当世退魔抜刀伝

大澤伝兵衛

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第1章 ヤトノカミ編

第24話「黒幕との戦い③」

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 闇から掛けられた声に黒マントが反応する。

「大体予想はつくが一応聞いておこうか。何者だ?」

「二軍だよ。お前の基準で言えばな」

 闇の中から現れた声の主、それは太刀花道場に通っている警察官の大久保だった。黒いボディアーマーを身に着け、腰には刀とサブマシンガンが下がっている。後ろには同様の恰好の者が四名続いている。

 修達は戦いに集中していたとはいえ、これだけ接近されるまで足音を立てないところから、かなりの実力者を思われた。

「それでどうしたんだ、その勇ましい恰好は。抜刀隊が全滅して自分が戦わなくちゃいけなくなったからとりあえず形から入って武装してみましたってところか? お前ら二軍どもがそんな恰好をしてもコスプレにしか見えんぞ」

 黒マントは、大久保達を挑発しているとしか思えないような発言をした。声色も嘲りや怒りがない交ぜになったような印象を受ける。それまでは戦いの相手の修達にもどちらかというと好意を感じさせる話し方だったため、修達は黒マントの態度の豹変ぶりに驚いた。

「あの戦いを経験したのならそう考えてもおかしくはないだろう。しかし、我々はこの国の守りを引き継ぐ覚悟でこれまで修行を重ね、組織を作りあげてきた。ここは我々を信じて、ヤトノカミを鎮めて引き下がってくれませんか?」

「ほう? 信じろって? 覚悟も実力も何もかも足りなさそうなお前らをか? それは無理な相談だ。それに、ヤトノカミを鎮めるのも無理だな。そんな力はないんだからな」

「ならば何故復活させた? 世界を滅ぼすことになるかもしれないのですよ」

「そもそもあれは人の手で都合よく扱えるものじゃないんだよ。そこらへんの認識がまだまだ甘いもんだな。あと言っておくが、世界を滅ぼそうなんてことは、退魔を生業としてきた一族の末裔として思っちゃいない。後始末は考えている。だから、あの化け物を何とかしてほしかったら、黙って指を加えて見ていればいい。最後には何とかしてやるさ。どれだけ被害が出るかは想像もつかんがな」

 そう話しながら黒マントはちらりと修の方を見た。やはりヤトノカミを倒すことに修が関係あると、改めて感じさせるものだった。ただ、この時点ではどうすればあんな怪物を倒せるのかは全く見当がつかなかった。

「どうあっても引いてくれないのであれば、こちらは実力行使するしかありませんが、それでも良いのですか?」

「出来るもんならな。お前らじゃ、俺やヤトノカミはおろか眷属どもにも勝てないと思うがね」

「それはどうでしょう? 我々だとてかつての抜刀隊の代わりになれるように励んできました。確かに剣の技量は先達の実力には遠く及ばず、眷属達にすら苦戦するレベルでしょう。それでも戦う使命がある以上後には引けません」

「言うだけなら誰にでも出来るだろうがな。そのうちここも眷属どもに取り囲まれるだろうから、やれるだけやってみてくれ。期待はしてないけどな」

「眷属はここにはたどり着けませんよ。別働隊が防いでくれる手筈になっています」

「だから、実力的に無理だろって言っ……」

 黒マントが大久保の言葉を否定し終わる前に、遠くから乾いた破裂音がした。修と千祝は実際に聞いたことはないが、テレビや映画で聞いた銃声によく似ており、おそらく誰かが発砲しているのだろうと察した。剣の実力では修や千祝に劣る大久保達の作戦は、銃器を活用することだったのだろう。

「なるほどね。眷属くらいなら鉄砲に対する耐性もないから近づかれる前に倒せるだろうな。これならお前ら二軍どもも一応戦力になるというわけだ。じゃあ五年前もそうしろよと言いたいが、もうどうでもいいか。で、まさか俺にも勝てると思っているんじゃあるまいな?」

 黒マントが不敵に笑いながら言った。銃器を装備し、人数も多くて有利なはずの大久保は気押されているのか言葉が出ない。

「足止めしてる連中の弾数がどれだけもつかも知れたもんじゃないし、くっちゃべってないで思い切ってやってみたらどうかな? 現実を見せてやるからよ」

 黒マントは兜割りを構え直した。攻撃的な気迫があふれ出し、今にも襲い掛かってきそうだ。

「大久保さん! 奴は一瞬で間合いを詰めてくるぞ! 銃を持っていても危険だ! 進路に弾をばらまけ!」

「了解!」

 大久保達と黒マントの戦いがすぐにも始まりそうなのを感じ取って、修は大久保にこれまでの戦いでつかんだ縮地対策を手短に叫んだ。

 縮地は、古流特有の体捌きで出足のタイミングを悟らせず、更に現代剣道のような超スピードを発揮することで、相手との間合いを一瞬で詰める技だ。これに対抗するには縮地で接近する経路に攻撃を繰り出して、接近を拒否するのが手っ取り早い。

 道場破りの青山との戦いで偶然であるが、薙刀の長い間合いにより接近中に撃退できたのが良い例だ。黒マントは青山より格段に腕が立つため同じようにはいかないが、今まで見てきたところ、縮地の動きは前方に対する直線的な動きに限られているため予測できないことはない。

 それに幸い黒マントの武器である兜割りは短いため、今回も修は同じように薙刀の間合いを利用して、縮地を途中で潰してやることを考えていた。

 更に今回は大久保達の銃がある。薙刀を使用する場合、青山とは段違いの黒マントの実力からして、全く反応できずに迎撃が失敗してしまう可能性があった。

 しかし、銃ならばそんな心配はなくなる。深く考えずとも黒マントとの間に銃弾をばらまけば縮地で接近する進路は塞ぐことが出来、命中すれば致命傷となる。いくら武術に優れていたとしても近代兵器に勝つのは困難を極めるのだ。

「全員構え! 横射!」

 大久保の号令により警察官達は一斉に銃を黒マントの方向に向け構え、引き金を引き、連続して銃弾が発射された。

 通常、警察官は上方や相手の至近距離等に警告の意味を込めて発砲するが、今回はそんな余裕は無いと判断したのか最初から命中させるつもりで射撃している。しかも、射撃方法は銃口を左右に動かしながら撃つ横射だ。

 これは戦場において移動する目標を追尾するように射撃する方法であり、犯人に対する致命弾を避けたり、弾をばらまくことにより市民の巻き添えを回避するため射撃を最小限に抑制する、日本の警察の撃ち方とは思想がまるで違う、どちらかというと軍隊寄りの撃ち方だ。

 大久保は、修の短い助言から黒マントの縮地対策として判断した結果である。並みの武術家なら、相手が接近してくる前に狙いを定めて撃てばそれで終わりである。

 しかし、相手が並みの相手でないことは相対していれば嫌でも分かる。黒マントの口調はそれほど威圧的なものではないが、その奥には秘められたどす黒い感情が感じられており、気迫で圧倒されてしまいそうだ。

 これほどの相手をよく高校生二人で渡り合っていたものだと大久保は心から感心している。

 おそらくこれが黒マントが言っているような、五年前に散っていった抜刀隊の先人達と大久保達の様に当時戦う機会すら無かった者たちの違いなのだろう。修や千祝、もちろん太刀花則武は抜刀隊のような戦う側、大久保達はこの五年間死に物狂いの努力をしてきたつもりだったが、真の意味であちら側に行くことはできないのかもしれない。

 そして、黒マントは明らかにあちら側の存在であり、しかも、そのレベルは則武のような達人と肩を並べることは予想に難くない。ならば、普通に正確な狙いをつけて撃っても射線を外されて躱され、一瞬で間合いを詰められて叩き伏せられるぐらいのことは考慮しなくてはならない。

 高名な武道家の中には銃弾を躱したと言い伝えられている者もいる。例えば合気道の開祖である植芝盛平は大陸で馬賊に襲われた際に躱したというし、それを聞いて挑戦してきた日本軍の将校に射撃された際も、銃弾を回避し、しかも、撃たれた次の瞬間に相手を投げ飛ばしたという言い伝えがある。にわかには信じがたい話だが、こうして達人と相対してみると、この位のレベルの武術家ならその位はやってのけそうだと感じてしまう。

 ただし、植芝盛平の武勇伝には他の話もあり、猟の名人の挑戦を受けた際は、名人の弾を回避できないと感じ、戦わなかったという。理由は、名人には相手に当てようとする意識がなく、それを感じ取って回避することが出来ないということだ。

 この話から、大久保は黒マントへの対策を思いついた。大久保達のチームは皆、厳しい射撃の訓練を積んでおりレベルは高い。しかし、とても件の話の名人のような境地には立ってはいない。ならば射撃の意識をどうやって消すのか?

 答えとして大久保がたどり着いたのは、チーム全員で一斉に横射して、回避する空間がないくらい銃弾をばらまいてしまうのだ。これにより射撃に対する意識が一点にとどまることは避けられるし、弾幕を張ることにより相手がどう動こうが撃った弾のどれかが当たることになる。

「ぐあっ!」

 必勝を期して号令を下した大久保は、次の瞬間信じられないものを見た。いや、正確には見えなかったため聞いたというのが正解だ。

 声のした方向、部下のいた方向を向くとその場に崩れ落ちる人影が見えた。声から予想できた通り、倒れていくのはすぐ左隣にいた大久保の部下だった。近くに他の人影はない。さらにもう一つ左に配置していた部下が驚愕の表情でこちらを見ているのが見えるだけだ。
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