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第一章「異世界転生侍」
第十二話「名案」
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夢野達が弁天の六郎の悪事を阻止するための謀議をしていた部屋に、大手版元である虚屋が執筆最速のため訪れた。こういった内密の話は知る者を限定する方が良いのだが、対策に行き詰っていた夢野達である。虚屋にも事情を話して知恵を貸してもらう事にした。
「成る程、弁天の六郎の悪事を知ったけどそれをどの様にして訴えるべきか分からないので思案していると言う事ですな」
「ああ、そうなんだ。何かいい手段や伝手は無いかな? 版元をやっているなら知り合いは多いんだろ?」
「と言われましてもね」
虚屋は困った顔をした。面倒臭い事に巻き込まれたと思っているのだろう。当然だ。弁天の六郎の背後には必ずや幕府の関係者がいるはずだ。対応を少しでも間違えると自分にも火の粉が降りかかりかねない。なにしろ先日虚屋はお上を愚弄し、天下を騒がせる読本を出版したかどで過料を払っているのである。下手な動きをしたら今度は財産没収などの処分をされる可能性もある。
かと言って、事情を知ってしまった以上最早どうにもならない。夢野達が六郎の悪事を暴くのに失敗した場合、共に報復を受ける可能性があるので、もう六郎一味を壊滅させるしかない。
やるかやられるかである。
裏切る事も不可能に近い。何故なら六郎一味がどの幕閣や町奉行所の役人と繋がっているか分からないので、裏切ろうにも誰に裏切れば良いのか不明なのだ。そして直接六郎の様な輩に降伏するのは論外だ。あの様な粗暴な連中と接触したらどんな目に遭うか分かったものでは無いし、よしんば交渉に成功しても関わったが最後骨までしゃぶられるだろう。
「あたしはそういった方面にはとんと伝手がありませんのでね。見当もつきません」
「まあそれもそうか。そんな伝手があったら、手入れされる前に情報が流れて来るだろうしな」
虚屋が夢野と共に町奉行所に捕縛された時、予兆は全くと言っていいほど無かった。事前に情報漏洩も無ければ、異世界転生侍の様な読本は出版するなとの警告も無い。完全に弾圧しにかかっているのだ。
「ところで夢野先生、異世界転生侍は絶版となってしまったので、次の作品を書いて欲しいのですが……その気になっていないようですね」
一応執筆の催促をした虚屋であったが、夢野の表情を見てすぐに無理だと判断した様だ。
夢野の作品は、主人公が次々と登場する女性に惚れられる展開が、大奥で大量の女性を囲っていた将軍家を揶揄していると言いがかりをつけられて摘発されたのだが、それ以外の部分はお咎めを受けていない。異世界転生侍は荒唐無稽な馬鹿馬鹿しい話であるが、勧善懲悪の理念によって描かれる主人公の弱気を助け強気を挫く生き方は、儒学的な道徳とも合致しているとも言える。つまり、読者に受けた作風はそのままにお上が眉を顰める要素を排除してしまえば、また新たな作品を世に送り出す事は難しくないのである。
まあ、怪力乱神を語る異世界転生侍が、本当に儒学的にも問題ないかは議論の余地があるところである。
兎にも角にも夢野は勧善懲悪を良しとする読本を作風としており、実際に自らもその様な生き方を良しとする精神を持っている。一度関わってしまった以上、この事件が解決するまで執筆活動に入る可能性は低い。もしも無理に書かせたとしても、良い作品は欠けないに違いない。
「まあ取り敢えず、どの様にして六郎の悪行を天下に知らしめるかは置いておきましょう。あたしの知り合いに、信用できる幕府のお偉方に伝手が無いか聞いてみますので。それでもう一つ重要な問題が有ると思いますよ」
「俺は、北町奉行所に訴えればいいと思うんだけどなあ」
遠金はまだ北町奉行所に知らせる意見を捨てていない様だが夢野達は無視し、虚屋にもう一つの問題を言うよう促した。
「弁天の六郎がどこに没収した財宝を隠したのか、それが分からなければ逃げられてしまう可能性があります。本所のどこかの屋敷としか分からないのでしょう? 本所と言っても広いですからね」
本所は墨田川の東にあり、江戸でも外れの方にある地域であるが、かなり発展した地域だ。かつては忠臣蔵で有名な吉良上野介の屋敷があった様に武家の屋敷が並んでいるし、次第に商家も増えてきている。雑然としているが、活気があると言えよう。
その様な特殊性があるため、かつては本所を専門的に担当する本所奉行があったくらいだ。今では廃止され町奉行所などに機能が移管されているのだが、これらの事実は探索するのには非常厄介である事を示している。この様に混沌とした地域で人や者を探そうとしたら、時間がいくらあっても足りないだろう。だが、六郎達は明日の夜には江戸を去ってしまうに違いない。
「あ、それは大丈夫だ。見当はついている」
夢野は自信をもってそんな事を言った。これは皆が初耳だったらしく驚いた顔を見せた。
「え、そうなんすか夢野先生。連中、本所の屋敷としか言って無かったはずだけど……俺、聞き落としてたか?」
「はっきりとは言って無かったけど、よく思い出してみろ。「噂をばら撒いてた」とか「誰も来ない」とか言ってただろ? なら、場所は一つしか無いって」
粂吉の疑問に対して、夢野は自信満々に断言した。言い切ったところで夢野は何かを思いついた様だ。しばらく虚空を眺めて思案している。
「良い事思いついた。あいつらの策を逆用してやる。皆、今から話す事を良く聞いて、協力してくれ」
夢野は弁天の六郎を退治するための策を語り始めたのだった。
「成る程、弁天の六郎の悪事を知ったけどそれをどの様にして訴えるべきか分からないので思案していると言う事ですな」
「ああ、そうなんだ。何かいい手段や伝手は無いかな? 版元をやっているなら知り合いは多いんだろ?」
「と言われましてもね」
虚屋は困った顔をした。面倒臭い事に巻き込まれたと思っているのだろう。当然だ。弁天の六郎の背後には必ずや幕府の関係者がいるはずだ。対応を少しでも間違えると自分にも火の粉が降りかかりかねない。なにしろ先日虚屋はお上を愚弄し、天下を騒がせる読本を出版したかどで過料を払っているのである。下手な動きをしたら今度は財産没収などの処分をされる可能性もある。
かと言って、事情を知ってしまった以上最早どうにもならない。夢野達が六郎の悪事を暴くのに失敗した場合、共に報復を受ける可能性があるので、もう六郎一味を壊滅させるしかない。
やるかやられるかである。
裏切る事も不可能に近い。何故なら六郎一味がどの幕閣や町奉行所の役人と繋がっているか分からないので、裏切ろうにも誰に裏切れば良いのか不明なのだ。そして直接六郎の様な輩に降伏するのは論外だ。あの様な粗暴な連中と接触したらどんな目に遭うか分かったものでは無いし、よしんば交渉に成功しても関わったが最後骨までしゃぶられるだろう。
「あたしはそういった方面にはとんと伝手がありませんのでね。見当もつきません」
「まあそれもそうか。そんな伝手があったら、手入れされる前に情報が流れて来るだろうしな」
虚屋が夢野と共に町奉行所に捕縛された時、予兆は全くと言っていいほど無かった。事前に情報漏洩も無ければ、異世界転生侍の様な読本は出版するなとの警告も無い。完全に弾圧しにかかっているのだ。
「ところで夢野先生、異世界転生侍は絶版となってしまったので、次の作品を書いて欲しいのですが……その気になっていないようですね」
一応執筆の催促をした虚屋であったが、夢野の表情を見てすぐに無理だと判断した様だ。
夢野の作品は、主人公が次々と登場する女性に惚れられる展開が、大奥で大量の女性を囲っていた将軍家を揶揄していると言いがかりをつけられて摘発されたのだが、それ以外の部分はお咎めを受けていない。異世界転生侍は荒唐無稽な馬鹿馬鹿しい話であるが、勧善懲悪の理念によって描かれる主人公の弱気を助け強気を挫く生き方は、儒学的な道徳とも合致しているとも言える。つまり、読者に受けた作風はそのままにお上が眉を顰める要素を排除してしまえば、また新たな作品を世に送り出す事は難しくないのである。
まあ、怪力乱神を語る異世界転生侍が、本当に儒学的にも問題ないかは議論の余地があるところである。
兎にも角にも夢野は勧善懲悪を良しとする読本を作風としており、実際に自らもその様な生き方を良しとする精神を持っている。一度関わってしまった以上、この事件が解決するまで執筆活動に入る可能性は低い。もしも無理に書かせたとしても、良い作品は欠けないに違いない。
「まあ取り敢えず、どの様にして六郎の悪行を天下に知らしめるかは置いておきましょう。あたしの知り合いに、信用できる幕府のお偉方に伝手が無いか聞いてみますので。それでもう一つ重要な問題が有ると思いますよ」
「俺は、北町奉行所に訴えればいいと思うんだけどなあ」
遠金はまだ北町奉行所に知らせる意見を捨てていない様だが夢野達は無視し、虚屋にもう一つの問題を言うよう促した。
「弁天の六郎がどこに没収した財宝を隠したのか、それが分からなければ逃げられてしまう可能性があります。本所のどこかの屋敷としか分からないのでしょう? 本所と言っても広いですからね」
本所は墨田川の東にあり、江戸でも外れの方にある地域であるが、かなり発展した地域だ。かつては忠臣蔵で有名な吉良上野介の屋敷があった様に武家の屋敷が並んでいるし、次第に商家も増えてきている。雑然としているが、活気があると言えよう。
その様な特殊性があるため、かつては本所を専門的に担当する本所奉行があったくらいだ。今では廃止され町奉行所などに機能が移管されているのだが、これらの事実は探索するのには非常厄介である事を示している。この様に混沌とした地域で人や者を探そうとしたら、時間がいくらあっても足りないだろう。だが、六郎達は明日の夜には江戸を去ってしまうに違いない。
「あ、それは大丈夫だ。見当はついている」
夢野は自信をもってそんな事を言った。これは皆が初耳だったらしく驚いた顔を見せた。
「え、そうなんすか夢野先生。連中、本所の屋敷としか言って無かったはずだけど……俺、聞き落としてたか?」
「はっきりとは言って無かったけど、よく思い出してみろ。「噂をばら撒いてた」とか「誰も来ない」とか言ってただろ? なら、場所は一つしか無いって」
粂吉の疑問に対して、夢野は自信満々に断言した。言い切ったところで夢野は何かを思いついた様だ。しばらく虚空を眺めて思案している。
「良い事思いついた。あいつらの策を逆用してやる。皆、今から話す事を良く聞いて、協力してくれ」
夢野は弁天の六郎を退治するための策を語り始めたのだった。
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