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第9話「元最強陰陽師、ゲート(小)を開く」

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 バイエルン一味を退治し、魔力の一部を取り戻した次の日の朝、バナード魔術学院の食堂で朝食をとっていた。この世界にもパンやそれにつけるバターやジャムは存在するため、今のところ食事に困ってはいない。

「で、バイエルンせんせ……バイエルンはどうなったんですか?」

 朝食を一緒に取っているのは、エルフの少女にして陰陽師のカナデ=ペペルイである。

 俺をこの世界へといざなった魔術師だ。

「倒した後、この学院の先生方や警備員が駆け付けてきて捕縛していったよ。学院には一時的に拘束する権限しかないから近くの領主のところに移送するんだって。場合によっては都に送るらしいね」

「そうですか。でも何でバイエルンは魔力を黒板に吸収してそれを持ち出そうとしていたのかしら?」

 カナデの疑問はもっともである。魔力を溜めるだけなら根気強く自分で込めていけばいいのだ。魔術師が使用する教室の黒板に吸魔の紋を仕込んで魔力を充填し、溜まったところでそれを搬送するなど手が込み過ぎている。

「仮説なら立てられる。何らかの犯罪に関わる魔術を使う時に他人の魔力を使うことで検知から逃れる。魔術の種類によっては特定の魔力でなければ発動できない場合があるので特定の魔力を収集していた。すぐに思いつくのはこんなことくらいかな?」

「色んな可能性があるんですね。よく九頭刃くずのはアツヤさんはよくそんなに思いつきますね」

 カナデは感心した風にこちらを見つめて来る。俺は元の世界で魔術協会の任務で、様々な魔術を使用したテロと戦ってきたから経験的に分かるのだ。

 この世界は俺達の世界とは違い大々的な魔術学院をつくれるくらい魔術が世間に浸透している様だが、魔術を使用した悪事というのはあまり知られていないようだ。

「ところでクロニコフとダイキチは? 一緒に戦ったんでしょ?」

「ダイキチは怪我の療養中、クロニコフはその看病だ」

 猫妖精ケットシーのダイキチは昨夜の戦いでその猫爪をもって形勢逆転に貢献してくれたが、バイエルンに殴られて深手を負っていた。治癒魔法で一応治ってはいるが大事を取って休んでいる。

 クロニコフは共に戦った縁かダイキチの看病をしている。エリート貴族のボンボンで取り巻きが何人もいるからその連中にやらせればいいのだが、自分でやると言って聞かない。

 昨夜に俺がピンチになった時に助けてくれたこととダイキチへの献身から、昨日ちょっとしたことからのいさかいで決闘になったことについての悪印象は完全に払しょくされた。

「ごちそうさまでした。お先に失礼するよ。クロニコフ達にパンを持ってくんでね。それと……」

「それと?」

「昼になったら転移魔術ゲートを試してみたい」

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 昼になって魔術の実験室にカナデと一緒にやって来た。この部屋は最初にカナデがゲートの魔術によって元の世界の俺の部屋へとつなげた場所である。

 つまり、この場所は元の部屋との魔術的な結びつきが強いので、ゲートの魔術の成功率が上がるのだ。更には、俺の部屋には俺を模した式神を置いて来たので俺と式神との魔術的な繋がりはゲートの目標を定めるのに役に立つ。

「さーてと、やってみるのかな」

 昨日、魔力が枯渇した際に試した時は、作成できたゲートは針の穴の程度の大きさにしかならなかった。

 昨夜、吸収されていた魔力を少しばかり回復できたので、今なら成功する可能性がある。

「木行、火行、土行、金行、水行! 陰気、陽気を鍵として。開け我が世界への扉!」

 この世界に来るゲートを作成した時と同じ呪文を唱える。この呪文は即興で適当なものではあるが、一度成功しているので集中力は高めやすい。

 ゲートの魔術の発動とともに魔力のほとんどを放出すると、全身を虚脱感が襲う。やはり、魔力の戻り具合は本調子ではない。

 魔力を放出し終えると目の前に銀色の渦が出現した。

 肝心の大きさは頭が通るか通らないかくらい。前回の針の穴よりはましであるがこれでは帰ることは適わない。

「失敗ですか……」

 カナデが残念そうな声を出す。この世界に来るためのゲートをつくったのは俺だが、その魔術はカナデが俺の部屋へつなぐゲートを出現させたのを真似たもの。俺がこの世界に来る原因であることは間違いないので責任を感じているのだろう。

「いや、この大きさなら声や物を届けることが出来る。ならば打開策がある」

 そう、このゲートの向こうは俺の部屋、つまり俺の家だ。そして、俺の実家は陰陽道の名門九頭刃家である。

 つまり、ゲートの向こうには高度な魔術の専門家が大勢いるのだ。

「一門の跡取りである俺が1日以上行方不明だから、あっちでは大騒ぎかもしれないな」

「それはそうでしょうよ。私だって毎週実家には手紙書いてるもの」

 カナデの実家はエルフの名門であるらしい。こういった良家の事情というのはお互い似たようなものだ。

「よーし。誰か来てくれ! 誰か! 姉さん! 姉さん!」

 助けを求めるべく大声を上げる。このゲートは音も通すはずなので何とか家の者には聞こえるはずだ。姉を名指して呼んでいるのは、姉の部屋が俺の部屋の隣なので気が付いてくれる可能性が高いのである。

 もしも、声がそこまで届かなかったとしても、ゲートが広がって俺と俺の部屋に置いてきた式神のリンクが強くなったため、今なら操作することが出来るはずだ。式神を動かして伝えればいい。

 ただ、そこまで考慮する必要はなかった。

「はいは~い。どうしたんですかアツヤさん」

 どことなくのんびりした声が部屋に入って来た。俺の姉、九頭刃コマチだ。

 その落ち着いた口ぶりからすると、俺の失踪はまだ知られていないらしい。魔術大戦が終わってからその疲労のため、部屋から出ないことが多くなっていたためだろう。

 もしかしたら時間の流れが違う可能性もあるが、今のところそれを検証する余裕は無い。

「姉さん。良く来てくれました。これを見てください」

「はいはい。これって? …………キャーッ!!」

 姉のコマチは悲鳴を上げると部屋の外に出て行ってしまった。

「ちょ、ちょっと待ってよ! ねえさ~ん!」

 必死で呼び止めるのだが、残念ながら姉は止まることはなかった。

 さて、ここで俺がこの世界に来た時のことを思い出してみると、ここに来る直前、俺はパソコンゲームをやっていた。

 そのゲームであるが、内容的には大人向けの制限のあるものである。

 俺はこの春に18歳になっているため、購入もプレイも問題はない。ないのではあるが、やはり女性の前でやりたい代物ではない。

 更に悪いことにパソコンのモニターには、まさにが映っており、最悪な事にはこのゲームは姉ゲーであった。

 皆々様も、こういったゲームをやる時は、音漏れ、ゲーム画面の最小化、ダミー画面の準備等、注意を怠らない事を推奨いたします。俺の様な悲劇を繰り返さないために……

 それはともかく急いで式神を動かし、助けを呼ぶために部屋の外に移動させようとした。

 しかし、

「消えちゃいましたね……」

「そうだね……」

 残念ながら時間切れになって、ゲートは消えてしまった。それと同時に式神との繋がりが弱くなり、同一化していた感覚がなくなってしまう。リンク自体はあるのだがそれは弱いものであった。

 魔力が枯渇している俺には追加でゲートをつくることは適わない。また、魔力を回復させなければ……

「助けは呼べなかったんですか?」

「ん? あ~、え~、ちょっとね……」

 何が「ちょっとね」なのかはともかく、兎にも角にも救援を呼ぶことに失敗したことを伝えた。

 当然のことながら正確な事情はぼかす、大体異世界に住まうカナデに成人向けゲームという概念を理解してもらうこと自体が難しい。

 しかし困ったものだ、戻るための時間は有限ではないのに。

「今日は失敗したけど、今後の方針は決まったぞ」

「そうなんですか?」

 自信満々に言う俺に心配そうな視線をカナデは向けて来る。

「一つ目は魔力を回復させて、もう1回試すこと。多分あっちも異常事態に気付いてくれただろうから今度は話を進めやすい」

「なるほど。それはそうね」

 もし、家人が異常に気が付かなかったとしても、即座に式神を動かせばコンタクトを取ることが出来るだろう。

「もう一つは、この世界における陰陽道の法則を解明すること。結構な魔力をつぎ込んだけど、出来たのはあの大きさでしかなかった。これは俺がこの世界の魔術法則を理解しきれていないからだ。星宿とか天界との繋がりとか、そういう森羅万象の法則を解明して俺の陰陽道をアップデート……修正すれば、完全なゲートが完成するだろう」

「そうね。あとそれにもう1つ付け足させて」

 カナデが追加の提案をしてきた。俺としては今述べた2つ以外には思い浮かばないのだが。

「私に陰陽道を教えて。今はまだ未熟であなたの世界へつながったゲートは偶然にしか作れなかったけど、私の陰陽道が上達すれば帰してあげられるんじゃないかしら」

 カナデの意見に俺ははっとした。俺は今まで自分や自分の魔術師一門の力で帰ることしか考えていなかった。しかし、他人の力を借りるという発想も今は必要だろう。昨夜の戦いでクロニコフとダイキチの力を借りたように。

「そうだな。ただし、今言った通り俺だってこの世界で通用する陰陽道はまだ知らないから、教えるというより一緒に身につける、というべきかな?」

「それではよろしくお願いいたします」

 カナデは右手を差し出してきた。この世界でも握手という習慣は同じらしい。握り返すとカナデの意思の強さを表す様に意外と力強い感触が帰ってくる。

 この日から、俺とカナデの陰陽道修行が幕を上げたのであった。

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