北方元寇秘録

大澤伝兵衛

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最終章「北方蒙古襲来」

第85話「フラヌ平原の罠」

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 ピイエ丘陵から後退し、フラヌ平原で再度陣形を整えたプレスター・ジョンは、配下の幹部であるウリエルとアラムダルを呼び寄せ、今後の作戦について話し合っていた。

 形としては、戦術上有利な地形である高地を敵に奪われたように見えるが、これは織り込み済みの事である。弓による遠距離攻撃を得意とするモンゴル軍であるが、その真の実力はそこには無い。機動力にこそモンゴル軍の真価が表れている。そのため、緩やかながら起伏に富んだ丘陵部から、だだっ広い平原に戦場を移したのだ。

 欲を言えばピイエ丘陵を占領して調子に乗った敵が、フラヌ平原まで追撃してきたところを包囲殲滅したかったのだが、慎重にも深追いしてくることは無かった。大陸で数多くの強国を地獄に送り込んできた、モンゴル軍得意の機動力を活かした偽装撤退からの包囲殲滅だが、追ってこない相手には流石に効果はない。

「奴らとの戦いも、ここ数年続いております。こちらのやり口もバレているのでしょう」

 モンゴル人部隊の指揮官であるアラムダルが、ピイエ丘陵での戦いの感想を述べた。彼は本来モンゴル皇帝フビライが、カラプト征服のために派遣した部隊の副指揮官だったが、交戦したアイヌ達をあと一歩のところまで追い詰めたところで、日本から救援に来たトキミツに敗れ去った。その戦いの際、偽装撤退からの包囲戦術を使用しているため、敵の指揮官であるトキミツは当然その戦術について知っている。また、敵にはローマから派遣されてきた修道士がいるため、世界各地でのモンゴル軍の戦いぶりについても聞いている可能性がある。

「仕方ありませぬ。どうせこの先奴らはこの平原まで攻めて来ざるを得ないのですから、最終的に問題はありません。ただ、奴らがどう攻めて来るのかは警戒する必要があるかと」

 漢人の将軍であるウリエルが言った。現在のプレスター・ジョンの軍勢は、兵法に通じたウリエルが基本方針を組み立てている。よって、フラヌ平原まで敵を引き込んで決戦するという作戦も彼のものだ。そして、ピイエ丘陵での戦いには彼は参加せず、部下と共にフラヌ平原で準備を整えていたのだ。彼の部下に多く含まれる漢人の技術者達は、世界でも有数の技術力を誇っている。それにより、単なるモンゴル軍の定番である機動力による包囲戦とは違うものを用意しているのである。

 ただし、これまでの戦いで敵の指揮官たるトキミツは、こちらの意表を突く作戦を実行してきた。

 敵の意表を突くことは戦いの原則の一つであり、これをと言うのだ。これまでの戦いにおいて、トキミツは基本的に奇襲を多用している。不意打ち、夜襲、本拠地攻撃、火薬の大量爆破等だ。これからの戦いでも奇襲を受けた場合、主導権を敵に握られ、味方の士気ががた落ちになる可能性もある。

「ああ。警戒のためにあちこちに監視や伝令を配置している。何かあったらすぐに気が付くはずだ。策を破られた敵は、逆に混乱に陥るだろう。その時こそ好機だ」

 プレスター・ジョンの闘志のこもった、そして自身の溢れる言葉にアラムダルとウリエルの戦意も高揚した。流石は伝説的なモンゴルの英雄の血を引き、キリスト教世界から救世主と期待されているだけの事はある。

 ウリエルはその宗教的な情熱から決意を新たにした。

 また、アラムダルはキリスト教徒ではなかったが、自分の立身出世のために、戦いでの活躍を心に誓った。彼はフビライに命じられて参陣したカラプトの戦いで、上司であるモンゴル帝国でも有力な血筋にあたる人物を守り切れずに敗北した。逆にアラムダルは、モンゴルの遊牧民の中でも地位の低い部族出身である。フビライの元に戻ったところで良くて左遷、悪ければ責任を取らされて処刑だろう。プレスター・ジョンの下で活躍するしか彼に道は無いのだ。

「それでは、作戦の細部を説明する。地図で準備をしたところを説明するから、よく覚えて欲しい」

 ウリエルは二人が良く見えるように地図を広げ、自分の作戦と準備について説明した。

 先ず、フラヌ平原のあちこちに落とし穴や柵等の障害が設けられた。これによって敵の動きを制限したり、進行方向を制御することが出来る。この様な障害は一見すると機動力を武器とするプレスター・ジョン側に悪影響を及ぼしそうだが、馬の通りやすい場所には仕掛けられていない。仕掛けられているのはアイヌ達が隠密に侵攻してきそうな茂みや窪地である。フラヌ平原は本来敵の支配地域であり、地理・地形に通じている者もいるだろう。その知識を利用して移動しようとした敵の出鼻を挫くのが障害なのだ。

 また、平原にはあちこちに川が流れているが、これの上流には堰を設けた。水深が浅いと思って渡河しようとした瞬間に堰を解放し、敵を水に飲み込ませてしまうのである。

 そして、戦場のあちこちには枯草や石炭の粉、火薬などが仕掛けられており、何時でも火計を発動できるようにしている。

 これらの処置は、敵の動きを制限、または誘導して、その動きを捕捉したところで殲滅する事を基本としている。何故ならば、敵の主力たるアイヌは少数での戦いに習熟しているからだ。

 戦争という大規模な争いにおいては、基本的には一ヵ所に密集した方が有利である。これは連携や通信の点もあるし、分散すると不安になって士気が落ち、脱落してしまう可能性があることからも明らかだ。そして、通常は集団としての戦闘方法により習熟した練度の高い方が勝利する。

 だが、この戦いにおいてアイヌ達は密集せずに分散して勝負を挑んできている。何故ならば集団としての練度は、チンギス・ハーンの編み出した訓練方法によって伝統的に鍛え上げられたモンゴル軍に勝てる見込みなど無いからだ。分散し、隠れながら行動することでモンゴル側からの攻撃を抑制する事に勝機を見出したのである。確かに分散した相手に雨の矢を降らせても、非効率なことこの上ない。

 普通は、分散して散兵として戦うなど出来はしない。その様な訓練は積んでいないし、集まっていないと不安になってしまうからだ。しかし、アイヌは狩人としての生活で、独立的に行動するだけの技能と精神を鍛え上げている。だからこそこの様な戦法が可能なのだ。

 ウリエルの作戦は、アイヌの散兵を封じるためのものだ。数々の障害はアイヌの動きを制限して密集させるか、動きを止める事だろう。そこに矢の雨を降らし、投石器による巨石を叩きこみ、震天雷を爆破させ、水攻め火攻めで殲滅するのである。

 敵の利点さえ殺してしまえば、後は世界最強のモンゴル軍の敵ではない。

「よし。皆の者! これからウリエルとアラムダルの指示する通り配置に着け! この地を敵の墓場とするのだ!」

 プレスター・ジョンは目の前で話し合っていた二人だけでなく、周囲の兵達にも熱っぽく呼びかけた。良く通る声は平原に広く響き渡り、それを聞いた配下達の士気を高めたのであった。
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