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「おや。カナンじゃないか。なんだ、ここに来ていたのですね」

 それから何を言うかと思えば、なぜか怒りもせずにユージーンのほうに向き直る。僕には全く関心がないらしい。
 目を見開いてユージーンを見つめていると、上に乗ったままだったオメガが僕の胸ぐらを掴み上げた。

「お前がユージーン様の今の『器』なのか?」

 何が起きているのか分からない。僕はただ、ちょっと外へ出て気持ちの整理をつけたかっただけなのに……。

 器って?

 ここに来たばかりの頃、ユージーンが言っていなかったか。
 僕のことを、『この子はお前らが用意した“器”とは違う』って、ロウ執事長に怒って……。
 その前に、どうして領主様がユスラ国にいるんだ。
 ユージーンは僕のほうを気にしてはいたけれど、領主様に引き留められて話せる状況じゃなかった。
 ひとまずオメガの彼を押しのけようとすると、腕を掴んで阻まれる。

「首輪をつけてるってことは、あんたまだユージーン様の御子を孕んだわけじゃないんだろう?」
「な、なんなんだよ。君、さっきから何を言って」
「ぼくは孕んだんだ」

 ――この人は、何を言ってるんだろう……?

 頭が、真っ白になっていく。

 ユージーンの子供を孕んだ? この人が?

 それを裏付けるように、領主様の後ろから子供がひょこりと顔を出した。
 五歳くらいの少年で、不安そうに僕たちを見ている。
 瞳は母親と――このオメガの人と同じアメジスト色で、髪はユージーンによく似た亜麻色をしていた。
 硬直する僕に彼が歪んだ笑みを浮かべる。

「あの子はアルファだ。まだ幼いから獣人にはなれないけど、きっとそのうち変化できるようになる。あの子はリベラ家に迎えられるべきなんだ」

 領主様が笑いながら少年の肩を抱き寄せ、撫で回す。

「辺境伯様にはぜひ先ほどの話をご検討いただきたい。この子こそは、リベラ様ご一族が待ち望んだ獣人アルファなのでございますよ」

 オメガが僕の肩を揺さぶり、笑う。

「なあ。だから、辺境伯様の運命の番はぼくなんだよ。お願いだからお前の席をぼくに譲ってくれ」

 なにが起きてるの。

「――カナン」

 ユージーンと視線がぶつかって、居ても立っても居られなくなり、僕は跳ね起きた。

「カナン!」

 纏わりつくオメガの手を振りほどき、ユージーンを無視して駆け出した。玄関を出て、外にがむしゃらに走っていく。


 走っても走っても、行く場所なんてなかった。

「はあ……っ、ハ……ッ!」

 広い敷地を走り抜けて、茂みに入る。しばらく走り続けているせいで息は上がり、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 ――どうして。
 ユージーンに子供がいるの?
 あの人が本当の運命の番なの?

「ジーン……っ」

 胸が苦しくて張り裂けそうだった。運動のせいなのか、感情が爆発しているからなのか分からない。あるいはどちらともかも。
 あんなに大きな子がいるってことは、最近のことじゃないんだろう。ユージーンは僕を騙そうとしたわけじゃない。
 ただ、今になって昔の関係が表に出ただけで――……。
 恨む気持ちはないけど、不安になった。
 じゃあ、子供の存在が分かった今、僕はどうなるんだろう?
 跡継ぎが生まれた以上、あのオメガが正妻になるんだろう。
 そうしたら僕は、愛人にでもなる? アルファはいくらでも番を作れるんだから――……。

「う、ぇ……っ」

 考えたとたん、涙がじわりと溢れ出た。

「いやだ……、嫌だぁ……!」

 草むらを突っ切って、森の奥深くに駆けこんでいく。すると急に視界が少しひらけて、湖のほとりに出た。
 体力が切れた僕は、汗と涙でぐっしょり濡れながらその場にへたり込む。止まってしまうと嗚咽が抑えられなくなって、顔を覆って泣き喚いた。

 ――前は、自分でユージーンに『他に番を作れ』なんて言ったくせに。
 本当にそうなったら、体が引き裂かれそうなくらい嫌なんだ。

「僕……っ、僕は……っ」

 好きなんだ。ユージーンのことが!

「ばかだ……僕、今さら……っ」

 しゃくり上げながら手で目元をこする。
 誰かに奪われて初めて泣くなんて、わがままな子供みたいだ。

 覚悟とか確信なんて、どうでもよかったんだ。
 こうなるって分かってたら、あの人が現れる前にユージーンと番っておけばよかった。
 きちんと結婚して、彼を僕だけのものにして安心できるようにしておけばよかったんだ。

 僕が北斗と抱き合っているのを見たユージーンは、こんな気持ちだったのかな。
 そう思ったら、申し訳なさで胸がいっぱいになった。心臓を握り潰されるような痛みで吐きそうになる。

 今すぐにでもユージーンと抱き合って、あの人の子供を孕んでしまいたい。
 僕だけに向けられていたあのあたたかい愛情を、他の誰かのものになんてさせない。

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