忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛

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第四章「集結する忍者」

第二話「服部半蔵参上」

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 江戸市中見廻りを終えた文蔵は、その日の報告を終えると奉行所を退いた。向かうのは八丁堀の自宅ではなく、両国の裏社会を支配する大物香具師、蝮の善衛門の家である。世間では恐れられ、町奉行所からも一目置かれている蝮の善衛門であるが、文蔵にとっては親代わりの様なもので、気安く付き合える仲である。また、蝮の善衛門の実子である善三も朱音も文蔵の仕事を手伝ってくれている。そのため、見回りを終えた文蔵達は、揃って蝮の善衛門の家で食事をとる事がある。定町廻り同心の捜査情報は、蝮の善衛門の役にもたつ。悪党に属する蝮の善衛門であるが、善男善女に害するような行動はとったりしない。逆に、度し難い悪党を始末する側だ。そうする事が、お上の過度な介入を防ぐための上策だと理解しているからである。

 もちろん、文蔵とて全ての情報を蝮の善衛門に教える訳では無いし、蝮の善衛門から裏社会の情報が伝えられる事もある。この辺の持ちつ持たれつの関係は、親子に近い関係とはいえしっかりしているのであった。

「親父、今帰ったぜ。一緒に飯食おうぜ」

 草鞋を脱ぎながら、善三が屋敷の中に大声で言った。善三は次代の蝮の善衛門となる事が約束されている様なものだ。そのため、屋敷に帰宅すれば配下の者達が丁重に迎え入れるのだ。それは善三の妹である朱音に対しても、善三と朱音の親友である文蔵に対してもそうだ。若い下足番が脱ぎ捨てた履物を整理し、恭しく頭を下げている。

 こういった扱いは、旅芸人として生きて来た文蔵にとっては中々馴れるものではない。旅芸人も半分裏社会に浸かった存在であるが、もっと自由であった。上下関係や身分というものは、文蔵にとってまだまだ息苦しさを感じさせるものであった。

「服部様に、客人が訪れています。親分が対応しておりますので、いつもの応接間までお越しくだせえ」

「ん? 何でまたここに俺の客が? まあいいか、行ってみるとしよう」

 下足番に妙な事を告げられた文蔵は、善三と朱音を連れて応接間に向かった。

 勝手知ったる善衛門邸の中を進み、応接間に入った文蔵は蝮の善衛門と、それと相対する男達を発見した。

 男達の大半は見知っているが、一人だけ初めて見る顔が混じっていた。

「おお、服部殿、邪魔しているぞ」

「百地殿、何故ここに? それに、伊賀崎殿、多羅尾殿、薮田殿まで揃って。そちらのお方は初めてだと思いますが」

 そう、そこにいたのは、百地をはじめとする幕府に仕える侍ばかりである。文蔵が同心の仕事をする様になってから知り合った者ばかりであり、事件解決のために協力した事もあるのだ。

 そして、彼らには共通点がある。

 皆、忍者なのだ。

 百地と伊賀崎は伊賀忍者であるし、多羅尾は甲賀忍者だ。そして薮田は紀州忍者である。

 ただし、実際に忍者としての職務に就いているのは、御庭番の薮田のみである。他の者達は火付盗賊改等の忍者とは関係の無い役に就いている。共に戦った事のある者もいるし、佇まいを見ればそれなりに強い事は文蔵には見て取れている。だが、彼らが忍者として有能かどうかは実際の所分からない。忍者としての力量が求められる世情ではないので、仮に忍者として実力者だったとしてもそれを示す場など無いからだ。

 もっとも、文蔵は忍者ではないため、忍者としての良し悪しなど分からないのであるが。

 そして、彼らは忍者としての誇りだけは矢鱈高いので、それぞれ対立関係にある。皆徳川の家臣なので実力行使に出たりしないが、日頃は顔を合わせれば皮肉を言ったり口論になったりと騒がしい。

 それに、彼らは自分達が忍者としてその力を発揮する場に恵まれていない。そのため、ひょんなことから忍者同心などと世間から騒がれている文蔵には、本来反発していた。

 それなのにこうして仲良く揃って文蔵を尋ねてくるなど、一体どうした事であろう。

「それはな……」

「百地、俺が話す。貴様は黙っていろ」

 火付盗賊改同心の百地の言葉を遮り、文蔵と面識のない男が口を開いた。

 この男、見た目からすると文蔵と同年代で若く見える。だが、服装を見るに他の者達と比して良い生地、良い仕立ての服装であり、地位が高い事が伺える。恐らく旗本以上の役目なのだろう。

 そして奇妙な事に、右手に古びた鉄製の手甲をしている。

「俺の名は服部半蔵成定。桑名藩松平家に仕えている。伊賀の里で修業を積み、当代の服部半蔵を名乗っている」

(またか……)

 自信満々に名乗る半蔵を見て、文蔵は内心げんなりした。これまでこの手合いと出会って碌な事になったためしがない。

 かつて伊賀忍者や甲賀忍者を束ねていた服部半蔵は、失態によりお役御免となった。だが、お家断絶などにはならず、親類の伝手を頼り桑名藩に仕える事になったのである。そして今では家老職を務める家柄なのであった。

 ここにいる服部半蔵成定は現当主の庶子であり嫡子が死亡でもしない限り家老になったりしないだろうが、それでも家格としてはこの場に居るどの忍者よりも高い。

 その半蔵がいったい何の用で文蔵に会いに来たのであろう。
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