95 / 191
第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”
3−36
しおりを挟む
いま、自分は、怒りに任せて何を喋ったのか。
口を滑らせて『殺される』なんて強い単語まで使って、話さなくていいことを口にしてしまった気がする。
唇を引き結んだミフユは、よろよろと立ち上がり伊吹に背を向けた。
「っ……しゃべりすぎた。帰る」
「おい、待て」
来た道を戻ろうとしたが、腕を掴まれた。
「何よ」
「何、って」
ぐ、と口ごもる伊吹に、ミフユは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「アタシは、アンタが思うよりもずっとどうしようもなくオカマで、なよなよしてて、ウジウジしてる弱い人間なの。これが如月美冬の正体よ」
自分を卑下する言葉を吐く度に身を切られるような痛みが走る。
傷付けられたついでに、いっそズタズタになるまで自ら切り刻んでしまいたくなった。
「アタシが組を抜けた理由、分かったでしょ」
笑ったつもりだったが、うまくできなかった。
「アタシは、あれ以上アンタの理想の相棒を演じ続けるのがつらかった。伊吹ちゃんから逃げたかったの。
でも……」
伊吹を見ると、その顔にはもう怒りも、侮蔑も消え去っていた。
そこに浮かぶのは、ただ戸惑いだけ。
「……アンタとこうしてまた、再会して。
昔みたいに一緒に過ごすようになったら、やっぱり楽しかったの。
未練タラタラなのよね、情けないことに」
自嘲して笑ったミフユは、視線を下に向けた。
「クラブで薬盛られたときだって、アタシ半分は正気だった。
それをあえて流されたのは、薬なんかを言い訳にしてでもアンタに触れたかったから」
爆発した感情が少し落ち着いてきた頃には、伊吹の肩に薄く白い層が降り積もっていた。
それを見て『寒そう』とか、『そろそろ帰してあげないと風邪を引いてしまいそう』とか考える自分にほとほと呆れる。
「……アタシは、伊吹ちゃんがどうしようもなく好きよ。ごめんね」
「如月」
「……離して」
話している間ずっと掴まれていた手を引くと、呆気なく解放された。
何も言わずに立ち尽くしている伊吹に苦笑して、ついと視線を逸らす。
「……もう行って」
「如月、俺は」
「行けったら!!」
伊吹を突き飛ばすようにして押し退けると、ミフユは自宅に向かって歩き始めた。引き止める声はない。
ただ視線を感じたので、ぴたりと立ち止まった。どうにか笑顔のようなものを作って振り向く。
「大丈夫。モリリンちゃんの仇を取るまでは、きちんとアンタたちに協力するから。
……それ以外に言うことは何もないし、今回の件が終わればアタシと伊吹ちゃんもそれまでよ」
それだけ言い残すと前を向いて、さっさと歩き始めた。
後ろは二度と振り返らなかった。
口を滑らせて『殺される』なんて強い単語まで使って、話さなくていいことを口にしてしまった気がする。
唇を引き結んだミフユは、よろよろと立ち上がり伊吹に背を向けた。
「っ……しゃべりすぎた。帰る」
「おい、待て」
来た道を戻ろうとしたが、腕を掴まれた。
「何よ」
「何、って」
ぐ、と口ごもる伊吹に、ミフユは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「アタシは、アンタが思うよりもずっとどうしようもなくオカマで、なよなよしてて、ウジウジしてる弱い人間なの。これが如月美冬の正体よ」
自分を卑下する言葉を吐く度に身を切られるような痛みが走る。
傷付けられたついでに、いっそズタズタになるまで自ら切り刻んでしまいたくなった。
「アタシが組を抜けた理由、分かったでしょ」
笑ったつもりだったが、うまくできなかった。
「アタシは、あれ以上アンタの理想の相棒を演じ続けるのがつらかった。伊吹ちゃんから逃げたかったの。
でも……」
伊吹を見ると、その顔にはもう怒りも、侮蔑も消え去っていた。
そこに浮かぶのは、ただ戸惑いだけ。
「……アンタとこうしてまた、再会して。
昔みたいに一緒に過ごすようになったら、やっぱり楽しかったの。
未練タラタラなのよね、情けないことに」
自嘲して笑ったミフユは、視線を下に向けた。
「クラブで薬盛られたときだって、アタシ半分は正気だった。
それをあえて流されたのは、薬なんかを言い訳にしてでもアンタに触れたかったから」
爆発した感情が少し落ち着いてきた頃には、伊吹の肩に薄く白い層が降り積もっていた。
それを見て『寒そう』とか、『そろそろ帰してあげないと風邪を引いてしまいそう』とか考える自分にほとほと呆れる。
「……アタシは、伊吹ちゃんがどうしようもなく好きよ。ごめんね」
「如月」
「……離して」
話している間ずっと掴まれていた手を引くと、呆気なく解放された。
何も言わずに立ち尽くしている伊吹に苦笑して、ついと視線を逸らす。
「……もう行って」
「如月、俺は」
「行けったら!!」
伊吹を突き飛ばすようにして押し退けると、ミフユは自宅に向かって歩き始めた。引き止める声はない。
ただ視線を感じたので、ぴたりと立ち止まった。どうにか笑顔のようなものを作って振り向く。
「大丈夫。モリリンちゃんの仇を取るまでは、きちんとアンタたちに協力するから。
……それ以外に言うことは何もないし、今回の件が終わればアタシと伊吹ちゃんもそれまでよ」
それだけ言い残すと前を向いて、さっさと歩き始めた。
後ろは二度と振り返らなかった。
0
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる