明治元年の断頭台

大澤伝兵衛

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第三章「新しき世」

第十一話「明治」

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 慶応四年七月十七日、新政府から詔が発せられた。約三百年に渡り徳川幕府をして日本の政治の中心地であった江戸の名称を、東京に変えるという内容である。

 江戸を支配してきた徳川家は、徳川慶喜が水戸に退いて謹慎しているので、既に江戸は新政府の手にある。そして、もうすぐ慶喜は駿河に謹慎先を変更する事が決まっている。更に遠くに離れるわけであり、これにより完全に徳川の世における都としての江戸は、完全に終焉を迎えると言っても良いだろう。

 東京という名称に変わるのには丁度良い頃だといえる。

 吉直とアンリエットはこの情報を、日光の辺りで聞いた。世界革命団との戦いはまだ続いている。何人倒してもその手駒が尽きないかの様である。

 いや、本当に尽きてはいないのだろう。最近倒した者達は、そのほとんどが日本人である。世界革命団の首領はタンプル塔の亡霊なる仏蘭西人のはずであり、その中枢には異人が多かったはずだ。だがこれだけ多くの日本人が手下になっていると言う事は、昨今の動乱により世界革命団に入る者が大勢いたという事なのだろう。

 血が流れれば流れる程、その絶望を付け込まれて世界革命団に入る者が増える。この恐るべき循環はどこかで止めねばならない。

 今は東京都名を代えた東京における新政府と旧幕府の戦いは既に治まっている。だが、東北諸藩と新政府軍は激しく争っており、これが長引けばまた世界革命団に入る者が増加するに違いない。

 そして、東北諸藩と新政府軍の争いは、当初は交渉によろうとしていたらしいのだが、様々な行き違いにより戦端が開かれてしまったと聞く。世界革命団の暗躍があった可能性は十分にある。

 タンプル塔の亡霊は日本の何処かに潜み、次に大きな成果を上げる機会を待っているのかもしれない。

 前に慶喜の首や、勝海舟、西郷隆盛が狙われた時に守り切ったのだが、それが失敗していれば今の日本の混乱はこの様なものでは無かったに違いない。そう考えると自分達のして来た事は無駄では無かったと少し胸のつかえがとれる吉直とアンリエットであったが、それでも不安は尽きないのであった。

「ほう、次の標的ねえ」

 しばらくぶりに東京に戻って来た吉直とアンリエットは、勝海舟の家に報告に行った。立場上民間人と変わらない二人は、得られる情報に制限がある。海舟や西郷隆盛に紹介状を書いてもらっているので、多少は話を聞く事も出来るのだが、やはり限界がある。そもそも、二人とも処刑人の家系に生まれたため、あまり人付き合いをしてこなかった。だからあまり口が上手い方では無い。

 その点、海舟のところには黙っていても情報が入り込んでくるのだ。

「どう思われますか?」

「それはおいらも前々から考えていた事なんだけどな。連中が本格的に狙って来るのは、その時の各勢力を動かすだけの実力者って事になるな。しかも、効果的な機会を狙って来るだろう」

「だから、前は無血開城の交渉中に狙われたんですね?」

「そういうこった」

 数か月前の江戸城無血開城の交渉は、新政府側も幕府側も注目する中で行われていた。いや、日本の勢力だけでなく、極東に駐留する列国も注視していただろう。この交渉の行方により、日本を真っ二つに割る内戦が勃発するかが決まるのだ。その場合、極東の国際情勢に大きな影響を与えただろう。

 もしもあの時に、勝海舟や西郷隆盛が断頭台で処刑されていたら、江戸は火の海になり、東北のみならず日本各地で戦闘が繰り広げられていただろう。

「と言う事は、新政府軍の有力者、つまりは西郷さんや大村さんが狙われるのでしょうか」

「それはあり得るが、今が臨戦体制だからな。あの事件もあったから護衛の兵も十分つけているだろうし、そうそう狙えるものじゃないだろう。それに今は戦いが既に起きているんだ。ちょうど連中の思惑通りだから、無闇に動いて危険を冒したりしないんじゃないかなあ」


「なるほど、と言う事は、次に狙われるのは、戦いが収束しようとしているその瞬間ですね。誰もが油断しているでしょうし、効果が高いはず」

 アンリエットの予想に、海舟も同意した。あと数か月で新政府軍と旧幕府勢力の戦いは終わるだろう。そうなれば、新政府は戦時体制を解き、新たな統治体制を開始する事が出来る。そうなれば、日本はこれまでの傷を癒し、新たな社会への一歩を踏み出せるのだ。

 だが、その希望に満ちた世界に踏み出そうとした瞬間、新政府側でこの先舵取りをする様な人物が何者かに処刑されたとしたら。しかも、それが無慈悲な殺人機械によって公開処刑されたとしたらどうなるだろう。

 これを機と見た旧幕府勢力は戦いを再開するだろうし、新政府は弾圧を強めるだろう。そうなれば、後は見ているだけで世界革命団は目的を果たせるのだ。

「警護を増やすべきでしょうね」

「そうだろうな。東北に行ってる連中は西郷や大村から警告されてるだろうから大丈夫なはずだが、京にいる連中は危ないな。この件は、中々手紙では説明しにくい部分が多いから、誰か人をやらねばならん……お前さん達、その目は行こうっていうのか?」

「はい、我々に行かせてください。事情を一番よく知っているのは我々です」

「それはそうなんだが、京の連中は色々と面倒なんだよなあ」

 若い二人強い意思を感じ取り、海舟は腕を組み、天を仰いでしばらく考えた。そして口を開く。

「よし、行ってこい! 一応あっちの知り合いにお前さんらを助ける様に紹介状を書くから、頑張ってくれや」

「はい!」

 海舟の激励に、二人は気迫に満ちた返事をした。

 旅支度を整えた吉直とアンリエットは、海舟の紹介状などを携えて京へと旅立つ。

 時は慶応四年九月八日、おりしも慶応から明治に改元された日の事であった。
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