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第6話「元最強陰陽師、敵と遭遇する」
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男子寮の部屋を出た俺は、夜の闇に包まれた学院の敷地を天文台を目指して進んで行った。
夜の学院は照明の類が特に設置されていないためかなり暗い。松明のような照明具は使われてはおらず、魔術による明かりもなさそうである。
男子寮の中は部屋の住人であるクロニコフが召喚したらしいサラマンダーの炎で照らされていたし、廊下には燭台のロウソクが弱い光を放っていたので、光を得る技術はあるはずである。建物の外が暗いのは単にコスト的に魔術等を使うのが勿体ないからであろう。
暗いためか敷地内をウロウロする者はおらず、静寂に包まれていた。
なので、後ろから俺に近づいて来る1つの足音は、石造りの建物に反響して存在感を示していた。気になったので追いついて来るのを待つことにした。
「なんだ、クロニコフ君か。どうしたんだ? ついて来て」
「いや、ほら。九頭刃アツヤ君が道に迷ったら困るだろうから」
確かにこの暗闇では正確なルートを掴みづらい。大体の道順と、この学院で一番高い建物だという事だけでは迷ってしまうかもしれない。
「僕もいるニャー」
暗闇から追加で姿を現したのは、猫妖精の陰陽師であるダイキチである。足音が全くしなかったのはさすが猫というだけのことがある。
「ダイキチは何しに来たんだ?」
「僕も陰陽師の端くれとして、天文学についても色々勉強したいんだニャー」
ダイキチは陰陽師としてはまだまだ未熟であり、俺と同年代との学生とはいえ、教えを受ける立場のため、何となく上下関係が出来ていた。まあそんなに先輩風を吹かすつもりはないのだが。
3人そろって天文台に向かうことにした。先頭を行くのは場所を知っているクロニコフだ。
「そういえば、カナデさんは呼ばなくてもいいのかな? 彼女も陰陽道の勉強中だろ? 陰陽道と天文学の関係について教えれば興味があるんじゃないか?」
道すがら、俺をこの異世界に誘ったエルフの少女のことを話題にした。彼女も陰陽道の修行中だから一緒に天文台に行った方が良い経験をさせてあげられるだろうと思ったのだ。決してヨコシマな気持ちはない。
「そうだろうけど、この時間に女子寮に入るのは無理だし、管理人さんを通じて言伝は出来るだろうけど、ちょっと時間がかかり過ぎないかな」
クロニコフの反論はもっともである。俺としては早急に天体観測を開始してしまいたいし、カナデさんには明日教えれば構わないだろう。
そんなこんなで天文台に向かって進んで行き、教室棟付近に差し掛かろうという時、前方から物音が聞こえてきた。暗いので良く見えないのだが、複数の人影が前方に見える。
「何だろう? こんな夜中に」
「アツヤ君、人の事は言えないんじゃないかな? でも誰なんだろう」
「何で足音がしないのかニャー」
ダイキチの疑問の通り、前方の一団からは小さな物音がするものの足音がしていなかった。この夜の静寂の中では、石畳を踏みしめる靴の音は大きく反響するはずだというのにだ。
「毛皮とかの素材を使っていれば消音性が高まると思うけど……」
「ああ、なるほどね。こっちにはゴム素材とかは使われてないみたいだから、少し疑問に思ったんだ」
一応納得はしたものの疑問は残る。今日一日観察してきたところこの学院の人間が履いている靴は、靴底が固くなめした革や木を素材としているはずだ。これは、こちらに転移してきた時に俺は靴を履いていなかったので学院の購買でこの世界の靴を購入したから分かる。
何故、前方の一団は妙な靴を履いているのだろうか。
といってもあまり気にしてもしょうがないのでこのまま堂々と歩いていった。身を隠したりはしない。何せこちらの足音は猫足のダイキチ以外大きく響かせていたのだ。
「あれ? バイエルン師ではありませんか。こんばんは」
「君は、九頭刃アツヤ君か」
黒影の一団の中には見知った顔がおり、それは昼間に魔術総論の授業を受け持っていたバイエルン師であった。俺がクロニコフの挑発に切れて黒板を殴り壊した時の担当教師だ。
「こんな夜更けにどうしたんですか?」
「ああ、黒板を交換していてね。明日の朝の授業には間に合わせておきたいんだ」
バイエルン師は自らの後ろを指で示した。そこには作業員らしき黒装束の6人の男たちが、表面がバキバキに壊れた黒板を持っている。一応観察したところ、靴はクロニコフの想像した通り毛皮製で音の発生を抑えられるものであった。
「あ、そうですか。すみませんねぇ。それでは私はここで失礼させていただきます」
さっきまでは何故コソコソと行動しているのかを確かめようとしていたのだが、自分の悪行の結果を目の前にしてしまったため、恥ずかしさからすぐにこの場を離れようとした。
離脱して天文台に向かおうとした時、一団が協力して持っている黒板のあることに気が付いた。
「すみません。交換する黒板なんですけど表面だけで、土台の板は残しておいてくれませんか?」
彼らの持っている黒板に近づきながら気が付いたことを伝えた。
この学院の黒板は、表面は何度も書けるように加工された薄い板が使われているが、その裏には土台となる厚い板が使用されている。基本的な構造は元居た世界の黒板と同様だ。
そして、俺が昼間に殴り壊したのは、黒板の表面部分だけだ。流石に裏の板まで破壊するだけの武術は身につけていない。
なので、宝石で弁償したのは表面部分だけなので、裏の土台まで交換されては予算オーバーしてしまうのだ。
「じゃ、はがして持っていくニャー。そっちの方が軽くて楽だニャーよ。ニャンだこれ?」
話を聞いていたダイキチが黒装束の一団が持っている黒板に近づいていき、黒板の表面と土台を分離しようとして表面部分のかけらを手に取った時、隠されていた土台部分に何かが書かれているのに気が付いた。
「ブニャー!?」
「チッ、余計な事を……」
ダイキチの小さな体がバイエルン師が手に持った杖によって横殴りにされ、数メートル吹っ飛ばされた。予備動作の無い見事な動きであり、止める間もなかった。クロニコフがダイキチに駆け寄った。
「何をするんだ! ……それは!」
ダイキチを攻撃されたことに対する怒りの声を上げたが、表面の一部がはがされた黒板を見てある者に気が付いた。
「それは、吸魔の紋!」
「ふんっ。知っていたのか」
バイエルン師……いや、バイエルンは、今までの温和な表情を脱ぎ捨てて、邪悪な笑みを浮かべて俺の推察を肯定した。
「吸魔の紋」とは、その名の通り魔力を吸収する紋章であり、吸収した魔力を貯蔵する効果がある。そして、吸魔の紋と一言で言っても色んなパターンがあり、魔力を吸い取る条件として、紋章に向かって魔術が放たれる、魔術師が紋章に触れる、紋章を描いたものが呪文を唱える、など様々である。
この類の紋章は東西の魔術の流儀で開発されており、我が陰陽道にも西洋魔術にも存在する。
ただ、魔術の流儀が違って出発点は違えども、同じような効果を得るために収斂進化していくのか、ある一定の共通点があるために知識のある魔術師なら自分の流儀以外の紋章も見分けることが可能である。
特に、吸魔の紋は魔術勝負において罠として使われることが多いため、俺の様に戦闘することが多い魔術師は研究を怠ることはない。
ここで、あることに気付く。
「俺の魔力が無くなったのは……」
「ハハッ。気が付いたようだな。魔術がまともに使えなくなってあたふたするお前の姿は滑稽で、笑いを堪えるのに苦労したぞ」
俺が力を喪失するような感覚を覚えたのは、黒板に陰陽道の理論等を書いている時だった。恐らくこの時に魔力を紋章に吸い取られてしまったのだ。
「でも、感謝もしているんだぞ? お前のおかげで時間をかけずに魔力が十分たまったんだからな。もっとも、黒板を壊されたときは吸魔の紋がばれないかヒヤヒヤしたがな」
「何で、こんなことをするんだ? この世界の法は知らないが、コソコソやっているってことはどうせロクな事ではないんだろ?」
「お前が知る必要はない。そして、知ったところでお前らはこの場で死ぬんだ。おい!」
バイエルンが合図をすると、黒板を持っていた男達は黒板を地面に置き、懐から刃物を取り出した。その動作から察するに、それぞれかなりの腕前を持っているプロのようだ。
「甘く見るなよ? 返り討ちにして、魔力は取り戻させてもらおう!」
バイエルン達に向かってタンカを切り、腰を深く落として構え、戦闘の態勢を整えた。
夜の学院は照明の類が特に設置されていないためかなり暗い。松明のような照明具は使われてはおらず、魔術による明かりもなさそうである。
男子寮の中は部屋の住人であるクロニコフが召喚したらしいサラマンダーの炎で照らされていたし、廊下には燭台のロウソクが弱い光を放っていたので、光を得る技術はあるはずである。建物の外が暗いのは単にコスト的に魔術等を使うのが勿体ないからであろう。
暗いためか敷地内をウロウロする者はおらず、静寂に包まれていた。
なので、後ろから俺に近づいて来る1つの足音は、石造りの建物に反響して存在感を示していた。気になったので追いついて来るのを待つことにした。
「なんだ、クロニコフ君か。どうしたんだ? ついて来て」
「いや、ほら。九頭刃アツヤ君が道に迷ったら困るだろうから」
確かにこの暗闇では正確なルートを掴みづらい。大体の道順と、この学院で一番高い建物だという事だけでは迷ってしまうかもしれない。
「僕もいるニャー」
暗闇から追加で姿を現したのは、猫妖精の陰陽師であるダイキチである。足音が全くしなかったのはさすが猫というだけのことがある。
「ダイキチは何しに来たんだ?」
「僕も陰陽師の端くれとして、天文学についても色々勉強したいんだニャー」
ダイキチは陰陽師としてはまだまだ未熟であり、俺と同年代との学生とはいえ、教えを受ける立場のため、何となく上下関係が出来ていた。まあそんなに先輩風を吹かすつもりはないのだが。
3人そろって天文台に向かうことにした。先頭を行くのは場所を知っているクロニコフだ。
「そういえば、カナデさんは呼ばなくてもいいのかな? 彼女も陰陽道の勉強中だろ? 陰陽道と天文学の関係について教えれば興味があるんじゃないか?」
道すがら、俺をこの異世界に誘ったエルフの少女のことを話題にした。彼女も陰陽道の修行中だから一緒に天文台に行った方が良い経験をさせてあげられるだろうと思ったのだ。決してヨコシマな気持ちはない。
「そうだろうけど、この時間に女子寮に入るのは無理だし、管理人さんを通じて言伝は出来るだろうけど、ちょっと時間がかかり過ぎないかな」
クロニコフの反論はもっともである。俺としては早急に天体観測を開始してしまいたいし、カナデさんには明日教えれば構わないだろう。
そんなこんなで天文台に向かって進んで行き、教室棟付近に差し掛かろうという時、前方から物音が聞こえてきた。暗いので良く見えないのだが、複数の人影が前方に見える。
「何だろう? こんな夜中に」
「アツヤ君、人の事は言えないんじゃないかな? でも誰なんだろう」
「何で足音がしないのかニャー」
ダイキチの疑問の通り、前方の一団からは小さな物音がするものの足音がしていなかった。この夜の静寂の中では、石畳を踏みしめる靴の音は大きく反響するはずだというのにだ。
「毛皮とかの素材を使っていれば消音性が高まると思うけど……」
「ああ、なるほどね。こっちにはゴム素材とかは使われてないみたいだから、少し疑問に思ったんだ」
一応納得はしたものの疑問は残る。今日一日観察してきたところこの学院の人間が履いている靴は、靴底が固くなめした革や木を素材としているはずだ。これは、こちらに転移してきた時に俺は靴を履いていなかったので学院の購買でこの世界の靴を購入したから分かる。
何故、前方の一団は妙な靴を履いているのだろうか。
といってもあまり気にしてもしょうがないのでこのまま堂々と歩いていった。身を隠したりはしない。何せこちらの足音は猫足のダイキチ以外大きく響かせていたのだ。
「あれ? バイエルン師ではありませんか。こんばんは」
「君は、九頭刃アツヤ君か」
黒影の一団の中には見知った顔がおり、それは昼間に魔術総論の授業を受け持っていたバイエルン師であった。俺がクロニコフの挑発に切れて黒板を殴り壊した時の担当教師だ。
「こんな夜更けにどうしたんですか?」
「ああ、黒板を交換していてね。明日の朝の授業には間に合わせておきたいんだ」
バイエルン師は自らの後ろを指で示した。そこには作業員らしき黒装束の6人の男たちが、表面がバキバキに壊れた黒板を持っている。一応観察したところ、靴はクロニコフの想像した通り毛皮製で音の発生を抑えられるものであった。
「あ、そうですか。すみませんねぇ。それでは私はここで失礼させていただきます」
さっきまでは何故コソコソと行動しているのかを確かめようとしていたのだが、自分の悪行の結果を目の前にしてしまったため、恥ずかしさからすぐにこの場を離れようとした。
離脱して天文台に向かおうとした時、一団が協力して持っている黒板のあることに気が付いた。
「すみません。交換する黒板なんですけど表面だけで、土台の板は残しておいてくれませんか?」
彼らの持っている黒板に近づきながら気が付いたことを伝えた。
この学院の黒板は、表面は何度も書けるように加工された薄い板が使われているが、その裏には土台となる厚い板が使用されている。基本的な構造は元居た世界の黒板と同様だ。
そして、俺が昼間に殴り壊したのは、黒板の表面部分だけだ。流石に裏の板まで破壊するだけの武術は身につけていない。
なので、宝石で弁償したのは表面部分だけなので、裏の土台まで交換されては予算オーバーしてしまうのだ。
「じゃ、はがして持っていくニャー。そっちの方が軽くて楽だニャーよ。ニャンだこれ?」
話を聞いていたダイキチが黒装束の一団が持っている黒板に近づいていき、黒板の表面と土台を分離しようとして表面部分のかけらを手に取った時、隠されていた土台部分に何かが書かれているのに気が付いた。
「ブニャー!?」
「チッ、余計な事を……」
ダイキチの小さな体がバイエルン師が手に持った杖によって横殴りにされ、数メートル吹っ飛ばされた。予備動作の無い見事な動きであり、止める間もなかった。クロニコフがダイキチに駆け寄った。
「何をするんだ! ……それは!」
ダイキチを攻撃されたことに対する怒りの声を上げたが、表面の一部がはがされた黒板を見てある者に気が付いた。
「それは、吸魔の紋!」
「ふんっ。知っていたのか」
バイエルン師……いや、バイエルンは、今までの温和な表情を脱ぎ捨てて、邪悪な笑みを浮かべて俺の推察を肯定した。
「吸魔の紋」とは、その名の通り魔力を吸収する紋章であり、吸収した魔力を貯蔵する効果がある。そして、吸魔の紋と一言で言っても色んなパターンがあり、魔力を吸い取る条件として、紋章に向かって魔術が放たれる、魔術師が紋章に触れる、紋章を描いたものが呪文を唱える、など様々である。
この類の紋章は東西の魔術の流儀で開発されており、我が陰陽道にも西洋魔術にも存在する。
ただ、魔術の流儀が違って出発点は違えども、同じような効果を得るために収斂進化していくのか、ある一定の共通点があるために知識のある魔術師なら自分の流儀以外の紋章も見分けることが可能である。
特に、吸魔の紋は魔術勝負において罠として使われることが多いため、俺の様に戦闘することが多い魔術師は研究を怠ることはない。
ここで、あることに気付く。
「俺の魔力が無くなったのは……」
「ハハッ。気が付いたようだな。魔術がまともに使えなくなってあたふたするお前の姿は滑稽で、笑いを堪えるのに苦労したぞ」
俺が力を喪失するような感覚を覚えたのは、黒板に陰陽道の理論等を書いている時だった。恐らくこの時に魔力を紋章に吸い取られてしまったのだ。
「でも、感謝もしているんだぞ? お前のおかげで時間をかけずに魔力が十分たまったんだからな。もっとも、黒板を壊されたときは吸魔の紋がばれないかヒヤヒヤしたがな」
「何で、こんなことをするんだ? この世界の法は知らないが、コソコソやっているってことはどうせロクな事ではないんだろ?」
「お前が知る必要はない。そして、知ったところでお前らはこの場で死ぬんだ。おい!」
バイエルンが合図をすると、黒板を持っていた男達は黒板を地面に置き、懐から刃物を取り出した。その動作から察するに、それぞれかなりの腕前を持っているプロのようだ。
「甘く見るなよ? 返り討ちにして、魔力は取り戻させてもらおう!」
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