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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”
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「伊吹の思い?」
首を傾げるミフユに、アキは微笑む。
「はい。
付き合いが長いぶん、昔のミフユさんとの思い出がたくさんあるんでしょう。だから、その記憶の中のミフユさんと、今のミフユさんのギャップに本人も戸惑ってるんじゃ。
だけど、師走さんは、今のママのことを拒絶してるわけじゃない。
認められないけど、完全に否定もしないのは、相手のことがそれだけ重要で大切だからじゃないですか」
重要で大切とまで言われるとものすごく照れるが、言われてみればそんな気もしてくる。
伊吹の気質を考えると、ミフユがどれだけ使える人間だろうとその性格が気に入らないなら協力相手になんかしない。
ごたごた言いつつまた一緒に行動しているのは、今でもミフユのことが芯から嫌いなわけではないからだ。
「そうね。その考えにアタシも同意だわ、ママ」
みんなに生暖かい目で見守られる中で、キャメロンに肩を叩かれる。
「お互い一歩引いちゃってるだけよ。大事なのは、ここから一歩踏み出すこと」
隣のモモも頷いて、逆の肩を叩いてくる。
「ミフユちゃんはちょーっと臆病なところがあるけど、ここぞという時にまで自分を押し隠しちゃダメ。
男なら、ガツンと決めるとこ決めちゃいなさい」
「みんな…………」
ついうっかり場の空気に呑まれかけたところで、ミフユはハッとする。
「やだ。もうこんな時間じゃないの」
戸棚に置いてあるデジタル時計を見ながら言うと、皆もそちらに視線を集中させる。
時刻は十七時五十分、開店十分前だ。
浮かびかけた淡い期待をとっさに振り払って、仕事モードの表情にぱっと切り替えた。
「準備終わらせちゃわないとね。
……ありがと、皆。皆のアドバイス、ちょっとだけ参考になったわよ」
お礼を言って、包囲網を優しく退ける。
不満げにブーイングする皆に、まったくもう、と息をつく。
「これ以上食い下がったってなんも出やしないわよ」
「もっと聞きたかったのに、ママの恋バナ」
「そんな甘酸っぱい話するお年頃でもないって」
『まあ、八年越しのこじらせた片想いを未だに引きずってるような三十路オネエですけれども』という真実は心の中に秘めておいて、パンパンと手を叩く。
「ほら! 開店準備済ましちゃうわよ、オープンまであと十分なんだから!」
はーい、と仕方なさそうに散らばっていくキャスト陣を鼓舞して、残りの準備を終わらせにかかった。
提供する食事の下準備を済ませ、客席のライトをONにする。
全てのセッティングを終えると、入口の掛け札を『OPEN』に変えるためドアを開けた。
すると。
「――もう、入店できるんですか?」
目の前に、男が立っていた。
見る者すべてを圧倒するような華を持った、美貌の持ち主。
「ア、アンタ」
ミフユはあんぐりと口を開けて、目の前の男を見つめた。
「遥斗?」
首を傾げるミフユに、アキは微笑む。
「はい。
付き合いが長いぶん、昔のミフユさんとの思い出がたくさんあるんでしょう。だから、その記憶の中のミフユさんと、今のミフユさんのギャップに本人も戸惑ってるんじゃ。
だけど、師走さんは、今のママのことを拒絶してるわけじゃない。
認められないけど、完全に否定もしないのは、相手のことがそれだけ重要で大切だからじゃないですか」
重要で大切とまで言われるとものすごく照れるが、言われてみればそんな気もしてくる。
伊吹の気質を考えると、ミフユがどれだけ使える人間だろうとその性格が気に入らないなら協力相手になんかしない。
ごたごた言いつつまた一緒に行動しているのは、今でもミフユのことが芯から嫌いなわけではないからだ。
「そうね。その考えにアタシも同意だわ、ママ」
みんなに生暖かい目で見守られる中で、キャメロンに肩を叩かれる。
「お互い一歩引いちゃってるだけよ。大事なのは、ここから一歩踏み出すこと」
隣のモモも頷いて、逆の肩を叩いてくる。
「ミフユちゃんはちょーっと臆病なところがあるけど、ここぞという時にまで自分を押し隠しちゃダメ。
男なら、ガツンと決めるとこ決めちゃいなさい」
「みんな…………」
ついうっかり場の空気に呑まれかけたところで、ミフユはハッとする。
「やだ。もうこんな時間じゃないの」
戸棚に置いてあるデジタル時計を見ながら言うと、皆もそちらに視線を集中させる。
時刻は十七時五十分、開店十分前だ。
浮かびかけた淡い期待をとっさに振り払って、仕事モードの表情にぱっと切り替えた。
「準備終わらせちゃわないとね。
……ありがと、皆。皆のアドバイス、ちょっとだけ参考になったわよ」
お礼を言って、包囲網を優しく退ける。
不満げにブーイングする皆に、まったくもう、と息をつく。
「これ以上食い下がったってなんも出やしないわよ」
「もっと聞きたかったのに、ママの恋バナ」
「そんな甘酸っぱい話するお年頃でもないって」
『まあ、八年越しのこじらせた片想いを未だに引きずってるような三十路オネエですけれども』という真実は心の中に秘めておいて、パンパンと手を叩く。
「ほら! 開店準備済ましちゃうわよ、オープンまであと十分なんだから!」
はーい、と仕方なさそうに散らばっていくキャスト陣を鼓舞して、残りの準備を終わらせにかかった。
提供する食事の下準備を済ませ、客席のライトをONにする。
全てのセッティングを終えると、入口の掛け札を『OPEN』に変えるためドアを開けた。
すると。
「――もう、入店できるんですか?」
目の前に、男が立っていた。
見る者すべてを圧倒するような華を持った、美貌の持ち主。
「ア、アンタ」
ミフユはあんぐりと口を開けて、目の前の男を見つめた。
「遥斗?」
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