オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

3−71

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 店を出て、スマホで時刻を確認すると、もうすぐで午前十時だった。
 如月はまだ寝ているだろうか。

 まだどこかで時間を潰すべきかと思案していると、持っていたスマホが振動した。
 (今日は事務所には顔出さねえっつってたんだがな)
 発信元を確認すると、電話をかけてきた相手は狗山だった。
 舌を打つ。他の舎弟ならいざ知れず、狗山は無駄な連絡はしてこない。

 「……俺だ。どうかしたか」

 案の定、伊吹が電話を取るなり急いだ声が返ってきた。

 『お休み中にすんません。
 水無月の件で、すぐ兄貴の耳に入れてえことがありまして』

 「何か分かったのか」

 ええ、と相槌を打った狗山は端的に、しかし重大な事実を伝えた。


・・・


 『……てわけで、これはすぐ兄貴にお伝えした方がいいと』

 電話を握り締める手に力がこもる。

 「ああ、そうだな。助かった」

 『この後はどうしますか?
 一応水無月の尻尾が掴めたんで、こっちはいつでもカチコミかけられるように準備はしてます。
 あっちもいつ動き出すか分かりませんから』

 「お前の判断が正しい。すぐ動いたほうがよさそうだな」

 狗山は『そうですか』と、提案が受け入れられて安堵した風な空気で付け足す。

 『如月さんには伝えますか?』

 言外に“これ以上堅気に戻った人間を巻き込むのか?”と問われたようだったが、伊吹はそのつもりだった。
 如月もここで蚊帳の外に追いやられたら納得しないだろう。

 「ああ。あいつにも最後まで付き合ってもらう。
 ちょうどこれからあいつに会うところだったから、俺から伝えておく」

 『分かりました。いつ合流します?』

 「あいつに事情を説明したらまた連絡する。詳しいことはそのときに決めよう」

 通話を切った伊吹は、表通りから裏路地をゆき、【大冒険】が入ったビルに着いた。目的はその上の階にある如月の住まいだが。

 狗山から予想外の報告が入り、あまり長話をする時間はなさそうだが、言うことはすでに決めてある。そう手間はかからないだろう。

 鉄階段を上がって、如月の家の前に立つ。

 大きく息を吸って呼び鈴を鳴らそうとしたとき、後ろから階段を上がってくる音がした。


 振り返ると――。


 「お前」


――アキがいた。


 「……師走さん」


 俯き気味に立っていた彼女は、勤務中と同じように女性らしい格好をして、長い巻髪を肩に垂らしていた。

 妙に引っかかる。

 アキの顔は、いつもよりどこか覇気がない。疲れているんだろうか。

 そして今は昼前であり、大冒険の開店までは当分時間がある。
 そのため(なんでここに?)という疑問が浮かんだ。が、店に忘れ物でもしたんだろうと自己解決して訊ねた。

 「どうした? 忘れ物か――」

 あいつに用があるなら、俺もちょうど行こうとしてたところで。

 そう言おうとした。
 だが、できなかった。

 「ごめんなさい」
 「っ!?」

 項垂れたアキが不意に近付いてきたかと思うと、体が急激にこわばった。
 横腹のあたりがじんと痺れ、手足が言うことを効かなくなる。

 白い手にスタンガンが握られているのを見つけたときには、鳩尾に重い衝撃がめり込んでいた。

 「なっ…………」

 アキの手が、自分の腹を殴っている。

 なんで、という言葉は声にならず、ひゅ、という気息が代わりに零れる。

 女にしか見えない華奢な体の、一体どこにそんな力があったのか。

 (クソ……油断した)

 体が大きくぐらついて地面に倒れ込む前に、脇から複数の男が出てきて抱えられる。

 どこに隠れていたのか、ずっと張っていたらしい。

 まず考えられるのは彩極組の手先だ。奴らが動き出した……。

 すぐ目の前にあるインターホンを鳴らそうとしたが、伸ばした手は届かない。


 「……悪ィ……み、とう」


 どうかお前は捕まってくれるなよ――そこまで口にする前に、意識が途切れた。


 「ママ……ママの大切な人に、ごめんなさい」


 霞んでいく視界の端で、アキが泣きそうな顔をしていた――気がする。

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