明治元年の断頭台

大澤伝兵衛

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第三章「新しき世」

第一話「来客」

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 慶応四年の三月の事である。

 山田半左衛門吉直は、自宅でしばらく療養中であった。

 勝海舟と西郷隆盛の江戸城受け渡しの会談中、彼らを狙って刺客が襲来したのだ。刺客達は、世界革命団という異国から来訪した組織で、タンプル塔の亡霊と名乗る者が首領として率いている。彼らの目的は、世界に革命をもたらす事だ。その標的として、徳川の世が終焉を迎え動乱が巻き起こる日本が選ばれたのである。

 そして彼らの言う革命とは、単に政権を後退される事ではない。仏蘭西での革命で多くの血を吸った断頭台を用いてそれぞれの勢力の主要人物を処刑する事で、より争いを過激化させようというのだ。それが、権力を握った者による一方的かつ凄惨な粛正劇を防ぐと信じているのだ。

 日本における標的として、新政府側では西郷隆盛、幕府方では勝海舟が選ばれ、彼らを守る戦いで吉直は負傷していたのである。数日休んだおかげですっかり回復し、そろそろ剣の稽古再開しようと思った頃である。

 自室で稽古の準備を整えていた吉直に、来客が訪れた。養母が部屋の外から声をかけ、友達が尋ねて来たと告げたのである。そして、綺麗な人よと付け加えた。

 妙な事である。吉直に友人などいない。

 吉直は処刑人として知られる初代山田浅右衛門の血を引いている。しかも、養子として山田家に入り、七代目山田朝右衛門を務める山田吉利の元に養子として入り、幼少から試し切りや処刑の技術を学んでいる。処刑人は人から恐れられ、蔑まれる穢れた存在とされている。そのため、吉直に親しい友人などおりはしなかった。

 しかも、綺麗な人とはどうした事か。吉直に友人がいないというのは、男女問わずである。

 だが、来訪者を迎えに行くとすぐにその疑問は氷解した。

 吉直を訪ねて来たのは、横浜居留地に駐留する仏蘭西陸軍の士官、アンリエット・サンソンであった。

 アンリエットは日本人とは違う顔立ちをしているが、整った容貌である事は確かである。身の丈は六尺を超える吉直より少し低いが、そのすらりとした体形は役者の様だ。養母が綺麗な人というのも分かるというものだ。

 そして、アンリエットは吉直と共通点がある。アンリエットもまた処刑人の一族なのだ。

 サンソン家は、仏蘭西における処刑人の棟梁である。長きにわたり、死罪を犯した者を葬り去り続けた。葬ったといっても、それは残虐非道なのではない。誰かがやらねばならぬ役目を背負う使命感の元にであるし、せめて余計な苦痛を与えぬようにと技術を磨き続けて来たのだ。

 驚くべき事に、これは山田朝右衛門の一族も同様である。罪人の首を山田家以外の者が討つ事もある。特に切腹の様に、武士の名誉がかかる場面では穢れた処刑人ではなくれっきとした武士が介錯を務める事が多い。だが、例え剣術の腕を磨いた武士であっても、首を正確に切断するというのは難しいのである。場合によっては仕損じて、無様な惨状を広げてしまう事もある。これでは罪人は無用な苦痛を受けてしまうし、仕損じた側も名誉を汚してしまい、誰もが不幸になってしまう。

 その点、山田家のものが仕損ずることなどありえない。一族が長年錬磨してきたその技は、慈悲の心をもって確実に、痛みを感じる間も無く罪人の首を刎ねるのである。

 東西の処刑人達は、期せずして同じ技を身につけたのであった。

「ぼんじゅーる。よく来ましたね。ちょうど動けるようになったところですよ」

「私も昨日まともに動けるようになったばかりです。まだ戦うのは難しいですが、体をほぐす意味も込めて愛に来ました」

 吉直のあまりにも酷い発音の挨拶に一瞬顔をしかめたアンリエットだったが、聞かなかった事にして話を進めた。元より吉直にフランス語の能力など求めてはいない。求めているのは、世界革命団に奪われた断頭台を奪還するための仲間である。

 アンリエットも処刑人の一族であるから、同じフランス人の仲間達からも冷たく扱われている。そのため、故郷を遠く離れた日本においては一人で探索するつもりであった。そこで同じ境遇の吉直と出会い、志を共にする事が出来たのは僥倖である。

「それならばちょうど良い。これから稽古をしようと思っていたのだ。アンリエット殿も一緒にせぬか?」

「それは良いですね。体を動かすにしても、戦いの訓練を兼ねるのなら効率が良いです。それに、私が泊まっていた療養所では武器を振うなど出来ませんから」

 アンリエットは徳川慶喜達の好意で、江戸の療養所に入っていた。異国の進んだ医療を身につけた医者が開いた診療所である。紹介が無ければ入院するのは本来難しい。だが、退いたとはいえ慶喜は元将軍である。その徳川将軍のお膝元にはまだその威光が届くのであった。また、あちこちに顔が広い勝海舟や、新たな権力者となる朝廷側の代表である西郷隆盛の紹介を断れるものなどいないのである。本拠地である横浜居留地は少し遠いし、戻ったとしてもあまり良い扱いを受けない。そういった意味でもアンリエットに良い環境であった。

 そして、療養所で武器の訓練をしない良識はアンリエットは身につけている。元より処刑人の一族として生きていくためには、他人からの目に敏感でなければならない。妙な事をして警戒させてしまっては、どの様な仕打ちを受けるか分かったものではないのだ。吉直もこの点同じであり、誰にでも丁寧な口調や態度を心掛けているのは、このためである。

「さて、稽古のやり方はこちらに任せてもらおう。木刀は軽いのから重いのまで沢山あるし、試し切り用の刀も巻き藁もあるから、一勝負しようか」

「ふふ、お手柔らかにして下さいね」

 友というものには恵まれなかった二人は、仲良く肩を並べて山田家の稽古場へと向かって行った。
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