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第3章「大陸侵攻戦」
第50話「ジョチとチャウルベキ」
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捕虜の中に見知った顔であるニコーロ=ポーロ兄弟を見つけ、彼らを解放した時光は、今後の方針を話し合うためヌルガン城の会議室らしき部屋に主だった者を集めた。カラプトの各民族の代表者達と、時光と関係が深い丑松、グリエルモ、ニコーロ=ポーロ、マフェオ=ポーロである。
「今後の方針だが、普通にやっていては戻ってくるであろうプレスター・ジョンが率いる本隊に勝つことは出来ないだろう」
「カラプトや蝦夷ヶ島から援軍をこの城まで呼び、それが駆け付けるまで籠城するというのはどうなんだ? この城はかなり防備が固いようだが」
「救援が駆け付けるにはかなり時間がかかるだろう。それまでこの城が耐えきれるとは思えない。思い出してみろ。ボコベー城を灰塵と化したあの攻城兵器を」
「確かにあのような巨石があれ程の距離を飛んでくるとは、ヨーロッパでも聞いたことがありませんぞ」
「ほほう。そんなに凄かったのですか? その投石器は?」
「ん? 投石器? 石を放つ攻城兵器はカラパルトやバリスタでしょう?」
聞きなれない兵器の名前を口にするマフェオに対して、彼と同じくヨーロッパ出身のグリエルモが問いただした。
「ええ。旅をしている最中に聞いたのですが、ペルシャの辺りにはトレビシュットと言う従来の投石器を遥かに超える兵器があると聞いたので、それの事かと思ったのですよ。あの辺りはモンゴル帝国のフレグ・ウルス――イル・ハン国とも呼ばれますかな? まあモンゴルの支配地域ですから、モンゴル軍が使っても何もおかしくありません。それに噂によると、宋の重要拠点である襄陽を落とすために、トレビシュットを作る技術者を皇帝が呼び寄せたとか」
「そうか。あの兵器はそういうものだったのか。確かに奴らの中には胡人らしき奴もいたような気がする」
従来の投石器であるカタパルトは、動物の腱や綱などの弾力を利用して石を投射する。それに対してトレビシュットはおもりによる位置エネルギーを利用して投射する。カタパルトは素材の弾力の要因等により投射能力に限界が来ていたのに対し、おもりの重量を増加させることによりトレビシュットはさらに射距離を伸ばすことができた。当時の中東の科学力の高さを示したものである。
「それはともかく、最後まで籠城するのは無理だが、強烈な打撃を一回だけでも与えたい。そうでなければまたすぐにカラプトまで侵攻してくるだろうからな」
「それではどうするのだ? まともにやっては兵力差から話にならんぞ」
「それを埋めるために色々準備をしておきたい。そのため、皆の中にはこの辺りの集落と交流のある者もいると思うが、そこから鹿とかの家畜を買って来て欲しい。もちろん代金は払う。この城にはかなりの軍資金が溜め込んでいるようだからな」
占領した敵城の物資や財産を没収するなど、戦では当然のことである。
「さて、詳しい作戦は家畜を買いに行った者達が戻って来てからとして、この城を拠点にしているプレスター・ジョンについてある程度知りたい。兵法書にも、敵を知り己を知らば……というのがあるからな」
「そう言えば私もこの城で商売をしている時に、ここの城主はプレスター・ジョンの子孫だと聞きましたよ」
「おっ? 何か知っているのか? 是非とも知りたい」
ニコーロの発言に時光は食いついた。大陸の東西を旅し、プレスター・ジョンの城で商売していたニコーロの情報は役に立つ。
ニコーロの話によると次のようだった。
モンゴル高原には数多の遊牧民が暮らしていたが、その中でもトオリル・ハンは有力な族長であり、彼のケレイト部はネストリウス派のキリスト教徒が多かったという。そして、一部ではトオリル・ハンの事はプレスター・ジョンと呼ばれていた。彼の傘下にはテムジン――若き日のチンギス・ハーンが居り、チンギス・ハーンの活躍もあって周辺の部族との争いに勝ち、次第に勢力を拡大していったという。
トオリル・ハンとチンギス・ハーンの父親であるイエスゲイと旧友であり、トオリル・ハンはチンギス・ハーンと義父子の関係を結んでいた。まだ弱小勢力であったチンギス・ハーンの後ろ盾となり、チンギス・ハーンの妻であるボルテが敵対部族に攫われた時、圧力をかけて解放させたのはトオリル・ハンであった。
友好関係にあると思われた二人だが、ある日、チンギス・ハーンが自分の息子であるジョチとトオリル・ハンの娘であるチャウルベキの婚姻を提案したのをきっかけに、関係が悪化してしまった。
最終的にチンギス・ハーンが勝利し、トオリル・ハンは死亡してその勢力はチンギス・ハーンに吸収されてしまった。
「そして、この城の主であるタシアラという人物は、実はジョチとチャウルベキの血を受け継いでいると言われているようです」
「それで、トオリル・ハンの後継者として、プレスター・ジョンを名乗っているという事か」
「はい。そして、モンゴル帝国に支配された地域のキリスト教徒を集めて軍を編成し、こうしてこの地域を治めているようです」
プレスター・ジョンの配下にはヨーロッパ出身と思われる騎士も含まれていた。恐らく彼らはキリスト教徒という関係により、この様な東の果てまで駆けつけて、戦いをしているのかもしれない。
「で、そいつの目的は何なんだ? 蒙古の皇帝の命令でカラプトに攻め込んできたのか? それにしては本国と連携が取れてない気がするが」
「そこまでは分かりません。ああ。そう言えばモンゴル帝国の皇帝であるフビライの母親は、トオリル・ハンの姪だそうです」
「姪? だとすると蒙古の皇帝もプレスター・ジョンの縁者だという事なのか」
チンギス・ハーンとかつてのプレスター・ジョンという、二人の英雄の流れをくむフビライと当代のプレスター・ジョン。彼らがお互いをどう思っているのか、時光には見当もつかなかった。疎ましく思っているのかもしれないし、奇妙な縁から親しみを感じているのかもしれない。
ただ言えるのは、カラプト、蝦夷ヶ島、そして日本をプレスター・ジョンの侵攻から守らなければならないという事だ。
「しかし、キリスト教徒が集まった軍団か……グリエルモさんは奴らを相手にして大丈夫ですか? 戦いたくなければ離脱しても構いませんが」
「いえ、ネストリウス派などは異端ですので、神に変わって鉄槌を下してやりましょう」
「あ、そうですか」
気に懸けるだけ無駄であった。実際にグリエルモは刺の付属した鉄槌である、モーニングスターを愛用しているのだから、余計に質の悪い発言である。基本的に温厚な人物だが異端とか邪教とか言いだすと、この様な雰囲気になる。
「ところで時光さん。我々はこの城を抜け出したいのですが」
「ん? ああ。あなた方もキリスト教徒ですからね。プレスター・ジョンの軍と対峙するのは気が進まないのでしょうね」
「いえ、そうではありません。実は息子が近くに来ているはずなので、戦いになる前に合流したいのです」
「そう言えば蝦夷ヶ島を去る時に、今度はお子さんを連れて来ると言ってましたね。確かマルコ君と言いましたか。構いませんよ。別にニコーロさん達は指揮下にある訳ではありませんから」
時光の承諾により、ニコーロ兄弟は戦いが始まる前にヌルガン城を出て行った。彼らの去って行く姿を時光はしばらくの間、考え深げに眺めていた。
「今後の方針だが、普通にやっていては戻ってくるであろうプレスター・ジョンが率いる本隊に勝つことは出来ないだろう」
「カラプトや蝦夷ヶ島から援軍をこの城まで呼び、それが駆け付けるまで籠城するというのはどうなんだ? この城はかなり防備が固いようだが」
「救援が駆け付けるにはかなり時間がかかるだろう。それまでこの城が耐えきれるとは思えない。思い出してみろ。ボコベー城を灰塵と化したあの攻城兵器を」
「確かにあのような巨石があれ程の距離を飛んでくるとは、ヨーロッパでも聞いたことがありませんぞ」
「ほほう。そんなに凄かったのですか? その投石器は?」
「ん? 投石器? 石を放つ攻城兵器はカラパルトやバリスタでしょう?」
聞きなれない兵器の名前を口にするマフェオに対して、彼と同じくヨーロッパ出身のグリエルモが問いただした。
「ええ。旅をしている最中に聞いたのですが、ペルシャの辺りにはトレビシュットと言う従来の投石器を遥かに超える兵器があると聞いたので、それの事かと思ったのですよ。あの辺りはモンゴル帝国のフレグ・ウルス――イル・ハン国とも呼ばれますかな? まあモンゴルの支配地域ですから、モンゴル軍が使っても何もおかしくありません。それに噂によると、宋の重要拠点である襄陽を落とすために、トレビシュットを作る技術者を皇帝が呼び寄せたとか」
「そうか。あの兵器はそういうものだったのか。確かに奴らの中には胡人らしき奴もいたような気がする」
従来の投石器であるカタパルトは、動物の腱や綱などの弾力を利用して石を投射する。それに対してトレビシュットはおもりによる位置エネルギーを利用して投射する。カタパルトは素材の弾力の要因等により投射能力に限界が来ていたのに対し、おもりの重量を増加させることによりトレビシュットはさらに射距離を伸ばすことができた。当時の中東の科学力の高さを示したものである。
「それはともかく、最後まで籠城するのは無理だが、強烈な打撃を一回だけでも与えたい。そうでなければまたすぐにカラプトまで侵攻してくるだろうからな」
「それではどうするのだ? まともにやっては兵力差から話にならんぞ」
「それを埋めるために色々準備をしておきたい。そのため、皆の中にはこの辺りの集落と交流のある者もいると思うが、そこから鹿とかの家畜を買って来て欲しい。もちろん代金は払う。この城にはかなりの軍資金が溜め込んでいるようだからな」
占領した敵城の物資や財産を没収するなど、戦では当然のことである。
「さて、詳しい作戦は家畜を買いに行った者達が戻って来てからとして、この城を拠点にしているプレスター・ジョンについてある程度知りたい。兵法書にも、敵を知り己を知らば……というのがあるからな」
「そう言えば私もこの城で商売をしている時に、ここの城主はプレスター・ジョンの子孫だと聞きましたよ」
「おっ? 何か知っているのか? 是非とも知りたい」
ニコーロの発言に時光は食いついた。大陸の東西を旅し、プレスター・ジョンの城で商売していたニコーロの情報は役に立つ。
ニコーロの話によると次のようだった。
モンゴル高原には数多の遊牧民が暮らしていたが、その中でもトオリル・ハンは有力な族長であり、彼のケレイト部はネストリウス派のキリスト教徒が多かったという。そして、一部ではトオリル・ハンの事はプレスター・ジョンと呼ばれていた。彼の傘下にはテムジン――若き日のチンギス・ハーンが居り、チンギス・ハーンの活躍もあって周辺の部族との争いに勝ち、次第に勢力を拡大していったという。
トオリル・ハンとチンギス・ハーンの父親であるイエスゲイと旧友であり、トオリル・ハンはチンギス・ハーンと義父子の関係を結んでいた。まだ弱小勢力であったチンギス・ハーンの後ろ盾となり、チンギス・ハーンの妻であるボルテが敵対部族に攫われた時、圧力をかけて解放させたのはトオリル・ハンであった。
友好関係にあると思われた二人だが、ある日、チンギス・ハーンが自分の息子であるジョチとトオリル・ハンの娘であるチャウルベキの婚姻を提案したのをきっかけに、関係が悪化してしまった。
最終的にチンギス・ハーンが勝利し、トオリル・ハンは死亡してその勢力はチンギス・ハーンに吸収されてしまった。
「そして、この城の主であるタシアラという人物は、実はジョチとチャウルベキの血を受け継いでいると言われているようです」
「それで、トオリル・ハンの後継者として、プレスター・ジョンを名乗っているという事か」
「はい。そして、モンゴル帝国に支配された地域のキリスト教徒を集めて軍を編成し、こうしてこの地域を治めているようです」
プレスター・ジョンの配下にはヨーロッパ出身と思われる騎士も含まれていた。恐らく彼らはキリスト教徒という関係により、この様な東の果てまで駆けつけて、戦いをしているのかもしれない。
「で、そいつの目的は何なんだ? 蒙古の皇帝の命令でカラプトに攻め込んできたのか? それにしては本国と連携が取れてない気がするが」
「そこまでは分かりません。ああ。そう言えばモンゴル帝国の皇帝であるフビライの母親は、トオリル・ハンの姪だそうです」
「姪? だとすると蒙古の皇帝もプレスター・ジョンの縁者だという事なのか」
チンギス・ハーンとかつてのプレスター・ジョンという、二人の英雄の流れをくむフビライと当代のプレスター・ジョン。彼らがお互いをどう思っているのか、時光には見当もつかなかった。疎ましく思っているのかもしれないし、奇妙な縁から親しみを感じているのかもしれない。
ただ言えるのは、カラプト、蝦夷ヶ島、そして日本をプレスター・ジョンの侵攻から守らなければならないという事だ。
「しかし、キリスト教徒が集まった軍団か……グリエルモさんは奴らを相手にして大丈夫ですか? 戦いたくなければ離脱しても構いませんが」
「いえ、ネストリウス派などは異端ですので、神に変わって鉄槌を下してやりましょう」
「あ、そうですか」
気に懸けるだけ無駄であった。実際にグリエルモは刺の付属した鉄槌である、モーニングスターを愛用しているのだから、余計に質の悪い発言である。基本的に温厚な人物だが異端とか邪教とか言いだすと、この様な雰囲気になる。
「ところで時光さん。我々はこの城を抜け出したいのですが」
「ん? ああ。あなた方もキリスト教徒ですからね。プレスター・ジョンの軍と対峙するのは気が進まないのでしょうね」
「いえ、そうではありません。実は息子が近くに来ているはずなので、戦いになる前に合流したいのです」
「そう言えば蝦夷ヶ島を去る時に、今度はお子さんを連れて来ると言ってましたね。確かマルコ君と言いましたか。構いませんよ。別にニコーロさん達は指揮下にある訳ではありませんから」
時光の承諾により、ニコーロ兄弟は戦いが始まる前にヌルガン城を出て行った。彼らの去って行く姿を時光はしばらくの間、考え深げに眺めていた。
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