明治元年の断頭台

大澤伝兵衛

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第三章「新しき世」

第七話「寛永寺の別離」

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「これは一体? 説明してもらおうか。事と次第によっては、お主たちとて許さんぞ」

「待って下さい。確かに私達が殺したのは事実です。ですがこれには事情があります。実は断頭台の一件が関わっているのです」

「断頭台? 世界革命団と言う事か?」

「そうです。この寛永寺には新政府に対抗するために幕府の侍が集まってますが、これは仕組まれた事だったのです」

「ほう?」

 吉直とアンリエットは浜田文吾に状況を説明した。何も事情を知らぬ者に、一から教えるのは困難を極めるだろう。当然である。仏蘭西から断頭台と言う謎の首切り機械が日本に持ち込まれ、新政府と幕府を血みどろの戦いに巻き込もうと暗躍しているなどど言ったとして、それを素直に信じる奴がいたとしたら余程素直なのか、胡乱な奴なのか、それとも元々何かおかしいと思っていたかのどれかであろう。

 しかも短時間でそれを伝えるなど、縦横家であっても無理な相談だ。もしも何の予備知識も無い一般人に実情を信じさせることが出来たとしたら、その口の上手さでどの様な商売であっても成功させる事が出来るだろう。

 さらに言えば、吉直もアンリエットも、処刑人の一族に生まれたせいであまり人と親しく接した事が無い。そのため、口下手な方である。

 だが、浜田文吾は町奉行所同心として、断頭台の行方を追う任務で吉直とアンリエットと共に戦った事がある。そのため、事情を理解してもらうのは簡単な事だ。

「なるほど、そう言う事だったのか。道理で急に新政府に殺される者が増えた訳だ。まさか、新政府ではなく世界革命団が処刑していたとはな」

「そうなのです。その証拠がここにあります。世界革命団の首領であるタンプル塔の亡霊からの指示がこうして書かれています。これを皆に見せれば、解散するはず」

「それは無理だろうな」

「無理? それは何故なのですか。皆が集まった理由は、陰謀によるものだったのですよ」

 文吾は事情を納得してくれたようであるが、吉直とアンリエットが考えている様に事態が解決するとは思っていない様だ。何とか戦いを回避できると思っていた吉直は、詰問するような口調で文吾を問い質す。

「最早その様な段階ではないのだ。確かに最初は世界革命団の陰謀だったのかもしれない。だが、慶喜様がここを去った後、幕臣が集まるようになり、その影響で実際に新政府と小競り合いが起きる様になった。もう死人が何人も出ている。その憎しみは、もう本物なのだ。例えそれが仕組まれたものだとしてもな」

「それはそうかもしれません。ですが、このままでは大きな戦いになります。そうなれば死人が大勢出るのですよ」

「それでもだろうさ。ここに集まっているのは、新政府が難い者ばかりではない。徳川の世が終わり、新たな世に生きる希望を持てない者が死に場所を求めてやって来ているのだ。この俺だってそうだ」

「文吾さんが? 何故です?」

 吉直が知る文吾は、もう終焉を迎える幕府の一員ではあるが、三百年にわたり江戸を守り続けてきた町奉行所の一員として最後まで民のために役目を果たす気概を持っていた。こんな所でやけになって死ぬ男には思えなかった。

「最初は俺だってここにいる連中みたいに死ぬための戦いをしようなんて思っていなかったさ。ここに来たのは、反新政府の幕臣が集まって、小競り合いが増えて、民に迷惑が掛かっているからその仲裁のためだったんだ。俺以外の町奉行所の連中もな。だが、中立だった町奉行所の者達が、元々幕府の一員だという理由で新政府軍に何人も殺されたのだ。お前も知っている内山様もだ。元々町奉行所に勤める家系では無かったのに、蘭学が得意で異国の事情に明るいから、横浜居留地との調整のために配属されたされた人だ。これからの世で役に立つ人だったのに、幕府に仕えていたという理由だけで殺されたのだ」

「内山様が?」

 内山監物は神奈川表取締係の与力である。この人物に、殺人事件の容疑をかけられて町奉行所に連れていかれたのが、吉直が断頭台の一件に関わるきっかけであった。

 内山は吉直の見た所温和で理知的な人物であった。吉直を捕えた後もその吟味は理性的であり、吉直から事情を聞いて下手人では無いと判断すると、すぐに容疑を解いてくれた。

 幕府の役人として横浜居留地の異人たちと折衝してきた経験は、新政府においても役に立っただろうに、それが下らぬ小競り合いに巻き込まれて死んでしまったのだ。

「俺だって、代々続けて来た町奉行所が無くなったとして、そんな世の中で生きていくつもりは無い」

「そんな、町奉行所自体は無くなるかもしれませんが、新政府にだって治安を守る組織は必要になるでしょう? そこに勤めれば良いではありませんか。江戸の事を一番よく知っているのは、町奉行所の同心でしょう」

「さあ、どうだかな。例えお前の言う通りだったとしても、仲間を殺した新政府の下で働く気にはなれない。ところで、お前はどうなんだ?」

「どう……とは?」

 文吾への説得は、どうやら思わしくはない。何とか説得せねばと焦る吉直だったが、逆に質問され、意外な返しに驚く。

「処刑人は、新政府にも必要だろう。しかも、山田朝右衛門の一族ほどの技量を持った者はいないだろうな。つまりは俺達よりも他に代えが効かない存在だ。ならばどうする? 仕えるのか?」

「……義兄は、新政府から誘いがあったのでそれに従う事にしました。義父は家督を譲って引退するそうですが」

「そうか。いや、別に責めようっていうんじゃない。山田家は元々正式に幕府に仕えていた訳じゃないし、幕府に仕えていた者が新政府に仕える事だって問題があるとは思っていないんだ。新たな世で社会のために自分の能力を役立てる理想を抱くのも、立身出世を求めるのだって間違っちゃいない。ただ、そうで無い者もいると言う事は理解してくれ」

「そうですか……」

 文吾の意思は固いようである。説得は無理だと吉直は悟った。

「そんな顔はしないでくれ。その手紙は、ここの上層部に報告しておくさ。世界革命団の事も町奉行所の情報として補足説明しておこう。それでみんなの意思が変わったら、戦いは無くなるだろうさ。俺はここで戦うつもりだが、皆が戦いを止めたのに一人で突っ込むつもりは流石に無い。そうなったら死に損なっちまうだろうよ」

「私は、そうなる事を祈っています」

 吉直は、血に染まった手紙を文吾に差し出した。文吾がこれを秘密裏に処理するとは思わなかった。だが、説得に成功するとも思えない。

「さらばだ。あと、前に俺が躓きそうになった時、俺の腕を掴んで助けてくれた時に拒否してしまって悪かったな」

 文吾は背を向け立ち去って行く。その背中を、吉直とアンリエットは見守る事しか出来なかった。
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