
女にしか見えない華奢な体の、一体どこにそんな力があったのか。
(クソ……油断した)
体が大きくぐらついて地面に倒れ込む前に、脇から複数の男が出てきて抱えられる。
どこに隠れていたのか、ずっと張っていたらしい。
まず考えられるのは彩極組の手先だ。奴らが動き出した……。
すぐ目の前にあるインターホンを鳴らそうとしたが、伸ばした手は届かない。
「……悪ィ……み、とう」
どうかお前は捕まってくれるなよ――そこまで口にする前に、意識が途切れた。
「ママ……ママの大切な人に、ごめんなさい」
霞んでいく視界の端で、アキが泣きそうな顔をしていた――気がする。
如月はまだ寝ているだろうか。
まだどこかで時間を潰すべきかと思案していると、持っていたスマホが振動した。
(今日は事務所には顔出さねえっつってたんだがな)
発信元を確認すると、電話をかけてきた相手は狗山だった。
舌を打つ。他の舎弟ならいざ知れず、狗山は無駄な連絡はしてこない。
「……俺だ。どうかしたか」
案の定、伊吹が電話を取るなり急いだ声が返ってきた。
『お休み中にすんません。
水無月の件で、すぐ兄貴の耳に入れてえことがありまして』
「何か分かったのか」
ええ、と相槌を打った狗山は端的に、しかし重大な事実を伝えた。
・・・
『……てわけで、これはすぐ兄貴にお伝えした方がいいと』
電話を握り締める手に力がこもる。
「ああ、そうだな。助かった」
『この後はどうしますか?
一応水無月の尻尾が掴めたんで、こっちはいつでもカチコミかけられるように準備はしてます。
あっちもいつ動き出すか分かりませんから』
「お前の判断が正しい。すぐ動いたほうがよさそうだな」
狗山は『そうですか』と、提案が受け入れられて安堵した風な空気で付け足す。
『如月さんには伝えますか?』
言外に“これ以上堅気に戻った人間を巻き込むのか?”と問われたようだったが、伊吹はそのつもりだった。
如月もここで蚊帳の外に追いやられたら納得しないだろう。
「ああ。あいつにも最後まで付き合ってもらう。
ちょうどこれからあいつに会うところだったから、俺から伝えておく」
『分かりました。いつ合流します?』
「あいつに事情を説明したらまた連絡する。詳しいことはそのときに決めよう」
通話を切った伊吹は、表通りから裏路地をゆき、【大冒険】が入ったビルに着いた。目的はその上の階にある如月の住まいだが。
狗山から予想外の報告が入り、あまり長話をする時間はなさそうだが、言うことはすでに決めてある。そう手間はかからないだろう。
鉄階段を上がって、如月の家の前に立つ。
大きく息を吸って呼び鈴を鳴らそうとしたとき、後ろから階段を上がってくる音がした。
振り返ると――。
「お前」
――アキがいた。
「……師走さん」
俯き気味に立っていた彼女は、勤務中と同じように女性らしい格好をして、長い巻髪を肩に垂らしていた。
妙に引っかかる。
アキの顔は、いつもよりどこか覇気がない。疲れているんだろうか。
そして今は昼前であり、大冒険の開店までは当分時間がある。
そのため(なんでここに?)という疑問が浮かんだ。が、店に忘れ物でもしたんだろうと自己解決して訊ねた。
「どうした? 忘れ物か――」
あいつに用があるなら、俺もちょうど行こうとしてたところで。
そう言おうとした。
だが、できなかった。
「ごめんなさい」
「っ!?」
項垂れたアキが不意に近付いてきたかと思うと、体が急激にこわばった。
横腹のあたりがじんと痺れ、手足が言うことを効かなくなる。
白い手にスタンガンが握られているのを見つけたときには、鳩尾に重い衝撃がめり込んでいた。
「なっ…………」
アキの手が、自分の腹を殴っている。
なんで、という言葉は声にならず、ひゅ、という気息が代わりに零れる。
女にしか見えない華奢な体の、一体どこにそんな力があったのか。
(クソ……油断した)
体が大きくぐらついて地面に倒れ込む前に、脇から複数の男が出てきて抱えられる。
どこに隠れていたのか、ずっと張っていたらしい。
まず考えられるのは彩極組の手先だ。奴らが動き出した……。
すぐ目の前にあるインターホンを鳴らそうとしたが、伸ばした手は届かない。
「……悪ィ……み、とう」
どうかお前は捕まってくれるなよ――そこまで口にする前に、意識が途切れた。
「ママ……ママの大切な人に、ごめんなさい」
霞んでいく視界の端で、アキが泣きそうな顔をしていた――気がする。
0
お気に入りに追加
201
あなたにおすすめの小説
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
【R18】歪んだ家族の幸せ
如月 永
BL
ホモでメスガキの僕は、エッチな事が好きだった。
母さんがいなくなった家で、寂しいお兄ちゃんとお父さんは僕をメスとして愛してくれた。
セックスすると気持ち良いし寂しくなくて幸せなんだ。
<説明&注意点>
父×息子。兄×弟。3P。近親相姦。ショタ。ストーリー性0。エロ中心。
メスガキ感はあんまり出せてないかも。
一話2000文字くらい。続きの更新未定。
<キャラクター覚え書>
●お父さん(※名前未定):
会社員。妻に逃げられ、仕事に熱中して気を紛らわせたが、ある日気持ちがぽっきり折れて息子を犯す。
●和雅(かずまさ):
兄。高校生。スポーツをしている。両親に愛を与えてもらえなくなり、弟に依存。弟の色気に負けて弟の初めてを奪う。
●昂紀(こうき):
弟。僕。小学○年生。ホモでメスガキな自覚あり。父と兄とするセックスはスキンシップの延長で、禁忌感は感じていない。セックスは知識より先に身体で覚えてしまった。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる