当世退魔抜刀伝

大澤伝兵衛

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第3章 ワイラ編

第79話「今宵の虎徹は血に飢えている」

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 千祝ちいが展示室から走り去り、部屋には修と抜刀隊の隊員達、そして相対するものであるワイラが残された。修はワイラの鉤爪と刀を交えたままである。

 千祝が抜けたため、修は一人でワイラを拘束することになってしまったが、今のところそれは成功している。一人で対処しなくてはならなくなった分、かえってその剣は鋭さを増していくように見える。

「鬼越君、我々には君たちの作戦がさっぱり理解できないんだが、出来れば教えてほしいんだが」

 抜刀隊の中でも最も修と親しい大久保が、修に申し訳なさそうに尋ねてきた。本当は、修には戦いに集中してほしいのだが、二人の作戦の内容を知らなくては後々連携する際に困る可能性があるのであえて聞いているのだ。

 修と千祝は断片的な会話のみでお互いの考えていることを察していたため、周囲で聞いていた者には一切理解が出来ないのだ。

 この、修と千祝の阿吽の呼吸による相互理解は、戦いにおける連携行動を高度なものにしており、二人の連携技は例えば師匠である太刀花則武にも通用するような代物だ。これは、単なる戦闘技術のみでなく今の様にもっと広い行動でも応用できる。

 しかし、弱点もあり、周囲の者には理解が到底及ばないために、二人の行動に追いつかないのだ。

「いいですか大久保さん。大久保さん達がこいつに止めを刺すためには、こいつの動きを鈍らせなくてはなりません」

 返答するくらいの余裕はあるようで、修は大久保の問いに答え始めた。

「なので、この博物館に展示中の黒曜石を使った細石器の剣を使います。ハッ! 黒曜石は儀式にも使われる神聖な物ですから、それが体の中に打ち込まれたら動きが鈍るでしょう。ダッシャァー!」

 途中で気合の声を挟みながら、修は千祝の行動の核心を説明した。

 以前、ヤトノカミと香島神宮で戦った時、手榴弾で吹き飛ばされた境内の石がヤトノカミの体に食い込み、動きを鈍らせたことがある。これは石が長らく境内にあったことで神聖な気を帯びていたため外つ者の弱点だったことが原因だと推測されている。

 そして、黒曜石は、外国でも儀式に使用されていることから、神聖な気を帯びやすいものであると修は考えた。

 また、以前この博物館の縄文時代の展示を見た時に、修が引率していた小学生達から教えらたように、古代の縄文人達は狩りで石器を使用する際、獲物を一撃で倒せなかったとしても、石器を得物の体内に残すことで動きを鈍らせ、止めを刺すような戦術をとっていたと考えられている。

「これぞ、オピポー戦術!」

「オピポー?」

「縄文時代にこの外つ者、ワイラを倒した勇者の名前ですよ。テイッ!」

 今回の事件の発端は、縄文時代に当時の族長であるオピポーが外つ者との戦いに臨む夢を修が見た事であった。なので、解決の糸口は縄文時代にあると考えた結果、修は石器の活用という戦術を思いつき、千祝は修の考えを感じ取ったのであった。

「チィッ! 大久保さん! 虎徹貸して!」

 ここまで一人で互角の戦いを続けてきた修であったが、問題が起きた。

 修の振るう刀にワイラの体から流れ出る黒い粘液が纏わりつき、その切れ味が落ちてきたのだ。これはついさっき新館でワイラと戦った時も起きた事象であり、取り逃がす原因にもなったことだ。あともう少しでこの刀はワイラの表皮を切り裂くことも、突き刺すことも出来なくなってしまうことだろう。

 その時は、ワイラの魂を削り取る咆哮で抜刀隊の隊員が呆けていたために、新しい刀を渡してもらえなかったため勝機を逃したが、今回は大久保をはじめとする抜刀隊の隊員は身動きが取れる。

「どうぞ!」

 大久保は腰に差していた刀を鞘ごと引き抜き、修に向かって放り投げた。

 修はそれまで手にしていた刀をワイラに向かって投げ放った。すでに切れ味の弱まっていた修の刀は、ワイラに対して少ししか刺さらなかったが牽制には十分だ。

 大久保の刀を受け取った修は鞘から抜き放ち、油断なく構えてワイラとあらためて対峙した。鞘は床に投げ捨てた。ワイラは人間の言葉を発しないため、「破れたり!」と宮本武蔵のような心理攻撃はやってこない。

 大久保の刀を構えた修は、その刀から尋常ならざる力が流れ込んでいる様な感触を得て、内心驚いた。

 以前、香島神宮に奉納されていた神剣「布津御霊剣ふつのみたまのつるぎ」を振るった時も尋常ならざる力を感じたものだが、あれはもっと神威に近い何かだったのに対し、この刀から感じるのは武芸者としての気力を最大限高めたような印象を受ける。

 この刀を見た老剣客の藤田は、この刀のことを「虎徹」だと言っていた。その時は冗談かとも思っていたのだが、これほどの力を持った名刀なのだから本当に「虎徹」なのかもしれない。

「今宵の虎徹は血に飢えている……ってか?」

 修は思わず虎徹の所有者として有名な剣客のセリフとして有名なフレーズを口にする。このセリフが実際は時代劇のものであり実際には無かったことは修も知っているのだが、何となくそんな気分だったのだ。

 修は気合を新たにワイラとの交戦を再開した。先ほどまでは2対1が1対1になってしまっていたこともあり、何とかギリギリ持ちこたえていた状態だったのだが、虎徹を手にした今、修は逆に押し返している。

 もしかしたら、このままワイラを倒せるかもしれない。そう思ってしまうほど自信に満ちて落ち着いた戦いを演じている修だったが、用心深さは失っておらず無理な戦いは仕掛けなかった。あくまで千祝の到着と、抜刀隊による「オペレーション・ヨシテル」で勝負を決めるつもりだ。

「ついたわよ!」

 修が一人で戦っていた時間は、ほんの2~3分だっただろう。しかし、それは永遠とも思える程の時間であった。

 虎徹から伝わる気力が無ければ一人では耐えきれなかったかもしれない。だがようやく千祝が戦場に舞い戻った。

 全速力でかけてきたため息を切らしており、その肩は激しく上下に動いている。そしてその手には木製の棒に黒曜石の細石器が埋め込まれた、縄文時代の対外つ者戦の切り札が握られていた。
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