当世退魔抜刀伝

大澤伝兵衛

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第4章 ニクジン編

第91話「荒行開始」

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 謎の武装集団の襲撃を受けてから数日が経過した。

 修と千祝ちいは、銃器で武装した集団を相手にしても対抗できるような武芸を身につけるべく。更なる特訓をしている。

 夕方にやっている少年の部では、今まで通りに稽古しているが、夜の大人の部ではこれまで以上に厳しい稽古がされるようになった。

 この日も、警察や防衛隊の門下生が集まって実戦的な稽古がされている。

 彼らは武芸の腕前という点では、それのみに集中してきた修や千祝に及ばない。だが、彼らはそれぞれ警察庁抜刀隊や陸上防衛隊特殊作戦隊に所属する精鋭である。

 銃器も活用した総合的な戦闘力では二人を上回っている。また、彼らは米軍の特殊部隊と訓練を重ね、それに匹敵する練度を誇っている。つまり、修が苦戦した傭兵崩れの男達などは物の数ではない実力者揃いだ。

 要は、彼らの全力に武芸で対抗できれば、通常の武装集団に対抗できるという事なのだ。

 そのための稽古方法として、警察官や防衛官が空気銃で修や千祝を狙い、二人はそれを回避しながら接近するというものがされている。なお、読者の諸兄はサバイバルゲームのようにちゃんとした環境以外では、このような行為はしないように心がけて頂きたいものである。

「あだっ!」

「ぐふっ」

 当然ことながら射撃を回避しながら接近するなど容易いことではない。先ほどから二人の痛みをこらえる声が道場に響くばかりである。

 なお、どちらの悲鳴も女子高生が発した物には聞こえない類のものだが、どちらが千祝の物かは明らかにしないことにしておく。

「やめ! この稽古は今日はこれまでにして、少し休憩したら気分転換に徒手の組討でもやるぞ」

 今日はこれ以上やっても効果が上がらないと判断した千祝の父親にしてこの太刀花道場の主である太刀花則武が、稽古の中断を宣言した。

「なかなかうまくいきませんね」

「でも、かなり近づけるようになったのでは?」

 目を保護するためのゴーグルを外しながらの修の発言に、稽古の相手をしていた中条が答える。中条は陸上防衛官の特殊部隊隊員であり、これまでも修や千祝とともに何度も死線を潜り抜けている。

 また、中条の言っていることは単なる慰めではない。

 数日前にこの稽古を始めたばかりの時、近距離から開始したのだが、その時は修達は中条達稽古相手の、引き金を引こうとする指の動きを目ざとく捉え、機先を制するように接近することが出来たのだ。接近戦では特殊部隊隊員と言えども修達の相手ではない。

 これは、修や千祝が縮地という武芸の奥義をある程度身につけている事に起因する。縮地は、目にも止まらぬ速度で移動することを可能にする。武芸の達人なら縮地に対抗するような動きが出来るが、中条達のレベルではそうはいかない。簡単に修達の接近を許してしまっていた。

 しかし、距離を離すようにしてからは状況が変わった。修達が縮地で移動できる距離はそれ程長くはない。完全に接近しきれなかったところを狙い撃たれるようになってしまった。

 色々工夫しても上手くはいかなかった。

 いきなり縮地をするのではなく、じりじりと少しずつ接近し、機を見計らって縮地するのは上手くいかなかった。中条達特殊部隊の隊員は、縮地の移動距離をすでに把握していたため、その間合いに入る前に確実に射撃してくるのだ。

 単純に接近するのではなく横方向に移動して、狙いを外すのも上手くはいかなかった。通常銃で狙う時は縦方向の移動に比べて横方向の移動に弱いという特性がある。そのため普通なら再度照準するのに手間取っている隙に接近攻撃をすることができるのだが、中条達特殊部隊の射撃レベルはそんなに甘いものではなかった。即座に照準を定められ、射撃されてしまった。

「どうすればよいと思う?」

 水筒からお茶を飲んで一休みする修と千祝に、太刀花則武が尋ねてきた。

 こういう時は決まって、則武の中では指導方針が定まっている。しかし、二人の向上心を促すためにあえて聞いてきているのだ。

「一番単純なのは、縮地を更に強化することですね」

「それはそうだろうな」

 千祝の答えに則武は相槌を打った。

 遠距離だと縮地が通用しなくなるのなら、縮地の距離をさらに伸ばせば良い。そうすれば遠距離からでも射撃される前に不意をついて接近することが出来る。

 そして、修達は直線的な縮地しか使えないが、円を描くような軌道で縮地を使うことにより、射撃の狙いを外すことが期待できる。

 実際に、縮地を極めた達人が、抜刀隊の一斉射撃を回避して、打ち倒していくのを目撃したことがある。その人物は、遠距離かつ曲線的な軌道で走り回り、更には立体的な縮地までやって見せた。ここまでくると、特殊部隊の精鋭といえども狙いをつけることが困難である。

「今は、相手が撃つ瞬間を目で捉えていますが、心眼的に感じ取るのはどうでしょう」

「それも正解だな。俺は基本的にそれで対処しているぞ」

 修達は現時点では目で相手が撃つ瞬間を予測して動くことしかしていない。しかし、相手の撃つタイミング、それに狙っている部位を心で感じ取ることが出来れば、より適した時点で最小限の動きで回避することが出来る。

 それを裏付けるような話として、合気道の開祖である植芝盛平の逸話がある。

 植芝盛平は、陸軍の拳銃の達人数人に数十メートル離れたところから射撃させ、撃たれた瞬間にそれを回避して全員投げ飛ばしたという。

 これは植芝盛平の弟子の塩田剛三が語った事であるが、何故そのようなことが出来たのか師匠の植芝盛平に問い合わせたところ、「相手から光の線が伸びて来て、それを回避した」のだという事だ。

 ただし、同じく塩田剛三の証言によると、植芝盛平は相手に当てようとする意志がない、真の射撃の名人の攻撃は回避できないと語っていたとしており、万能ではない。

 少し話が逸れるが、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての剣豪である宮本武蔵は島原の乱に参加した際、農民の投げた石で負傷したと伝えられている。このことは宮本武蔵の非達人説の根拠とされることがあるが、これも如何なる達人といえども自分を狙うという意思が込められていない攻撃を回避するのは難しいという事例の一つなのかもしれない。

 とは言え、中条達特殊部隊隊員や金目当てで襲撃してくる男達は、そのような真の射撃の名人の境地には程遠いため、このような回避手段を身につけることが出来たならば当然役に立つだろう。

 ただし、植芝盛平の様な達人でさえ、それほどの境地に達するのには長年の修行が必要であり、一朝一夕の稽古では難しいかもしれない。加えて言えば植芝盛平の弟子で達人と評価されている塩田剛三も、植芝盛平のこのような点を神がかり的と評しており、これは真似ができないと言っている。

 射撃を回避するなどというのは単純に達人の域に達せれば可能なのではなく、プラスアルファの何かが必要なのかもしれない。

「まあお前たちにはそういう素質は有るかもしれないがな」

 則武は修達をこのように評した。単なる慰めや気休めではない。

 千祝は則武の娘で血統にはそういった才能がある可能性がある。

 また、修は集中力を高めた状態で様々な道具を使う時、その道具を過去に使用した者の技を再現することが出来る。これは修の父親も持っていた特殊能力で血筋的なものらしい。

 普段は茶道具に秘められた過去の茶人の点前を再現しているだけだが、当然ながら刀に秘められた過去の剣豪の技を再現することもできる。

 極端な話、修は特殊部隊隊員の銃器を借りてこの特殊能力を使用すれば、たちまち銃の達人となってそこらの襲撃者など排除することが出来る。

 ただ、これまで純粋に武芸者として修練を重ねてきた修は、そういう手段に気が乗らないし、気持ちが乗らなければ特殊能力を発動することが出来ない。更に言えば、修は銃を使うことを考えた事もない。

「まあ、着実に成果は出ていると思うぞ。相手が引き金を引くタイミングを捉えるのが的確になっているし、縮地で回避する方向も良くなってきている。多分そこいらの傭兵崩れの能力では確実に狙うことは出来ないだろうな」

「そうだと良いんですがね」

 則武は大袈裟にほめるタイプではないため、この評価は真っ当な物だろう。しかし、これから襲撃されるのが、特殊部隊クラスの精鋭でないという保証はどこにもないのだ。

「しょうがないわよ。私たちはやれることを精一杯やっていきましょ」

 千祝の言葉に修はうなずき、稽古を再開することにした。

 実際のところ、中条達特殊部隊の隊員達も、修と千祝を相手にすることで射撃技術を向上させており、そのことも修達の成果が乏しく見える原因である。しかし、中条達も必死で修達の相手をしているため自分達の技術の向上に気が付かず、修達や則武は射撃の専門家ではないためそのことには思い至らなかった。

 なので、二人が自分達のレベルアップに気が付くのは、もう少し先の話である。
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