オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

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 兄貴は嘲り笑って、冷たく言い捨てた。

 「言うわけねぇじゃん。親違うし。同じ家にいるだけのただの他人だもん」

 「お前ひっでぇ!」と笑いながらこっちに近付いてきた一人と、目が合う。

 「名前なんていうの? つか、それ持ってるの何?」

 歯の根が合わなくてまともに喋ることもできない。上の歯が一本抜けている兄貴の友達は、いつまでも返事が返ってこないので不快そうに顔を顰めた。

 「え? お前男だよな。妹じゃないよね」

 ワンピースを指差されて、どくりと心臓が鳴る。

 今日はまだ服に袖を通していなかったけど、アタシが異質なことをしているのは目に見えて分かる。
 案の定指摘されて、押し黙った。

 「また黙るのかよ。つまんねー、ナツキと全然似てない」

 「だから血繋がってないって言ってんだろ」

 チッと舌打ちした兄貴は、どすどすと足音を立てて近付いてきた。

 すぐ横に顔が来て、睨み付けられる。

 「おまえさ、なんかいつもナヨナヨしてるよな。
 キッショ、男のくせに」

 「……ごめんなさい」

 「キショイ」

 「ごめんなさい……」

 ケケッと悪魔顔負けのあくどい笑い声を漏らした兄貴が、握っていたワンピースに手を伸ばした。

 「なんか変だなーと思ったら、やっぱオカマだったんだ!」

 「!!」

 ぐいっと乱暴に引っ張られて、薄い生地がみしりと嫌な音を立てる。思わず状況も忘れて、出したこともない大声を上げていた。

 「やめてよ!!」

 兄貴の手を叩き落として、服を取り返す。命よりも大切なそれを守るように抱えて蹲ると、ぞくりとするような声が降ってきた。

 「……ああ?」

 義父が家族を殴り始めるときに出す声にそっくりだ。

 兄貴はいつも自分がされていることをアタシにやって、ストレスを打ち消そうとする。

 「キモオカマのくせに反抗してんじゃねーぞ!」

 横腹に蹴りが入れられて、うぐぅ、と呻き声が漏れる。当然その一発では収まらず髪を鷲掴みにされて、顔や肩、背中、至るところを殴られて、蹴られた。

 「おまえらもやれ!」

 「いいの? もうボコボコだけど」

 「いいって。その服取って、破ってやろうぜ」

 頭上で悪魔の会話がされている。

 いま胸に抱えている服を手放したら、この悪魔たちに奪われて壊されてしまう。

 「おら、離せって! ぶっ殺すぞ!」

 「嫌! いや!」

 アタシは、常になく粘った。

 掴まれた髪が抜けて悲痛な音を立てようと、頬を引っ掻かれようと丸まってその場から動かない。

 だけど三対一で襲われたらどこかで隙ができて、抱き締めていた服を誰かに引き抜かれた。

 「あっ……!」

 「ナツキ、パス!」

 白い塊を受け取った兄貴は、ニヤリと笑って部屋を飛び出す。
 ここのアパート一階のベランダは、川沿いに面している。ベランダの手すりを越えて、あいつは土手まで突っ走っていった。

 アタシと他の二人もその背を追いかけていく。
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