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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”
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・・・
話を終えて、医者が病室を出て行くと、おれはベッドに横たわる母さんに近づいた。
栄養が抜けてぱさついた髪と痩せた頬を撫でる。
久しぶりにちゃんと母親の顔を見て、老けたな、と思った。
「……母さん、あいつにいつも殴られてたの?」
訊ねても返事はない。
昏々と眠る母の上で、ぼそりと呟く。
「知ってたら、おれが殺してたのに」
義父は自分や兄貴を殴って鬱憤を晴らしていたので、母には手を上げないだろうと勝手に思い込んでいた。
馬鹿だった。そんなはずはないのに。
相も変わらず暴君だった義父が、アル中の母さんを疎んで度々口論になっていたのは知っている。
知っていて、放置した。彼女が何かしら精神を病んでいることにも気付いていながら。
『どうしていいか分からない』と思考放棄するのは、罪だ。
滲んだ目から、ぼたぼたと絶え間なく雫が滴る。
「疲れたでしょ。おれを生んでからずっと、一人で働き通しで」
ところどころ白髪が混じって薄くなった髪は、以前はもっと鮮やかな栗色をしていたんじゃないかと思う。顔もちゃんと赤みがあって、肉もついていた。
それをこんなふうに変えてしまったのは誰なのか。
「ごめんね。おれ、知ってたのに」
声が震える。
なにが強さだ。
女が好きだの男が好きだの、どうでもいいことで騒いで。
おれはまた、大切なものを守れねえで。
くるくる回る白いワンピースと、ママの笑顔と。ふたりで囲んだ鍋が懐かしい。
おれは、このひとを苦しめるために生まれてきたのか?
なんのために生きているんだ、アタシは。
「もういいんだよ。お疲れ様。ゆっくり休んで」
何も分からない。
そんな今の自分にできるのは、このひとを解放してあげることだけだ。
痩せて枯れ枝のようになってしまった母の手を取り、そこへぐしゃぐしゃに濡れた顔を擦り付けた。
「バイバイ、ママ。アタシなんかが生まれてきて、ごめんね」
・・・
病室を出ると、荒センが所在なさげにそわそわと壁際に立っていた。
「ごめん。おまたせ」
「あ、ああ。いいんだ。どうだった、お母さんの様子は」
「んー、死んではなかった」
適当に答えると、何か言いたそうな顔をする。
ただ部外者が首を突っ込むことじゃないと思ったのか、何も言わなかった。
「そうか。
これからどうする? 行きたければ警察の方にも送っていくぞ。……いや、面会はできないかもしれんが」
「いいよ。行かない」
そうか、と視線を落とした先生に、おれは笑いかけた。
「ねえ、荒セン。おれ、高校辞めるわ」
話を終えて、医者が病室を出て行くと、おれはベッドに横たわる母さんに近づいた。
栄養が抜けてぱさついた髪と痩せた頬を撫でる。
久しぶりにちゃんと母親の顔を見て、老けたな、と思った。
「……母さん、あいつにいつも殴られてたの?」
訊ねても返事はない。
昏々と眠る母の上で、ぼそりと呟く。
「知ってたら、おれが殺してたのに」
義父は自分や兄貴を殴って鬱憤を晴らしていたので、母には手を上げないだろうと勝手に思い込んでいた。
馬鹿だった。そんなはずはないのに。
相も変わらず暴君だった義父が、アル中の母さんを疎んで度々口論になっていたのは知っている。
知っていて、放置した。彼女が何かしら精神を病んでいることにも気付いていながら。
『どうしていいか分からない』と思考放棄するのは、罪だ。
滲んだ目から、ぼたぼたと絶え間なく雫が滴る。
「疲れたでしょ。おれを生んでからずっと、一人で働き通しで」
ところどころ白髪が混じって薄くなった髪は、以前はもっと鮮やかな栗色をしていたんじゃないかと思う。顔もちゃんと赤みがあって、肉もついていた。
それをこんなふうに変えてしまったのは誰なのか。
「ごめんね。おれ、知ってたのに」
声が震える。
なにが強さだ。
女が好きだの男が好きだの、どうでもいいことで騒いで。
おれはまた、大切なものを守れねえで。
くるくる回る白いワンピースと、ママの笑顔と。ふたりで囲んだ鍋が懐かしい。
おれは、このひとを苦しめるために生まれてきたのか?
なんのために生きているんだ、アタシは。
「もういいんだよ。お疲れ様。ゆっくり休んで」
何も分からない。
そんな今の自分にできるのは、このひとを解放してあげることだけだ。
痩せて枯れ枝のようになってしまった母の手を取り、そこへぐしゃぐしゃに濡れた顔を擦り付けた。
「バイバイ、ママ。アタシなんかが生まれてきて、ごめんね」
・・・
病室を出ると、荒センが所在なさげにそわそわと壁際に立っていた。
「ごめん。おまたせ」
「あ、ああ。いいんだ。どうだった、お母さんの様子は」
「んー、死んではなかった」
適当に答えると、何か言いたそうな顔をする。
ただ部外者が首を突っ込むことじゃないと思ったのか、何も言わなかった。
「そうか。
これからどうする? 行きたければ警察の方にも送っていくぞ。……いや、面会はできないかもしれんが」
「いいよ。行かない」
そうか、と視線を落とした先生に、おれは笑いかけた。
「ねえ、荒セン。おれ、高校辞めるわ」
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