オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

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 いま、自分は、怒りに任せて何を喋ったのか。
 口を滑らせて『殺される』なんて強い単語まで使って、話さなくていいことを口にしてしまった気がする。
 唇を引き結んだミフユは、よろよろと立ち上がり伊吹に背を向けた。

 「っ……しゃべりすぎた。帰る」

 「おい、待て」

 来た道を戻ろうとしたが、腕を掴まれた。

 「何よ」

 「何、って」

 ぐ、と口ごもる伊吹に、ミフユは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 「アタシは、アンタが思うよりもずっとどうしようもなくオカマで、なよなよしてて、ウジウジしてる弱い人間なの。これが如月美冬の正体よ」

 自分を卑下する言葉を吐く度に身を切られるような痛みが走る。
 傷付けられたついでに、いっそズタズタになるまで自ら切り刻んでしまいたくなった。

 「アタシが組を抜けた理由、分かったでしょ」

 笑ったつもりだったが、うまくできなかった。

 「アタシは、あれ以上アンタの理想の相棒を演じ続けるのがつらかった。伊吹ちゃんから逃げたかったの。
 でも……」

 伊吹を見ると、その顔にはもう怒りも、侮蔑も消え去っていた。
 そこに浮かぶのは、ただ戸惑いだけ。

 「……アンタとこうしてまた、再会して。
 昔みたいに一緒に過ごすようになったら、やっぱり楽しかったの。
 未練タラタラなのよね、情けないことに」

 自嘲して笑ったミフユは、視線を下に向けた。

 「クラブで薬盛られたときだって、アタシ半分は正気だった。
 それをあえて流されたのは、薬なんかを言い訳にしてでもアンタに触れたかったから」

 爆発した感情が少し落ち着いてきた頃には、伊吹の肩に薄く白い層が降り積もっていた。
 それを見て『寒そう』とか、『そろそろ帰してあげないと風邪を引いてしまいそう』とか考える自分にほとほと呆れる。

 「……アタシは、伊吹ちゃんがどうしようもなく好きよ。ごめんね」

 「如月」

 「……離して」

 話している間ずっと掴まれていた手を引くと、呆気なく解放された。
 何も言わずに立ち尽くしている伊吹に苦笑して、ついと視線を逸らす。

 「……もう行って」

 「如月、俺は」

 「行けったら!!」

 伊吹を突き飛ばすようにして押し退けると、ミフユは自宅に向かって歩き始めた。引き止める声はない。

 ただ視線を感じたので、ぴたりと立ち止まった。どうにか笑顔のようなものを作って振り向く。

 「大丈夫。モリリンちゃんの仇を取るまでは、きちんとアンタたちに協力するから。
 ……それ以外に言うことは何もないし、今回の件が終わればアタシと伊吹ちゃんもそれまでよ」

 それだけ言い残すと前を向いて、さっさと歩き始めた。
 後ろは二度と振り返らなかった。

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