オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

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 「聞こえなかったわ。今、なんて?」

 「帰れっつったんだ。今のは聞こえたろ」

 「は?」

 強引に押し返そうとしてきた師走の腕を掴むが、すぐ振り払われる。

 「意味わかんないんだけど。いきなり何?」

 「今すぐ帰れ」

 何だコイツ、と思いながらこっちも食い下がると、苛立ったように舌打ちされた。

 「お前の顔も見たくねえ人がいんだよ」

 ぐいぐいと押されながら、師走の後ろで様子を窺ってくる女を見て事情を理解した。

 「あ。なに? そういう感じ? ナミちゃんの彼氏って生徒だったの。ヤバ」

 笑おうとしたとき、頬に熱い衝撃が走った。

 「ぶっ」

 吹っ飛んだ体がドアにぶつかってけたたましい音を上げる。同時に甲高い悲鳴も聞こえた。

 「師走くん!!」

 おれに馬乗りになった師走の後ろから、血相を変えた先生が駆け寄ってくるが、奴はそれを怒鳴って止める。

 「来んな! あんたは下がってろ!」

 びたっと止まって口元を手で覆った彼女は、「待って、すぐ他の先生呼んでくるから、危ないことはしないで」とだけ言って教室を出て行った。

 「あーあ、せっかくカッコつけたのに見捨てられちった」

 腹に乗っかられたまま茶化すと、師走は意外にもにやりと笑みを見せた。

 「何抜かしてんだこのタコ。先生が邪魔な奴ら連れてくる前にケリつけるぞ」

 また一発頬を殴られて耳鳴りがする。こいつの拳は、今まで喧嘩してきたどの相手よりも重い。
 痺れるような痛みを噛み締めて、おれも殴り返した。

 「痛ってーなァ、顔殴んじゃねぇクソ!」

 「ぐっ!」

 ガラ空きだった鳩尾に拳を叩き込むと、のしかかっていた体が退く。それを契機に体勢を逆転させて、胸や腹に何発も入れてやった。

 「急に人殴りやがって!」

 鈍い音を立てて何度も腹に衝撃を喰らっているが、師走は落ちる気配がない。硬い。
 顔を掴んで床に叩きつけたが、それでも伸びなかった。どころか、

 「っ!」

 隙を突かれて掌に歯を立てられる。皮膚を喰い千切る勢いで噛まれ、手からボタボタと血が滴った。

 「――なんでもアリかっ、の野郎……!」

 咄嗟に手を引いたのを掴み戻されて、また床に引き倒される。
 口からおれの血を垂らしながら、師走は学ランの襟を掴み上げてきた。
 額に青筋を立てて、瞳孔の開いた目でおれを睨みつける。

 「まずあの人の名誉のために言っとくが、俺と先生はそんな関係じゃねえ。先生はただ教師として生徒の俺を気遣ってくれてるだけだ」

 一発殴られる。こっちも殴り返した。

 「今日も、ただ進路相談をしてもらってたんだよ。
 だがやけに浮かねえ顔してやがるから、『何かあったのか』って訊いてみれば、てめえに随分な目に遭わされたと」

 殴られる。殴り返す。唇の端が切れて、鉄の味がした。

 「随分な目? っは、先生が地味にエロいからちょっとからかっただけじゃん? “先生とヤリてー”って――はぶっ!」

 「恥ずかしくねえのか!」

 三回殴られた頬が熱く滲んで、早速腫れていく感じがする。
 こっちも本気で殴り返そうとしたが、おれの三発目は師走の手に抑えつけられた。

 「俺は正直な話、お前に会うのを楽しみにしてた。今回のことがあるまでは」

 「は、はあ……?」
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