上 下
22 / 43

第21話「元最強陰陽師、魔神と遭遇する」

しおりを挟む
 ミリグラム伯の居城に挨拶をしに行った次の日、俺はカナデ達を連れて山登りをしていた。

 この山はミリグラム伯の居城から少し離れた場所に位置ししており、標高はそれ程高くはないのだが、植物が密生しているため、道を外れた場所を歩くのはかなり困難である。

 その代わり、誰が通るのか分からないのだが、意外としっかりした道がつけられている。誰が道を踏み固めて樹木を伐採したというのだろうか。

 先を急いでいるため食事などは歩いたまま各人思い思いとっており、今もクロニコフは水筒に口を付け、ダイキチは川魚の燻製を齧っている。俺はついさっき干し肉を食べたばかりだ。

「蠱王。もうそろそろだろうか?」

「その通りです。主よ。もう少し先で魔力の高まりを感じます」

 俺の問いかけに対して、懐に隠れているカエルが答えた。彼は蠱王と名をつけた俺の式神で、本来なら殺し合いをさせる蠱毒の魔術において、戦うことなく他の毒虫達を心服させた器の持ち主である。

 まだ力は弱いものの将来性は抜群であるため、非常に期待をしている。まあそもそも俺の魔術が復活すれば、その影響で自動的に強くなるのだが。

「じゃあもうすぐなの? その龍穴りゅうけつっていう場所は」

「そのはずだ。地形上そうなっているし、蠱王もそれを感じ取っている」

 龍穴とは大地の気が噴き出す場所で、これは山の尾根伝いに存在する気の流れである龍脈のどこかに存在する。俺の風水の知識では、今登っているメルバ山はアガラト山脈に流れる龍脈の気が集まる場所のはずだ。

「その龍穴でミリグラム伯は何かをしようとしているってことね」

「ああ。多分な。恐らく何かの魔術儀式だと思う」

「そして、それには魔王が関わっているってことなんだニャ?」

「その通りだ。あのバイエルンと手紙のやり取りをしていたんだぞ? 奴の目的からいったらそうなるはずだ」

 バイエルンは以前倒した魔王復活を目指す一味の手先で、バナード魔術学院に教師として紛れ込んでいた。そして、授業を利用して教室の黒板で魔力を盗んでおり、それをどこかに運び出そうとしていた。

 昨日ミリグラム伯の居室に入り込んだ時、そこには病に臥せっているはずのミリグラム伯はおらず、おかげで悠々と捜索したところ、バイエルンとやり取りをした手紙を発見した。隠語を使っているので目的は完全には判明しなかったが、黒板をミリグラム伯の居城に運び込むという記述があった。

 黒板と言われても普通は分からないので、その単語を隠さずに使ってしまったのだろうが、バイエルンの企みを打ち砕いた俺にはお見通しという訳だ。

 また、捜索の際にミリグラム伯の書斎机に風水の本があるのを発見した。この世界では風水は知れ渡ってはいない筈なのに妙な話である。

「しかも、あそこにあった本、「風水地理五訣」とか「葬書」とか俺の世界の風水の本だったんだぜ。しかも、一般に出回っているのじゃなくて、魔術師業界にしか知られていないのが」

「誰かがこの世界に持ち込んだってことなのかしら」

「あり得るな。カナデが俺の世界とこの世界を繋ぐゲートを作ったみたいに、他にもそういう事をした魔術師は過去にいたんだろうね」

 そもそも、この世界では日本語がそのまま通じたり、漢字が使用されていたりと元の世界との繋がりを示す事柄が多かったのだ。

 ミリグラム伯を締め上げれば、色々と元の世界に戻る為の手掛かりが分かるかもしれない。

「よし、ここから慎重にゆっくり進んで行こう。なるべく音を立てないように気を付けよう」

 俺の指示で皆がペースを落とし、物音を立てないように気を付ける。ここに来ている者は鎧の様に音の出る者は着ておらず、クロニコフはローブ、俺以外の陰陽師勢は道服である。

 俺はジャージなので実に閉まらない事この上ない。今度小さなゲートを開いて実家と交信で来た時、道服を送ってもらおうと心に決めた。

 今回この山に来たのは、別に戦闘が第一目的ではない。もし事態が切迫しているなら強襲することになるが、あくまで第一目的は偵察である。

 エルフの姫であるカナデがこうして参加しているのも、あくまで偵察が主目的だからだ。でなければ町で協力してくれていたエルフの大商人であるジェイスが強硬に反対していただろう。

 もっとも、普通なら単なる偵察とはいえ、軍務に就いている訳でもない姫君がこうも簡単に最前線に出るなど出来ないだろう。これはこの件が魔王復活に関わるからだ。

 約10年前、この世界に突如として現れて世界を滅ぼしかけた魔王の忌まわしい記憶は、まだ人々から消えていない。カナデやジェイスの故郷であるペペルイの森も大きな被害を受けて、大半が枯れてしまったという。

 こういう事情があるため、魔王復活を阻止するための行動は、身分を問わず最優先でやらなければならない、いや、高貴な身分だからこそやらなければならないのだ。

 ジェイスは今頃王国の諜報機関と接触して、対処するための兵を集めているはずだ。王国として正式にミリグラム伯の居城を捜索したら、まだまだ新たな証拠が出て来るかも知れない。

「止まれ」

 小さな声で停止を指示した。少し先は開けていて、小さな小屋が見える。多分今進んできた道はこの小屋に行くためのものであり、あの小屋にミリグラム伯がいると推測できる。

 そのまま無策に進むのではなく一旦道の脇に逸れて草木で身を隠した。

「ねえ。あれって……」

 カナデが珍しく不安そうな声で小屋の近くを指さした。

 その示す先には、小屋のそばに居座る象の大きさ程の生物の姿があった。

 そいつの外見は、人、牛、羊の3つの頭を持ち、足はガチョウ、尾はヘビでドラゴンに跨っているという怪物である。手には槍と軍旗を持っている。また、時折息に炎が混じっており、その危険さは子どもにだってわかるだろう。

 また、そいつの周囲には強烈な魔力が漂っているため、物理的な危険のみならず魔術的な脅威も持ち合わせていることがこの場にいる誰にでも理解できた。

「あいつはやばいな……」

 たいていの事には動じない自信がある俺も、奴との遭遇に動揺を隠せなかった。

「あれが何なのか知っているの?」

「あいつの名前はアスモデウス、7つの大罪の内色欲を司る悪魔にして、ソロモン72柱の魔神の1柱だ。まともにやって勝てる相手じゃない」

 最悪の相手と遭遇してしまったことに俺は戦慄した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...