47 / 52
第三章「新しき世」
第十一話「明治」
しおりを挟む
慶応四年七月十七日、新政府から詔が発せられた。約三百年に渡り徳川幕府をして日本の政治の中心地であった江戸の名称を、東京に変えるという内容である。
江戸を支配してきた徳川家は、徳川慶喜が水戸に退いて謹慎しているので、既に江戸は新政府の手にある。そして、もうすぐ慶喜は駿河に謹慎先を変更する事が決まっている。更に遠くに離れるわけであり、これにより完全に徳川の世における都としての江戸は、完全に終焉を迎えると言っても良いだろう。
東京という名称に変わるのには丁度良い頃だといえる。
吉直とアンリエットはこの情報を、日光の辺りで聞いた。世界革命団との戦いはまだ続いている。何人倒してもその手駒が尽きないかの様である。
いや、本当に尽きてはいないのだろう。最近倒した者達は、そのほとんどが日本人である。世界革命団の首領はタンプル塔の亡霊なる仏蘭西人のはずであり、その中枢には異人が多かったはずだ。だがこれだけ多くの日本人が手下になっていると言う事は、昨今の動乱により世界革命団に入る者が大勢いたという事なのだろう。
血が流れれば流れる程、その絶望を付け込まれて世界革命団に入る者が増える。この恐るべき循環はどこかで止めねばならない。
今は東京都名を代えた東京における新政府と旧幕府の戦いは既に治まっている。だが、東北諸藩と新政府軍は激しく争っており、これが長引けばまた世界革命団に入る者が増加するに違いない。
そして、東北諸藩と新政府軍の争いは、当初は交渉によろうとしていたらしいのだが、様々な行き違いにより戦端が開かれてしまったと聞く。世界革命団の暗躍があった可能性は十分にある。
タンプル塔の亡霊は日本の何処かに潜み、次に大きな成果を上げる機会を待っているのかもしれない。
前に慶喜の首や、勝海舟、西郷隆盛が狙われた時に守り切ったのだが、それが失敗していれば今の日本の混乱はこの様なものでは無かったに違いない。そう考えると自分達のして来た事は無駄では無かったと少し胸のつかえがとれる吉直とアンリエットであったが、それでも不安は尽きないのであった。
「ほう、次の標的ねえ」
しばらくぶりに東京に戻って来た吉直とアンリエットは、勝海舟の家に報告に行った。立場上民間人と変わらない二人は、得られる情報に制限がある。海舟や西郷隆盛に紹介状を書いてもらっているので、多少は話を聞く事も出来るのだが、やはり限界がある。そもそも、二人とも処刑人の家系に生まれたため、あまり人付き合いをしてこなかった。だからあまり口が上手い方では無い。
その点、海舟のところには黙っていても情報が入り込んでくるのだ。
「どう思われますか?」
「それはおいらも前々から考えていた事なんだけどな。連中が本格的に狙って来るのは、その時の各勢力を動かすだけの実力者って事になるな。しかも、効果的な機会を狙って来るだろう」
「だから、前は無血開城の交渉中に狙われたんですね?」
「そういうこった」
数か月前の江戸城無血開城の交渉は、新政府側も幕府側も注目する中で行われていた。いや、日本の勢力だけでなく、極東に駐留する列国も注視していただろう。この交渉の行方により、日本を真っ二つに割る内戦が勃発するかが決まるのだ。その場合、極東の国際情勢に大きな影響を与えただろう。
もしもあの時に、勝海舟や西郷隆盛が断頭台で処刑されていたら、江戸は火の海になり、東北のみならず日本各地で戦闘が繰り広げられていただろう。
「と言う事は、新政府軍の有力者、つまりは西郷さんや大村さんが狙われるのでしょうか」
「それはあり得るが、今が臨戦体制だからな。あの事件もあったから護衛の兵も十分つけているだろうし、そうそう狙えるものじゃないだろう。それに今は戦いが既に起きているんだ。ちょうど連中の思惑通りだから、無闇に動いて危険を冒したりしないんじゃないかなあ」
「なるほど、と言う事は、次に狙われるのは、戦いが収束しようとしているその瞬間ですね。誰もが油断しているでしょうし、効果が高いはず」
アンリエットの予想に、海舟も同意した。あと数か月で新政府軍と旧幕府勢力の戦いは終わるだろう。そうなれば、新政府は戦時体制を解き、新たな統治体制を開始する事が出来る。そうなれば、日本はこれまでの傷を癒し、新たな社会への一歩を踏み出せるのだ。
だが、その希望に満ちた世界に踏み出そうとした瞬間、新政府側でこの先舵取りをする様な人物が何者かに処刑されたとしたら。しかも、それが無慈悲な殺人機械によって公開処刑されたとしたらどうなるだろう。
これを機と見た旧幕府勢力は戦いを再開するだろうし、新政府は弾圧を強めるだろう。そうなれば、後は見ているだけで世界革命団は目的を果たせるのだ。
「警護を増やすべきでしょうね」
「そうだろうな。東北に行ってる連中は西郷や大村から警告されてるだろうから大丈夫なはずだが、京にいる連中は危ないな。この件は、中々手紙では説明しにくい部分が多いから、誰か人をやらねばならん……お前さん達、その目は行こうっていうのか?」
「はい、我々に行かせてください。事情を一番よく知っているのは我々です」
「それはそうなんだが、京の連中は色々と面倒なんだよなあ」
若い二人強い意思を感じ取り、海舟は腕を組み、天を仰いでしばらく考えた。そして口を開く。
「よし、行ってこい! 一応あっちの知り合いにお前さんらを助ける様に紹介状を書くから、頑張ってくれや」
「はい!」
海舟の激励に、二人は気迫に満ちた返事をした。
旅支度を整えた吉直とアンリエットは、海舟の紹介状などを携えて京へと旅立つ。
時は慶応四年九月八日、おりしも慶応から明治に改元された日の事であった。
江戸を支配してきた徳川家は、徳川慶喜が水戸に退いて謹慎しているので、既に江戸は新政府の手にある。そして、もうすぐ慶喜は駿河に謹慎先を変更する事が決まっている。更に遠くに離れるわけであり、これにより完全に徳川の世における都としての江戸は、完全に終焉を迎えると言っても良いだろう。
東京という名称に変わるのには丁度良い頃だといえる。
吉直とアンリエットはこの情報を、日光の辺りで聞いた。世界革命団との戦いはまだ続いている。何人倒してもその手駒が尽きないかの様である。
いや、本当に尽きてはいないのだろう。最近倒した者達は、そのほとんどが日本人である。世界革命団の首領はタンプル塔の亡霊なる仏蘭西人のはずであり、その中枢には異人が多かったはずだ。だがこれだけ多くの日本人が手下になっていると言う事は、昨今の動乱により世界革命団に入る者が大勢いたという事なのだろう。
血が流れれば流れる程、その絶望を付け込まれて世界革命団に入る者が増える。この恐るべき循環はどこかで止めねばならない。
今は東京都名を代えた東京における新政府と旧幕府の戦いは既に治まっている。だが、東北諸藩と新政府軍は激しく争っており、これが長引けばまた世界革命団に入る者が増加するに違いない。
そして、東北諸藩と新政府軍の争いは、当初は交渉によろうとしていたらしいのだが、様々な行き違いにより戦端が開かれてしまったと聞く。世界革命団の暗躍があった可能性は十分にある。
タンプル塔の亡霊は日本の何処かに潜み、次に大きな成果を上げる機会を待っているのかもしれない。
前に慶喜の首や、勝海舟、西郷隆盛が狙われた時に守り切ったのだが、それが失敗していれば今の日本の混乱はこの様なものでは無かったに違いない。そう考えると自分達のして来た事は無駄では無かったと少し胸のつかえがとれる吉直とアンリエットであったが、それでも不安は尽きないのであった。
「ほう、次の標的ねえ」
しばらくぶりに東京に戻って来た吉直とアンリエットは、勝海舟の家に報告に行った。立場上民間人と変わらない二人は、得られる情報に制限がある。海舟や西郷隆盛に紹介状を書いてもらっているので、多少は話を聞く事も出来るのだが、やはり限界がある。そもそも、二人とも処刑人の家系に生まれたため、あまり人付き合いをしてこなかった。だからあまり口が上手い方では無い。
その点、海舟のところには黙っていても情報が入り込んでくるのだ。
「どう思われますか?」
「それはおいらも前々から考えていた事なんだけどな。連中が本格的に狙って来るのは、その時の各勢力を動かすだけの実力者って事になるな。しかも、効果的な機会を狙って来るだろう」
「だから、前は無血開城の交渉中に狙われたんですね?」
「そういうこった」
数か月前の江戸城無血開城の交渉は、新政府側も幕府側も注目する中で行われていた。いや、日本の勢力だけでなく、極東に駐留する列国も注視していただろう。この交渉の行方により、日本を真っ二つに割る内戦が勃発するかが決まるのだ。その場合、極東の国際情勢に大きな影響を与えただろう。
もしもあの時に、勝海舟や西郷隆盛が断頭台で処刑されていたら、江戸は火の海になり、東北のみならず日本各地で戦闘が繰り広げられていただろう。
「と言う事は、新政府軍の有力者、つまりは西郷さんや大村さんが狙われるのでしょうか」
「それはあり得るが、今が臨戦体制だからな。あの事件もあったから護衛の兵も十分つけているだろうし、そうそう狙えるものじゃないだろう。それに今は戦いが既に起きているんだ。ちょうど連中の思惑通りだから、無闇に動いて危険を冒したりしないんじゃないかなあ」
「なるほど、と言う事は、次に狙われるのは、戦いが収束しようとしているその瞬間ですね。誰もが油断しているでしょうし、効果が高いはず」
アンリエットの予想に、海舟も同意した。あと数か月で新政府軍と旧幕府勢力の戦いは終わるだろう。そうなれば、新政府は戦時体制を解き、新たな統治体制を開始する事が出来る。そうなれば、日本はこれまでの傷を癒し、新たな社会への一歩を踏み出せるのだ。
だが、その希望に満ちた世界に踏み出そうとした瞬間、新政府側でこの先舵取りをする様な人物が何者かに処刑されたとしたら。しかも、それが無慈悲な殺人機械によって公開処刑されたとしたらどうなるだろう。
これを機と見た旧幕府勢力は戦いを再開するだろうし、新政府は弾圧を強めるだろう。そうなれば、後は見ているだけで世界革命団は目的を果たせるのだ。
「警護を増やすべきでしょうね」
「そうだろうな。東北に行ってる連中は西郷や大村から警告されてるだろうから大丈夫なはずだが、京にいる連中は危ないな。この件は、中々手紙では説明しにくい部分が多いから、誰か人をやらねばならん……お前さん達、その目は行こうっていうのか?」
「はい、我々に行かせてください。事情を一番よく知っているのは我々です」
「それはそうなんだが、京の連中は色々と面倒なんだよなあ」
若い二人強い意思を感じ取り、海舟は腕を組み、天を仰いでしばらく考えた。そして口を開く。
「よし、行ってこい! 一応あっちの知り合いにお前さんらを助ける様に紹介状を書くから、頑張ってくれや」
「はい!」
海舟の激励に、二人は気迫に満ちた返事をした。
旅支度を整えた吉直とアンリエットは、海舟の紹介状などを携えて京へと旅立つ。
時は慶応四年九月八日、おりしも慶応から明治に改元された日の事であった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
シンセン
春羅
歴史・時代
新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。
戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。
しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。
まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。
「このカラダ……もらってもいいですか……?」
葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。
いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。
武士とはなにか。
生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。
「……約束が、違うじゃないですか」
新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。
天保戯作者備忘録 ~大江戸ラノベ作家夢野枕辺~
大澤伝兵衛
歴史・時代
時は天保年間、老中水野忠邦による天保の改革の嵐が吹き荒れ、江戸の町人が大いに抑圧されていた頃の話である。
戯作者夢野枕辺は、部屋住みのごくつぶしの侍が大八車にはねられ、仏の導きで異世界に転生して活躍する筋書きの『異世界転生侍』で大人気を得ていた。しかし内容が不謹慎であると摘発をくらい、本は絶版、当人も処罰を受ける事になってしまう。
だが、その様な事でめげる夢野ではない。挿絵を提供してくれる幼馴染にして女絵師の綾女や、ひょんなことから知り合った遊び人の東金と協力して、水野忠邦の手先となって働く南町奉行鳥居甲斐守耀蔵や、その下でうまい汁を吸おうとする木端役人と対決していくのであった。
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
聲は琵琶の音の如く〜川路利良仄聞手記〜
汀
歴史・時代
日本警察の父・川路利良が描き夢見た黎明とは。
下級武士から身を立てた川路利良の半生を、側で見つめた親友が残した手記をなぞり描く、時代小説(フィクションです)。
薩摩の志士達、そして現代に受け継がれる〝生魂(いっだましい)〟に触れてみられませんか?
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
時代小説の愉しみ
相良武有
歴史・時代
女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・
武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・
剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる